207 お前の人脈が欲しい
「ほう、お前はこの話に条件を付けると言うのか?」
国王陛下の目が剣呑な物に変わる。
俺に向けられる威圧が凄まじく、ユーが放った威圧とは比べ物にならない。
以前の俺だったら、そのまま腰を抜かしてしまったかもしれない。
だけど、俺だって少しは修羅場をくぐり抜けてきたつもりだ。
この程度で怖じ気づく訳にはいかない。
表面上は変わらない俺の表情を見て、国王陛下がわずかに眉を動かした。
「その条件を聞こうか」
宰相さんが何か言いたそうであったが、諦めたように溜め息を吐いて胃薬みたいなのを飲んでいた。
なんか、すみません。
「はい。今回のお話は、あくまでも婚約に留め置いて、状況が変われば破棄してほしいです」
「婿入りを破棄にするだと?」
「考えてもみてください。今回の件は何か深い事情があると思います。仮にその事情が早く解決したら私は用済みになると思います。結婚前でしたら婚約自体も最初から無かった事にすれば、ユユフィアナ王女殿下に不名誉な話にはならないと思います」
王族なんて平民の都合なんて考えないだろう。
どうせ難癖付けて約束を反故にされて振り回されるなら、こちらから先に逃げ道を作っておく。
「それと、もう一つあります」
「まだあるのか!?」
流石に国王陛下が驚きの表情を浮かべる。
宰相さんやメディア校長が卒倒しそうな顔をしているが、ここまで言ったんだ。
言いたい事は言っておく。
俺に婿入りの話をするぐらいだ。滅多な事で不敬に問われないだろう。
「将来、王女殿下と結婚に至った場合、愛人を持つ自由を与えてください」
とうとう校長が卒倒してしまい、アーヴィルさんに介抱されている。
宰相さんが信じられない物を見たといった顔で、再び胃薬を飲んでいた。
「お前、王女に婿入りするのに愛人の話をするのか……?」
国王陛下から表情が消えた。
しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。
みんなと約束したのだ。形はどうあれ、みんなと一緒にいたい。
仮に婿入りして、みんなと引き離されたら最悪だ。ロワりんやリリナさん達の悲しむ顔がどうしても脳裏に浮かんでしまう。
彼女達にうまい事を言っておきながら、『はいさようなら』なんて冗談じゃない。
最低だと罵られようが、せっかく紡いだみんなとの縁は手離したくない。
「サイラント。こちらも無理を言ってるのだから、リョウヤ君の要望も聞いてあげなよ」
ここでアーヴィルさんが助け船を出してくれた。
やはり、頼れる人である。
「兄貴……いや、アーヴィル。今は国王として話しているのだ。お前が口を出すべき事ではない」
「失礼致しました。ですが、上級貴族や豪商等の富裕層は複数人を娶りますし、愛人を持つのが一般的です。私は愛する妻だけで十分ですが、陛下はそうでもないでしょう? なのに、若いリョウヤ君にそれを許さないのはどうかと思います」
アーヴィルさんも容赦がない。
物腰は丁寧なのに、弟である国王陛下に向かって『お前も妃や愛人が沢山いるだろう?』って責め立てているのだ。
この国の一般常識を調べていた際に分かったのだが、上級貴族等は一夫多妻が一種のステータスとなっているらしい。
もちろん、跡継ぎを多く残したいという意味もあるのだろうけど。
それもあって、頭ごなしに否定できないと踏んで賭けに出た。
俺の目論見は、アーヴィルさんの援護もあって成功したみたいだ。
案の定、国王陛下は悔しそうに歯噛みしている。
ユーが俺の事をみんなと共有したいと言っていたし、あくまでも保険としての条件である。
そして、ついに国王陛下が折れた。
「……それは致し方ない。お前にも好いている者がいるだろう。それを引き裂く事になるのだからな。だが、娘を泣かす真似は絶対に許さん」
よし、言質は取ったぞ!
