451 あなた、それでいいの?
晩餐会のための着替え等の支度をしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。
「なあなあ、リョウヤ。妾は変じゃないか?」
イブニングドレスに着替えたマユカが、上目遣いの不安げな表情で見つめてくる。
黒髪に合せたのか、淡いピンク色の可愛らしい子供用の花柄のドレスにボレロを羽織っている。
「うん、可愛いぞ。自信を持っていいと思う」
「そうかー」
褒められてニマニマしている姿を見たら、思わず撫でたくなる。
というか撫でてしまった。
一方、女官のカヤさんはシンプルでいて格式高いタイプを普通に着こなしている。
流石というか。
「カヤさんも似合っていますね」
「恐れ入ります」
二人を褒めていたら、ミっちゃんママとアヤメさん人が迫ってきた。
自分達も褒めろって顔をしてるんですけど……。
「リョウヤくん、私はどう?」
「私はどうでしょうか……?」
ミっちゃんママとアヤメさんは、流石に大人の女性って感じだ。
大胆に胸元が開いたドレスなので、アヤメさんはともかく、ミっちゃんママは目に毒過ぎる。
というか、フォーマルなドレスでそれは良いのだろうか……。
胸元を直視すると危険なので、満面の笑顔で二人にサムズアップしておく。
「リョウヤ様、わたくしはどうでしょうか?」
サっちんは完璧なお嬢様である。多分、その辺の貴族令嬢より令嬢っぽいと思う。
カーテシーって言うんだっけ?
スカートの裾を軽く持って、お辞儀する挨拶が洗練されている。
「うぅ……。スカート丈は長いけど、肩が丸出しじゃないか……」
ミっちゃんはノースリーブで肩が露出しているドレスだが、やっぱり恥ずかしいらしい。
お嬢様のパーティードレスって、そういう物じゃないのかな。
それでも普通に似合ってるのは、元の素材が良いからだろう。
「それでレイにゃんは、なんでそんな奥にいるの?」
白銀の髪が深緑色のドレスに映えるレイにゃんが、珍しく恥ずかしがっているみたいだ。
王国内にいる時は普通に洋装だったのに、今更恥ずかしいって事は無いと思うのだけど……。
「いえ、我ながら似合い過ぎて、主役の皆さんを食ってしまうんではないかと心配しているところです」
うわあ……。いくらネタでも、この面子を前にして言う勇気は俺には無いわー。
「ほほう。レイナも言うようになったじゃないか」
「そうなのですわ。このわたくしに勝負を挑むつもりですか?」
「妾を差し置いて、生意気なのじゃー」
案の定、ミっちゃんとサっちんとマユカにまで絡まれてるし。
そして、派手にスカートをめくられている。
まったく、何をやってるんですかねぇ。あ、パンツ見えた。
それから程なくして迎えの馬車がやって来た。
これから王宮の方へ移動だそうだ。
移動ひとつにも気を使うので大変だよな。国賓に何かあってはマズいので、多くの人が駆り出されている。
皆さん、お疲れ様です。
晩餐会のパーティー会場の到着したのだが、気のせいか昼食の時より人が増えてません?
