314 ダメ! こっちにこないで!!
まさか自室に戻るなり、ズンこさんに再会するとは思わなかったよ。
「ねえねえ、ズンこさんもこっちに住むの?」
ピアリ、そういう恐ろしい事を聞かないでくれないかな。
ただでさえ、俺の周囲は既にカオスな状況になってるんだからさ。
「ふむ。そうしたいのは山々なのだが、我はダンジョンの奥底に戻る。やはり、住み慣れた場所が一番なのでな。それにダンジョンの管理もしなくてはいけない」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
なんだかんだ言って、ズンこさんもセクシー系のお姉さんなので、身近にいられたらムラっとしちゃう事もあるだろうし。
「だがな、我の住む空間とキョウコとエリカの部屋を繋げたので、いつでも行き来は可能になったぞ」
それじゃ駄目じゃん。
「早速、後でエリカさんと一緒にお伺いしますね」
「ダンジョンって、発生する魔素が沢山なんでしょ? それじゃ魔力吸収し放題なんだよね?」
鏡子さんとエリカは、もう遊びに行くが気満々だな。
同族の友達ができたのなら、それは喜ばしい事である。
「さて、我はそろそろお暇させてもらおう。今日のところは挨拶代わりにこの建物をダンジョン化しておいたので楽しんでくれ。明日の朝には元に戻るから、後始末は心配しなくていいぞ」
しばらく話し込んだ後にそう言い残して、ズンこさんは姿見からダンジョンへ帰って行ってしまった。
……この建物をダンジョン化?
その言葉に引っ掛かり感じた時だった。
「なんじゃこりゃーーーーー!!」
部屋の外から叫び声が聞こえてきた。
「リョウヤ君、今のはミっちゃんの声だよね?」
「そうだな。見に行ってみるか」
姿見に戻る支度をする鏡子さんとエリカに見送られながら部屋の外に出てみると、廊下でミっちゃんが頭を抱えて立ち尽くしていた。
「ミっちゃん、どうしたんだ!?」
「セッキーか。どうしたもこうしたもないよ! 見てくれ、この廊下を!!」
ミっちゃんが指差した廊下の先は、まるで無限回廊みたいに先が見えない。
「うわあ、これどこまで続いてるんだろうね?」
「ピアっち、そんなのん気な事を言っている場合か? 一体誰がこんな事をしたんだよ……」
「ああ、これはズンこさんがやったみたいだぞ。明日には戻ると言っていたから、大丈夫だろう」
「そ、そうなのか。……って、なんでズンこさんが出てくるんだよ!!」
ミっちゃんが興奮しながら俺の胸倉を掴んできた。
まあ、この状況なら興奮するのも分からなくもない。
「騒がしいですね。一体何事ですの? まあ、これは大変ですの!!」
部屋から出てきたメルさまが、廊下の状況を見て絶句してしまった。
まったく、ズンこさんもとんでもない置き土産を残してくれたもんだよ。
二人にズンこさんがやってきた経緯と、この建物がダンジョンになった事を伝える。
「だからさ、今夜はもう寝ちゃおうよ。明日には元通りになるみたいだしさ」
「いや、ピアっち、そうも行かないんだよ。ロワりんが部屋から出て行ったきりで戻ってこないんだ」
「そうですの。ロワりんさんは、どうしても今日中にお風呂に入りたいとおっしゃいまして、トイレに行くついでに入浴してくると……」
トイレに行くついでに入浴って、そんな詳しい情報はいらないよ。
しかし、彼女達の話からすると、ロワりんが戻ってきていないという事か。
「こんな状況で探しに行ったら、私達まで遭難しかねないぞ」
「一体どうしましょう」
「だったら、探知魔法の使えるアンこ先輩にお願いして、探してもらえばいいんじゃないか? それに、シーラもこういう魔力絡みの件には強かったはずだ。二人はリリナさんの部屋にいるんだよな?」
「そうだけどさ、どうやってリリナさんの部屋まで行くのだ? セッキーよ」
ミっちゃんが廊下の先を指差す。
なんてこった! リリナさんの部屋はどこにあるんだ!?
今度は俺が頭を抱える番だ。
「それなら、外に出てリリナさんの部屋を訪ねたらどうかな? 多分、建物の外観自体は変わってないと思うよ」
「ナイスだピアリ! その手があったな!!」
「駄目ですの。玄関がもう見えませんの」
メルさまが指差す方向も、ひたすら廊下が続いていた。
どうすんだよこれ。
「みんな、もう少し柔軟に考えようよ。玄関が駄目なら、窓から外に出ればいいじゃないか」
おお! 今日のピアリは冴えまくってるな!!
