288 死なばもろともです!!
「ほら、もう終わりましたから、元気だしてください」
うずくまる俺に、心なしか嬉しそうな表情のユーが声を掛けてくる。
俺はもう生きていけないぐらいの辱めを受けてしまったのである。
「まさかセキこちゃんが、あんな女の子みたいな可愛い反応をするとは思わなかったっス……」
頬を赤く染めたアストリーシャが、俺を見ながらモジモジしている。
他のメイドさん達はニコニコ顔で俺を生暖かく見つめている。
本当に最悪だ。
俺だって、したくてあんな反応した訳じゃない。
服を脱がして確認するだけならまだしも、事もあろうか……。
「セキこよ。お前は生娘だと判明したのだぞ。誇ってもいいのだぞ?」
「そうですわ。もっと自慢してよろしいのですよ」
「それにしても、すっごく潤っていたね!」
もうやめて!
とっくに俺のライフはゼロよ!!
本当に最悪だ。何もかも見られてしまった。
これは一体どんな羞恥プレイなんだよ。
先程の事を思い出しているのか、ユーまでもがニヤニヤしながら笑いを堪えてるし!
初めて会った時は、可憐で清楚なお姫様だと思っていたのに!!
くそ、こうなったらユーに仕返しをしてやる!!
大人げないと言われようが、腹の虫が治まらないのだ!!
「あのさ、さっきなんでもするって言ったよね?」
「はい。言いましたよ」
「今ここでしてもらうから」
「え!? 今ここで……ですか?」
「そうだよ。何か問題でもあるのか?」
「えっと、流石にお姉様達の前では、ちょっと……」
「なんだよ? 王女様ともあろうお方が嘘をつくのか? 約束したよね?」
「違います! ただ、心の準備がまだ……。それに、まだ体がセキこさんじゃないですか。それではご要望に添えないのでは……」
「そんなのは関係ないよ。約束を破るのか破らないのかを聞きたいだけだ。神の名に誓ったよね?」
「約束は絶対に守ります! ですが、その前にせめて身体を清めさせていただきたいなと……」
「そんなのは必要ない。ここで今すぐ始めるから」
「わ、分かりました……」
俺の突きつけた一言で、ユーは全てを諦めたようにうな垂れた。
そして、周囲は何事が始まるのかと興味津々の面持ちで俺達を見守っている。
まさにワクテカ状態である。
「……どうぞ、私の体をセキこさんの自由にしてください」
観念した様子のユーが、いきなり服を脱ぎ出そうとする。
この子は一体何をするつもりなんだろう。
面白いから、そのまま見てても良かったのだけど、流石に全裸になられたらマズい。
「えっと、俺がお願いするのは、これを食べて欲しいんだけど……」
「え……?」
俺がミヨリカの作ったクッキーを差し出すと、ユーはキョトンとした顔になる。
「これを食べろと、おっしゃるのですか……?」
「なんでもするって、言ったよね?」
俺がそう問いかけると、彼女はこの世の終わりみたいな絶望に満ちた表情になった。
「あいつ、約束を楯にあれを食べさせようとするのか!? なんて極悪非道な奴なんだ!!」
「でも、あんな表情のユユフィアナは初めて見ましたですわ」
「というか、私のお菓子を罰ゲームにしないでよね!?」
思わぬ状況に、姉の三人も戸惑いを隠せないようだ。
「あの……他の事では駄目ですか?」
ユーが瞳に涙を溜めながら懇願してくる。
だが、ここで許してしまっては俺の味わった屈辱は晴れない。
「なんでもするって、言ったよね?」
「言いましたけど、これは私のイメージが崩れるというか……」
「そうなの? 神に誓ったのに、王女様とあろうお方が嘘をつくの?」
「だから、嘘はつきませんってば!!」
ユーが普段のおすまし顔とは違った表情を見せ始めてきて、反応が段々と面白くなってきた。
だが、反撃の手はまだ緩めないぞ。
「生娘のくせに、あいつは悪魔か!? しかし、我が妹が苦悩する様は中々興味深いな……」
「あんなに困ってる顔のユユフィアナを初めて見ましたですわ。あの子も、あのような表情をするのですね」
「だから、私のお菓子を罰ゲームにしないでってばーーー!!」
そこの姉達は、この状況を楽しむ方にシフトしたみたいだ。
「なんでもするって、言ったよね?」
「だから言いました! 言いましたけど!!」
「じゃあ食べて」
「わかり、ました……」
ようやく観念したユーが涙ぐみながら震える手でクッキーを手に取り、何度かためらいつつ目をつぶって勢いよく口に入れた。
閉じた瞳から、みるみるうちに涙が零れ落ちる。
「ほら、ちゃんと咀嚼して! ここで諦めては駄目だ! 今噛まないでいつ噛むんだ!!」
「うぅ……くさい! くさいですよぅ!!」
大粒の涙を流しながら生ゴミ味のクッキーを咀嚼するユー。
これで少しは俺の気も晴れるだろう。
年下の女の子に大人げない仕返しをした達成感に満足していると、突然ユーが抱きついてきた。
「え? 何事──」
「死なば、もろともです!!」
一瞬の事だった。
そのままユーが俺にキスをしてきて、そのどさくさで生ゴミ味のクッキーを口移しされてしまったのだ。
