109 それ普通にセクハラですよ!!
先日から製作をお願いしていたシーラ達の服が完成したとの事で、シーラとアンこ先輩を連れてエリオ先生の所へ向かった。
仮縫い時にサイズの微調整もお願いしているので、完璧に仕上がっているはずだ。
「あら、いらっしゃい。バッチリ仕上がっているわよん」
スキンシップのつもりか、隙あらば俺の尻をタッチしてこようとするエリオ先生を上手くかわしながら、部屋にお邪魔する。
先生の舌打ちみたいなのが聞こえた様な気がするけど、そこは気にしない。
「どうかな? 今回は特に気合い入れて作ってみたよ」
アイシャさんがシーラのためのワンピースを持って俺達に見せてくれた。
黒を基調として首元、袖やスカートの裾に白いフリルの飾りがある。
ウエストの辺りを絞って、スカートがふんわりと広がる感じの可愛らしい服だった。
「おお……これは……」
シーラが目を輝かせて見入っている。
どうやら気に入ったみたいだな。
「早速着させてもらったら?」
「ああ、そうだな」
凄く嬉しそうだな。これも頼んだ甲斐があったというものだ。
お次は先輩だ。
「えっと、アンさんにはこちらを……」
テルノが先輩の服を見せてくれた。
こちらはエプロンドレスっぽい服だった。ブルーを基調としているので、まるで不思議の国のアリスみたいな感じである。
「ちょっとこれは、可愛すぎて私には似合わないのでは……」
先輩が困惑しているが、頬が緩んでいるので内心嬉しいのだろう。
「先輩も着てみたらどうですかね?」
「そうさせていただきますね」
二人が着替えている間、エリオ先生が俺にちょっかいを出してくるので、触られないように避けるのだが、先生もムキになって俺を捕まえようとしてくる。
「なんで避けるのよぉ!!」
「なんで触ろうとしてくるんですか!!」
先生の手がわきわきしている。
捕まったら、何をされるか分かったもんじゃない。
「男同士なんだから、少しぐらい触ったって構わないじゃないの!!」
「それ普通にセクハラですよ!!」
凄まじい速さで先生の手が繰り出される。
その残像が、まるで千手観音みたいだ。
この人、本当に被服学科の講師なのだろうか……。
「同性同士なら、セクシャルハラスメントは適用されないのよ」
「いや、普通にウソつかないでくださいよ!!」
広くはない部屋の中で、俺はそれを最低限の動きでかわす。
もちろん魔力で身体強化して速度を上げているのだが。
「……腕を上げたわね」
先生が肩で息をしている。
腕を上げたも何も、この人と戦った事ないんだけど……。
時々レイズ達と模擬戦闘とかの訓練していたからか、多少は実力が上がっているのかもしれない。
そんな事を考えていると、『隙あり!!』と先生が素早く俺の後ろに回り込んで尻を撫でまわした。
「おほうっ!!」
思わず変な声が出た。
そんな俺達を他の被服学科の子達が冷めた目で見ていた。
「リョウヤは、何をやっているのだ……」
「セッキー君、室内で暴れては駄目ですよ」
着替え終わったシーラとアンこ先輩が呆れた顔で俺を見ている。
そんな事を言われても、俺は普通に被害者なんだけど。
「それはそうと、二人ともよく似合ってるよ」
俺は本心から褒めた。
二人とも元々の素材がいいから、基本的に何を着ても似合うのだけど、これは別格だ。
被服学科の人達に作ってもらって正解だったよ。
「いやぁ、今回は我ながら自画自賛しちゃう出来栄えだったね」
アイシャさんが頭をかきながら笑う。
これは誰が見てもいいと思うよ。
「あ、リョウヤ君。すっかり忘れるところでしたよ!」
テルノが包みを持って、俺のところへやってくる。
「この包みは?」
「ほら、頼まれていたメイド服ですよ」
ああ、鏡子さんのか!!
