13 貴女を助けたいんです!
ベルゲル先生の研究室を出てすぐにピアリが聞いてくる。
「……これからどうするの?」
「決まってるだろ。あの指輪を壊しに行くんだよ」
俺の魔力供給のスキルで、指輪の魔石に限界まで魔力を流してやる。
「うん、そうだよね。ボクもリリナさんを助けたい」
「じゃあ、決まりだな!」
俺達は急いで図書館に向かう。
扉には鍵が掛かっておらず、中はまだ明かりが点いている。
飛び込むように入った図書館の奥にある給湯室兼休憩室には、ティーポットが転がったままの床に座り込んで俯いているリリナさんの姿があった。
こちらに気付いた彼女が、ゆっくりと顔を上げる。
彼女の表情は絶望の色に染まっていた。
俺は座り込んで放心している彼女に跪く。
「……すみません。ベルゲル先生に指輪の事を無理やりに聞いてしまいました。俺にその指輪の呪いを解除させて下さい! 貴女を助けたいんです!」
彼女の瞳を真っすぐ見つめ、手を差し伸べる。
一瞬驚いた顔をしていた彼女は、大粒の涙をこぼし嗚咽を漏らして泣き出した。
「まだ……冒険者をしていた頃、たまたま同じパーティーになった男性と一緒に食事をしたりする仲になったんです」
泣いて少し落ち着いた様子の彼女がぽつり、ぽつりと語りだした。
「そのうち告白され、付き合う事になって最初は楽しかった。……でも、段々と彼の恐ろしい本性が出てきて怖くなって。そして嫉妬もひどかった。私が他の男性と話をしているだけで『あの男は誰だ』なんて問い詰めてきたり、私の行動を監視したり、遂には暴力も振るわれて――」
……聞いていて反吐が出そうになる。
どこの世界にもこんなクソみたいな男はいるんだな。
最初だけはいい顔をしている人の本性を見抜くのは、難しい事なのかも知れない。
「その頃には私もおかしくなっていたのでしょうね。私に暴力を振るった後、彼が泣いて謝ってくるので許してしまっていた。そんな事を何度か続けていたら、周囲の人からすぐに別れないと駄目だと諭されて……。そんなある日、私に道を尋ねてきた男の人に彼が怪我を負わせてしまった事件があって、ようやく別れる事を決心したの」
俺とピアリは黙って聞いていた。
お互い一言も発せられる話ではなかった。
「別れ話を切り出した時、彼はもう一度チャンスをくれと半狂乱になって泣きながらすがってきて。私も弱かったから情にほだされてしまって、また会う約束をしてしまった。後日、彼と会った時に渡されたのがこの指輪なの」
リリナさんが俺達に指輪を見せる。
その指輪は怪しげな濁った赤い光を放つ小さな石が装飾されていた。
あれが問題の魔石だろう。
「彼に『お願いだから、指輪をつけた姿を見せてくれ』と強く迫られて……」
我慢の限界だった。
「……もう話さなくていいです。過去にあった事は消せませんが、その因縁を俺が断ちます」
リリナさんの話をこれ以上聞いていたくなかった俺は、指輪の魔石を破壊する事にした。
休憩室のテーブルを挟み、不安げな表情を浮かべるリリナさんと向かい合った状態で彼女の左手をとる。
そして指輪に触れると軽く火花が飛び散るが、そのまま無視して魔石に魔力を流し込む。
魔石を破壊するイメージを強く思い浮かべる。
すると段々と魔石が鈍く光り出し、次第に表面にヒビが入ると最後はあっけなくボロボロと砕けてしまった。
これで終わったのか?