「おえええーー!! くっせーーーーーー!!」
あまりの生ゴミ臭さに床をのたうち回り、すぐさま二人で我先にと控え室に駆け込んだ。
その後、二人でめちゃくちゃ吐いた。
◆◆◆
「はあ、どえらい目に遭ったよ……」
ユーと二人並んで円卓に突っ伏す。
吐いたり泣いたりしながら歯をみがいていたのだが、口の中がまだ生ゴミ臭い。
「私に無理矢理あんな物を食べさせるからですよ!」
「だって、なんでもするって言ったじゃん」
「だからって! 頼むにしても、もっと違う事があるじゃないですか!?」
「じゃあ、どんな事?」
「それは……! もう、言わせないでくださいよ!!」
顔を赤くしたユーにバシバシと叩かれてしまった。
そんな俺達の様子をアストリーシャがオロオロしながら見守っている。
しかし、この場にエレノアがいなくて本当に良かった。
彼女がここにいたら、一体どうなっていたのやら。
想像するだけで恐ろしい。
「まったく、ワガママな妹だな。どうだセキこ、私はお前に興味を持ったぞ。こんな妹より私に乗り換えないか?」
いきなりイリーダさんが、そんな事を口走った。
あまりの事で、ユーは唖然としていて声も出ないみたいだ。
「一体何をおっしゃってるんですかね?」
「私みたいな強気なお姉さんは、どうかと聞いているのだ。可愛がってやるぞ」
「ええっと、身近にそういうタイプのお姉さんがいますし、キャラが被りますから謹んでお断りします」
ぶっちゃけ、テルアイラさんの事である。
「なん、だと……」
イリーダさんがこの世の終わりみたいな顔をして、膝から崩れ落ちてしまった。
ただでさえ、テルアイラさんが面倒くさいのに、この上イリーダさんまで増えたら洒落にならない。
「それでしたら、わたくしみたいなお嬢様タイプはどうでしょうか? 自分で言うのもですが、わたくしは清楚なキャラですわ」
セルフィルナさんまで参戦してきてしまった。
それはそうと、使い魔のモジャンゲさんにあんな事をしておいて、清楚も何もないだろ。
「ええっと、身近に腹黒お嬢様がいますし、キャラが被りますから謹んでお断りします」
ぶっちゃけメルさまの事である。
「なんですって……」
セルフィルナさんも、この世の終わりみたいな顔をして、膝から崩れ落ちてしまった。
この人達はコントでもやってるんですかね。
「じゃあさ、私みたいな元気っ子はどうかな? 美味しいお菓子も作れるし、ツインテールにしても似合うんだよ☆」
ミヨリカさんもかい!
「ええっと、身近にちょっとアホの子のツインテールの子がいて、キャラが被るのでご遠慮します。それと、あのクッキーは二度と作らないでください」
ぶっちゃけロワりんの事である。
「そんなぁ……というか、私はアホの子じゃないからね……」
お約束のごとく、彼女も膝から崩れ落ちた。
サイラントさん。
あなたの娘さんは、みんなポンコツばかりなのでしょうか。
「まったく、お姉様達には呆れます。セキこさんは私にとって大切な人なのだから、手を出さないでください!」
「ほほう、ユユフィアナも言うようになったじゃないか」
「ようやく貴女の素の部分を見られた気がしたのですわ」
「そうだね。ユユフィアナはずっと周囲の顔色を窺ってるって感じだったし」
三人が興味深そうにユーの事を見つめている。
その瞳は優しさに満ちていた。
「私、そういう風に見られていたのですか?」
「お前はいつもどこか目立たないようにと振る舞っている印象があるな」
「別に、わたくし達に特別気を使わなくてもいいのですよ?」
「全員母親が違うからって、仲良くしちゃいけないって事は無いからね?」
そんなこんなで、次回のお茶会をお楽しみにと言い残して三人は部屋から出て行ってしまった。
そして、三人のメイドさん達も俺達に会釈して彼女らの後を慌てて追いかけて行く。
結局、この集まりはなんだったんだ?
「……セキこさん、私達も帰りましょうか?」
「うん。そうだな」
「私も無駄に疲れたっス……」
俺達三人もその場を後にして、その日は解散となった。
◆◆◆
城から冒険者予備校の特別棟にようやく戻ると、丁度廊下を歩いていたロワりんに遭遇した。
「おかえりー。って、どうしたの? 城に行ってたんじゃないの? それになんでセキこの姿なの?」
なんだろう。こうしてロワりんを見ていると凄く安心する。
思わず抱きついてしまった。
「わわわ! いきなりどうしたの!? ……なんだか、今日のセキこは甘えん坊だね☆」
彼女のこの香り、この感触、とても懐かしい気分になる。
さっきあんな事があったので、余計にそう思えるのかも知れない。
ロワりんに抱きしめられながら、頭を優しく撫でてもらう。
なんでもない事が幸せに感じるって、こういう事なのだろうな。
「ねえ、セキこが生ゴミ臭いんだけど。あんまりくっついてほしくないかなー」
そう言って、顔をしかめたロワりんに押し退けられてしまった。
色々ぶち壊しだよ。こんちくしょう!




