403 番外編 その後のお話2
季節ネタです。
※旧版の設定が混在してまして、ミュリシャの一人称を修正しました。
私はフィルエンネ。
今日は女神エルファルドの生誕祭を祝うため、ミューちゃんと協力して学校に併設されている孤児院で、子供達と一緒に生誕祭の準備をしているのです。
「フィルー、そっちの飾りつけは終わりましたかー?」
「もうちょっとかな。ミューちゃんの方は終わったの?」
「私はフィルとは違って仕事が早いのですわ!」
「むう。私と違うって、どういう意味よー」
「言葉通りなのですわ」
最近はすっかり冷え込み、いよいよ明日は女神エルファルドの生誕祭。
みんな楽しみにしているみたい。
「フィルお姉ちゃん! これはどこに飾ればいいの?」
「えっと、それはあの辺りにお願いね」
「うん、分かった!」
星がちりばめられた飾りを手にした女の子がパタパタと走っていく。
その様子を見ていたミューちゃんがニヤニヤしている。
「フィルお姉ちゃん、ねえ……」
「なによう?」
「別にですわ。ただ、あの小さかったフィルがすっかりお姉さんになっているなんて、おかしくて」
ミューちゃんは今も小さいよね、とは口が裂けても言えない。
これは彼女に対しての禁句。あまり背が伸びなかったミューちゃんは、身長を気にしてるみたい。
……私としては、小柄なミューちゃんは可愛いと思うのだけどね。
「それはそうと、この孤児院って、元は学生時代のお兄さん達が使っていた寮でしたわね」
「うん。ロワりん達やリリナさんも暮らしていたみたいだよ。最初はベルゲル先生が一人で使っていたって」
「あの先生がですか?」
「結婚して引っ越したけど、荷物が多くて大変だったって聞いたよ」
随分前にリョウちゃんから引っ越しを手伝った時の話を聞いたけど、そのベルゲル先生は治療器具を商品化した実業家として成功を収める一方、講師として学校で教鞭をとっている。
休日は綺麗な奥さんと二人のお子さんと一緒の姿をよく見掛けるので、きっと良いお父さんなんだと思うな。
「さてと、私の方も飾りつけは大体終わったよ。ミオリさんに報告して終わりかな?」
「そうですわね。お母様には、私の方から報告してきますわ」
「うん、お願い」
以前から孤児院の手伝いをしていたミオリさんだけど、今では院長先生になっているんだよね。
なんか『押しつけられた』とか言ってたらしいけど、きっと仕事ぶりが評価されたのだと思うよ。ミオリさんって優しいし。
それにしても、この針葉樹に色とりどりのオーナメントを飾りつける風習って、誰が考えたのだろう。
ミオリさんや他の大人に聞いても、気づいたら流行っていたと口を揃えて言っている。
フライドチキンやケーキやらのご馳走の他、プレゼントを送る風習もあって楽しいから、別にいいけどね。
一通り準備を終え、私は子供達に手を振って別れると、校門前でミューちゃんを待つ。ここがいつもの待ち合わせの場所なんだ。
そうして待っていると、程なくしてミューちゃんがやってきた。
「お待たせしましたわ。それでは、日が暮れないうちに行きましょう」
「そうだね」
学校帰りに、私とミューちゃんで王都の街へと繰り出すのが日課なのです。
講義の後の買い食いは何故か美味しいんだよね。
ミオリさんとセイランお姉ちゃんからは、はしたないからやめなさいと注意されるけど、育ち盛りなので我慢できないよ。
だけど、今日は大変。孤児院の子達のために予約していたプレゼント等を受け取りに行かなくてはいけないし、他にもやる事は沢山ある。
「ところで、フィル。明日の出し物は大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫だと思うよ……」
「そんな自信無さげに言わないでくださいな。子供達も楽しみにしてますわ」
「うう、そんな事言われたら余計にプレッシャーだよう!」
明日の生誕祭で、孤児院の子達のために演劇をする事になったんだよね。
その内容は、なんと昔の私も好きだった『にゃんにゃん☆キュート』だ。
確固たる人気を誇るにゃんにゃんキュートだけど、今は代替わりして、現在は『にゃんにゃん☆キュート☆デストロイ』がもっぱらの人気。
その演劇を私達で演じる事になってしまって、正直途方に暮れていたりする。
衣装や小物は、初代からキュート戦士の衣装を担当したナナミさんにお願いして、脚本は原作者のユウキさんにお願いしているから、クオリティは完璧なはずなんだけど……。
「メインのフィルがしっかりしないと、ダーク団幹部役の私も、他の配役のみなさんも困ってしまいますわ」
「そうは言うけど……」
でも、まさか憧れのキュート戦士を私が演じるとは夢にも思わなかったな。
そういえば、リョウちゃんもにゃんにゃんキュートを演じていたんだっけ。
当時の私はその正体に全く気づかなかったけど、あれは色々反則だった気がする。
だって、可愛すぎるんだもん。リョウちゃん以外の人が演じても、あの可愛さは表現できなかったよ。今でも語り草になってるし。
あんなのを見せられたら、私なんて足元にも及ばないよ。
今から気が重いや……。
「フィル、気分転換にお茶でもしていきませんか?」
「……うん、そうだね」
なんかミューちゃんに気を使われちゃったな。
ミューちゃんなんて、全身黒タイツのダーク団幹部役を演じるんだ。
