267 自分を探しているの
「皆さん、リョウヤさんを放してあげてください」
「そうだよー。リョウヤはアタシ達の物でもあるんだからさー!」
ただでさえ面倒な状況で、鏡子さんとエリカまで参戦してきてしまった。
これでは、テルアイラさんの怒りに余計に油を注いでしまうぞ。
「ほほーう。鏡の精霊とやらが、少年を狙うと言うのか。ならば問おう。お前らはこの少年にとって、どんな存在なのだ?」
何やら偉そうに言ってるけど、あなたも何者なんですかね。
「私は……将来リョウヤさんの子供を産むつもりです」
珍しく鏡子さんが恥ずかしそうに目を伏せている。
そんな顔をされたら、ときめいちゃうじゃないかよ。
「アタシもリョウヤの子供を産むよー!」
こっちは堂々とし過ぎだよ。もっと謹んで!!
そんな二人の答えを聞いたテルアイラさんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「お、おい! 子供とかまだ早すぎるぞ少年!! お姉さんは許しませんからね!! どのくらい許さないかと言うと、恋人だらけのテーマパークに独りぼっちで行って満喫してたとしても許さん!!」
落ち着いて。もう支離滅裂になってますよ。
その隣で、シーラもこの世の終わりみたいな顔をしている。
「ま、まさか、お主はアンに対して、もうそんな事を……!?」
「シーぽん、恥ずかしいですよう。みんなの前でそんな事を言わないでくださいよう」
なんで、アンこ先輩はそこで否定しないの!?
それだと普通に肯定してるって、思われちゃうからね!?
「ぐぬぬ……。性の喜びを知りやがって! お姉さんが教育してやる。みっちり性教育だ!!」
「許さぬ! わらわを差し置いて、アンにそんな事をするだなんてズルい!!」
なんだかよく分からないけど、余計にヒートアップしてしまった二人に揺さぶられ、されるがままになっている。
もうこれ、どうやって収拾をつけるんだろうな……。
「あの、何をしてるの?」
胸倉を掴まれて揺さぶられる中で話し掛けられた気がした。
頭をシェイクされてるので幻聴でも聞こえてきたのかなー。
「ねえ、何をしてるの?」
やっぱり話し掛けられてる。これは鏡子さんか?
「今ちょっと取り込み中だから、後にして!」
この状況が見えないかな。まともに返事が返せる訳がない。
それよりも空気を読んで、この二人を止めて!
「そうですか。騒がしいから、みんな何をしているのかなって……」
「見て分からない? 揺さぶられてて、まともに返事できないんですけど、俺!!」
もう調子狂うなー。
鏡子さんがマイペースなのはいつも通りなんだけどさ。
「おい、少年……」
「リョウヤ、あれ……」
俺を揺さぶっていた二人が目を剥いて何かに驚愕している。
一体なんなんだよ。鏡子さんが変顔でもしてるのか?
「なんですか? 鏡子さんも変な事しないでくださいよ」
「私は何もしていませんが……」
鏡子さんが普通に返事を返してくる。
だけど、若干緊張した声音だ。
「リョウヤ! それどころじゃないよ!!」
「大変ですよ! セッキー君!!」
「エリカと先輩も、どうしたって言うんですか……」
彼女らが指し示す方向を見ると、そこに知らない女の子が佇んでいた。
「何をしているの?」
女の子は首をかしげている。
第一印象は白だった。髪の色も服も白だ。まるでシーラと正反対だ。
だけど、その紅い瞳には感情の光が無かった。
「ねえ、何をしているの?」
女の子が再び尋ねてきた。
……これ、どうするの?
