390 お義母さん、娘さんをください!
翌朝、俺達は早くに宿を発つ事にした。
あまりゆっくりしていられないのと、他の宿泊客と鉢合わせしたら気まずいからだ。
「おや、もう出発かい? 目覚めの一発はもう済ましたのかい?」
受付のおばちゃんが、眠そうに欠伸をしながら部屋の鍵を受け取った。
まったく、朝からなんて事を言うんだよ。俺の隣ではサヤイリスが頬を染めている。
「えっと、信じてもらえないだろうけど、そういう事はしてませんから」
「ええ!? まさか、本当にただ泊まっただけなのかい? お兄さん、そりゃ彼女が可哀想だよ。こんなべっぴんなのに。他の男に寝取られちまうよ」
「ご婦人、私はリョウヤ殿一筋です。他の男性には興味ありませんのでご心配なく」
「……だそうです」
俺達のやり取りを聞いて、おばちゃんが目を丸くしたが、すぐに面倒くさそうな顔になる。
「あーはいはい。朝からお熱うございますね。まぁ、気をつけて行ってらっしゃいな」
おばちゃんが呆れつつ俺達に手を振って、受付の奥に引っ込んでしまった。
正直に言うと、朝に『そういった事』になりかけたのは事実なんだけどね。
目が覚めたら、サヤイリスにガッチリ抱きつかれていて、身動き取れない上に『生理現象』ときたもんだ。
ちなみに、これは朝目覚めた時に自然に起きている現象の方ね。
「さっきの『生理現象』ですが、リョウヤ殿はあんな風に変化するのですね……」
「ちょっとそこ! わざわざ思い出さないでいいから!」
「受け入れる準備はできていますから、いつでも言ってくださいね」
ムードもへったくれも無いや……。
それから俺達は、街道沿いにあった飲食店の屋台で軽く朝食を済ませて王都へ向かう。
朝早く出た事によって、街道が空いているうちに一気に距離を進める事ができたので、途中休憩を挟みつつ、夕方前には冒険者予備校の裏手にある駐車場に到着した。
うわあ、早速メディア校長とアーヴィルさんが待ち構えてる……じゃなくて、出迎えてくれてるよ。
「えっと、ただいま戻りました……」
最後の方は小声になってしまった。サヤイリスは俺に遠慮してなのか、黙っている。
すると、メディア校長が無言でつかつかと歩み寄って来る。
こりゃ一発キツイのお見舞いされるなあ。
戦わないで情報収集してくるだけだと約束して出発したのに、他のみんなを巻き込んだ上にガッツリ戦闘して来たんだからな。
殴り飛ばされるのを覚悟して、目を閉じて歯を食いしばった時だった。
──ふわり。
突然、優しく抱きしめられた。
え? え? 何事!?
「……この馬鹿が。こちらがどれだけ心配していたと思っているのだ。でも、よく無事で帰ってきてくれた」
「……すみません」
校長は俺を解放すると、少し泣きそうな顔で微笑みかけてくれた。
「もし、お前達生徒に何かあったら、親御さんの所へ謝りに行く私の気持ちにもなってみろ」
「……すみません」
冒険者予備校に入学する時の誓約書には、『何があっても自己責任』みたいな事が記載されていたので、本来は親に謝罪なんてしなくてもいいはずだ。
生徒の親もそれを承知で子供を冒険者予備校に送り出している。そもそも、冒険者は自己責任で成り立つ職業だ。
後から聞いた話なのだが、過去に事故があって、犠牲になった生徒の親元に校長が謝罪のために赴いた事があったそうだ。
その時、彼女がどんな気持ちで生徒の親に会ったのかは、俺には想像できなかった。
「今はこれで許してやる。後でちゃんと話を聞かせてもらうからな」
いきなり脳天にゲンコツを叩きこまれた。油断した瞬間にこれはひどい!
「お陰様で、私も無事に竜牙の里を守る事ができました。ありがとうございました!」
涙目でうずくまる俺の隣では、サヤイリスが校長達に深々と頭を下げている。
「サヤイリス。君が無事で私達も安心したよ」
「リョウヤ君もサヤイリスさんも、まずはお帰りなさいだね。詳しい報告は後でいいから、今日は二人とも、ゆっくり休んでくれ」
これだよ。
このアーヴィルさんの気遣いこそ、俺が欲していた物なんだよ。
校長にはこの気遣いが足りない。
「リョウヤ、何か言いたい事があるのか?」
「いえ、何も」
校長、俺の心を読むのは、やめてくれませんかねえ。
「リョウヤ達が帰って来たのか?」
そこへシーラがやって来た。
髪の色がブラウンになっているので、違和感が半端ない。
それに、黒一色だったワンピースではなくて、良家の令嬢って感じの服を着ている。
服までイメチェンしたのかよ。これじゃ本当に普通の女の子じゃないか。
「ああそうだった。リョウヤ、お前に相談したい事があったのだ」
「なんですか? 校長」
「このシーラ嬢を私達の養子にしたい」
なん……ですと?
