331 やっぱり実家に帰りたくない!!
サヤイリスの歓迎会も無事に終え、日常生活に戻ったある日。
急にやる事が無くなってしまった。
真面目に講義に出ろよと思われるが、そんな気分じゃないって日もあるよね。
かと言って、冒険者の依頼をこなす元気もない。
そういう日は大人しく諦めて、引きこもるのが一番である。
ちなみに、サヤイリスはピアリと街に出掛けてしまった。
俺を護衛するなんて最初は息巻いていたけど、あっさりと王都の空気に染まってしまい、今では暇さえあれば街へ繰り出している。
被服学科のテルノ達に作ってもらったブレザータイプの制服を華麗に着こなし、今頃は街で買い物や買い食いしたりして、学生生活を満喫してるんだろうな。
都会が気に入ってしまって、もう地元に帰りたくないとか言い出さないか、ちょっと心配になってくる。
一方、レイズとノノミリアが故郷からようやく戻ってきた。
なんか、地元で『お前らもう結婚しろよ』的な流れになってしまって、大変だったみたいだ。
……末永く爆発してしまえ。
メディア校長には、改めて鏡子さんとエリカの能力の事を説明する予定だったのだが、何やら色々と立て込んでいるそうで、それどころじゃないらしい。
噂によれば、俺がサイラントさんに話した孤児院絡みの件だとか。
大ごとにならなきゃいいんだけど。
などと、言い出した本人が他人事と思っております。
そんなこんなで、暇を持て余しながらメンバールームに顔を出すと、アンこ先輩が何か一生懸命に執筆をしている現場に出くわした。
その先輩の両脇をシーラとダンジョン精霊のズンこさんが固めている。
何やら珍しい組み合わせだな。
ロワりんとメルさまは不在みたいだ。
ミスティさんから引き継いだ薬屋の営業中なのだろう。
ミっちゃんは、メルさまに頼まれて薬の材料をよく集めに行っているので、今日は素材集めに出てるっぽいな。
「先輩、何をしてるのですか?」
「ああ、セッキー君ですか。これはですね、前に提出したダンジョン探索のレポートを生徒用のダンジョン攻略ガイドブックにしてはどうかと校長先生に言われまして、新たに加筆修正しているのですよ」
「わらわは、その手伝いだ」
「我は、アドバイザーといった感じだな」
その横でシーラとズンこさんが胸を張っている。
先輩の邪魔をしてなければいいのだけど。
「なんだか大変ですね……。頑張ってください」
「はい、頑張りますよ!」
先輩が元気よく返事して作業に戻る。
すると、シーラが部屋の隅に移動して行き、そこから俺に小さく手招きをしている。
何かあるのだろうか?
「どうしたんだ?」
「リョウヤ、アンの悩みを聞いてやって欲しい」
「先輩の悩み?」
「そうだ。わらわでは力になれない事だ。頼んだからな」
「頼んだって、いきなりそんな事を言われても訳が分からないんだけど」
「後は任せたぞ。おい、ズィーエメルツィア。息抜きで外に出るから、少し付き合ってくれ」
「それじゃ、我も息抜きに付き合うとするか。アンよ、根を詰めずに程々にな?」
「ズンこさん、ありがとうございます。もう少し進めたら、私も休憩しますから」
シーラとズンこさんが部屋から出て行ってしまい、先輩と二人きりになってしまった。
「先輩、お茶を淹れますよ」
「あ、お構いなく……って、セッキー君がそんな事しなくていいのですよ!」
「いいって、いいって。先輩は頑張ってるんだから、俺にも何かやらせてくださいって」
「そうですか? では、お言葉に甘えさせていただきますね」
そう言って、先輩がふにゃっと笑った。
相変わらず笑顔が可愛い先輩である。
それから休憩を挟み、俺は先輩から色々な話を聞いた。
家での事、みんなの事、進学の事、冒険者予備校でまだやりたい事、竜牙の谷の遺跡に行きたい事。