周囲を見ると、全員の視線が俺に集中している。書架の裏に隠れている神様ですらだ。
面倒な事は全部俺に丸投げかよ……。
観念した俺は溜息を吐きつつ、大袈裟に頭をかきながら答える。
「うるさくしてごめんね。俺達はここに不思議な鏡があると聞いて調べに来たんだ。俺はリョウヤっていうんだけど、君は誰だい?」
女の子は人差し指を顎に当てて、少し考える素振りを見せた。
正体は聞かなくても分かりそうな物だが、ただの迷子って可能性もあるよな。
……確率は相当低そうだけど。
「ううん。賑やかなのは久しぶりだったから気にしない。私は、そこの鏡の……精霊? 的な物かな」
やはりそうか。
それにしても、鏡子さんとエリカの仲間がまだいたんだな。
彼女の鏡は見た感じ、鏡子さんとエリカの鏡よりも随分と古そうな感じがする。
「そうなると、貴女は私とエリカさんの親戚みたいな物でしょうか」
「アタシがエリカで、こっちはキョウコだよ。それで、アンタの名前は?」
白い女の子は、鏡子さんとエリカを物珍しそうに見つめた後にこう答えた。
「わたしはメア。自分を探しているの」
その名前を聞いた途端、エリカの表情が強張った。
メア……確かディナントさんが言っていたな。エリカの元になったオリジナルの鏡の精霊だと。
「アンタ、本当にメアなの……!?」
「そうよ。あなた、よく見たらわたしの妹ね。そちらのあなたは……わたしの同類って感じかしら?」
メアと名乗った女の子の話について行けないテルアイラさん達は、怪訝な表情を浮かべている。
「少年、なんの事か分かるか?」
「リョウヤ、お主はまた何か隠してるのだろう?」
「もったいぶらずに教えてくださいよう」
そんな彼女達に、ディナントさんやエリカから聞いた話をかいつまんで説明した。
俺だって実際に見てきた訳じゃないから、あくまでも伝え聞いた話でしか教えられない。
「ほほう。だとすると、あのメアって少女は古い鏡の精霊なのか」
「それにしても、古代魔法王国の時代の物だというと、あのディナントと同じくして時を超えた存在なのだろうか……」
「気になるのですけど、あのメアさんは、キョウコさんやエリカさんと違って、感情が無いように思えませんか?」
アンこ先輩は鋭いな。さっきから感じていた違和感はそれだ。
彼女は一体どうしてしまったのだろう。
鏡子さんはともかく、エリカが感情豊かなので、余計にそう感じる。
ディナントさんは、メアの事を物凄く褒めていた気がする。
こんな感情が無さそうな子が、そんなに褒められる程の存在だったのだろうか。
「ねえ、君はメアだっけ? どうしてここにいるんだ?」
鏡子さん達と話し込んでいたメアに声を掛けてみる。
気のせいか、エリカは沈んだ顔をしているみたいだが……。
「自分を探しているうちに、ここに迷い込んでしまったの」
「さっきも言っていたけど、自分探しって?」
まさか就職したくない学生や早々に仕事を辞めた人が、自分探しと称して旅に出てるとかじゃないよな。
「わたしね、心と身体をいじられてバラバラにされてしまったの。バラバラにされた身体は、どうにか元に戻ったけど、心だけはどうにもならなかったの」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
言葉通りに受け取ると、文字通り本当にバラバラにされてしまったのか……!?
「バラバラって……一体誰にそんなひどい事をされたのですか?」
先輩が悲痛な表情でメアに尋ねる。
その問いに、メアが再び人差し指を顎に当てて首をかしげる。
これが普通の女の子だったら、可愛らしいと思える仕草なんだけど。
「学者の先生かな? その人達が、わたしを研究して解析したいって言ったから協力してあげたの」
まるで他人事のように淡々と答える。本当に感情が無いのだろうか。
「協力してあげただって!? それでそんな事をされて、お前は悔しくないのか?」
「わらわだったら、恨んで恨んで恨みまくる。末代まで呪ってやるぞ」
テルアイラさんとシーラが自分の事のように怒っている。
ただの実験体みたいに扱われただなんて、そんな話を聞いたら俺だって腹が立ってくるよ。
この事は、ディナントさんは知っていたのだろうか……。
「心がバラバラになってしまったから、もう何も思わなくなっちゃった。それでね、やっと見つけた。このエリカはわたしの心の一部から作られた妹なの」
メアの言葉にエリカの体に緊張が走ったように見えた。
その隣でエリカの肩を抱き寄せる鏡子さんは、険しい顔のままだ。
……何か嫌な予感がする。そんなのは気のせいであってほしい。
「まさかとは思うけどさ、エリカから心を取り戻す気なのか?」
その答えを知りたくは無いが、俺は聞かずにはいられなかった。




