177 ……屋敷の召使いは、その後どうなったのだ?
俺は昼時になるまで、妹に王都の話を聞かせてやる事にした。
今まで会えなかった分を埋め合わすつもりで、なるべく一緒にいてやりたかったのだ。
だが、やはり途中フィルエンネの事を思い出してしまう。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「あ、ああ。ちょっとお祈りをね……」
どうかあの子に平穏な生活が訪れるようにと、普段は神に祈らない俺も、この時ばかりは女神エルファルドに祈るのだった。
「ふーん? よく分からないけど、私も一緒に女神様にお祈りするね」
くそう、我が妹ながらマジ天使じゃないか!
思わず悶絶しそうになっていると、母さんから昼食の準備ができたとみんなに伝えてくれと言われ、青空教室に向かうと丁度講義が一段落したところみたいだ。
俺に気づいた親父が興奮して詰め寄ってくる。
「なあリョウヤ。お前の友人達は凄いな。こんなにも歴史や考古学に興味のあるお嬢さん達は、王都の学院にもそういなかったぞ」
「そうなんだ? というか、親父は王都の学院にいた事があったの?」
確か学会を追放されたとか言ってたよな。
我が親ながら色々と経歴が謎である。
「そんな事はどうでもいい。それより、あの黒髪の少女はとんでもないな。父さんの主張をことごとく論破してくるし、あくまでも推測の域に過ぎないので公表しなかった父さんの研究内容も全て把握していたぞ。……なあ、あの子を父さんにくれないか?」
「親父、それは犯罪にしか聞こえないんだけど……」
どうやらシーラが色々やらかしてくれたみたいだが、そもそもが歴史の生き証人だもんな。
さぞリアルな発言だったんだろう。
「それは冗談としてだ。やはり、『古の神々』は異世界の侵略者だったという父さんの持論は正しかったと確信した」
「……中央の学会とやらを見返すつもりなのか?」
親父が出版した本はトンデモ本扱いをされたと聞いた。
やっぱり恨みがあるのだろうか。
「お前、知っていたのか? だが、自分の中で確信できた事で父さんは満足だ。昔は自分で導き出した研究結果も、実のところは内心で半信半疑だった部分もあったんだ。己自身を信じられない者の意見なんて、誰の心にも届かないだろう?」
そう言って、親父は寂しそうに笑った。
「……あのさ。信じられないかもしれないけどさ、その黒髪の子って、実は神代戦争時代からの生き残りの魔人族なんだ。王都の地下に封じられていたのを俺が助けた。だから、そいつが語る歴史は正しいんだ。親父の言う異世界の侵略者の話も肯定してくれただろ? 親父の研究は正しかったんだよ」
思わずシーラの事を親父に話してしまっていた。
本来は隠さないといけない事なのに、どうしても親父が正しい事を証明したいと思ったのだ。
「お前……それは……」
親父はそう言い掛けて頭を振った。
「リョウヤ、ありがとうな」
信じてくれたかどうかは分からないが、なんとなく親父が吹っ切れた表情になっていた。
これで良かったのだろうか……。
だけどさ、異世界の侵略者については神様から直接聞いたのもあるけど、あの神様達の話の方が余程に荒唐無稽なんだよなぁ。
「それに、あのウサギ耳の子が言う『古代魔法王国のお姫様』の話は夢があるな。父さんも夢をあきらめないで研究や発掘作業をしていこうと思う」
頑張れ、親父。
口に出すのは恥ずかしかったので、心の中で精一杯応援した。
その後はケフィン達にも昼食を知らせて、我が家の庭先で昼食会だ。
男子グループは力仕事等を手伝っていた為か、近所の人達から昼食の差し入れがとんでもない事になっている。
レイズが村の女の子に気に入られたみたいで、ノノミリアが不機嫌になったりしてるのもお約束展開だ。