流石は俺の親友だ。
「って、あれ? 何これ……?」
廊下の窓を開けようとしたピアリが固まっている。
俺達が窓の外に目を向けると、そこは知らない世界が広がっていた。
例えるならば、滅茶苦茶な異次元空間だ。
歪んで逆さまになった街並みに、船やら荷車等が浮かんでいる。
これが普通の街とかだったら、取り敢えず出てみようと思うのだが、こんなヤバそうな空間に出てみようとは絶対に思わない。
「今日はベルゲル先生が留守にするって言っていて良かったね……」
これで先生が外の異常に気づいて騒ぎ出したり、帰ってきた途端に卒倒したりする心配は少なくとも無い。
「それでどうする? ロワりんを探しに行くのか? セッキー」
「この状況では、ロワりんさんも帰ってこられないでしょうね」
「きっと、今頃ロワりんは不安がってると思うよ……」
なんであなた達は、そんな期待に満ちた目を俺に向けてくるんですかね。
「あー、分かったよ! 俺が探しに行くから!!」
「流石はセッキーだな」
「とても頼れる殿方ですの!」
「早く見つけてあげなよ?」
くそ、こいつら他人事だからって楽しんでるだろ。
それから一旦部屋に戻り、支度を整えてロワりん捜索に向かう事になった。
「じゃあ俺は行くけど、鏡子さん達に頼んでズンこさんを連れてきてくれよ。俺まで遭難したら戻る術は無いんだから」
「ああ、分かった。これからキョウコさんのところに向かうから、後は私達に任せてくれ」
「ズンこさんにお願いして、ダンジョン化を解いてもらうのですね」
「最悪明日になれば元通りになるんだから、リョウヤ君も気楽に行ってきなよ」
不安しか感じないのだが、後を彼女らに任せて俺はロワりんを探しに延々と続く廊下へ足を踏み出したのだった。
◆◆◆
「しかし、ものの見事に廊下が続いてるなぁ。一体どういう仕組みなんだろうな……」
一人、呟きながら左右の通路を確認して歩く。
無数にある左右へつながる通路の先は、大体が行き止まりばかりなので、実際はひたすら真っ直ぐ歩いているだけなのだ。
それでも途中で曲がり角があったりするので、既に帰り道は分からなくなってしまった。
「おーい! ロワりーん!! いたら返事してくれー!!」
さっきから呼び掛けてるのだが、俺の声は廊下に虚しく響くだけであった。
しかし、これは本当にどこまで続いてるんだろうな。
これでロワりんが無事に部屋に戻っていたら、骨折り損だぞ。
その時、誰かの小さな声が聞こえた。
「ロワりんか!? どこだ? 返事してくれ!!」
「……セッキーなの?」
弱々しいが、確実に彼女の声だ。
声の聞こえた方向に向かうと、通路の行き止まりの奥で丈の短いワンピースのパジャマ姿のロワりんが座り込んでいた。
「大丈夫か!? 助けにきたぞ!!」
「ダメ! こっちにこないで!!」
一瞬、安堵の表情を浮かべた彼女だが、近づこうとする俺を拒絶してきた。
一体なんなんだ?
「どうしたんだよ? 何があった……」
「こないでって!!」
「あっ……」
座り込む彼女の足元には水溜まりができていた。
流石の俺も察してしまった。
「だからこないで言ったのに……!!」
「ごめん……」
涙ぐんだロワりんが顔を真っ赤にして訴えている。
こんな時に不謹慎だけど、可愛すぎて悶絶してしまいそうだ。
「ほら、立てる?」
「あ、やめてってば!! 私、こんな状況だから!!」
「そんなの気にしないよ」
「セッキーは気にしなくても、私は気にするの!!」
嫌がる彼女を抱き寄せながら立たせる。
羞恥に歪む顔に興奮してしまう俺は変態なのだろうか。
「これを使って」
真っ赤な顔でうつむくロワりんにタオルを渡す。
念の為に持ってきておいて良かったよ。
「ありがとう……。それと少しあっち向いていて」
彼女に言われた通りに反対方向を見ながら、今の状況を整理する。
ロワりんは、この廊下ダンジョンで迷ってしまい、トイレに辿り着けなくて我慢できなく……って事だろうな。
さて、これからどうするかな。
部屋に戻る事も大事だが、まずトイレか風呂を探すのが先決だろうか。
「もうこっち向いてもいいよ」
そう声を掛けられて振り向くと、まだ顔が赤いロワりんが丸めたタオルを持ってモジモジしていた。
もう駄目だ。可愛すぎて思わず抱きしめたくなる!
「ちょ、ちょっとセッキー!! 駄目だよ! 私、今汚いんだから!!」
「そんな事気にしないよ。……無事でいてくれて安心した」
最初は抵抗していたけど、彼女も不安だったのか、すぐに抵抗が無くなった。
彼女を抱きしめながら、この建物がダンジョン化した経緯を説明してあげる。
「そんな事があったんだ……。でも良かった。こうしてセッキーが私の事を助けにきてくれたし、明日には元に戻るんだよね?」
「そのはずだよ。取り敢えず、部屋に戻る道を探すか、トイレかお風呂を探す?」
「えっと……先にトイレかお風呂に行きたいんだけど」
恥ずかしそうに声を絞り出す姿が堪らんです。
自分の新たな性癖を自覚した瞬間であった。




