311 やっぱり、俺の事が嫌いなんだな!?
「なんだ、これ……?」
ガランガランと派手な音を立てて、足元に転がる金盥を呆然として見つめる。
思わず上を見上げても、天井が見えない謎空間である。
「……セッキー、頭大丈夫?」
ロワりんが抱きついたまま、心配そうに俺の顔を見つめる。
「心配してくれるのは分かるんだけどさ、その言い方はちょっと誤解を招きません?」
「なんだよー。せっかく心配してるのにー」
ロワりんが口を尖らせながら再び抱きついてきた。
その途端、また頭に衝撃を受けて足元に金盥が転がる。
「セッキー君。もしかすると、これは立て看板に書いてあった『最後の試練』ではないでしょうか?」
アンこ先輩が落ちてきた金盥を両手で持って、珍しそうに見ている。
これが試練だって?
「宝箱には『初々しいところを見せつけよ』と書いてありましたの。そうだとすると、セッキーさんとロワりんさんでは駄目なのではないでしょうか?」
「メルさまの言う事が正しいとすると、ロワりん以外の誰かで試してみるか? 私は遠慮するからな。本当だからな? 本当だぞ?」
ミっちゃんは試したいのかな?
「そういう事だから、ロワりんはそこを退いて。ボクがリョウヤ君と試してみるよ」
「むむう。ピアっちはドサクサに紛れてセッキーとラブラブになりたいだけだろ!! 私は退かないから!!」
ムキになったロワりんが俺にギュッと抱きついてくる。
こんな時じゃなければ、嬉しいんだけど……。
そう思ってると、次々と金盥が落ちてきて俺の頭に直撃する。
大して痛くはないが、こんなのは何度も食らいたくない。
「ちょっと、お願いだから一旦離れてくれ!!」
可哀想だけど、抱きついてくるロワりんを押し返す。
そんな悲しそうな目で見ないでくれよ。
「セッキー……分かったよ。でも後一回だけ☆」
そう言って彼女が抱きついてくると、また金盥が落ちて俺の頭に直撃する。
これ、わざとやってるんですかね?
「じゃあ、リョウヤ君。今度はボクと試してみようよ?」
「お、おう……」
銀髪のピアリが俺の両手を握ってニッコリ笑い掛けてくる。
そのピアリが上を見たと思ったら、突然俺から飛び退いた。
その途端に金盥が俺の頭に直撃する。
「あははー、ゴメンね?」
こいつ最初から分かってやがったな……。
「次は、わたくしがセッキーさんのお相手を務めさせていただきますの」
「あ、ずるいですよう! 次は私だって言ったじゃないですか!!」
「あら、アンこさん。こういうのは昔から早い者勝ちとも言いいますの」
「そんなぁ……」
そこの二人は何を争ってるんでしょうかね。
そう思ってたら、メルさまとアンこ先輩の頭上にも金盥が落ちた。
「く、屈辱ですの!!」
「なんで私まで……」
これは試すまでもないと、トラップを作った者の意思なのだろうか。
お次は誰だ?
そう考えていると、シーラが露骨に顔を背ける。
「言うまでもなく、わらわは遠慮しておくからな?」
「ほほう、シーラがそう言うのならば、私の出番だな。少年、私との愛を確かめよう!」
代わりにテルアイラさんに抱きしめられてしまった。
あまりの素早さに身構える間もない。
再び金盥トラップを覚悟したが……。
……あれ? 金盥が降ってこない?
もしかして、テルアイラさんと俺の組み合わせが正解なのか!?
でも、なんだかかちょっと複雑である。
がごん!
とか思ってたら、やっぱり金盥が降ってきた。
しかし、俺の頭には当たっていない。
目の前のテルアイラさんの表情が歪んでいる。
どうやら、俺より背の高い彼女の頭に当たったらしい。
「おのれ……私と少年の愛を阻むとは許せん、許せんぞーーーーーー!!」
彼女はそう叫びながら俺を強く抱きしめるが、その間にも頭に金盥が降り注ぎ、床に転がる金盥の数も相当なものになっていた。
流石にメグさんとユズリさんが止めに入ってくる。
「ちょっと、テルアイラ! もうやめなって!」
「そうですよ! いい歳して、みっともないですよ!!」
「いいや、私は絶対にあきらめんぞ!! 少年、私の事を離さないでくれぇーーーー!!」
むしろ、俺が解放してほしいんですけど。
結局テルアイラさんは、メグさんとユズリさんに引き剥がされ、床に転がされてしまったのであった。
そんな彼女達の様子を見ていたミっちゃんが、何故か不敵な笑みを浮かべている。
「セッキー、ふと思ったんだけどな。これは別に異性同士じゃなくてもいい気がするんだよ?」
掛け直した眼鏡を中指でクイッと上げながら、ミっちゃんが訳の分からない事を言っている。
彼女はしっかりしてそうに見えるが、ポンコツな部分があるので真面目に話を聞くとバカを見る可能性が高い。
「どうせロクな事じゃないと思うが、一応話を聞いておくよ」
「よく聞け。ここはレイズと男同士で初々しいところを見せつけるんだよ。それならきっと最後の試練もクリアに違いな──」
がごん!