きらびやかに着飾った人達が大勢集まっている。
その中には、知っている顔が結構チラホラと。何故かいつものみんなも参加していた。
まだ晩餐会の準備が完全に終わってなさそうなので、みんなの元へ向かう。
「なんでみんなが晩餐会に出席してるんだ? 別に咎めてる訳じゃないけどさ……」
「セッキー、それは私が聞きたいんだけど」
ロワりんに逆に問い返されてしまった。
戸惑う彼女は、カクテルドレスに合せた大きなリボンのツインテールがよく目立っている。
「それよりさ、私達のドレス姿はどうかな……?」
ロワりんにメルさま、ピアリとアンこ先輩やシーラ、サヤイリスとリリナさんまでもが俺の前に並ぶ。
「みんな綺麗なので、一瞬どこのお嬢様達だろうって思ったよ!」
「セッキーさん。それ本気で思ってますの?」
「リョウヤ君、自分で言っていて歯が浮かない?」
なんでせっかく褒めてるのに、メルさまとピアリはジト目なんですかねえ。
「ひどいなあ。二人は俺の言葉が信じられないのか?」
「どう思う? アン。あのリョウヤの目はウソつきの目だと、わらわは思う」
「シーぽん駄目ですよう。セッキー君の事を信じてあげないと」
相変わらずシーラは失礼だよな。
ドレス姿がむっちりしてるとは言わない俺の優しさに感謝すべきだ。
「そうだぞシーラ。アンこ先輩だってこう言ってるんだから、俺に全幅の信頼を寄せてくれてもいいのだぞ」
途端にシーラが呆れ果てた顔をするのは、毎度の事だ。
「リョウヤ殿、そうやってふざけてるから信用されないのですよ」
「リョウ君、サヤイリスさんの言う通りよ。あなたも今日の主賓なのだから、しっかりしてね」
サヤイリスとリリナさんに駄目出しされてしまった……。
ウィットに富んだジョークのつもりだったのに。
「それはそうと、なんでロワりんは嬉しそうなんだ? 俺のお褒めの言葉を額面通りに受け取ってくれたとか?」
「ううん。セッキーはいつものセッキーだなって、安心しただけだよ☆」
「なんだよ、それ」
「べっつにー☆」
やっぱり嬉しそうなロワりんは、他のみんなとサっちん達の方へ行ってしまった。
リリナさんはその場に残って、彼女達の後ろ姿を優しく見守っている。
「ところで、リリナさん」
「なあに? リョウ君」
「そのドレス、凄く似合ってますね」
「お世辞でもそう言ってくれると嬉しい。でも、他の子達をちゃんと褒めてあげてね」
別にお世辞じゃないんだけどなぁ……。
リリナさんはお姉さんっぽく、上品なストールを羽織っている。
普段から華やかだけど、決して目立つ感じではない彼女なので、こういうドレス姿は新鮮に感じるのだ。
「それにしても、今日集まってる人達って、どういう基準で呼ばれてるんですかね?」
パッと見た限りは、俺と付き合いが深い人達が多い気がする。
ケフィンとティセリアさんが俺に手を振ってきたので、軽く振り返す。
その向こうでは、フィルエンネとミュリシャが既に料理に手を付けているのが見える。もちろん、保護者のセイランさんとミオリさんも一緒だ。
また、別の方向では、ベルゲル先生とルシェリーザさん夫妻とディナントさん、アヤムナーリさん夫妻が歓談していたり、メルさまの師匠である宮廷薬師のミスティさんの姿も見受けられた
王族関係者が集められているのかと思えば、アンこ先輩のご両親のマルクさんとファルさんもいて、俺の知らない貴族らしき人達と何か熱心に話し込んでいる。
それによく見たら、鏡子さんとエリカが普通にメイドさん達と一緒に働いてるし……。
「私達も急に呼ばれたのでよく分からないのだけど、リョウ君と王家に関りが深い人達や、有力な財界人とか貴族が呼ばれてるみたいよ?」
「そうなんですか。一応は、内々の歓迎会って事なのかな……」
流石にレイズやノノミリア達までは呼ばれてなかったか。
少し気の毒に思ったけど、王家主催のパーティーに出席したら緊張しまくりだろう。
呼ばれなくて良かったのかもしれない。
しかし、有力な財界人や貴族も呼ばれてるって事は、イヅナ国と今後の事を踏まえての顔見せって意味がありそうだな。