ケフィン達も女の子達にモテてると思ったのだが、何故か体育会系の奴らと意気投合していて熱く語り合っている。
「君達も中々のモノを持っているね。後で僕達の秘儀をお見せしよう」
「おお! それは超楽しみっス!!」
「是非、振り回しのテクニックのご指南を!!」
一体なんの話で盛り上がってるんですかね。
「ところで、メルさまは親父の講義なんて興味あったの?」
彼女は薬学にしか興味ないと思っていたので、ちょっと意外に思った。
「ええ。セッキーさんのお父様のお話は、とても興味深い物でした。それに古代の薬学のお話も聞けましたし」
親父の研究はそんなに幅広いのか。俺も最初から聞いていれば良かったかな。
アンこ先輩とリリナさんは昼食そっちのけで、ノートに何か一心不乱に書き込んでいる。
何が彼女達をそんなに突き動かすのだろうか……。
片やロワりんとミっちゃんは頭脳労働をしたから甘い物が欲しいと訴えている。
「ピアリは妖精の知識と記憶で、考古学みたいなの得意なんじゃないのか?」
「それなんだけどね。どうも妖精としてのボクは、あまりそういうのに興味がなかったみたいなんだよね……」
ピアリが苦笑しながら頭をかいた。
まあ、誰だって好き嫌いはあるよな。
「シーラは大活躍したみたいだな?」
「お主の父親は賞賛に値するぞ。この時代の人間が独学であそこまで調べ上げているのだからな。もっとも、それを証明する事に苦心しているみたいだが」
いくら親父の研究が正しくても、それを証明するような証拠が無ければ意味がないという事か。世知辛い世の中である。
親父のガチの講義は少し気になったが、昼食後に母さんから手伝ってくれと頼まれたので、何故か鏡子さんと一緒に家の片付けをする事になった。
「あのさ、手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、なんで鏡子さんが俺んちの家事をやってるの?」
特別棟の俺の部屋の片付けなど一切手伝わないのに、ここでは甲斐甲斐しく働いてくれている。
しかも見返りも無しにだ。
鏡子さんは俺の問いに首を少しかしげる。
「そういえば、そうですね。たまたまテルノさん達に作っていただいたメイド服を着ていたら、リョウヤさんのお母様に
メイドさんなら手伝ってと言われまして、そのままって感じでしょうか?」
「え? そのまま流れで家事を手伝わされてるの!? ……なんかゴメン」
「いえ、お気になさらずに。私も楽しんでやってますからね。それにお母様は褒めるのがとても上手なのですよ。まさか、私が乗せられるとは思いませんでした」
俺の方がまさかだよ。
鏡子さんがおだてれば頑張っちゃうタイプだとは思わなかった。
「それと、ご褒美でお菓子をくれるのですよ。そんなの頑張ってしまうじゃないですか」
なんか、餌付けされてない?
鏡子さんの新たな一面に驚きつつ片付けを終えると、母さんがアップルパイが焼けたと言って、片付けのご褒美としてリンゴが多く入っている部分を俺達に切り分けてくれた。
確かにこれは餌付けされても文句は言えないな……。
ちなみに、ロワりんとミっちゃんとノノミリアは午後からの講義は早々にギブアップして、ルインや村の子供たちの相手をしてくれていたみたいだ。
そんなこんなで、親父の講義が終わったのはおやつ時が過ぎてからだった。
「親父、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」
「なんだ? 父さんの分かる範囲ならなんでも答えてやるぞ」
親父はすっかり教師の顔だ。
それを見て思わず苦笑してしまう。
「あのさ、この辺で大昔にあった貴族の屋敷跡みたいなのって知らない?」
シーラがポカンとした顔でこちらを見つめている。
まさか、自分の目的を忘れてた訳じゃないよな?
