35 うわぁ、グロ……
メンバールームの改装が無事に終わると、お次は新しい制服の採寸が続き、新制服の受け取り手続きの予約を済ませたある日。
アンこ先輩は新パーティー認可の最終的な審査を受けるため、リリナさんとピアリも同行して校内の審査会に行っていた。
先輩達なら審査も問題なく通るだろう。
俺の目の前の三人じゃなければ。
残された俺達は吉報を待ちつつ、改装を終えたメンバールームでお茶をしている。
広い部屋っていいね。
見た目だけは優雅にお茶を飲んでいたメルさまが、ふいに俺の方へ視線を向けた。
「セッキーさん。そういえば、校外実習がもうすぐでしたよね」
確かに言われてみれば、もう間もなくだ。
「そうですね。みんなは去年どうでした?」
俺が問い掛けると、みんなの眉間にしわが寄る。
何か思い出したくない事でもあったのかな……。
「う~ん。今年は大丈夫だと思うけど、十分気を付けてね」
「そうだな。油断はしない方がいいと思う」
ロワりんとミっちゃんが不安になるような事を言ってきた。
新手の嫌がらせだろうか。
「この前のアクセサリーのお返しという訳ではないですが、これをお渡ししておきますの」
メルさまが薬瓶のような物を数本テーブルの上に置いた。
わざわざお返しをしてくれるなんて、見返りを求めていた訳じゃなかったのに。
身に付けていてくれれば、贈った身としては嬉しいのだ。
「その薬は、わたくしが調合した回復薬ですの。受傷部が壊死していなければ、ある程度の深い傷でも回復すると思うので、念のために持って行ってください」
そんなに強力な回復薬なのか!
これは素直にありがたい。
「ありがとう。助かります!」
「メルさまの特製回復薬は、小金貨一枚分ぐらいの価値があるからね☆」
「無駄遣いするんじゃないぞ」
そんな事を言われたら使えないじゃないか。
小金貨一枚って、一ヵ月は暮らせる金額じゃないのか?
俺がプレゼントした物と比べ物にならない金額なのだけど。
普通の回復薬は、高くても中銀貨一枚ぐらいで買えたはずなので、相当質の良い回復薬なんだろうな。
もしかして、メルさまってお金持ち?
そもそもが貴族のご令嬢って話だったよな。
そんな事を考えていると、アンこ先輩達が帰ってきて無事にパーティーが認可されたと報告してくれた。
その日はお祝いで、夜遅くまでみんなと騒いだ。
そして、メンバールームに寝具を持ち込んでいたロワりん達は、当たり前のように泊まっていったのだった。
◆◆◆
ついにやってきた校外実習の当日。リリナさん達に見送られつつ校庭へ向かった。
既に新入生が校庭に集まっていて、班決めを始めている。
俺はレイズとノノミリアと被服学科で紹介されたテルノと無事に合流する事ができた。
「それにしても、新しい制服が校外実習までに間に合って良かったな」
レイズはブレザータイプの制服を少し着崩している。
動くのに邪魔という事でネクタイは外し、シャツは胸元までボタンを開けていた。
「まさか本当に新しい制服が着られるとは思わなかったね」
ノノミリアはチェック柄のプリーツスカートのセーラー服で、その上にローブを羽織って杖を手にしている。
おお、魔法使いみたいだ……って、魔法使いなんだよな。
「あの、みなさん、今日はよろしくお願いします……」
不安そうなテルノはブレザータイプの制服で、丈夫そうなショート丈のコートを着込んでいる。
実戦的な防具とまではいかないが、ナイフ程度なら簡単に刃を通さないんじゃないかな。
「それで、なんでリョウヤはジャージのままなんだ?」
レイズに突っ込まれた俺は、新制服を着ずにジャージ姿だった。
実のところ、着心地があまりに良くて着替えるのすら面倒になっていたのだ。
日常の普段着からパジャマの代わりにまでなってしまう万能服なのだよ。
今なら、ミっちゃんの気持ちもよく理解できる。
まあ、新しい制服を汚したくないってのもあったけどね。
「気にしないでくれると嬉しい」
ちなみに新制服の発案者は、秘匿とされている。
色々と面倒な事になりそうだしね。それに冒険以外の事で目立ちたくない。
生徒達の班決めが終わった所で、担当講師の説明が始まった。
どう見ても頭部がカツラで、口髭が嫌らしい感じのデザロという剣術学科の講師だ。
「──いいかお前ら、ここに帰ってくるまでが校外実習だからな。気を抜くな!」
ふいに『先生、おやつにバナナは含まれますか?』などと聞きたくなったが、そんな事を言ったらぶん殴られそうな雰囲気だったので自重する。
説明が終わった後、王都の門を出たところで用意された馬車にそれぞれの班が乗り込んで出発する。
まさに遠足気分だな。みんな手に武器を持っているけど。
そんな感じで、しばらく馬車に揺られていると、目の前に鬱蒼とした森が広がる地域までやってきた。
ここから校外実習のスタートだ。
事前に渡された地図に従い、隠された魔石を各班で持ち帰る事で実習が達成となる。
当然のように魔獣等も出現するので、各自の判断で動かないといけない場面もあるようだ。
緊急用に救難信号弾を手渡されたが、そんな物を使う事態にならないでほしいな。
救助要員としてだろうか、数名の冒険者も同行していたので、万が一の事態の時は彼らが救援に駆け付けてくれるのだろう。
それにしては全員がまだ若い気がする。
下手をすると、俺達と大して年齢が変わらない冒険者達じゃないか?
