320 私がリョウヤ殿を護衛しましょう
何やらここ最近、急に身の回りがバタバタしてきた気がする。
メルさまとロワりんが薬屋の経営の為の準備に走り回る中、俺はミスティさんの王宮薬師復帰の件でユーに口利きをお願いしに城まで赴いた。
無事にミスティさんの件は、お願いする事ができたのだが、ユーからは国王のサイラントさんと隠し子のミュリシャの件で進展があった事を伝えられた。
その話は追々するとして、城で竜牙族のサヤイリスと再会したのだ。
そういえば、王都に来るって話を鏡子さんとエリカがしてたんだよな。
「リョウヤ殿、お久し振りです! その後、お変わりはありませんでしたか?」
ユーと一緒に城内を歩いていると、サヤイリスが駆け寄ってきた。
燃える様な真っ赤な髪と一対の角、それにすらりと伸びた尻尾が周囲の目を引く。
「久しぶりだね。いつ王都に着いたの? こちらはボチボチって感じかな。ところで、竜牙の里は大丈夫なの?」
「こちらへは、今朝方到着したばかりです。王国軍の駐屯部隊が警備してくださっているおかげで、今のところは大きな衝突もありません。今回は国王陛下にその報告のため、こちらに伺った次第です」
「それは良かった」
サヤイリスとの再会を喜んでいると、傍らのユーが俺の袖を引っ張ってくる。
「あのう、私にもこの方を紹介してくれませんか?」
「おっと、そうだったね。彼女は竜牙の里からやってきたサヤイリスだ。それでサヤイリス、こちらはユユフィアナ王女だよ」
「これは失礼しました! ユユフィアナ王女殿下であらせられましたか!! わたくし、不肖ながら竜牙の里族長の名代としてやって参りました、サヤイリス・エリュンと申します。以後お見知りおきを」
直立不動の体勢から頭を下げるサヤイリスに、ユーはどうしていいか困ってしまったみたいだ。
普通なら女性だとカーテシーといった挨拶だし、騎士だったら、かしずいたりする挨拶なので、見慣れない挨拶に戸惑ってしまっているみたいだ。
俺としては、竜牙族の挨拶の方が馴染みがあるのだけど。
ユーの背後に控えるエレノアは、サヤイリスに対して物凄く興味津々といった面持ちだ。
剣士として、サヤイリスの力量が気になっているのだろう。
「わたくしは、ユユフィアナ・エイダス・レイデンシアと申します。どうか頭を上げてくださいませんか? わたくし、いえ、私は堅苦しいのは好みませんので」
「ですが……」
「サヤイリス、ユーの言う通りにしてあげてくれないかな? きっとユーもサヤイリスと仲良くなりたいと思ってるからさ」
「リョウヤ殿がそう言われるなら、分かりました」
そう言って、サヤイリスが頭を上げて微笑んだ。
それから俺達は、ユーの部屋でエレノアにアストリーシャも交えてちょっとしたお茶会をする事になった。
ユーの姉達が企画した以前のお茶会と違って、なんとも平和である。
「サヤイリスさんも、お久し振りっス。元気そうで何よりで」
「まさか、アストリーシャとこの様な場所で再会するとは思いませんでしたね」
二人は以前、盗賊団の隠れ家に閉じ込められていた被害者だ。
そんな彼女らが、こうして城で再会してるなんて不思議な縁だよな。
「ところで、エレノアはサヤイリスに模擬試合を挑まないのか? さっきから戦いたそうな顔をしているけど」
「いきなり何を言うのだ、リョウヤ! ……私では彼女に歯が立たないだろう。そのぐらい自分の実力は理解しているつもりだ」
あのエレノアが戦う前からこんな事を言うなんて、それだけサヤイリスの実力は凄いのか?
竜牙族は最強の種族とは聞くけど。
そんな俺の視線に気づいたのか、サヤイリスが恥ずかしそうに笑う。
「竜牙族と言っても、全員が戦士な訳ではありません。最強の種族と呼ばれているのは、ごく一部の戦士が強かったからに過ぎないからですよ」
重要な秘密みたいな事をバラしちゃっていいのですかね?
こんな事実を他の種族とかに知られたら、攻め込まれてしまうぞ。
って、現に攻め込まれているんだよな。
「まあ、そうなのですか。それにしても、竜牙族というのは、とても興味深い種族なのですね」
ユーがそれを言っちゃう?
君は吸血衝動が起きちゃう先祖返りの魔族だよね?
