286 さあ、どうぞ召し上がれ♪
「この仰々しい扉はなんなの?」
いかにも、この扉の奥は邪教の祭壇ですって雰囲気を醸し出している。
扉の中心には邪神像みたいな飾りが施され、普通なら近づいてはいけない場所だと本能で感じさせるデザインだ。
「これはただの飾りですから、気にしないでくださいね」
「飾り?」
「そう飾りです。ほら、秘密のお茶会ですから、そういった演出なのですよ」
そう言って、ユーはどこか呆れ気味に答えた。
「じゃあ、開けるっスよー」
アストリーシャが重々しい扉を軽々と開けたので、どうやら扉は見掛け倒しの物みたいだ。
ユーに促されて中に足を踏み入れると、そこはロウソクや弱々しいランプの明かりに照らされた薄暗い空間で、中心に円卓のような物が見える。
その円卓に既に三人が座っていた。
「遅いぞ、会員番号七番」
その円卓の人物から叱責するような声が飛んでくる。
「すみません、少々支度に手間取りまして。ですが、本日は飛び入りで紹介したい方がおりますので、何卒ご容赦くださいませ」
ユーが叱責してきた人物にそう返すと、円卓の三人が俺の方を見るなり何かをヒソヒソと話し始めた。
どうでもいいけど、これが秘密のお茶会なのか?
なんか秘密結社の集会みたいなんだけど……。
改めて観察してみると、円卓に着いているのは身分の高そうな女性だ。
その背後にはそれぞれ侍女と思われるメイドさんが控えているが、主人同様に全員仮面を着けている。
それはユーとアストリーシャも同様だ。
ユーが席に着くと、その背後にアストリーシャに続いて俺も控える。
「しかし、今日集まったのはこれだけか……」
円卓に着いているのはユーを含めて四人で、多少の色の違いはあるが、全員金髪である。
最初にユーに声を掛けた女性は、ここのリーダー格みたいだ。
彼女は体にフィットするようなチャイナドレスみたいな服を着ていて、抜群のスタイルである。
「丁度良いんじゃないかな? 会員番号一番」
リーダー格に声を掛けたのは、ツーサイドアップの髪型が可愛らしい女の子だ。
仮面でよく分からないが、俺と同世代ぐらいだろうか?
こちらは普通のお姫様って感じの服装である。
「そうですわ。久々に姉妹だけの集まりになったのですから、気兼ねなくやりましょう。姉様」
もう一人は長い髪をひとまとめにして、前髪で右目を隠すようにしている女性で、俺より少し年上だろうか。
こちらは黒っぽいドレスで、どこかおどろおどろしい。
それはそうと、姉妹?
「会員番号三番! ここは秘密のお茶会だぞ。断じて私はお前の姉ではない! 四番も七番も分かっているな!?」
リーダー格の女性が姉妹と言った女性を叱りつける。
四番はツーサイドアップの子で、七番はユーの事だろう。
「分かってるってばー」
「承知しています。会員番号一番」
それにしても、この集まりは一体なんなのだろう?
この場にいるのが全員姉妹って事だすると、みんなユーの姉の王女なのか!?
会員番号一番と呼ばれたリーダー格の女性がこの中では一番年上みたいなので、長女だろうか。
「では、気を取り直して、第二十三回秘密のお茶会を始める」
「わーぱちぱちぱち」
一番さんが開始の宣言をすると、四番さんが拍手をせずに口で言うもんだから、思わず脱力してしまう。
本当に謎の集まりである。
というか、二十三回もやってるのかよ。
呆気に取られているうちに、それぞれのメイドさん達が飲み物やお茶菓子の準備を始め、普通のお茶会っぽくなってきた。
薄暗い部屋と仮面を着けている事以外は……。
「セキこちゃんは、一旦こっちへ来てくださいっス」
ひと通り準備を終えたアストリーシャに引っ張られていくと、そこは普通に明るい別室だった。
側仕えの休憩室か控え室って感じだ。
簡易キッチンがあり、長机に椅子が並び、先程のメイドさん達三人がが座ってお茶をしながらくつろいでいる。
「皆さん、普通に仮面を外してるんだけど、いいのか?」
「ああ、気にしないでくださいっス。あれはみんな姫様達の付き合いでやってるだけだから」
アストリーシャが呆れ気味に答えた。
そのアストリーシャも既に仮面を外している。
「そうそう。アストリーシャさんの言う通り、私達も姫様に付き合わされて大変なんですよ……」
「ちょっと! そんな事を聞かれたら、お仕置きされるよー!?」
「大丈夫だと思う。ウチの姫様はそういうのは緩いはず。知らんぷりすればオッケー」
もはやグダグダだ。これでいいのだろうか……。
それにしても、このメイドさん達もキャラが濃そうだな。
そんな事を考えていたら、いきなり声を掛けられた。
「ねえ。あなたはユユフィアナ姫が連れて来た子ですよね?」
「ユユフィアナ姫と、どんな関係なのー?」
「あの姫様が実は一番謎が多い……」
このメイドさん達は、俺の事を単なる一般人だと思い込んでいるみたいだ。
実際に貴族でもなんでもないからいいけど、こんなフランクに声を掛けられるとは思わなかった。
