200 兄さまと姉さまの事をよろしくね
一転して今回は少々シリアスです
俺はディナント。表向きは旅の考古学者である。
先日、思い掛けない事から学生の子達と行動を共にし、柄にもなく一緒にすごしてしまった。
そのせいだろうか、このルーデンの街に到着した途端に一気に疲れが押し寄せてきたのだ。
宿で早く横になって休みたい。
泊まる宿は、エルフの子が予約しておいてくれたみたいだが、流石に男子学生達と同室は勘弁願いたい。
女子学生ならいいのかと思われるが、そちらもお断りだ。
もう何年も一人の生活を続けていたので、少し人疲れが出たようである。
無理を言って個室を用意してもらった代わりに、彼女らの宿代も俺が負担する事にした。
宿代は中々の値段であったが、あのエルフの子はどうやってこの高級宿を予約していたのだろうな。冒険者や学生の身分なら予約すら不可能だと思うのだが。
まあ、そんな事は今考える事ではないな。
その夜、護衛を担当していた若者に旅の打ち上げ的な集まりに呼ばれたが、流石に疲れが溜まっているのと、学生特有のノリについていけないので、丁重にお断りさせていただいた。
……俺もオッサンになったのかなぁ。
いやいや、俺はまだギリで二十代だぞ!
そんな事を考えながら、ベッドで横になっていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
──そして昔の夢を見た。
◆◆◆
「アヤムナーリ、こんなところにいたのか」
「今日は良いお天気ですね。ディルガント様」
関係者以外は入れない公爵家の庭園中央のベンチにアヤムナーリは座っていた。
昼下がりのやわらかい日差しの中で、彼女の澄んだ淡い萌黄色の美しい髪の毛が輝いている。
その彼女は少し悲し気に微笑んだ。
「やはり、ご自分のお名前は好きになれませんか?」
思わず顔に出てしまっていたかもしれない。
彼女の言う通り、俺は自分の名前が好きではないのだ。
「ああ、そうだな。いくら親が名付けたと言っても、俺には重すぎる……」
俺の名前は、古い言葉で『導く者』という意味だそうだ。
名前負けもいいところである。
いくらアヤムナーリだとしても、その名前で呼んでほしくなかった。
それにしても、彼女の隣に控えているメイドは……メアの妹だろうか。
精工な人工精霊らしいが、どうも俺は好きになれない。
「この子、ナツメというの。わたくしのお話相手になってもらっています」
「お初にお目にかかります。私はナツメと申します」
ナツメと名乗ったメイドが俺に深々とお辞儀をする。
一見、人と何ら変わりはないが魔導工学の技術で作られた人工物だ。
動作一つとっても、リアル過ぎて気味が悪い。
「ディルガント様、この子にも感情があるのですよ。あまり怖い顔をしないでくださいね」
「そうか。すまない……」
「謝るのなら、わたくしではなくて、ナツメにお願いします」
「いえ、気になさらないでください、アヤムナーリ様。……差し出がましい事を申しまして、大変申し訳ありませんでした」
ますます気に入らない。
こいつの頭の中では俺達の会話や表情を読み取り、最も最適な受け答えを計算している最中だろう。
「俺の事は構わないでくれ」
正直あまり関わりたくない。そもそも俺とアヤムナーリの二人の時間を邪魔されているのが一番腹が立つ。
「……私はこの辺で失礼致します」
また俺の表情を読んだのか、ナツメがこの場から去ろうとする。
こういう気の使い方は並の人間以上だな。
「ナツメもここにいて。みんなで楽しくお話ししましょう?」
「ですが……」
アヤムナーリは元々こういう女性だ。
誰にでも優しく、それはこの作り物の人工精霊に対しても変わらない。
その優しさをもっと俺に向けてくれればいいのだけど。
そうやって、つい子供じみた事を考えてしまう。
「よろしいですか? ディルガント様。例えナツメが偽りの存在だとしても、彼女もいつかは本物になれるとわたくしは信じています」
突然何を言い出すのかと思ったら、作り物が本物になれるだと?
昔から夢見がちな彼女であったが、ここまでくると流石に少し心配になってくる。
さて、なんと言って言葉を返すべきか……。
そんな時だった。
「やっと見つけました! ディー兄さまとアヤ姉さまも、こんな所にいたのですか!!」
俺の思考を邪魔するのは、小うるさい我が妹のティアリリスだ。
燃えるような赤い髪を振り乱して走って来る。
あれでは、身だしなみを世話するメイド達が嘆くだろう。
一応は一国の姫である。もう少し、おしとやかになって欲しい物だが、このご時世では仕方がない。
「どうした? そんなに慌てて」
「こんにちはティアちゃん。今日もお天気が良いですね」
「こんにちは。アヤ姉さま。本当にいいお天気ですね……ってそうじゃなくて! 今日はお二人にご報告があります」
一瞬、ほんわかしたアヤムナーリのテンポに流されかけたティアリリスだが、姿勢を正して直立不動の体勢をとる。
一体なんの真似事だ?
