240 番外編 ホワイトデー的な何か・後編
※旧版でホワイトデー時期に書いた季節ネタの加筆修正版です。
時系列や多少の設定の違い等は気にしないでくださいませ。
メディア校長の私邸を訪ねると、丁度ベルゲル先生とアーヴィルさんが、それぞれルシェリーザさんと校長にホワイトデーのお返しをしていたみたいだ。
俺も便乗して、二人にクッキーの包みを渡した。
「リョウヤ、お前がこれを私達に……!?」
校長が面白いぐらいに驚いている。
そこまでのサプライズじゃないでしょうよ。
「私にもいただけるのですか? ありがとうございます」
ルシェリーザさんは普通に喜んでくれた。
こんな事言ったら怒られそうだけど、先生にはもったいないぐらいの女性だよな。
「おい、そこの二人。リョウヤを見習え。いくら高級菓子でも、手作りに勝る物は無いぞ」
「ベルゲルさんも、普段からこんな風に気を使ってくれると嬉しいのですが……」
女性二人からジト目を向けられたアーヴィルさんとベルゲル先生が、ばつが悪そうな顔をしている。
「あはは、面目ないね。忙しいのを言い訳にしていたツケが回ってみたいだよ」
「くそう、リョウヤの誘いに素直に乗っていれば良かった……」
アーヴィルさんはともかく、先生は面倒だの一言で手作りクッキーの講習会に不参加だったからなぁ。
まあ、次は頑張ってください。
それはそうと、やっぱり妙齢の女性陣にも手作りは好評みたいで良かった。
この場に長居する訳にはいかないので、さっさと失礼する。
お次はテルノに渡そうと思って被服学科を訪ねると、今日はナナミさんの店のシフトらしい。
教えてくれた子達にも、クッキーを手渡して外に向かう。
冒険者予備校を出るなり、突然誰かに目隠しをされ、口もふさがれて路地裏に引きずりこまれてしまった。
つい先日にも、こんな事がもあった気がするんだけど。
そんな事を考えていると、目隠しを外される。
目の前にはユーがニコニコしていた。
「突然で申し訳ありません。リョウヤさんがお返しをくれるとおっしゃられたので、居ても立ってもいられなく受け取りに来ちゃいました」
「それなら普通に取りに来てよ……」
なんで、拉致同然で路地裏に引きずり込まれなきゃならんのだ。
「おい、リョウヤ! せっかく姫様が直々に出向いてくれたのだぞ! 感謝しろよ」
相変わらず、エレノアは面倒くさい奴だなぁ。
「どうでもいいですけど、毎回巻き込まれる私の事も考えてくださいっス」
アストリーシャが疲れた顔で溜息をこぼしている。
こいつも全然ユーの事を敬ってないよな。
「はい、これお返し」
呆れつつも、ユーにクッキーの入った包みを手渡す。
「わあ! ありがとうございます!!」
包みを受け取るなり、ユーの顔がほころんだ。
こうして見ると、普通の年相応の女の子なんだけどな……。
「姫様。毒物が混入していないか、一度鑑定させていただきます」
「エレノア! リョウヤさんに失礼ですよ!!」
「いや、構わないよ。俺も知り合いにもらったチョコで腹を壊したし──」
言ってからマズいと思った。
ユーの表情が急変したからだ。
「リョウヤさん、どなたからの贈り物でお腹を下したのですか? 私はその相手を絶対に許しません! 地の果てまで追い込んで差し上げます!!」
ユーの顔が怖い、怖いよ!
なんかちょっと病んでないか?
