11 まずは加減から覚えようね
翌朝、起きるのが遅かったのでピアリが朝食を誘いに来た。
寝ぼけ眼をこすりながら、いつものモーニングを食べた後にもう一度寝ようかと部屋に戻ろうとしたら、ピアリにベルゲル先生の研究室へと連行された。
「せっかく春休み中なんだから、先生の講義を受けようよ」
春休みなんだから休むんじゃないのか?
そもそも俺は、まだ正式に入校してないんだけど……。
こうしていても、どうせまたモヤモヤしだすかもしれないので、大人しくピアリに付き合う事にした。
「俺の講義を受けに来たなんて、嬉しい事言ってくれるじゃないか」
研究室を訪ねるとベルゲル先生は喜んでいた。
俺は魔法の基礎も知らなかったので、まずはそこから教えてもらう事になった。
物語とかのよくある展開で、勝手に脳裏に術式が浮かんで……なんて事はなく、ちゃんと勉強しないと魔法とか使える訳じゃないんだよな……。
忘れていたが魔力量の問題もあって、当面は魔力応用のスキルを習う事にする。
まず防御の基本、魔力障壁を教えてもらうと簡単な障壁を出せるようになった。
これは特に詠唱も必要なく、イメージで出せる基本のスキルだ。
この魔力障壁だが、割と地味なので冒険者には不人気なのだそうだ。
早い話が『やられる前にやれ』という感じで、防御に力を入れるなら攻撃に振り切った方が良いと考える人が多いとの事。
「でもさ、やっぱり防御って戦いの基礎じゃないのか?」
ピアリに聞いてみると、少し困った顔で返される。
「魔力障壁ってさ、あくまでも気休め程度だからね。飛んでくる石礫や弓矢を逸らすって感じで」
……そうなのか。
俺はてっきり全属性ガード!って感じだと思ってたのだけど、万能では無いのだな。
「じゃあさ、少し試してもいいか? どの程度の効果があるのかを実際に知っておきたいのだけど」
冒険の際に、どれだけの攻撃を凌げるかを知っておけば戦い方も変わるだろう。
「よし、百聞は一見に如かずとも言うしな。俺が相手してやろう」
ベルゲル先生がニヤリと笑いながら、椅子から立ち上がる。
なんだか、やる気満々なんですけど大丈夫ですかね。
それにしても、『百聞は一見に如かず』なんて諺がこちらの世界にもあるんだな。
先生に連れ出された俺達は研究室を出て、広場にやってきた。
ここは冒険者予備校の校庭として使っている場所らしい。
余裕で野球場ぐらいの広さがあるので、多少は派手な事をしても周囲に迷惑を掛ける事は無さそうだ。
「俺が攻撃魔法で攻撃するから、その魔力障壁で防いでみろ」
ベルゲル先生が小さな細い杖を構える。
おお、本当に魔法使いみたいだ! 流石は異世界ファンタジー!
実際に攻撃魔法がこの目で見られると思うとテンション上がるな。
「あ、ちょっと待って。先にボクがやるから、リョウヤ君は見ていて」
またピアリが体を張って実演してくれると言うのだな。
とくと拝見させてもらおうじゃないか。
ベルゲル先生が聞きなれない言葉で魔法詠唱を始める。
「ファイアーボール!」
すると、杖の先から発せられた小さな火球がピアリに飛んで行く。
「魔力障壁!」
今度はピアリの前に光の膜みたいなのが出現して火球を防いだかの様に見えたが、小爆発を起こし、ピアリが弾き飛ばされてしまった。
って、見ている場合じゃない!
「大丈夫か!?」
慌てて弾き飛ばされてしまったピアリの元に駆け付けようとしたのだが、空中で体勢を整えて華麗に着地していた。
おお、冒険者ぽいな!