そう思った瞬間、砕けた魔石の欠片から赤黒い煙が立ち上り、その煙が次第に男の顔になっていく。
「リョウヤ君、何これ!?」
ピアリが腰を抜かしそうになっている。
「そんなの俺が分かるかよ……」
想定外の事が起きて困惑していると、赤黒い煙の男が笑いだした。
「アハハハハ――! 蓄魔石の魔力が使えなかったのは想定外だったが、これは嬉しい誤算だ。まさか、俺が甦るための反魂の術式に魔力を一気に流し込んでくれるバカがいるなんてな!!」
リリナさんが引きつった顔で赤い煙男を凝視している。
「……お前、何者だよ」
彼女を守る様に煙男との間に割って入る。
すると、煙男が俺を睨みつけた。
「あぁ? 俺はリリナの愛する恋人だ。お前こそ何者だ? この女にちょっかい出すなら死なすぞ?」
あまりに分かりやすい奴が出てきたので、少し面食らってしまった。
しかし呪いの代償で死んだと聞いていたが、指輪の魔石に自らの意識でも封じ込めていたのだろうか。
「リリナぁ。俺を憶えているよなぁ。会いたかったぞぉ~」
耳障りの悪い声で煙男が彼女に話し掛ける。
リリナさんは震えながら耳を塞ぎ、イヤイヤをするように首を何度も振っている。
くそ! とにかく彼女を奴から引き離さないと!!
だが、俺が動く前に赤黒い煙ががリリナさんを包み込んでしまった。
「ほうら、これで俺達はもう一心同体だ。これからずっと愛し合おうなぁ。――お前は誰にも渡さない」
苦しみに歪んだ表情の彼女の口から、あの煙男の声が漏れる。
まさか、身体を乗っ取ったのか!?
……正直、考えが甘すぎたかも知れない。
指輪さえ壊せば、全て解決だと思っていた自分を殴りたくなった。
悔しいけど、俺の手になんかに負える呪いじゃなかったんだ。
「……ピアリ、ベルゲル先生に助けを求めてくれ。それまで俺がなんとかする」
「なんとかするって……分かったよ。絶対に無茶しないでね!」
俺を心配そうに見つめていたピアリだが、迷うより行動した方がいいと判断してくれた。
駆け出して行くピアリを見送り、操られているリリナさんと対峙する。
「ここは無限図書館か。つくづく俺は運がいいなぁ。小僧、そこを退け」
操られたリリナさんが、いきなり俺の顔面に右手を突き出してくる。
咄嗟に避けたが、左頬に痛みが走った。
左頬に触れてみると、ぬるりとした感触がする。
触れた手は血に染まっていた。
その隙を突いて彼女が書架の奥へ駆けて行った。
すぐさま俺も後を追う。
しかし、なんて速さだ。これは彼女自身の身体能力なのか、煙男の能力なのだろうか。
彼女はそのまま書架がどこまでも続く無限回廊に入って行った。
くそ、ここで見失う訳には絶対行かない。
躊躇わずに俺も進んだ。
周囲はひたすらに書架が続く。もう何処をどう走ったのか分からないが、彼女の後姿はまだなんとか見えていた。
すると、突然彼女が立ち止まって書架から一冊の本を取り出した。
「しつこい小僧だな。少し遊んでやるよ」
そう言いながら取り出した本を開くと、本の中から一振りの剣が現れた。
「魔導書ってのは、こう使うんだぜ」
そう言いながら、いきなり袈裟懸けで斬りかかってきたのを転がって避ける。
危なかった。
初手はなんとかわせた。だが、奴は手を休めずに次々と斬りつけて来た。
彼女を操っている奴も伊達に冒険者をやっていた訳ではないのか、剣の扱いに慣れているみたいだ。
既に体のあちこちに切り傷を負ったが、俺は無様に逃げ回るしかなかった。
転生者だからって、身体能力は年相応の一般人なんだよ、くそ!
ギリギリなんとか避け続けて反撃の機会を伺うも、いきなり腹を蹴り飛ばされて転がった。
めちゃくちゃいてえ。とても女性の力とは思えなかった。
「ほらよ! 避けてるだけじゃ俺を捕まえられないぞ!」
ふらつきながらも立ち上がった俺に鋭い一突きが放たれる。
やられる――!
思わず目をつぶった瞬間。
甲高い音がして、何かが攻撃を防いていた。
「おバカ! なんで魔力障壁を使わないの!!」
目の前に妖精のような透き通った羽が生えた銀髪の女の子が立っていた。