こいつを養子にしたいとか、正気なのか!?
「まあ、私もそれなりの年齢なので、今から子を授かるのは難しいと思うのだ。そうしたら、シーラ嬢が魔人の力を失い普通の人間になったというじゃないか」
「はあ……」
「それでね、リョウヤ君。メディアとも相談したのだけど、彼女を私達の養子にしたらどうかってね。魔人でなければ、表面上は普通の人間の少女だ。問題は無いと思うよ。それに、今後は彼女の将来を考えると私達という後ろ盾があると便利なんじゃないかってね」
そんな事を考えていたのか、この人達は。
確かに、校長とアーヴィルさんの間にシーラぐらいの娘がいても、全然おかしくはないよな。
「わらわも、いつまでもアンに世話になりっぱなしになるのもどうかと思ってな。それに、口先だけのリョウヤに本当に養ってもらえるかは怪しいし……」
「お前、それ俺に失礼だぞ。……だけど、確かにシーラの将来を考えるとその方がいいかもな」
シーラが学府に進学したいと言ったら、校長達がバックアップしてくれるだろう。一応、学府は誰にでも門戸を開いているとは言え、身元調査は厳しいとも聞くし。
「それじゃ、例えば俺がシーラと結婚する場合は、校長がお義母さんになるんですね。お義母さん、娘さんをください!」
「お前のような奴に娘を簡単にはやらんぞ! ……って、誰がお義母さんだ! いきなり気持ちの悪い事を言うな!!」
頭を叩かれてしまった。
まったく、ノリツッコミしておいてこれかよ。
「じゃあ、私がリョウヤ君のお義父さんになるのかな? それは傑作だね。ははは!」
「アーヴィルも、こいつの冗談に付き合うな!」
「えっと、わらわとリョウヤが結婚……どうしよう! 花嫁修行って、した方がいいのだろうか」
「シーラ嬢も飛躍しすぎだ!」
「あ、私もリョウヤ殿と結婚する予定ですから、一緒に修行しましょう」
「「「ええ!?」」」
これ放っておいたら、グダグダになるパターンだわ。
「はいはい、サヤイリスは黙っててね。それで、シーラ自身は養子の件はいいのか?」
「構わない。というか、既に昨夜から二人の家に住まわせてもらっている」
早いよ! 超展開じゃないか!!
「一応シーラ嬢のお気に入りである、リョウヤの意見を聞こうと思ってな」
「俺としては、何も異論は無いですよ。むしろ、シーラの幸せに繋がる事ならば大歓迎です」
「……そうか。では、近いうちにシーラ嬢と養子縁組の手続きをさせてもらおう」
「認めてくれてありがとう。リョウヤ君」
校長とアーヴィルさんが嬉しそうだ。
本当は、二人とも子供が欲しかったのだろうな……。
シーラも二人の事を優しい目で見つめている。
「それはそうと、シーラは二人の前でもそんな言葉使いを続けるのか? 事情を知らない人が見たら、痛い子扱いだぞ」
「痛い子扱いとは失礼な! わらわの言葉遣いに関しては、二人の了承済みだ。流石に人前に出る時は『娘』を演じるけどな」
「え、何それ! ちょっと見てみたいんだけど! 娘ってのをやってみせてよ」
「仕方ない。ちゃんと見ていろよ」
シーラがこほんと咳払いをして、姿勢を正す。
「わたくし、アーヴィルお父様とメディアお母様の娘で、シーラと申します。どうぞ、皆さまお見知りおきを……って、感じだがどうだ?」
シーラがスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をする。まるで、本当に良家のご令嬢だ。
サヤイリスが感動したのか、拍手までしてるし。
って、なんでそこで校長達が涙ぐんでるんだよ!
娘の成長に感動してる両親のつもりかよ!?
なんだか、王都に帰って来た早々に疲れてしまったのだった。




