31 せっかくだから、カーテンとか新調したいな
あっという間に休日がやってきた。
朝早くから特別棟にみんなが集まり、作業に取り掛かる準備を始めている。
みなさん、お疲れさまです。
今日は引っ越しと清掃なので、リリナさん含めてみんながジャージ姿だ。
改めて見てもダサいジャージだけど、便利なのは認めざるを得ない
まあ汚れても気にならないし、何よりも着心地が良かったりする。
まずはリリナさんの引っ越しという事で、女子達に職員寮のリリナさんの部屋から荷物を運び出してもらい、外で待ってる俺が受け取って新しい部屋に運ぶという段取りだ。
……何食わぬ顔してピアリが女子職員寮に入って行ったけど、見た目で男とバレなきゃいいんですかね。
リリナさんはというと、同僚と思われる人達に挨拶をしていた。
ハグをしたりして別れを惜しんでいたので、仲が良かったのかな……。
前もって荷物の整理をある程度済ませておいてくれたのは助かった。
おかげで、箱詰めの荷物を台車に乗せて運ぶだけで良さそうだ。
ベッドなんかの大きな家具は、特別棟にいくつかあったので、それを綺麗にして使えばいいと思う。
「しっかし、この箱はくそ重いな! 本でも詰まってるのかね……」
本とか重い物を詰める時は半分ぐらいにして、残りは衣類とか軽い物にするのがお約束なのに!
俺のそんな愚痴を聞いていたピアリが呆れ顔になる。
「どうして魔力で身体強化をするという発想が生まれないかなぁ」
……なんですと。
その様な便利な魔力の使い方があるなら、もっと周知して欲しいのですけれど。
そもそも、この世界ではそれが当たり前なのかな。
それ以前にアイテム袋とかって無いんですかね。
無限に物が入るアイテム袋がすごく欲しい。
俺も食べ物や飲み物を入れて常備したい。神様くれないかなぁ。
愚痴っても仕方がないので、取り敢えず全身に魔力を行き渡らす感じにしてみる。
なんだこれ!? パワードスーツを着たみたいに荷物が軽いよ!!
パワードスーツを着たことないけど。
足取りも軽やかにスキップしながら鼻歌混じりで荷物を台車に乗せていると、みんなから気色悪がられた。
まったく失礼な人達だな。
そんなこんなで、職員寮と特別棟を往復しているうちに荷物の箱も最後になり、それは身体強化をするまでもないぐらいの小ぶりで軽い箱だった。
中身はもしかして、ぬいぐるみとかかな。
リリナさんも割と可愛い趣味があるんだなと、興味本位で箱の中を見てみると彼女の下着類が詰まっていた。
……ふむ、これは中々の逸品でございますな。
だが、しっかりと現場を見られていたらしく、真っ赤な顔で駆け寄ってきたリリナさんに無言でバシバシと叩かれてしまった。
そんな涙目になって怒るなら、自分で管理しといてくださいよう。
理不尽さを覚えると同時に、俺の中で新たな性癖が生まれようとした瞬間でもあった。
まあ、そんな事はどうでもよくて。
リリナさんの荷物は一旦、俺とピアリの部屋に運び込んで彼女の新しい部屋の清掃に取り掛かる。
あらかじめガラクタを撤去しておいた部屋に不要な物はほとんどなかったし、備え付けのベッドもあるので、清掃すればそのまますぐに使えそうだ。
こういう時に浄化魔法みたいなのがあれば楽に終わって便利だなと思うけど、使える人がいないので仕方がない。
地道に清掃あるのみだ。
ある程度片付いたところで、リリナさんが部屋を見回して少し考え込む仕草をする。
「せっかくだから、カーテンとか新調したいな。終わってから買いに行こうかしら……」
それを聞きつけたロワりんが、『はい!』と元気よく挙手をする。
「だったらさ、昼食を兼ねてみんなで見に行こうよ☆」
それは妙案だ。
ロワりんの提案に乗る形で、全員で王都の街に繰り出すことにした。
ジャージ姿で街に出るのはどうかと思うので着替えようと思ったけど、ミっちゃんはジャージのまま行くと言う。
なので、俺もそれにならう。
しかし、俺とミっちゃん以外はしっかり私服に着替えていた。
このお洒落グループどもめ!