その中で、現在は進学の事がもっぱらの悩みの種みたいだ。
「先輩って、学府への進学は決定なんですよね?」
「推薦はいただきましたので、後は面接が残ってますよ。こちらも余程の事が無い限り、不合格になる事は無いと聞いていますが……」
そう話す先輩の表情が浮かない。あまり気が進まないのだろうか。
元々、先輩は学府への進学が目的だったはずなのだが。
「どうしたのですか?」
「あ、いえ。ここを卒業してしまったら、セッキー君と会える機会が少なくなってしまうなと……」
「卒業って、気が早いですよ。それに別にもう会えなくなる訳じゃないですよ?」
「ですが、学府の建物はこちらと正反対の位置にありますので、ここには頻繁に来られません」
先輩の進学する予定の学府は、王都内にはあるのだが、位置的にはこの冒険者予備校と真逆の方角にあるのだ。
正直、乗り物を使わないで移動するのは、先輩の足だったら相当しんどいと思う。
「なので、セッキー君と会えなくなるのが凄く寂しいのです」
「そんな、大袈裟な……」
冗談ぽく返そうとしたが、先輩の瞳から涙が溢れている。
きっと新たな環境に移るのが不安なのだろう。
今までだったら、誰かしらが先輩の事を守ってくれていたので、余計にそう思ってしまうのだろう。
「学府に進学するのは、元々先輩の夢だったんですよね? ここで気弱になっては駄目ですよ」
「だけど、やっぱりセッキー君とみんなにも会いたいですよう……」
普段はしっかりしている先輩だけど、心細いのを一生懸命に隠して頑張っているのかもしれない。
俺はうつむいてしまった先輩を優しく抱き寄せる。
一瞬驚いていた彼女だが、すぐ俺に体をあずけてきた。
「分かりました。俺からも先輩に会いに行きますよ」
「本当にですか? 私の事を忘れたりしませんか?」
「そんな事しませんよ。それに、俺と先輩の仲はファルさんとマルクさんの公認ですよね。王家との繋がりの件もあったりで、俺達は離れたくても、もう簡単に離れられる関係じゃないんですよ?」
「信じて……いいのですか……?」
俺を見上げる先輩が目を閉じる。
俺は彼女に顔を近づけると、そっと唇を重ね──
「休憩は終わりだーーー! 我も頑張るから、アンも頑張るのだぞーーーー!!」
「待て! ズィーエメルツィア!! 今は駄目だ!!」
いきなり部屋のドアが開き、ズンこさんとシーラが入ってきたのだった。
そして、抱き合っている俺達を見るなり、ズンこさんが大袈裟に目を剥いた。
「おやおや~。我はお邪魔だったかのう?」
これ、絶対に分かってて言ってるだろ。
シーラがズンこさんの背後で申し訳なさそうに手を合わせている。
鏡子さんやエリカもだけど、精霊ってのは自由奔放というか、人にちょっかいを出したがる性格なのだろうか。
だけど、先輩が笑ってくれているので、少しは気分転換になってくれたのかな。
そんな彼女を見て思い出した。
「あ、そうだ。先輩にお願いしたい事があったの忘れてました!」
「なんですか? セッキー君」
「先輩のご両親にご相談したい事がありますので、今度お時間を頂けないでしょうか?」
「……もしかして、お仕事のお話ですか?」
「はい」
イリーダさん達、王女の勤労の件だ。
サイラントさんに進言した手前、きちんとやらないと信用を失いかねないからな。
まずは、ファルさん達の協力を得られなければ話にならない。
「分かりました。でも、父と母は遠方の街へ出張に出ていますので、戻るまで少し時間が掛かるかもしれません」
「戻ってきてからでも大丈夫ですので、お願いします」
なんだかんだ言って、ご両親のマルクさんとファルさんは共に行動してるんだな。
本当の所は仲が良いんじゃないだろうか……。
「ちなみにですが、父は現地で夜のお店の接待を楽しみにしていて、母に呆れられてました」