「ところで、リョウヤ殿はユユフィアナ王女と随分親しいみたいですが、どのような関係なのですか?」
サヤイリスの何気ない一言で、食べていたクッキーをのどに詰まらせてしまい、咳き込んでしまった。
「ほら、リョウヤさん、お茶を飲んでください。大丈夫ですか?」
ユーが甲斐甲斐しく俺の背中をさするので、余計にサヤイリスの興味を引いてしまっている。
「ええっと……仲の良い茶飲み友達、かな?」
これで誤魔化せたらいいのだけど。
だが、俺のそんな希望は簡単に打ち砕かれてしまった。
「そんな……!? 私とリョウヤさんは結婚の約束までしたじゃないですか!」
それ、今ここで言う事なの!?
「おい、リョウヤ! 私は姫様とお前の関係を認めた訳じゃないが、姫様を悲しませるのは許さんぞ!! 今すぐ婚約を破棄し、姫様に謝罪をして『どうか結婚してください』と頼み込むのだ!!」
エレノアさん、支離滅裂な事を言わないでもらえませんかねえ。
もう何が何やら……。
アストリーシャは笑ってるだけで助けにならないし。
サヤイリスは目が点になっている。
「し、しかし、そうなるとリョウヤ殿は要人になるのではないのですか? 護衛はいるのですか? 先程からリョウヤ殿の周囲を警護する者の気配を感じないのですが……」
サヤイリスの言葉に、今度は俺の目が点になった。
俺が要人? そんな事は考えた事も無かった。
「リョウヤさんは、今のところ一般の方ですので、不用意に要人扱いをするのも怪しまれると思いまして、直接の護衛の者はつけていません。それとなくは、周囲を見張らせていますけどね」
ユーがサラっと、とんでもない事を言い出した。
え? もしかして、俺は知らない所で見張られているのか!?
「それはよくありません! それでしたら、私がリョウヤ殿を護衛しましょう。しばらくはこの王都に滞在する予定でしたし、丁度いい機会です!」
はい? いきなり何を言うんですかね、サヤイリスさん?
「まあ、それは良い考えですね。リョウヤさんの護衛として、竜牙族のサヤイリスさん以上の方はいませんね」
ユーまで一体何を言い出すんだ!?
「ちょっと待ってくれ! 勝手に話を進めないでくれよ。いきなりサヤイリスが俺の護衛をするって言っても、住む所とかはどうするんだよ? 四六時中、俺と一緒にいる訳にもいかないだろう?」
「何を言うのですか、リョウヤ殿。護衛ともなれば、お守りする方のそばに常にいるのが当たり前でしょう? ですので、今日からリョウヤ殿の所へご厄介になろうと思うのですが、よろしいですよね?」
なんですと。
なんだか、とんでもない方向に話が突き進んでる気がするのだけど。
「いきなりそんな事を言われても……。それに俺は冒険者予備校の寮で暮らしているのだし、部外者は入れないよ」
「それでしたら、サヤイリスさんには冒険者予備校の生徒になっていただければ、問題はないでしょう」
突然、ユーがナイスアイデアとばかりに手をポンと叩いた。
本当に何を言い出すのですかね。この子は。
「なるほど。私も竜牙の里の族長でもある姉上から、見聞を広めて来いと言われてきました。ユユフィアナ王女、どうか私にお力添えを」
「ええ、喜んで」
ええー!?
何勝手に話を進めてるんだよ!!
「これでリョウヤ君のハーレム要員が一人増えたって事っスかね」
「ぬぬう! 姫様という存在がいるのに、なんという破廉恥な奴だ」
そこの二人も勝手に話を膨らませないで欲しいんだけど。
それはそうとして、これはこのまま座視できる状況ではない。
サヤイリスが俺のそばに四六時中いる事になったら、どんなトラブルになるか、想像するだけでも恐ろしい。
サヤイリスの事だ。トイレや風呂にまでも一緒にくっついてきそうである。
なんとしても、その状況だけは避けなければ。
それから俺は必死にユーとサヤイリスを説得し、サヤイリスを冒険者予備校への留学生として受け入れ、護衛じゃなくて学友。
住む場所は同居じゃなくて、特別棟の別室にしてもらう事で妥協してもらった。
サヤイリスの入学手続きは、ユーの方でやってくれるだろうけど、特別棟にサヤイリスがやって来るとなると、みんなにはどう説明すればいいのやら。
今から気が重くなってくるよ。
ちなみに、ミスティさんの王宮薬師復職の件だけど、あっさり話が通りました。
むしろ、伝説の薬師の帰還で大歓迎だった模様。




