318 辞めるんじゃないよ、自主卒業だよ
「それにしても、私が魔族だと正体を明かしたのに、皆さんは驚かないのね……」
ミスティさんが不思議そうに首をかしげている。
「ああ、それはですね、魔人──」
魔人のシーラと普段から一緒なので別に珍しくないです、と言いそうになってしまった。
すっかり俺達との暮らしに馴染んでしまって忘れていたが、そもそも魔人の存在はトップシークレットだったのだ。
案の定、ロワりんとメルさまがこっちを睨んでいる。
すみません。次から気をつけます。
「魔人? そういえば、この王都にただならぬ魔の気配を微弱ながら感じるような……」
ミスティさんが怪訝な表情を浮かべている。
「あ、いえ、魔属性の子が身近にいるので、魔族の人がいても不思議じゃないなーって! 気配もそれなんじゃないですかね!?」
嘘は言ってない。
フィルは身体が魔物化した存在だし、ユーは先祖返りで魔族の血が濃い。
城の地下で瞑想しているヨキさんに至っては、古い魔族という存在だ。
「そうなの? 私のこの黒髪も割と珍しいみたいで、昔はよく注目されたのよ」
上手く魔人の事から話が逸れ、ミスティさんが昔話を色々してくれた。
言い寄ってくる男をあしらうのに苦労した話だとか、知らない男にストーカーされて困った話だとか、終いには、付き合った事もない男の恋人に身に覚えのない恨みで刺されそうになった話とか。
っていうか、なんで全部男絡みの話なんですかね。
確かにこんな妖艶な美女だったら、周囲が放って置かないだろうけど。
「おい、ババア! それは私への当てつけか!?」
「いきなりなんですか? 色気のない小娘が私に嫉妬でもしてるのですか?」
「こんのぉ! 言わせておけば……!!」
「ちょっと、テル姉さん! 落ち着いてってば!! テル姉さんだって、モテたんでしょ? 昔よく言ってたよね?」
「そうですの。テルアイラさんも素敵な女性ですから、色々な男性とお付き合いされたのでしょう?」
ロワりんとメルさまの言葉に、テルアイラさんが真顔になった。
「……お前ら、男と食事しても、次は誘われない私の気持ちが分かるか? そんなのがずっと続いたんだぞ?」
泣きながらそう話す彼女の姿に、その場の全員が何も言えなくなってしまった。
「えっと……なんかごめんなさい。テル姉さん」
「プライベートな事をお聞きしてしまい、申し訳ありませんでしたの」
「元気出しなさいね。きっといい事があるわ」
「やめろ! そんな憐れみの目で私を見るな!!」
両手で顔を覆ってしまった彼女に同情を禁じ得ない。
なので、少し慰めてあげよう。
「ほら、これで涙を拭いてください。寂しい時は俺がご飯とか付き合ってあげますから」
泣き出したテルアイラさんにハンカチを差し出すと、彼女は受け取って涙を拭き、ついでに鼻をかみやがった。
もう洗濯して返されても、そのハンカチは要らないや。
って、そのまま返してくるのかよ!?
「本当に食事に付き合ってくれるのか少年?」
「ほ、本当ですよ」
「ならば、今夜は私と一緒に同衾しよう」
「なんでそうなるんですかね!?」
「えー、いいじゃんケチ。ケチンボー。ケ、チンボーーー!!」
「また変な所で区切らないでくださいよ!! まったく、みんなも呆れてますよ!」
と思ったのだが、ロワりんが不思議そうに俺達のやり取りを見つめている。
てっきり不機嫌になってるのかと思ったのだが……。
「どうしたの? ロワりん」
「あのね。テル姉さんが、こんなにも心を許してる人なんて、珍しいなって」
「そうなの? いつもこんな感じじゃない?」
「そんな事無いよ。よっぽどセッキーは、テル姉さんに気に入られてるんだね☆」
そんなもんですかね、と当事者のテルアイラさんの方を見たら、頬を赤く染めて涙目で震えていた。
……乙女の顔をしてるな。
「てめえ、ロワ! なんて事を言うんだ!! 頭突きをくらえ!!」
「ギャーーー!!」
お約束の頭突きをして、恥ずかしさを誤魔化しているのだろうな……。
「おやまあ、これではメルのライバルになりますね。今のうちに排除しておきましょうか?」
「先生、それは流石に……。それに、セッキーさんは既に婚約者がおられますから、わたくしは二位の座を狙っておりますの」
メルさまも、何をしれっと言ってくれてるんですかね!?