少々不安に感じていると、レイズが実情を教えてくれた。
「あの冒険者って、ウチの冒険者予備校を卒業したばかりの先輩達らしいぜ。噂じゃFランクとか聞いたぞ。いくら予算が無いからって、もう少しまともな冒険者を雇えっての」
余計に不安になるような事を言わないでもらえませんかね……。
そんな思いを胸に抱えつつ、順番が回ってきたので俺達の班も出発する。
「なんか薄暗くて、いやーな感じだね」
「私は一人でこんな場所を歩けませんよ……」
不快そうに猫耳をピコピコ動かしているノノミリアのローブを後ろからテルノが掴んで歩く。
そんな二人をレイズは横目で見ながらつぶやく。
「こういう時に探知魔法があると便利なんだけどなぁ。しゃーない。地道に進むか」
確かに探知魔法があれば外敵の接近も事前に分かるだろうから、随分と楽だろうな。
アンこ先輩の時はどうだったのだろう。いいメンバーに恵まれたのかな。
虫型の魔物や魔獣の類に時々出会うが、レイズが片っぱしから剣で斬り捨てていた。
剣が通らない硬い外皮を持つ中型犬ぐらいの大きさのダンゴムシは、ノノミリアの雷撃の魔法で対処していた。
このダンゴムシは正式名称がマルムシといって、丸まって高速回転しながら転がってくる。
直撃されたら骨折する程の威力なので、見た目よりは油断できない相手である。
流石に冒険者を目指す二人は、対処するのにも手際が良い。
そして俺とテルノは、魔物が残す魔石の回収係だ。
魔物の死骸からナイフを使って魔石を取り出し、鞄にポイポイ入れるだけの簡単なお仕事です。
魔物の死骸はちょっと気持ち悪いけど。
そんでもって、元々手先が器用なテルノは魔石の回収が俺の三倍は早かった。
俺の立場って……。
「リョウヤ。お前も冒険者を目指しているなら、少しは戦ってみたらどうだ?」
そんな俺をレイズが見かねたのか、声を掛けてくれた。
よし、俺も頑張ろう。よろしくな、オオツカさん。
腰にぶら下げた魔力剣の柄をそっと撫でる。
しばらくすると、ブォーンという重低音が聞こえてきたと思ったら、体長一メートルぐらいの大きな蜂が襲ってきた。
マルムシでも思ったけどさ、でかいよ!
誰だよ、外骨格の生物は自重でつぶれるから巨大化するのは有り得ないなんて言ったのは!!
異世界では前世の常識は通用しないのかもしれない。
巨大な蜂は凶悪な顎が目立つアギト蜂という名前らしい。
毒針は持っていないが、その強靱な顎で獲物を噛み砕くと座学の講義で聞いた覚えがある。
「大丈夫か? 無理そうなら俺がやるけど」
レイズにそんな事を言われたが、少しはいい所を見せておかないと格好がつかない。
魔石の回収でもテルノに圧倒的に負けているし。
頼むぞ、オオツカさん。
魔力剣の柄に魔力を流して魔力の刃を発生させる。
「へぇ、珍しい武器を使うんだな。でも魔力剣って効率悪くないか?」
効率なんて関係あるのかね、と思いながら羽音を立てて向かってくるアギト蜂をぶった斬った──
グシャァ!
斬ったというより、叩き潰したと言った方が正しい。
「うわぁ、グロ……」
中身が色々と飛び散ったアギト蜂を見てノノミリアが引いていた。
流石にテルノも魔石の回収を嫌がったので、結局俺がやる事に。
どうしてこうなった……。
「ぶっちゃけ、普通に鈍器で殴っても良かったんじゃないか?」
真顔のレイズが身も蓋も無い事を言ってくる。
ちゃんと切れる刃を出せるように、訓練しないといけないな。
その後は特に魔物に遭遇する事もなく、地図に記された場所に到着した。
目的地の大木の下で一旦休憩とし、水分補給をしながら携行食を食べていると、ノノミリアの弾んだ声が聞こえてきた。
「ねぇ! これじゃない?」
ノノミリアが大木のうろの中にあった大きな魔石を取り出して俺達に見せる。
その直後、ノノミリアが持つ魔石から強烈な光が発せられ、周囲に魔法陣のような文様が浮かび上がった。
「え!? ウソ!? なんなの!?」
「キャァッ!」
テルノが悲鳴を上げる。
気付くと俺達はマルムシとアギト蜂の大群に囲まれていた。
「おいおい、これはシャレにならないぞ……なんだよこの数は!」
流石のレイズも顔が引きつっている。
少なくとも数十匹はいそうだ。
レイズがノノミリアをかばうように前に出た。
まさかとは思うが、ハズレの魔石という意味の罠なのだろうか。
だからと言って、この数の魔物は危険すぎる。
「テルノ! 信号弾を撃って!」
ノノミリアが叫んだ。
郊外実習が失敗となったとしても、自分達が怪我をするよりはマシな判断だ。
特にテルノは非戦闘員なので、守らなくてはいけない。
「う、うん!」
テルノが魔力を使用して発射する救難信号弾を上空に発射した。
それとほぼ同時にあちこちで救難信号弾が上がったのが見えたのだった。




