2 仕送り頼んだからな!!
眩しい光の奔流から目覚めたら、どうやら乳児に生まれ変わっていた。
一応は神様がちゃんと仕事してくれたんだな。
でも乳児なので、基本何もできないから自分で歩き回れる日が来るまではもどかしい日々が続いた。
下手に記憶が残ってると厄介なんだな、転生って。
特に裕福でも無い村の貧乏学者のセキ家の長男として生まれた俺は、リョウヤと名付けられて育った。
……前世の名前で考慮されたみたいだ。
それから幸い大きな怪我や病気もせずに育ち、近所の子達と遊んだり、農作業や狩りの手伝いをしたりして成長していった。
時には、何の研究をしているのか分からない父親の遺跡探索フィールドワークに付き合わされて森に分け入ったり、読み書きや計算を教えてくれる私塾みたいな場所で勉強したりと、それなりに楽しい子供時代を過ごす事ができた。
ただ一点、やはり見る物全てに見覚えがあるような気がするが、気のせいとして深く考えるのを早々にやめた。
そして、あまりに子供時代を満喫したせいなのか、不思議と前世の事を思い出す事は少なかった。
そんな幼い頃に印象に残った事が一つある。
家から少し離れた村はずれに『ぽんぽこ山』と呼ばれる小高い丘みたいなのがあるのだ。
そこは子供達の格好の遊び場となっており、俺もよく遊んだのだが、近所の老人に見つかると決まって必ず怒られたものだ。
バチが当たるぞ、と。
結局、どんな由来の場所なのかは分からずじまいだった。
余談だが、読み書き等に関しては習う前から理解できていたので、これに関しては基本の異世界言語スキルのおかげだったみたいだ。
そして、俺が十三歳になった頃の秋、村に数人組の冒険者パーティーが立ち寄った事があった。
どうやら依頼を受けての古代遺跡の調査を終えた帰りだったらしい。
この村は特に産業や名物も無く、冒険者がやって来るのは珍しかったので、大人も子供も冒険の話を聞くために彼らが逗留する村長宅の応接間に集まっていた。
もちろん、外の情報に飢えていた俺も例外ではない。
学者兼魔法使いと思われる格好で、ベルゲルと名乗った四十手前の男が村の子供達の魔力適性を見てくれると言うので、俺も一緒に見てもらう事になった。
なんでもこの世界の住人は、いきなり魔法を使える程の魔力量を持つ人間は少ないらしい。
こればかりは訓練しても魔力量は増えないので、生まれ持った適性ということだそうだ。
せいぜいが火をおこしたり、弱い風を吹かしたりが関の山だとか。
だから、本格的に魔法が扱える魔法使いはエリートみたいなものらしい。
俺の前に並んでいた近所の子達は適性が無かったのか、残念そうに親の所に戻っていった。
俺は一応転生者だから、どうなるんだろうな。
「さて、君の番だね。見せてくれ」
ベルゲルと名乗った男に言われて早速見てもらったところ、彼の表情が変わった。
「……ちょっと、この魔石に触れてみてくれないか?」
おお、これが魔石なのか。案外、地味なものだな。
少々落胆しつつ、彼から手渡された手の平サイズの黒い石を持ってみたら、次第に魔石が熱を持ち白く光りだした。
「君は魔法を扱う素質があるよ。これは魔力をある程度持つ人間が触れると光る魔石だ。君は大きくなったら魔力を使う職業を目指すといいかも知れないね」
それを聞いた周囲がちょっとした騒ぎになった。
その反面、近くにいた両親はなんとも言えない複雑な顔をしていたのだが。
……それにしても、持ってる石の光がさっきより強くなってない?
もう目も開けられない程にまぶしくて耐えきれなくなった頃、ベルゲルさんが慌てて俺から魔石を取り上げた。
「君は是非、その才能を生かすべきだ。俺が講師を担当している王都の冒険者予備校に来なさい」
冒険者予備校だって?
「冒険者予備校と一口に言ってもね、冒険者になるため以外にも様々な事が学べる教育施設なのだ。もちろん、一般常識や座学だってあるぞ」
そうやって聞くと、総合的な教育機関なのかな?
「紹介状を書くので、十五歳になったら入校しないか? 学費諸々もこちらでなんとかしよう」
ベルゲルさんが興奮した顔で一気にまくし立ててくるものだから、俺の父親のフラッツが慌てて止めに入った。
「うちの息子の将来を勝手に決めないでくれ。大事な跡取りで働き手でもあるから、いくら魔法の先生でも簡単に息子は渡せないぞ」
ですよねー。
父親は俺によく分からん研究を継がせたいのだろうか。
それにこんな村でも男手は大変貴重なので、簡単に手放したくないのだろう。
……でも、魔法が使えるのなら勉強してみたいな。
このまま田舎暮らしで終わるのはつまらないし、せっかく転生したんだ。
冒険者になって、色々なところに行ってみたい。
そんな事を考えていると、ベルゲルさんが父親に手招きして部屋の隅に連れて行った。
その部屋の隅で何かヒソヒソと話をしている。
説得してくれてるのかな?
だが、よく見てみるとベルゲルさんの手が人差し指と親指で輪を作って金銭を表すジェスチャーをしてる様に見えるのだが。
……きっと気のせいに違いないな。うん。
そうこうしていると、父親がこちらに戻って来た。
「リョウヤ、お前は十五になったら王都に行き、彼のもとで学んで立派な冒険者になれ。そして、遺跡のダンジョンでお宝をゲットして父さん達に仕送りをよろしく頼むぞ」
そう話す父親の右手は、人差し指と親指で輪を作った金銭を表すジェスチャーをしていた。
まぁ、研究を続けるのにもお金は必要だよね……。
「息子さんの事は、お任せください」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
二人はガッチリと握手を交わしている。
そんな光景を幼い妹を抱いた俺の母親が呆れ顔で見ていた。
そしていよいよ十五歳になった春、俺は家族や村のみんなに別れを告げ、王都の冒険者養成学院に向かうために旅立つ事になった。
心残りは母親のサーリと五歳下の妹、ルインと別れなければいけない事だ。
「家の事は気にしないで、頑張って勉強してきなさいよ」
「ありがとう母さん。王都でちゃんと頑張るよ」
「お兄ちゃん、本当に行っちゃうの?」
「ごめんな。お兄ちゃんは王都で頑張って冒険者になって、ルインにお小遣いを送ってあげるから——」
「リョウヤ、仕送り頼んだからな!!」
俺の別れの挨拶は、父親の一言で台無しになってしまった。
そんなこんなで、王都へ学びに行くのではなく、すっかり出稼ぎに行く気分になってしまったのだった。