387 すっげえいい女だよ!
危なかった。
もう少しで完全にロリコン認定されるところだったよ。
あんな可愛らしいオーちゃんを前にして、愛でないなんて選択肢は無いのだぞ。
そんでもって、復活した鏡子さんとエリカに『裏切り者』と罵倒されてしまった。
「リョウヤさん、私達という存在がいるのに、そんな子に現を抜かすなんて、酷くないですか?」
「そんなチンチクリンの何が良い訳!? アタシのこの胸じゃ我慢できないの!?」
一難去って一難である。まさに修羅場だ。
どうやら、精霊契約をした自分達を差し置いて、俺の事を『ご主人さま』と呼ぶオーちゃんが気に入らないらしい。
「ご主人さまは、ご主人さまなのです!」
オーちゃんは健気だなあ。
「そんなポッと出のあなたが言っても、説得力はありませんよ」
「そもそも、アンタはリョウヤと契約してるの? アタシ達はちゃんと契約してもらってるからね」
いつにも増して、二人の当たりが強い。
精霊同士にしか分からない力関係なのだろうか。
流石に可哀相になってきたので、止めに入ろうとしたのだが……。
「わたしはご主人さまの体液を沢山浴びたのです!」
ちょっと、何を言い出すのかな、この子。
周囲から俺に向けられる視線が痛いのですけど。
「体液ですか。それは大変気になりますね」
「うわあ、ちょっと羨ましいかも……」
そこの二人も何を想像しているんですかね。
「ご主人さまの体液とシーラお姉ちゃんの体液が混ざり合った結果、わたしが生まれたのです!!」
ちょっと! 言い方!
シーラが涙目で顔を真っ赤にしてるから!!
って、みんな俺の事を犯罪者を見るような目で見ないでくれ!!
「それは素晴らしいですね。リョウヤさんとシーラさんの体液が……なんと卑猥、いえ素敵な」
「アタシもリョウヤの体液まみれにされてみたい!」
「二人ともいい加減にしてくれ! 体液じゃなくて血液だよ! どれだけ俺の社会的地位を貶めれば気が済むんだよ!?」
「体液と血液は同義語じゃないのですか?」
「リョウヤは何を考えてるのー? やっぱムッツリだねー?」
本当にこいつらは……。
「わたし、ご主人さまと精霊契約済みですよ?」
なんですと。
オーちゃんの発言に、鏡子さんとエリカの表情が固まる。
「え? だって、リョウヤさんはこうやってピンピンしていますし……」
「そうだよ。それにアンタ、アクセサリーもらってないでしょ?」
精霊と契約する際には、身に着ける物をプレゼントするのが決まりだと、ダンジョン精霊のズンこさんが言っていた。
そんでもって、契約の対価は契約者の魂その物だとも聞いた。
実際、俺は都合良く魂が二つあったから、二人と契約してもこうして生きていられる訳で……。
「──それに関しては、私が説明しましょう」
突然、オーちゃんが和服美人のムラサメさんに変身した。
それを目の当たりにして、流石の二人も絶句している。
「ご主人様と魔人の魔力の大半を対価としていただきました。黙っていて申し訳ありません」
……なんとなく心当たりがある。
さっき、師匠さんと戦ってた時に魔力ブーストを使ったら、魔力切れになるのが早かったのだ。
もしかして、シーラが弱っていたのもそれが原因だったのかも。
当の本人も複雑な表情をしている。
「そ、それでは私達の契約精霊としての立場は……」
「ずるい! 小さな女の子と大人の姿を使い分けるなんて……」
気にするところはそこなのか?