……なんだか、俺もそのうちにジャージ姿が気にならなくなってしまいそうで怖い。
予備校の門に常駐している守衛さんに学生カードを提示し、外出記録を取ってもらう。
記録があれば、戻らない生徒がすぐに判明するって仕組みらしい。
王都に訪れて以来、ちゃんと街を歩くのは初めてだ。
物珍しくあちこちを見て歩きながら活気のある市場を抜け、どことなく無機質な感じの建物が多い区域に入った。
よく見ると、窓が木枠でなくてサッシになっている。
この付近一帯だけ、急に文明のレベルが上がっている気がするな。
ピアリに聞いてみると、この辺りは実験都市区域と呼ばれる区画だそうだ。
他の街はおろか、他国にも無いような商業施設があるとも言っていた。
そして、お目当ての店があるという場所にやってきたのだが……。
どう見てもショッピングモールだった。
確信した。これは絶対に異世界の人間の仕業だ!
俺の憤りを気にせずに、みんなはさっさとホームセンターのエリアに向かう。
リリナさんはカーテン売り場でお気に入りを物色し、他のみんなは家具とかを見ている。
「セッキー君、私は抱き枕が欲しいです。何かおすすめはありませんか?」
アンこ先輩が俺の袖を引っ張って聞いてきた。
いちいち仕草が可愛いなぁ。
「抱き枕ですか……。それなら、こっちにあるみたいですね。触り心地がいい物がおすすめですよ」
先輩と二人で抱き枕売り場を見て回る。
結構シンプルな物や機能的なのが多いんだな。
……抱き枕と言えば、キャラクターのあられもない姿がプリントされている抱き枕カバーを即座に思い浮べた俺は、心が汚れているのでしょうか。
「後は自分で選んでみます。付き合ってくださって、ありがとうございました」
先輩がぺこりとお辞儀をすると、本気で抱き枕選びモードに入った。
この気迫は他人が入り込む隙が無いぞ。
現に店員さんが近付けずにたじろいでいる。
先輩と別れた俺は、他の売場も見たくなったので、リリナさんに一言伝えてから偵察に出る。
結果は想像した通り、どこかで見た事のある様な衣料品店や雑貨店等が点在していた。
流石に前世の世界とまったく同じ商品は無かったが、似たような商品を多く見掛けるに至った。
これは異世界からの文化侵略なのだろうかと悩むところですな。
難しく考えるのはやめて、生活が便利で豊かになるのは良い事なんだろうと思う事にした。
俺も普通に便利な物は買いたいし。
みんなの様子を見に戻ると、既にリリナさんは買い物を終えていた。
そしてアンこ先輩は、ピンク色で背丈以上の大きさのウサギの抱き枕を嬉しそうに抱えている。
妙に胴の部分が長くて不気味だけど、本当にそれで良かったんですかね。
ミっちゃんは沢山の本を買い込んでいた。
どんな本なのかは、頑なに教えてくれなかったけど。
メルさまは薬の調合に使う小皿や器具等、ピアリとロワりんは小物等を買っていた。
みんなそれぞれ、満足したみたいだな。
……俺はまだ無駄遣いできる程にお金に余裕が無いので、今は我慢である。
みんなも集まった事だし、そろそろお昼ですかね。
俺と同じ事を考えているのか、ミっちゃんが周囲を見渡しながら昼食を提案する。
「昼食はどうする? この後の事もあるから、あまりゆっくりはできないぞ」
それににメルさまが答える。
「そうですね。各自で軽く食べる事にいたしましょうか?」
という事で、自由行動で昼食を食べる事に決まった。
みんなが気を利かせてくれたのか、気付くと俺はリリナさんと二人になっていた。
フェミニンな装いのリリナさんとダサいジャージ姿の俺の組み合わせは、周囲からもの凄く浮いているに違いない。
そんな二人で古びた喫茶店に入り、ランチセットを注文する。
そんでもって、給仕のおばちゃんに『姉弟? 仲がいいわね』と言われてしまうのもご愛敬。
……いや、地味にショックですがな。
ちなみにランチセットは、トーストサンドとサラダにスープで、お手頃価格の割には満足できたかな。
「ところで、リリナさん。王都の名物グルメとかってあるんですか?」
「うーん、特にこれというのは無いのだけど、飲食店が立ち並ぶ通りが外から来る人達にとって名物になっているの。今度、一緒に行かない?」
「はい、よろこんで!」
グルメストリートみたいな物だろうか。
いま食べたばかりだというのに、まだ見ぬ料理との出会いに俺は胸をふくらませるのであった。