「私、ティアリリス・ウラル・アムナウォートは、本日付けで魔獣化師団重装部隊に配属が決まりました!!」
突然のティアリリスの言葉に俺とアヤムナーリは言葉を失った。
「お、お前……何故そんな事を!? 王家の人間がわざわざ軍に入らなくても……それに魔獣化師団なんて一体何を考えているんだ!!」
軍隊に入るだけなら、広報課等いくらでも安全な部隊がある。
後方支援の部隊ならば、貴族の子弟が世間体の手前、所属していたりするはずだ。
それなのに妹が選んだのは、一番前線に近い魔獣化重装部隊である。
「兄さま、王家の人間だからこそ前線に立たないといけません。お忘れになられたのですか? 第一首都壊滅の屈辱を」
ティアリリスは俺の目をまっすぐ見つめる。
……妹の言う事は正しい、と思う。
本来ならば、この戦乱で疲弊している国民を鼓舞するために王族が皆の前に立たないといけない。それは分かっているつもりだ。
それに、あの日の事を俺が忘れる訳がない。
俺はあの日、幼馴染のアヤムナーリに会うために妹と一緒にこの第二首都を訪れていた。
俺達が第二首都に到着したのとほぼ同時に『古の神々』の機械人の軍勢が第一首都に突如襲い掛かったのだ。
混乱を極める中、我が王国軍の兵士達は奮戦したが虚しく散っていった。
俺達は第一首都の人々が、なす術もなく殺されていくのを魔導通信の映像でただ見ている事しかできなかった。
この日の戦いで友人知人はおろか、最後まで城に残った父や母、それに兄姉達も犠牲になり、王位継承権を持つ王族は俺とティアリリスの二人だけとなってしまった。
こうして俺達兄妹は、公爵家の娘であるアヤムナーリの家に厄介になっている。
今では王族や貴族など、お飾りみたいな存在だ。
現在は臨時政府が設置され、第二首都防衛軍の総司令官がこの国の実質的支配者となっている。
民衆は名前だけの王族より、実際に自分達を守ってくれる軍を支持するのは明白だ。
第二首都防衛軍は、以前から国王の目を欺き、本来敵対していた魔人族や竜族達と秘密裏に手を結び、彼らの力を自らの身体に取り込む技術を確立していた。
その力で第一首都を蹂躙した機械人共を壊滅させたのが魔獣化重装兵で、志願したティアリリスがその部隊に配属されるという冗談みたいな話だ。
「……でも、なんでティアちゃんが軍隊に……」
アヤムナーリが悲しそうな表情を浮かべる。
無理もない。彼女はティアリリスを実の妹のように可愛がってきたのだ。
「それはディー兄さまとアヤ姉さまの未来を守るためです。魔獣化の力によって機械人も決して倒せない相手ではなくなりました。私はお二人に結婚式を絶対に挙げてもらいたいです! 今こそ国民のためにも、お二人の幸せな姿を見せて、みんなの希望になってください。そのためには、私の身体の一つや二つなんて安い物です!」
まだまだ子供だと思っていた妹の決意は固かった。
そこまでして俺達や国民の事を想ってくれていたのか……。
兄である俺が本来守るべき妹に逆に守られるなんて、本当に情けない。
俺もアヤムナーリも何も言えなくなってしまった。
言えたとしても、妹の決意の前では安っぽい綺麗事にしかならない。
「ナツメ、兄さまと姉さまの事をよろしくね」
ティアリリスがそばに控えるナツメの両手を握っている。
「承知いたしました。……お二人の事はお任せください」
それに答えるナツメの瞳に人の感情が宿っているように一瞬思えたのは、気のせいだったのだろうか。
「どうしてティアちゃんが戦場に行かねばならないのでしょうか。無力な自分自身を今日ほど許せない日はありません……」
泣き崩れるアヤムナーリの肩を抱き寄せる以外、その場で俺がしてやれる事はなかった。
決意を固めたティアリリスは、翌朝に家を出て軍に入隊した。
後で知った事であるが、王族のように強い魔力を持つ者は魔獣化の処置に適性があり、妹はそれを知った上で魔獣化師団に志願したそうだ。
そして妹は竜族の血をその身に受け入れたのだった──。
◆◆◆
「おーい朝ですよー。早く起きてくれませんかー」
俺を起こすのは誰だ……?
「うるさいぞナツメ。もっと静かに起こしてくれ……」
いくらアヤムナーリのお気に入りだからって、俺の扱いが雑過ぎる。
「ナツメって誰? アタシと誰か他の女を間違えてるの?」
「……何故お前が俺の部屋にいるのだ?」
ベッドの脇に立っていたのは、人工精霊のエリカだった。
忍び込んで来たのも気づかない程に俺は疲れていたのだろうか。
確か、昨晩は彼らの集まりに誘われたが、疲れていたので断ってそのまま寝てしまったんだっけか。
それに、久々に昔の事を夢に見た気もするな……。
「何故って、呼んでも起きてこないから、直接起こしに来たんだけど。早く起きてくれない?」
「そうではない。どうやってこの部屋に入ってきた? 入口には簡易結界を張ってあったのだがな」
「ああ、それなら昨日のうちにキョウコがこの部屋の姿見にリンクしてたので、そこから入ったんだよ」
そう言って、エリカは得意げに姿見を指差す。
まったく、油断も隙も無い奴らだな。
……仮に、こいつらが俺を殺そうと思ったら簡単に殺せた訳なのか。
「そういう事だから早く起きてよね。みんな待ってるんだから。それとさ、ナツメって誰? アンタのいい人?」
朝からニヤニヤしているコイツは本当に作り物なのだろうか。
……それとも彼女の言う通り、『本物』なのだろうか。
「お前には関係の無い事だ。これから支度をするから早く出て行ってくれ」
「えー、ケチー。教えてくれたっていいじゃん」
アヤムナーリ、君の言う本物は、やっぱり俺にはまだまだ理解できなさそうだ。