実質的に俺の勝利である。
◆◆◆
「では、こちらに手の平を乗せてください」
一通りの話し合いを終え、宰相さんが水晶版タブレットを俺にさし向ける。
どうやらこれは契約の儀式みたいだ。
手の平を乗せる前に婿入りについて、話し合いで決まった事を改めて説明された。
今回の件はあくまで暫定的な婚約の約束で、世間一般には公表しないが、限られた面々には発表する。
婿入りする者の詳細は秘する。
婿入りした者とユユフィアナ王女は王位継承の序列からは除外される。
万が一の事があれば、婚約解消もあり得る……等々。
そう聞くと、今回の婿入りの意味が余計に分からなくなる。
本当に国益なんて物があるのだろうか?
説明を一通り聞き終え、言われた通りに手の平を乗せると、水晶版タブレットが光りだした。
何かの文字の羅列が浮かび上がっては消え、程なくしてその光も消えた。
「これで契約は成立です。それでは私はこれで失礼します。陛下、休憩は程々にしてすぐに執務に戻ってくださいね」
そう言って、気苦労の多そうな宰相さんが部屋から出て行った。
それを見届けた国王陛下が大きな溜息を一つ吐き、頭上の王冠を乱暴気味にテーブルに置くと、着ている服の首回りのボタンをいくつか外して胸元を開け、だらしない恰好になる。
「ああ堅苦しい! お前らも突っ立ってないで早く座れ!」
国王モードから普通のサイラントさんに戻ってしまった。
こんな姿を先程の宰相さんが見たら、どう思うんだろうな。いや、知ってるからこそ気苦労してる雰囲気だったのだろう。
「リョウヤ、お前が大人しく受け入れるとは思わなかったが、あの屁理屈はなんなのだ。国王陛下に向かって不敬にも程がある」
校長がこめかみを抑えながら俺を睨む。
校長が言うには、今回の件で即死罪にされてもおかしくないぐらいの無礼だそうだ。
それを聞いて思いっきり肝を冷やした。
「俺もここでリョウヤを打ち首にしなかったのが、自分自身で不思議なぐらいだ」
サイラントさんが話の分かる王様で本当に良かったよ……。
「ですが、俺に選択権は無いと言ったのは校長じゃないですか。それをどうにかして、少しでも有利な条件を引き出すしか残された道がなかったですよ」
まったく、心臓に悪い駆け引きであった。
「ほら二人とも。リョウヤ君も彼なりに考えて今回の話を受けたのだから、こちらもきちんと説明してあげないと」
アーヴィルさんが、サイラントさんと校長を窘めるように話の先を促してくれた。
「そうだな。お前にはきちんと説明しておかないとな。ああ面倒くさい」
曲がりなりにも国王陛下なのだから、そんな事を言っちゃ駄目でしょう。
タイミングを見計らってなのか、メイドさんが紅茶と茶菓子を運んできてくれた。
だらしのないサイラントさんを見ても、まったく意に介していない。
プロだなぁ……。
「それじゃ説明するぞ。この国としては、お前の人脈が欲しい」
「俺の人脈……ですか?」
サイラントさんが語ったのは、以下のような事だった。
俺の人脈、例えばロワりんやアンこ先輩達と仲が良いのを着目していた。
ロワりんの両親は世界的にも有名な薬師、先輩の家は王国内有数の資産家、メルさまも、ロワりんの両親と並ぶと言われる高名な薬師のミスティラさんと子弟関係だ。
王国は、このような貴重な人材の縁者と仲が良い俺を通して王国の発展に協力してもらいたいらしい。
一方、王国は西方諸国との関係があまり良くない状況との事である。
今回の盗賊団の事件や、遺跡からの技術流出等の件もあって、このまま座視できなくなりつつあるらしい。
ディナントさんからの聴取でもそれが裏付けられて、危機感を持ったそうだ。
そして、ミっちゃんの実家は東のイヅナ国で影響力のある家柄である。
今後イヅナ国とは正式に国交を結んだ上で、後ろ盾になってもらいたい。
そんな目論見もあるそうだ。
それにサヤイリス。竜牙族の戦士は戦闘能力が高い種族との事。
今回、彼女の陳情で竜牙族が王国の庇護下に入る事になるそうだ。
その事が他国への牽制にもなるらしい。
もちろん、魔人族であるシーラの件も含まれている。
「お前はそれぞれの繋がりを持っている。是非とも彼女達の協力を得たい。それをお前みたいな少年に頼むのは、国王として恥ずべき事なのだが……」
サイラントさんが目を伏せて語る。
しかし、いくらなんでも俺を買いかぶり過ぎだろう。
「俺にそんな力はありませんよ」
いきなり大きな期待を掛けられても困りますがな。
「これはまだ調査中だが、お前は西方で魔王を打ち倒した三人の冒険者とも面識があるのだろう? 自分が思っているより、自身に影響力があるのを自覚しろ」
……三人の冒険者って、テルアイラさん達の事かな。
しかし、俺にそんな影響力が本当にあるのだろうか?