……やっぱ駄目じゃん。
◆◆◆
夕方になり、みんなが帰ってくると自然にメンバールームに人が集まる。
そして、その日あった事などを報告し合うのが最近の日課だ。
精霊組はいないので、ズンこさんの所にでも行っているのだろう。
そんな中、小上がりのスペースでミっちゃんがうつ伏せに倒れ込んでしまっていた。
みんなはそっとして置くのが優しさだと思っているのか、普通にスルーしている。
流石にサヤイリスだけは、心配そうにミっちゃんの事を見ているが、どうしたら良いかは分からないみたいだ。
素材集めで疲れた様子には見えないが、突っ伏しているミっちゃんの手には手紙が握られている。
前にも届いてた、達筆な文字の手紙である。
「リリナさん、ミっちゃんはどうしたんですかね?」
「彼女宛てに届いていた手紙を渡したら、急にあんな感じになってしまったの」
リリナさんも困惑顔だ。
大方、実家からの手紙だろう。面倒な事でも書いてあったのかな。
「ミっちゃん、その手紙になんて書いてあったんだ?」
「セッキー、助けてくれ……」
ミっちゃんが顔を上げて、泣きそうな顔で訴えてくる。
一体何があったんだ?
「この前の手紙の返事を母上に出したのだが、セッキーの事を書いたら、是非連れて帰れとの返事が……」
「それの何がマズいんだ? 元々、俺が同行する予定だったよね?」
ミっちゃんはイヅナ国からの特使派遣の件で、一度実家に戻って来いと言われているのだ。
「そうなのだが、何故か母上がセッキーと私が将来を誓った仲だと勝手に思い込んでいるみたいで、会うのを物凄く楽しみしているのだ。私はどうしたらいいのだ……」
これはまた面倒な事になりそうだなー。
そんな事を考えていると、興味津々の面持ちのロワりん達がやってきた。
「そんなの簡単だよ☆ その場だけ婚約者の振りをしてればいいんじゃない?」
「ロワりんさん、それは先方に失礼じゃないですの?」
それを聞いてメルさまが呆れ顔になる。
「そうですよ。メルさまの言う通りですよ。セッキー君はしっかりと、ミっちゃんを支えてあげてくださいね」
ぐぬぬ……、地味に先輩の言葉が重いぜ。
「でも、実際どうするの? リョウヤ君って、ユユフィアナ姫の婚約者でもあるんでしょ? ミっちゃんの家は格式が高い家柄って感じだし、あまり適当な事はできないよ」
「ピアリの言う通りだぞ。リョウヤ、お主の行動次第で国と国の関係が変わるやもしれないから、覚悟して臨めよ?」
ピアリとシーラがとんでもない追い打ちを掛けてくるんですけど!!
ミっちゃんに至っては、顔が青ざめている。
「リョウヤ殿、ここはきちんと先方とお話をするのです。真摯に向き合えば、きっと分かってくれますよ」
サヤイリスはこう言ってくれるけど、これは責任重大だぞ。
「うう……。やっぱり実家に帰りたくない!! この件は、しばらく放置する!!」
ミっちゃんが手紙を放り出してしまった。
ええー。そんなんでいいのか!?
特使云々の話もあるんだよ?
だけど、当の本人がその気になってくれなければ、どうにもならないんだよな。
「リョウ君、どうにかしてあげられないの? ミサキさんが可哀相よ」
「無茶言わないでくださいよ、リリナさん」
気づいたら、みんなが俺に期待の目を寄せている。
一体俺に何を求めるんだよ……。
「じゃあさ、婚約者とかではなくて、ただの『恋人』としておけば大丈夫じゃないか?」
「恋人……か。それなら母上も納得してくれるかもしれないな」
ミっちゃんが納得しかけた時だった。
「でもさ、ミっちゃんって、セッキーと恋人らしく振る舞えるの?」
ロワりんの一言で、ミっちゃんが再び床に突っ伏してしまった。
これは前途多難だな。
毎度の誤字報告ありがとうございます