その鬼気迫る表情に、エレノアもアストリーシャも震え上がってしまっている。
「い、いや、多分たまたまだよ。きっと使った材料との相性が悪かったんだよ。すぐに回復したし。それに悪意があるのなら、もっと強い毒でも入れていたに違いないから大丈夫だって……」
なんとかユーをなだめたが、こんなんじゃ先が思いやられるぞ。
サイラントさんは、ユーのこんな一面を知っているのだろうか……。
「はい。二人にもお返し」
気を取り直して、エレノアとアストリーシャにも包みを渡す。
「え? 私にもくれるのか? 義理だったのに、なんか悪いな……」
「リョウヤ君、ありがとうっス!!」
「二人にも色々世話になるだろうからね」
「その、なんだ。有り難くいただいておくぞ」
「流石、モテる男は違うっスね」
二人も喜んでくれたみたいだ。
笑顔の三人と別れて街へ向かう。
そういえば、妹と母親にも送ってやらないといけないな。
それは鏡子さんにお願いするとして、アンこ先輩の母親のファルさんにもお返ししなきゃ。
メルさまの師匠のミスティラさんにも、渡した方がいいのだろうか。
まあ、そっちはメルさまにお願いしておくか。
道中そんな事を考えながら、ナナミさんの店を訪ねる。
フィルの登校用の服を作ってくれた彼女に感謝を伝え、クッキーを手渡すと逆に感謝されてしまった。
「へえ、キミって男の子の割に気が利くね! 遠慮なく食べさせてもらうね」
そのナナミさんの背後から、テルノがなんとも言えない視線を向けてくる。
「えっと、セキこの姿じゃなくて悪いけど……これ」
「わあ! ありがとうございます! こういうのは初めてなので嬉しいです!」
男の姿でも喜んでくれてるのだから、セキことして渡していたら、どんな反応されてたのだろう。
想像すると、ちょっと怖い。
アイシャさんや、他の店員の子達にも包みを手渡した。
「女の子からはよくもらうのだけど、男子からは初めてもらったよ。ありがとね」
アイシャさんは女子にモテるタイプだからなー。
他の店員の子達も喜んでくれてるみたいだ。
やっぱり、こういうちょっとした事でも、人間関係の潤滑油として大事なのである。
さて、残る場所はあそこだ。
気を引き締めて例の店を目指した。
「よく来たな、少年!!」
店の前で、何故か仁王立ちしているテルアイラさんが俺を出迎えてくれた。
「さあ、私に愛情の詰まった贈り物を渡してくれ!」
思わず面食らっていると、店から出てきたレンファが、お盆でテルアイラさんの頭を叩いた。
「何を偉そうな事を言ってるんですか!!」
結構いい音がしてるけど、相変わらず容赦無いなぁ。
「いきなり何をするんだ!? そんなバンバン叩いたら、私の頭が馬鹿になるだろう!!」
テルアイラさんが喚いていると、メグさんが店から出てきた。
「今更それを言うの? テルアイラは最初からバカだよね」
意外とメグさんも辛辣である。
続いて、ユズリさんと店員のミラも顔を出した。
「毎日叩いてたら、逆に利口になるかもしれませんよ?」
「むしろ、再起不能になるまで叩かれればいいのに」
ここまで言われると、テルアイラさんが不憫になってくるレベルだな。
それはそうと、ちょうど良かった。
みんなにもお返しを渡そうと思ってたので、手間が省けた。
「ふふん、お前らはお返しをもらえないからって、私を妬んでるのだな! もらえない奴らはみじめだなぁ!!」
テルアイラさんがふんぞり返っている横で、レンファ達にお返しを渡す。
「はい、みんなにもこれ」
「え!? 私もいただいていいのですか?」
普段は看板娘として、大人顔負けの働きぶりのレンファが、年相応の表情で喜んでいる。
「わー、ありがとー! 嬉しいなー!」
メグさんも喜んでくれて何よりだ。
「肩凝り治療器具の件もですが、ありがとうございます」
あれからユズリさんは、ベルゲル先生が開発した治療器具をすっかり気に入って、今では愛用者との事である。
「あ、ありがとうございます……」
ミラはこういう事に慣れていないのか、どうしたらいいのか分からないって顔をしてる。
だけど、不快に感じてる訳ではなさそうで良かった。
「なあ、少年よ。私の分は?」
俺が一仕事終えて満足していると、テルアイラさんが不安そうに尋ねてきた。
そんな彼女の事を見ていると、少しだけイタズラ心が湧いてきた。
「あ、ごめんなさい。今のでちょうど終わっちゃったんですよ」
「え……ウソだよな? なぁ、ウソだって言ってくれよ!!」
テルアイラさんがこの世の終わりみたいな顔をして、俺の肩を掴んで揺さぶってくる。
「普段の行いからしたら、仕方ないですよね」
「たまには、いい薬なんじゃない?」
「そうですよ。いい大人なんですから、素直に諦めてください」
「いい気味です」
誰も同情しないのが、逆に凄いというか。
「ねえ、本当に私の分は無いの……?」
泣きそうな顔で見つめてくる彼女から顔を逸らす。
「うっ……ひどい! ひどいよ!! うわーーーーん!!」
ええー!?
いきなりマジ泣きかよ!!
みんなドン引きしてるし。
ちょっと、やりすぎたかな……。
「ウソですよ、ウソですってば。ちゃんとテルアイラさんの分もありますから!!」
途端に、ぱあっと彼女の表情が明るくなった。
「わあ! ありがとう少年!! お姉さん嬉しくてハグしちゃうぞ!!」
そう言いながら、俺の事を抱きしめて頬ずりしてくる。
黙ってれば美人なお姉さんだし、こうされるのも悪くはないかな。
「ああ、そうそう。この前に少年にあげたチョコレートだけどな、愛情の隠し味と間違えて下剤効果のある材料を入れちまったんだ。ゴメンな!!」
前言撤回だ! こんちくしょう!