聞き捨てならぬ、と興奮したテルアイラさんに胸倉を掴まれて振り回される。
「おい少年! 婚約者って一体誰だ!? まさかリリナなのか!? お姉さんは許しませんよ! 言え! 吐いてしまえ!!」
「ちょ、ちょっと、放してくださいって!!」
そんなこんなで、結局ユーとの関係を話す事になった。
政治的な判断により、国王陛下のサイラントさんに仕組まれたと言っておけば、多少は理解を示してくれるだろう。
「むむむ、まさかの王族か。待てよ、少年との関係を維持しておけば、上手く取り入って……」
テルアイラさんが妙な事を考えてるみたいだが、放っておこう。
だけど、これで王族との強固な繋がりがある事が露見してしまったので、ミスティさんの王宮薬師復職の口利きの約束もする事になってしまった。
「王女殿下と婚約するとはね。リョウヤさん、その立場を上手く利用しなさいね」
「そうさせて頂きます……」
俺とユーは利用して利用される関係だ。
だけど、そんな風に割り切るのは少し寂しい。
俺としては、ユーの事を妹みたいだと思っている。
子供扱いすると怒るかもしれないけど、今はそれでいいのだ。
「ところで、ロワリンダさん。久々にあなたのお母様にお会いしたいのですが、今はどちらに?」
「あー、今はちょっと難しい場所にいるんですよねぇ……」
ロワりんの母親? ミスティさんは知り合いなのかな?
顔をしかめているロワりんに尋ねてみた。
「えっとね、私のお母さんとミスティさんは、昔一緒に薬学を学んだんだって」
「私の呪いも解けたので、無事を知らせたいと思いましてね」
「そうだったんですか……」
「そういえば、ロワの両親って『ユグドラシルの雫』を探しに世界中を回ってたんだよな。そっか、このババアのためだったんだな」
「まったく、この小娘は……。それで今はどこにいるのですか?」
「前回会った時、北の鉱山都市に行くって言ってまして。まあ、あの親ですから無事だとは思うのですけど、便りが途絶えちゃって……」
「まあ、そうだったの……」
北の鉱山都市だって? 飛行艇でしか行き来ができないという国の事か?
「それって、飛行艇で行く場所だよね?」
「うん。でも今は飛行艇の便が無いからって、陸路で行ったみたいだけど」
「陸路って、蛮族が支配する土地を通るんだよね? 大丈夫なの?」
「セッキー、よく知ってるね。娘の私が言うのもなんだけど、両親はそれなりに強い冒険者でもあるから、大丈夫だと思うよ」
「確かにロワの両親って、殺しても死なないような、しぶとい奴らだよな」
「テル姉さん、それ言いつけるよ?」
「うげ……」
そっか、ロワりんのご両親はそんなに凄い人達だったんだ。
確か、ルーデンの街で高級な宿に泊まった時に支配人みたいな人が英雄扱いしてた記憶がある。
考えてみると、みんなの事で知らない事がまだまだあるんだな。
「それはそうとさ、メルさまってこのお店を受け継いだら、冒険者予備校の方はどうするの? 通いながらお店の営業は難しいんじゃない?」
ロワりんが話題を変えるようにメルさまに尋ねた。
メルさまは、いずれこの店に住み込むつもりだったはずだ。
「そうですね。自主卒業……という事になるでしょうか。ロワりんさんは、どうされますか? ここには空いている部屋もありますよ」
「私もメルさまの店の手伝いをするとなると、ここに住んだ方が都合がいいよね。それだと、私も自主卒業かなぁー」
え? 二人ともいなくなっちゃうのか?
いきなりの事で気が動転してしまった。
「二人とも学校辞めちゃうの!? それは寂しいよ!」
「セッキーさん、そう言われましても……」
「辞めるんじゃないよ、自主卒業だよ。そもそも、私が予備校に入学した理由もリリナの様子を見に来ただけだったし、もう学ぶ事もあまり無いんだよね。それに、もう会えなくなる訳じゃないんだからさ?」
「でもさ、二人がいなくなったら、ミっちゃんはどうするんだ? 彼女だって寂しがるよ?」
子供みたいな事を言っているのは自覚している。
ミっちゃんまでも引き合いに出して、二人を引き留めようとしてしまった。
「確かにそう言われましたら、そうですね。ミっちゃんさんが狼狽するお顔が想像できますの」
「いや、それだけじゃないよ! 私達がいない間に、セッキーとミっちゃんが急接近という可能性だってあるよ!?」
「それはいけませんの!」
「じゃあ、もうしばらくは予備校通いになるかなぁ」
俺のワガママに二人を付き合わせて申し訳ない。
気持ちの整理ができるまで、もう少し今の生活を続けさせてください。
「二人とも、そんなに難しく考えなくてもいいのですよ。私も王宮薬師に復帰できなければ、この店を続けていきます。それに、通学しながらこの店を開いても単位として認められますよ。学べる機会があるうちは学業を優先しなさい」
「少年も寂しかったら、お姉さんの胸に飛び込んでくるがいいぞ。いつでもウェルカムだ」
大人二人にそう言われ、俺達は今後の事を話し合った。
そして出した結論は、店の営業を基本は隔日として週末は休み、営業時間も学業を考えて日中のみとした。
これなら無理なく学生生活とも両立可能なはずだ。
それに、ミスティさんの体調の件も解決したので、すぐにメルさまが寮から移り住まなくても良い事になった。
こうして俺達は、変わらないように見えて、色々と変化していく生活を始めるのであった。
七章の登場人物紹介後に、第八章開始です