俺なんかに頼らず、国王の命令で直接協力を仰げばいいのじゃないのだろうか。
助けを求めるように校長とアーヴィルさんに目を向ける。
「私もそれを聞いた時は、信じられなくて笑ってしまったけどな。だが、お前がこの国から去ったら周囲にいる彼女達も一緒について行くかも知れない。そうなると、彼女達に協力を頼めなくなる。そもそも、お前の存在抜きでは彼女達は快く協力してくれないだろうな」
「リョウヤ君にお願いをするのは心苦しいのだけど、君にはこの王国に留まってもらい、彼女達の関係をより盤石な物にしてもらいたい」
そうだよな。冷静に考えてみると、俺の力じゃなくてみんなの実家の協力が欲しいだけなんだよな。
少々うぬぼれてしまった……。
あくまでも俺は彼女達への繋ぎ役だ。
待てよ?
だとすると、当初の予定通りにユーに婿入りして他のみんなとの縁が切れたりでもしたら、この計画は駄目だったんじゃないか?
その旨をサイラントさんに伝えると、物凄い気まずい顔をしている。
……まさか、盲点だったとか言わないでくれよ?
「いや、その点は最初から考慮していたぞ。いきなりお前が条件として突きつけてくるとは思いもしなかっただけだ」
「でしたら、最初から俺に協力を要請すれば、ユーとの婚約とか面倒な話にはならなかったのでは?」
これが一番の謎だ。
国益云々の話はさておいて、なんでユーと結婚の話が出たのだろう。
「あー、それなんだが、リョウヤへの対価として、いきなり地位や金銭を与えるのも不自然でな。それ以前に、他の貴族連中達からの理解を得られそうもない。そこでユユフィアナがお前を囲い込むために妻になると名乗り出たのだ。父親の俺が言うのもなんだが、あの子は将来すごい美人になるぞ。あんな子を妻にできるのだ。……嬉しく思え」
最後の方の言葉は血涙を流すのかように吐き出していた。と言うか泣いている。
本当に可愛がっていたんだな……。
「でも良いのですか? 彼女だって自分の人生があるというのに、そんな政略結婚の駒みたいに扱われて……」
ユーだって、将来は恋をしたり本当に好きな人が現れるかもしれない。
それを政治的な道具として扱われたら可哀想だ。
「お前は、何か勘違いをしていないか? 王族は生まれた時から本当の意味での自由は無い。あの子は何故かお前を慕っている。同時に国益になる事が自分の役目と十分に理解しているのだ」
サイラントさんが父親の顔で俺を諭す。
こんな時にそんな顔しないでくれよ。
「リョウヤ君。君が受け入れなければ、あの子はいずれ望まぬ相手の元へ嫁がされてしまうかもしれないのだよ。あの子を助けると思って受け入れてあげてくれないか?」
アーヴィルさんにまでこんな事を言われたら、俺はもう何も反論できない。
王族って、もっと自由に好き放題にしていると思っていた。
ユーは自分の役目を背負って生きていたんだな……。
「そうだ。可愛い娘をいけ好かぬ公爵家にやるよりは、リョウヤを婿入りさせた方が手元に置いておけるとか思っていないからな!」
サイラントさんの余計な一言でぶち壊しですがな。
「分かりました。それにしても、王女が平民を婿に迎えるなんて大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫だ。身内対策として、お前に王位継承権は与えられない。そして身分もでっち上げる。……そうだな。盗賊団の事も解決させたし、もう一つぐらい派手な功績でも上げてくれ。そうしたら勇者か英雄扱いしてやろう」
そんな無茶苦茶な……。
そういった事を踏まえて、婿入りする者の詳細を秘するって事なんだろうけど。
「さて、そろそろリョウヤは皆のところへ戻れ。私達はこれからディナント氏の処遇について話し合わなければならない」
そのままメディア校長に追い出されてしまった。