言い終わらないうちにミっちゃんの頭上にも金盥が落ちた。
まあ、予想してはいたけどね。
ちなみにレイズの方を見ると、真っ青な顔でノノミリアの後ろに隠れてしまっている。
「い、いや、俺はセキこならいいけど、リョウヤとはその……駄目だ、そんな事できない!!」
「まさかレイズって、リョウヤ君の事を好きだったの!?」
「ノノミリア、違うんだ! 俺はセキこが好きなだけで、リョウヤは嫌いだ!!」
嫌いとか面と向かって言わないでもらえませんかね。
地味に傷付くんですけど。
仕返しにからかってやる。
「え!? 俺の事嫌いだったんだ……。そうか、そうだったんだ。俺は友人としてレイズの事が好きだったんだけどな……」
「あ、違う! 違うんだ!! 今のは言葉のアヤで、俺もリョウヤの事は好きだ!!」
「本当か!? 俺は嬉しいぞ!」
「やっぱり、レイズとリョウヤ君って……」
「だからそうじゃなくて!!」
「やっぱり、俺の事が嫌いなんだな!?」
「もう勘弁してくれーーー!!」
面白かったのでつい悪ノリしてしまったら、予想外にも泥沼展開になってしまった。
ミっちゃんは想像を膨らませ過ぎて鼻血出してるし、いつの間にか現れている鏡子さんが瞳を輝かせながら、この茶番劇の成り行きを見守っている。
他のみんなは、エリカが用意したテーブルセットでお茶を始めてしまう始末だ。
この状況、どうやって始末つけるんだろうな?
そんな事を考えていたら、俺とレイズの頭上にも金盥が落ちた。
どうやら、俺とレイズでも駄目って事なのだろう。
少し安心した。
「まったく! さっきから黙って見ていたら、一体何をやってるのだ、お前達は!!」
突然、頭上から声が響いた。
思わず見上げると、光の玉が浮いている。
その光の玉が強く輝き出し、段々と人の形になっていく。
そして、俺達の目の前に現れたのは、ちょっと露出が多目の衣装に身を包み、紫色のローブをまとった長い銀髪の美人なお姉さんである。
一体何者だ!?
即座にテルアイラさん達が反応して武器を構える。
「おっと。我はお前達と事を構えるつもりはない。武器を収めよ」
床に降り立ったお姉さんが争う意思の無い事をアピールする。
本当に何者なんだろう? 敵意は感じられないが……。
「お主、何者だ? まともな存在ではあるまい。場合によっては、わらわが相手になるぞ」
シーラが俺達の前に出る。
俺達と争う気が無いって言っても、こんな場所に現れたのだから、怪しさ満点だよな。
「やめよ、やめよ。我はこのダンジョンの精霊だ。ダンジョンマスターとも呼ばれる存在である」
お姉さんは自分の事をダンジョンマスターと名乗った。
だとすると、このダンジョンを作った存在なのか?
「ダンジョンの精霊ですか……。私も鏡の精霊と呼ばれる存在です。あなたが本当に精霊なのか、確かめさせて頂いてよろしいでしょうか?」
鏡子さんがずずいと、自称ダンジョンの精霊のお姉さんに迫っていく。
精霊的に何か感じる物があるのかな。
「ほう、鏡の精霊か。随分前にメアと名乗る鏡の精霊がこのダンジョンにも現われた事があったな」
自称ダンジョンの精霊のお姉さんが物珍しそうに鏡子さんを観察している。
一方、メアの名前が出た事でエリカが驚いた。
「え!? あんた、メアに会った事あるの? アタシ、メアの妹なんだけどさ。ちょっと話を聞かせてよ?」
「ほほう、お主からはメアの存在を感じ取られるぞ。よし、二人とも手を出せ。我と情報を共有しよう」
自称ダンジョンの精霊のお姉さんが両手を二人に差し出すと、その手を鏡子さんとエリカが握る。
そうして三人で手を繋いで輪になると、その場でグルグルと回り出した。
すんごいシュールな光景である。
「……なあ、セッキー。あれ何をやっていると思う?」
「ミっちゃん、俺に聞かないで」
「ピアっちは、なんだか分からないの? 妖精なんでしょ?」
「ロワりん、精霊と妖精は全然別物だから一緒にしないでよ……」
「ピアっちさん、精霊と妖精も似たような物じゃないのですか?」
「メルさまも無茶言わないでよ……」
すまん。
実は俺もそう思ってた。
「シーぽんは、あれがなんだか分かりませんか?」
「あれは一心同体になっているのだろう。お互いの精神を混ぜ合わせる、精霊ならではの行為と聞いた事があるぞ。常人が真似をしたら精神に異常をきたすだろうな」
アンこ先輩の質問にシーラが普通に答えているが、博識な事に改めて気づかされる。
伊達に長生きはしていないって事か。
「あの三人は、そんな凄い事をやってるのか……。俺にはサッパリ分からないぞ」
「大丈夫。レイズだけじゃなくて、あたしにも分からないから」
レイズとノノミリアは思考を放棄した模様。
深く考えたら負けだよな。
黙って成り行きを見守っていたテルアイラさんだが、何か良からぬことを企んでいる顔になっている。
「一心同体か。それは面白そうだな。メグ、ユズリ! あれを私達もやってみよう!!」
「あのさあ、今の聞いてた? 精神に異常をきたすって言ってたよね? テルアイラはバカなの?」
「それ以前に、私はテルアイラさんと一心同体なんて、気持ち悪くて絶対に嫌なんですけど!!」
「なんだとう!? 私はお前達とのチームワークを強化したくて提案したんだぞ!!
それを馬鹿にするのか!?」
「最初に面白そうだって言ってたじゃん。そんな気持ちでやったら、絶対に失敗するからね?」
「そもそも、私達にチームワークなんて存在してますか?」
「言わせておけば!! ムキーーーーーーーーーーー!!」
こっちの三人は掴み合いになっていたのであった。