「えへへ、ちょっと失敗。上手く軌道を逸らして弾き返そうとしたんだけど……」
いや、笑い事じゃないだろ。
ベルゲル先生が加減していただろうけど、あんなのまともに食らったら大怪我だぞ。
冷や汗をかいていると、先生が近付いてくる。
「どうだ? これで分かっただろう? 魔力障壁は万能ではない。あくまでも気休めの防御方法なのだ。怖くなったなら実験をやめてもいいんだぞ? ん?」
くそ。そんな馬鹿にした様な顔で言われたら、『怖いです』なんて引き下がれないじゃないか。
ここで尻尾を巻いて逃げたら、格好悪いしな。
「いえ、やらせていただきます」
「リョウヤ君!? 今のボクを見たでしょ! 無理しちゃダメだよ!!」
ピアリが慌てて止めに入るが、ここで引く気は無い。
このくらいでビビってなんかいたら冒険者になれないだろうしな。
「先生、お願いします」
ベルゲル先生が意外そうな表情を一瞬浮かべるが、そのままニヤリと笑みを浮かべて杖を構える。
同時にピアリが不安そうに俺から離れた。
そんな顔しないでくれっての。俺は大丈夫だ。
「ファイアーボール!」
先生の杖から小さな火球が発せられた。
それを見据え、全身の神経を集中して魔力の障壁をイメージする。
とにかく、強力に。
あんな火球なんて弾き飛ばしてやるぐらいに。
すると俺の目の前にガラス版みたいな障壁が発生した。
直後、先生の火球が直撃するが爆発音とともに火球が弾け飛んだ。
……えっと、俺は特に何もダメージを受けていない。
そして、ピアリはともかく先生も呆気に取られている。
「凄いよ! リョウヤ君! あんな頑丈な障壁は初めて見たんだけど!?」
いきなりピアリに抱き着かれてしまうが、俺だってよく分からない。
「はは、初日でいきなりここまでの魔力障壁を出せる奴なんて、そうそういないぞ」
先生がおどけているが、少し顔が引きつっている。
でもさ、魔力障壁だけってやっぱり地味じゃないですかね。
もっとチート級の能力が欲しいんですけど……。
「そこは先生の教え方が上手いから、リョウヤ君の飲み込みが早いんじゃないのかな?」
「やっぱりそうか? 嬉しいことを言ってくれるなぁピアリは〜」
前に見たことのあるような茶番が始まりそうだったので、黙って見ていたら二人からノリが悪いと怒られた。
……この二人、やっぱり面倒くさい。
この後、先生は用事があるとの事で、俺達はお礼を言って見送った。
さて、この後はどうしようかな?
すると、ピアリが『提案!』と言って手を上げた。
「ねえねえ、リョウヤ君。今度は魔力操作の実践をしてみよう?」
「魔力操作?」
「うん。せっかくそんな凄い魔力障壁を出せるんだから、もっと応用した方がいいよ」
よく分からないが、ためになる事を教えてくれるみたいだ。
「この辺りなら大丈夫かなー?」
校庭にしては石や岩がゴロゴロしてる場所まで来ると、ピアリが辺りを見回した。
「ちょっと見ててね。さっきの魔力障壁の応用で、魔力をこうやって右腕に集中させてと……ていっ!」
ピアリが近くの岩を叩いて表面を砕いた。
おお! すげえ。
魔力で身体強化ってやつかな?
「やってみて。キミならすぐにできると思うよ」
言われるまま、俺もやってみる事にした。
魔力障壁を展開する魔力をこうやって右手に集める感じなのかな。
とにかく右手に魔力を集中。それだけを考える。
……なんだか右手の周囲が蜃気楼みたいに揺らいでるんだけど、取り敢えずこのまま岩を殴ってみるか。
……岩が爆散した。
「いくらなんでも、これはえげつないでしょ……」
ピアリが変質者を目撃したような顔をして俺を見ていた。
「まずは加減から覚えようね」
そんな感じで、岩を砕く程度ぐらいに弱めた(?)肉体強化の攻撃法を覚えた。
これなら戦闘時にも役に立つな。