「ですが、私も万能ではありません。こうして実体化していられるのも、制限がありまして──」
言い終わらないうちに、ムラサメさんが魔力剣の柄の姿になってしまった。
(魔力チャージしないと実体化できませんので、後はよろしくお願いします)
まあ、何もかもが都合良くって事にはならないか。
鏡子さんとエリカが己の立場を脅かされなかったので、ほっと胸を撫で下ろしていた。
◆◆◆
なんだかんだ色々あったけど、他のみんなは再び鏡で王都へ帰る事になった。
みんな竜牙の里の復興が気掛かりだったみたいだけど、今の俺達が残ってもやれる事は少ない。
本格的な復興は、災害救助のプロでもある王国の救援部隊の人達に任せる事になった。
流石にヴィルオン国も続けて里に攻め込んでくる程、馬鹿ではないと思いたい。
そして、俺達は一刻も早く冒険者予備校に帰らないといけないのだ。
そう考えたら、凄く気が重くなってきたな。
「ところで、リョウヤさん。私達が休んでいる間に凄く面白い……大変な事になっていたのですね」
鏡子さん、面白いとか言わないでね。
「シーラが普通の女の子になっちゃうなんてねー」
「エリカ、わらわを子ども扱いして撫でるな!!」
エリカは、すっかりシーラがお気に入りになってるみたいだ。
シーラも普通の女の子にしか見えない。昨夜は変なスイッチ入ってたみたいだけど。
そんな事を考えていると、アヤムナーリさんが族長のウィオリアさんに頭を下げているのが目に入った。
「わたくしのために貴重な魔石を使って頂いて、どうお礼を申したら……」
「構わないのですよ。お守り一つで人の命が助かったのですから。きっとお母様も、草場の陰から喜んでいます」
「姉上、母上は存命ですよ」
「あら、そうだったかしら? お父様もお母様も私に役目を押しつけて遊びに出てしまうものですから、すっかり存在を忘れていました」
……ウィオリアさんも、割といい性格をしてるなあ。
っと、ディナントさんに伝える事があったんだっけ。
すっかり忘れるところだった。
「ディナントさん。アヤムナーリさんの処遇については、アーヴィルさんにお願いしてくださいね。あの人なら上手くやってくれますから」
「リョウヤ君、ありがとう。何から何まで世話になるな」
「必ずお礼はさせて頂きますにゃん」
シーラやフィルの時みたいに、戸籍や身分をでっち上げてもらえれば、アヤムナーリさんもディナントさんと一緒に暮らせるはずだ。
準備に走り回っていると、リリナさんに声を掛けられた。
「リョウ君は私達と一緒に帰らないの?」
「俺は魔導力車を持ち帰らないといけませんし、リリナさんは先に戻って校長をなだめておいてください」
「わ、分かったわ。なんとかしてみるけど、期待はしないでね……」
リリナさんの表情が引きつっているけど、あなただけが頼りなのです。
そう思っていると、興奮気味のアンこ先輩が駆け寄ってきた。
「セッキー君。私、アヤムナーリさんと沢山お話しをしましたよ! こんな機会を与えてくれてありがとうございます。もう思い残す事は何もありません!」
「先輩、そんな縁起でもない事を言わないでくださいな。それとシーラの事をお願いしますよ」
「分かりました! シーぽんの事は任せてください! さあ、行きますよシーぽん!」
「あ、ちょっと待つのだ、アン! 引っ張るな!」
なんか立場が逆転してしまったみたいだな……。
今度は辛気臭い顔のミっちゃんが、よろめきながら近づいてきた。
「セッキー、どうしよう……」
「いきなりどうしたんだ? またメルさまに嫌がらせをされたの?」
「ちょっと、セッキーさん!? わたくしがそんな事をすると思っているのですか!?」
それ本気で言ってるのかな? だとしたら、かなりの重症だぞ。
「セッキー、私は母上に無断で妖狐封じの首輪を外して妖狐の力を解放してしまった。これは絶対にバレてるはずだ」
あ、そっち方面ね。
「それは仕方ないよ。あの時は緊急事態だったし、説明すれば分かってくれるはずだよ」
「そうだと良いのだが……」
「もう! ミっちゃんさんは、くよくよし過ぎですの! もっと堂々としていてくださいな」
ミっちゃんがメルさまに背中をバシバシ叩かれながら行ってしまった。
なんだかんだで、いいコンビなのか……?
呆れて見ていると、お次はピアリがやってきた。
「今回のボクは戦闘であまり役に立たなかったね。キミの事も守れたと言える程の働きもできなかったし……」
「何を言ってるんだよ、ピアリ。アヤムナーリさんを助けたじゃないか」
「それだって、シーぽんがいたこそだよ。ボク一人の力だけでは……」
「そんなに卑屈にならないでくれ。俺だって、ピアリがいる事で安心できるんだからさ」
「そうなのかな……?」
「そうだよ」
「うん、分かった。これからもボクを頼ってね」
「ああ」
自分では気づいて無いだろうけど、ピアリは俺達の中では貴重な常識人枠だからな。
リリナさんがいない時は、一番頼れる奴かもしれない。
ピアリを見送ってると、レイズとノノミリアもやってきた。
「リョウヤ、俺達も先に戻らせてもらうな。もし、冒険者予備校を退学になったとしても、今度は冒険者としてどこかで会おうな」
「リョウヤ君さえ良かったら、あたし達のパーティーに入れてあげるからね!」
「二人ともありがとう。まあ、お互い退学にならない事を祈ろうぜ」
あの二人なら、どこでも上手くやって行けるだろう。
それこそ、いきなり夫婦生活を始めてたりしてな。
続いてラスも姿を見せた。