私より、よっぽどプレッシャーを感じるよね。
私達が行きつけのオープンテラスのあるお店に入ると、看板娘のレンファちゃんが出迎えてくれた。
「今日は随分と中途半端な時間に来るね?」
「ええ、生誕祭の飾りつけをしていましたのだわ」
「結構大変なんだよねぇ。レンファちゃんのお店も、すっかり飾りつけられてるね」
レンファちゃんは、学校の夜間学部で主に料理や経営学を学んでいる。
将来は自分のお店を持ちたいんだって。目標が決まってるって凄いよね。
「お冷とメニューをどうぞ」
そこへウェイトレス姿の私と同じ犬耳獣人の女の子がやってきた。
彼女はメリアちゃんといって、レンファちゃんの幼馴染みで、私とミューちゃんより少し年上の女の子だ。
小さい頃から家計を助ける為、新聞配達等をして働いていた凄い子だったりする。
私達は彼女の事を素直に尊敬している。
そんなメリアちゃんも学校に通っていて、将来はレンファちゃんと一緒にお店を開くのが夢だそうだ。
ちなみにだけど、メリアちゃんのお母さんは病気で臥せっていたところ、メルお姉さんの調合した薬で元気になったんだって。
しかも、薬代はほとんど受け取らなかったと言うから、メルお姉さんも優しいよね。
時々腹黒いところもあったけど。
「じゃあ、私は本日のケーキセットでお願いしますわ」
「私もミューちゃんと一緒で」
「かしこまりました」
メリアちゃんの後ろ姿を見ながら、ふと昔の事を思い出してしまった。
「何をにやけてるのですか? 気色悪いのですわ」
「むう。ひどいなぁ。昔の事を思い出してたんだよ」
「昔の事ですか?」
「うん。ほら、テルお姉さん達がいた頃。なんだか騒がしくて楽しかったよね」
あの頃、このお店に来るとテルお姉さんやメグさん、ユズリさん達に従業員のミラさんもいて、いつも騒がしかった記憶がある。
「ああ、あの何か気に入らない事があると、すぐ頭突きしてくる野蛮なエルフですか」
ミューちゃんは一度被害を受けているので、テルお姉さんは苦手みたい。
そんなテルお姉さん達は、再興したフェイミスヤという獣人の国で働いているらしいんだよね。
メグさんに至っては、王女様になってるとか。とてもじゃないけど信じられないよ。
それに、ミラさんも『やんごとなき血筋』とかで、西方の国から迎えが来たりして、ひと悶着があったけど『成長して絶対に戻ります』と言って、王都を去っていった。
「あら、フィルちゃん寂しがってる? テルアイラさん達は時々お忍びで王都に来てるよ。もちろんミラさんも一緒にね」
「え? それ本当なの!? レンファちゃん!」
そんな話、聞いてないんだけど!
「フィル知らなかったのですか? 私も何度かお会いしてますが……」
「知らないよ! なんで教えてくれなかったの!?」
「いえ、普通に知ってると思っていましたわ」
そんなぁ。来てたなら会いたかったのに……。
「大丈夫ですよ。明日は皆さん王都に戻ってくるそうですから、きっと会えます」
「それを聞いて安心したよ! メリアちゃん!」
「それにしても、自分達の国を放っておいてよろしいのでしょうか? 王族とその側近なのですよね?」
ミューちゃんの心配もごもっともだけど、あの人達なら適当に理由をつけて来るんだろうな。
「フィルちゃん、リョウヤさん達も王都に戻ってくるんだよね? 随分とあちこちに行ってるみたいだけど、大変だよね」
「うん。流石に年末年始は王都で過ごすって連絡があったよ。王様に挨拶するんじゃないかな」
私が王様の事を口に出すと、途端にミューちゃんが嫌な顔をする。
明日の夜はお城に呼ばれてて、王族で内々の生誕祭を祝うらしい。
「私、お城へ行きたくありませんのですわ! フィル達とすごしたいのですわ!」
「そんな事言っちゃダメだよう。血の繋がった家族なんだから……」
「フィルはあの場の空気を知らないから、そんな事を言えるのですわ!」
なんでもミューちゃんが言うには、ユーお姉ちゃんが正式に結婚しないのは、ずっと独身のイリーダ様達に遠慮しているとの事らしく、『お前ら早く結婚しろ』と迫る王様と拒否するイリーダ様達姉妹との間で険悪な空気になるそうだ。
「あんな緊張した空間にいたら、いい加減精神が参ってしまいますわ。私にとっての癒しはフィルだけなのですわ~」
「ちょっと、急に抱きつかないでよ! ミューちゃん!」
ミューちゃんは時々スキンシップが激しいので、たまに私達を『そういう関係』と思って興奮する人がいるから少し怖いんだよね。
そんな私達を見て、レンファちゃんとメリアちゃんが呆れたように笑っている。
「なんか色々と大変みたいだけど、明日の料理は任せておいてね!」
「私とレンファちゃんで、孤児院の子達が喜んでくれる料理を作るから!」
「うん、お願いね」
「期待していますわ」
私達がお店を後にした時は、すっかり日も暮れていた。
街中は生誕祭の飾りで一色だ。
明日はリョウちゃん達も王都へ帰ってくる。きっと色々な国のお話を聞かせてくれるのだろうな。
今から私はそれが楽しみで仕方がない。
「明日は楽しい生誕祭になるといいね!」
「そうですわね」
私があんまりにも待ちきれないって顔をしていたので、ミューちゃんには少し呆れられた顔をされてしまったけど、私は明日が楽しみでしかたがない。