主賓席の方では、サイラントさん達王族がマユカ達を席に案内している。
イルミナージャ第一王妃の他に、高貴そうな女性が増えてるんですけど……。
まさか、他の王妃達なのだろうか。
その他は、王女達姉妹やアーヴィルさんとメディア校長夫妻の姿も。
ユーがこちらをチラ見してくるので、片手を上げて挨拶するとニッコリ微笑んでくれた。
そんな彼女を姉のイリーダさん達が突っついている。姉妹仲がよろしい事で何より。
リリナさんがサっちん達の所へ向かうのと同時に、ミっちゃんママが音も無く俺の隣に立っていた。
怖いから、いきなり現れるのはやめてください。
「リョウヤくん。今の女の子達がいつも一緒にいる子達なの?」
「ええ、まあ」
「そう。どんな子達なのか教えてくれない?」
「いいですよ」
ミっちゃんママにロワりん達の事や、ケフィンにティセリアさん、フィルエンネやミュリシャ達の事、先輩のご両親達等の事を簡単に説明すると、興味深そうに頷いている。
「それで、あそこの王女の誰かが、リョウヤくんの婚約者なの?」
「はい。末の王女のユユフィアナ姫と一応、婚約してる事になってますが……」
「ふうん?」
ミっちゃんママが、これまた意味深な笑みを浮かべる。
何か企んでるって顔なのだが、こんな場所で妙な真似はしないよね?
「ねえ、リョウヤくん。半ば無理矢理に婚約させられたのでしょう? あのお姫様を本当に愛してるの? 本当はもっと違う生き方をしたいんじゃないの?」
「えっと、それはもう決められた事ですし……」
この人は、いきなり何を言い出すんですかね。
「あなた、それでいいの? 王国がイヅナ国との関係を持つため、宮廷薬師を王都に留めておくため、有力な商会の財力をあてにするため……それらを王国にもたらすために、リョウヤ君に王女を与えただけでしょ? それって、ただの餌じゃない」
「……ミユキさん、流石に俺も怒りますよ。ユーをそんな風に言わないでください。あの子は物ではありません」
「ごめんなさい。あのお姫様の事を大切に思っているのね。でも考えてみて。こうしてイヅナ国とこの王国は手を取り合う方向に進んでいる。宮廷薬師さんも、その地位は盤石。有力な商会とは既にズブズブな関係。……あのエルフの子のご両親である薬師は別として、もうみんな王国にもたらしたじゃない?」
「……何が言いたいんですか?」
「リョウヤくん。あなたの将来は、もっと自由であるべきだと思うの。このまま王女と結婚させられても王位継承権は与えられない。それでいて、王女の夫という立場の生活を強いられるでしょうね。衣食住は満たされるけど、きっと自由に旅に出る事もままならない。そんな人生でいいの?」
「それは……」
「それにね。今はいいけど、将来的に無駄飯食らいになりかねないリョウヤくんの扱いはどうなるのかしら? いくらお姫様をあてがわられても、末の王女では権力も高が知れた物よ。いずれは他の王族から追い出されたり、幽閉されてしまうかも」
「そんな事……!」
そんな事は絶対に無いとは言い返せなかった。同じ事を考えなかった訳では無い。
これは以前から薄々感じていた漠然とした将来に対しての不安だ。
「ねえ、リョウヤくん。ユユフィアナ王女の事を愛してるの?」
「……嫌いではありませんが、愛しているかと言われると分かりません。今は、妹のように大切にしたいと思う存在です」
「そう。正直に答えてくれてありがとう」
ミユキさんは優しく微笑んでくれた。
今の今まで、意地の悪い事を言っていた人と同一人物だとは思えない笑顔だ。
「結局、俺に何が言いたかったんですか?」
「そうねぇ。本来のあなたは、ここに留まってはいけない存在だって気がするの」
「それは……!?」
「おばさんの単なる戯言だと思って、気にしないでね」
ミユキさんは、唖然とする俺をからかうようにして帝達の方へ戻ってしまう。
ここに留まってはいけない存在。
そんな彼女の言葉が、俺の胸に深く突き刺さったのであった。