「お疲れ、リョウヤ」
「ラスもお疲れさん。なんか巻き込んでしまったみたいで悪かったな」
「気にすんな。俺も良い経験になったし、リューミアとルーミにも再会できたんだ。むしろ礼を言わせてくれ」
「そう言ってくれると助かるが、進路に影響が出たら申し訳ないというか……」
そうなったら、俺の伝手でなんとかしてやるつもりだ。利用できる人脈は、なんでも利用してやれだ。
「ああ、それなんだけどよ、城勤めの兵士じゃなくて、現場の兵士を目指す事にした」
「なんで急にまた? アストリーシャの事はいいのか?」
「アストリーシャさんの事は諦めてねえよ。……俺さ、今回の事を見て思ったんだ。戦っている駐屯軍の人達がすげえカッコ良くってさ。実は、騎士団長のオーレウスさんにも誘われたんだよな。新たに創設される獣人部隊に入らないかって」
「そうだったのか。俺も応援するから頑張れよ!」
「おうよ!」
ラスも本当の意味で自分の進路を見つけたんだな……。
なんだか、急にみんなが俺を置いて先に行ってしまった感覚である。
ふと、背後に気配がしたので振り向くと師匠さんが立っていた。
先程の戦いでムラサメさんが師匠さんの剣を叩き折ってしまったので、微妙に顔を合わせづらい。
「小童よ。俺は己の力を過信していた。此度の戦いでそれを痛感した。これを機に、素直に隠居でもしようかと思う……」
なんか師匠さんが一気に老け込んでしまってるなー。
ムラサメさんに負けたのが、余程ショックだったのだろうか。
「そんな事言わないでくださいよ。まだ俺との勝負は終わってないじゃないですか。俺はあなたに勝たないと、ウィオリアさんとサヤイリスを娶れないんですからね。だから、隠居するなんて言わないでくださいよ」
多少冗談を交えて励ます事にした。
俺も自分の力で勝った訳じゃないので、後ろめたいのだ。
「小童……」
「俺はもっと強くなります。その時は再戦しましょう、ヴァルダックさん!」
俺は手を差し出した。
「……ふふふ、ふはははは! 生意気を言いおって! 分かった。俺も修行の旅に出よう。次の戦いを楽しみにしているぞ、リョウヤ!」
差し出した俺の手を力強く握り返した師匠さんは、笑いながら去って行った。
人生の目標があれば元気になれるはずだ。
次に会って彼に勝てるかは分からないから、会わないようにしよう。
さて、みんなの支度も終わった頃だな。見送るとしますか。
みんなの方へ行くと、俺に気づいたロワりんが駆け寄ってくる。
「セッキーも気をつけて帰ってきてね。向こうの事は、私達で何とかしておくから☆」
「頼んだよ。それと、みんなをまとめ上げてくれて助かった」
「ふふん。私の有能さに今頃気づいた?」
「ああ、すっげえいい女だよ!」
「あ……えっと……その、ありがと……」
ロワりんが顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
チョロ過ぎて心配になりますよ。だけど、感謝してるのは本当だからね。
それからエリカが移動用の姿見を出現させると、みんなが王都へと戻って行った。
「俺も王都へ帰るとしますか!」
「そうですね。共に帰りましょう。リョウヤ殿」
「……あれ? なんでサヤイリスが一緒にいるの?」
「なんでと言われましても、こちらへは一緒に来たじゃないですか。それに王都からの外出記録が残っているのに、あのまま予備校に戻ったら不自然じゃないですか?」
それを言ったら、ディナントさんだって同じなんだけど……。
「リョウヤ様、妹の事は頼みましたよ。末永く可愛がってあげてくださいね。もちろん私の事も」
ウィオリアさん、族長がそれでいいんですかねえ。
呆れてると、彼女達の妹と弟がやってきた。
「サヤイリス姉さま、私達に早く甥か姪の顔を見せてください!」
「お兄ちゃん、サヤイリスお姉ちゃんは寝相が悪いので気をつけてね」
「姉上はともかく、レーシャもシンビも何を言うのですか!?」
既に今から頭が痛くなってきたよ。
「リョウヤ殿、申し訳ありません。姉上達に悪気は無いのですが……」
「気にしなくていいよ。家族仲が良いって事はいい事だからさ」
「そうですね。私の自慢の家族です!」
笑いながらサヤイリスが胸を張った。すごくいい笑顔だ。
それから沢山のお土産を頂いて、竜牙の里の人達に見送られながら王都へと魔導力車を走らせる。
帰りはのんびり走るのもいいかな、と思っていると突然声が聞こえてきた。
「リョウヤさん、聞こえますかー?」
ん? これは鏡子さんの声か?
「サヤイリス、そこの鞄の中からコンパクトミラーを取ってくれないか? 運転中で手が離せないんだ」
「分かりました。これですか?」
サヤイリスが折り畳みの鏡を開くと、鏡子さんが映っている。
「ロワリンダさんが、寄り道しないで帰って来なさいとおっしゃっていますよ。それとメディア校長から話があるそうですので、早く帰った方がいいとも」
「うげ……」
「リョウヤ殿、これは急いだ方が良いみたいですね」
「そうだな。速度を上げるから、しっかり掴まってて!」
「はい!」
何故そこで俺に密着するんですかね……。
こうして俺達の冒険は、ひとまず幕を下ろしたのだった。
第八章はここで終了です。登場人物紹介を挟んで第九章のイヅナ国編が開始です。
それはさておき。昨年の今頃、旧版が警告を受けて非公開になってしまい、加筆修正版として再開して一年。長かったような短かったような……。
まだ続きますので、今後もお付き合いよろしくお願いします。