「貴族の屋敷跡かぁ……。それって、お前が小さい頃に村の子供たちと遊んでた『ポンポコ山』の事じゃないか? そういうのは父さんよりルベンタさんの方が詳しいかもな。あの人の家系は先祖代々この村の住人だからな」
思わぬ情報を手に入れた。
ポンポコ山か。ふざけた名前の由来は分からないが、確かに子供の頃に遊び場にしていた小山が村から少し離れた場所にあった。
そういえば、昔ルベンタおばさんのところのお婆さんに『こんな場所で遊ぶと罰が当たるぞ』と怒られた事があったっけ。
「親父ありがとう! シーラ、早速行ってみようぜ」
呆気に取られているシーラの手を取ってルベンタおばさんの家へ向かう。
「あ、私も行きますよ、セッキー君!」
「ボクも行っていいかな?」
そのままアンこ先輩とピアリもついてきた。
ルベンタおばさんは丁度出掛けるタイミングだったのか、家から出てきたところで声を掛けた。
「おばさん、こんにちは。ちょっとお聞きしたい事があるんですけど、いいですか?」
「あらどうしたの? そんな可愛い子達を連れて。ルインちゃんが寂しがらない?」
「う……それは大丈夫だと思いたいです。ところで、おばさんは『ポンポコ山』が何か知っていますか? 昔、お婆さんにこんな場所で遊ぶと罰が当たるって怒られた事がありまして」
「そうねえ。私も両親や祖母から伝え聞いた話だけど、大昔の貴族様のお屋敷が建っていた場所だって。野草採集のついでだから、案内がてら説明してあげるわね」
俺達はルベンタおばさんの後をついて行くことにした。
村から出ると、おばさんは道すがら植物を採り始めた。
どうやらお目当ての野草みたいだ。
「確かこっちのはずよね」
おばさんが向かう方向に俺も見覚えがあった。
小さい頃に村の子供達と遊んでいた場所だ。
シーラはしきりに周囲をキョロキョロと見回している。
「何か見覚えのある景色でもあるのか?」
「いや……随分と時間も経っているから、風景も変わるだろう」
それから程なくして、ちょっとした小山に辿り着いた。
小山と言っても高さ二、三メートルの盛り土があるぐらいの広場だ。
「リョウヤ君は小さい頃にここで遊んでたの?」
ピアリが物珍しそうに見ている。
「ああ。その時はいい感じの秘密基地だと思ってたんだけどな」
小さい頃は大きな山に見えたが、こうして見ると大したことがない。
「……ここには悲しい言い伝えがあってね。昔々、ここにあったお屋敷に住む貴族様が王様に呼ばれて都へ行くことになったの。でも、その貴族様は結局帰ってこなくてね。だけど、お屋敷の召使いの女の子はいつまでもお屋敷で主人の帰りを待ち続けていたというお話なの」
おばさんが昔の事を思い出すように語ってくれる。
その貴族はシーラの事なのだろうか……。
「……屋敷の召使いは、その後どうなったのだ?」
シーラが震える声で尋ねる。
「貴族様の帰りを待っていたのだけど、お屋敷が火事になってそのまま行方不明になったとも、押し入ってきた盗賊に襲われて殺されてしまったとも聞くわ。ほら、そこに石があるでしょ? それがその召使いの子のお墓と言われているわ」
おばさんの指し示す場所に、草むらに隠れるように墓石のような苔むした石が転がっていた。
「……そんな……エミ……」
「シーぽん、大丈夫ですか……?」
顔面蒼白で立ちすくむシーラをアンこ先輩が心配そうに見つめる。
「それじゃ、私はこの辺でね。あまり遅くならないうちに帰るんだよ」
俺はおばさんにお礼を言って見送った。
「リョウヤ君、ボク達も行こう?」
「急にどうしたんだ、ピアリ?」
「彼女をそっとしておいてあげよう……」
ピアリがシーラの方に目を向ける。
そこには墓石の前で呆然として膝から崩れ落ちるシーラの姿があった。
先輩がこちらを見て『後は任せて』といった表情で頷く。
「……分かった。俺達も戻ろう」
シーラの事を先輩に任せ、来た道を戻ろうとすると、ピアリが周囲を不思議そうに見回している。
「何かいるのか?」
「うん。強い後悔……悲しみかな? そんな感情に縛られて、この場所を離れられない魂を感じる。このまま放って置いても消滅してしまうだろうけど……」
ピアリが妖精の羽を生やすと、空中の何かをかき集めるような仕草をしていた。
それから日が沈んだ頃、アンこ先輩とシーラが戻ってきたのだが、二人とも夕飯も食べずに部屋に閉じこもってしまった。
不運にも部屋を占拠されてしまったルインはその夜、俺と一緒に寝たのだった。