「あー、駄目っスよー。彼女はユユフィアナ姫様の大切な人ですから、詮索すると失礼になるっスよー」
「え? そうなの!? ごめんなさい……」
「おっと、失礼しましたー!」
「反省の態度を示すので、許してほしい」
アストリーシャに注意され、三人が頭を下げる。
「ああ、大丈夫だって。気にしてないからさ」
慌てて畏まる彼女達が妙に微笑ましかった。
普段は、このくらい緩い感じじゃないと仕事なんてやってられないよな。
「でも、女性同士で大切な人って……」
「やっぱり、そうなるよねー?」
「尊い……」
なんでそんな方向の話になるんだよ。
呆れていると、隣の部屋から呼び鈴の音が聞こえてきた。
話に花を咲かせていた彼女達が慌てて仮面を着けると、大急ぎで隣室に向かう。
「さ、私達も行くっスよ」
アストリーシャに促されて俺も隣室へ向かった。
「さて、ここから秘密のお茶会の本番と行こうじゃないか」
「いよっ! 待ってましたー!!」
一番さんがそう宣言すると、すかさず四番さんが合いの手を入れる。
本当に何を見せられているのだろうか。
思わずユーの方を見ると、『私に聞かないでください』とでも言いたげに顔を背けられてしまった。
「僭越ながら、最初にわたくしが使い魔を呼び出してご覧に入れましょう。今回、とある筋から貴重な使い魔召喚の魔導書を入手しましたわ」
三番さんがそう言って立ち上がり、メイドさんから魔導書らしき本を受け取る。
あれって、俺が前に使い魔を呼び出した本に似ているな……。
そして、俺よりも流暢に呪文を唱えると、開かれた魔導書から怪しげな光と共に使い魔が現れた。
その黒くてもっさもさの使い魔は、とても既視感のある奴である。
「さあ、我が使い魔よ。皆さんにご挨拶するのですわ」
「ああ? うるせえよ。俺にはモジャンゲさんって、立派な名前があるって言ってるだろ──」
その黒い縮れた毛玉が言い終わらないうちに、三番さんが毛玉に拳を叩きこんでいた。
中は空洞なのか、拳はそのまま貫通している。
「あっぶねえな! いきなり何すんだよ……って、べっぴんな嬢ちゃんがぎょうさんおるな! どれ、オッチャンが全員のパンツを──」
三番さんが拳を引き抜いて毛玉を掴み直すと、床に叩き付け、そのまま踏みつぶすと毛玉は本に吸い込まれるように消えてしまった。
……安らかに眠れ、モジャンゲさん。
「──このような感じですわ。お楽しみいただけたでしょうか?」
その場の全員が言葉に詰まっていた。
うん分かるよ。その気持ち。
「ええっと、それじゃ文字通り、口直しに私が作ったお菓子を振るまうね!」
「わたくしの使い魔の何が不満なのですか! 四番!!」
三番さんの抗議を無視した四番さんが、メイドさんに命じてその場の全員にお菓子を配る。
もちろん、俺にも配られた。お菓子は可愛らしいクッキーだ。
お姫様の手作りクッキーなんて、レアじゃないか?
「さあ、どうぞ召し上がれ♪」
だが、全員何かを恐れているのかのように、中々口をつけない。
皆が互いに誰か先に食べろと内心思っているのか、牽制し合っているようにも見える。
ふと気づくと、ユーとアストリーシャが縋るような目を俺に向けていた。
さっきのメイドさん達まで俺に期待の目を寄せている。
もしかして、俺が食べなきゃいけないって空気になってる?
だが、ここで躊躇していても仕方がない。
ええい、ままよ!!
思い切ってクッキーを口に放り込む。
なんだ。普通のクッキーじゃないか。心配して損したよ。
そう思ったのも束の間、途端に生臭い臭気が口の中に充満した。
「くっせえー!! なんだよこれ、生ゴミの味がする!! おえええぇぇぇーーーーーー!!!」
俺は泣きながら控え室に駆け込んで吐いた。生ゴミのような臭気が目に染みる。
咽び泣きながら吐いたのなんて、人生初めての経験だよ!
心配して追ってきたアストリーシャに口臭消しのうがい薬と歯ブラシをもらい、泣きながら歯をみがいて口をゆすいだ。
まったく、今日はなんて日だ!!
ボロボロの姿で円卓の間に戻ると、拍手で出迎えられた。
こいつら俺を馬鹿にしてるのだろうか。
「流石は七番が連れて来た子だ。肝が据わっているな」
「とてもじゃないですが、わたくし達には真似できませんですわ」
「なんだよ。それじゃ、まるで私のお菓子がゲテモノみたいじゃないかー!」
これはゲテモノじゃなくて劇物ですよ。四番さん。
「セキこさん凄いですよ! 普通は意識を無くして卒倒するレベルですよ! 本当に凄いです!!」
ユーが凄いと興奮してるが、こいつはそれを分かってて、俺に食べさせたのか。
唯一まともな子だと思ってたのに。後で頬っぺたを引っ張って伸ばしてやるからな。
アストリーシャは困った顔で俺を見ている。彼女もこの洗礼を受けたのだろうか。
それは同情するよ。
「それでは七番、次はお前の番だぞ」
一番さんがそう言うと、その場の全員がユーと俺を注目したのだった。