あれから鏡子さんが全然掃除の手伝いをしてくれないので、すっかり忘れていた。
そんな俺達の様子を見て、エリオ先生やアイシャさん達がニヤニヤしている。
何やら嫌な予感がしますな。
「もう、テルノちゃんたら、採寸の他に仮縫いや手直しするにも、わざわざリョウヤ君のところへ通っちゃうんだから。これは確実に愛よねぇ」
エリオ先生は何を言い出すのだろう。
鏡子さんは特別棟から出られないから、修正の度にテルノにご足労を願っていただけなのに。
そのテルノは頬を赤く染めている。
「ち、違いますってば!! その、こちらに来てもらうより私が行った方が早いかと……!!」
「うんうん、そうね。他の子に頼まないで、毎回自分が行くって頑張っちゃうんだからぁ。……もしかして、自分がメイド服を着ていたのかしら?」
「うわぁぁ! そうじゃなくてぇ!!」
テルノがドツボにハマって行く。
見ていて楽しい……じゃなくて、助け舟を出さねば。
「先生違いますって。ちょっと訳ありのお手伝いさんなので、外に出られないんですよね。だからテルノが来てくれて助かってたんですよ」
「あら、そうなの? 面白くないわね……」
あからさまに溜め息を吐かないでくださいよ。
反面、テルノは安堵の溜息を吐いている。
そういえば、鏡子さんには食事にでも誘って、お礼をしておくようにと言われていたんだっけ。
「テルノもありがとうな。今度お礼も兼ねて食事でもどうかな?」
「えっ!? ええええええ!?」
テルノが顔を真っ赤にして後ずさってしまった。
なんでそんな反応?
「あらあらあら~。やっぱりそうじゃないの~」
エリオ先生達がニッコニコの笑顔を俺に向ける。
俺が戸惑っていると、シーラが呆れ顔で俺の肩を叩いた。
「お主が何を思っているか分からないが、その言い方だと普通にデートに誘う感じだったぞ」
なんですと!
確かに今の流れで食事に誘うのは、完全にデートのお誘いであった。
今更それに気づく自分のマヌケ具合に呆れるよ。
「セッキー君、頑張ってくださいね!!」
うう……先輩のキラキラした瞳がまぶし過ぎる……。
「リョウヤ君。聞いてるわよ? あなた、色んな女の子と食事に行ってるらしいじゃない?」
迫るエリオ先生の圧が強い!
くそ、ロワりん達との事が既に先生の耳に入ってるとは思わなかった。
「えっと、あれは普通にお茶してただけですよ……」
食べさせ合いはしたけど、いかがわしい事は何一つしていないからな。
これは神に誓って言える。
「そうなの? でも、テルノちゃんを泣かせる様な真似をしたら…………殺すぞ」
最後はドスの効いた声で脅された。
俺は真顔で頷くしかなかった。
「だって? テルノちゃんも遠慮なくデートしてきなさいな。うふふ」
本当にどうしてこうなった。
テルノの方を見ると、わたわたしている。
「そ、それよりもですけど、メイド服とか作り甲斐がありましたよ。……本当はもっと沢山こんな服を作れたらいいのですけど」
慌てて誤魔化したテルノだが、少し残念そうに呟くと急に他の子達の表情も沈んでしまう。
やっぱり将来の進路が難しいのだろうか。
「ほらほら、そんな顔をしないの! 今は私達にできる事をやっていきましょう!」
エリオ先生が彼女達に声を掛けて元気づけているが、俺は彼女達に何もしてあげられないの事が悔しい……。
◆◆◆
「今回は本当に材料費だけで良かったんですかね?」
「ええ、構わないわ。あの子達の制作実習も兼ねているのだから。それでも気が咎めるのなら、私と一日過ごしてくれても構わないのよ?」
「いえ、それは遠慮しておきます」
「なによ、もう! しっかりテルノちゃんをエスコートしてあげるのよ」
だからその話を蒸し返さないでくださいよう。
当の本人も恥ずかしそうにうつむいてしまっているし。
結局、シーラ達の服の費用は材料費だけで済んでしまった。
これ普通にオーダーメードだったら、相当な金額になるよな。
申し訳ないので、どうにかお礼になる様な事ができないだろうか。
俺の隣では、アイシャさんがシーラとアンこ先輩に握手しながら、ちゃっかり次の依頼を要求している。
「服のサイズが変わらなければ、デザインを変えたりして作れるので、また気軽に私達に声を掛けてね!」
「うむ、次回も頼むぞ」
そうは言うけど、今回はシーラの服だけでも数着作ってもらってしまったので、当分はお願いしなくても済みそうなんだよなぁ。
シーラが物欲しそうな顔で俺の事を見ている。
そんな顔するなよう。
「はいはい、分かりました。常識の範囲で依頼しておきなさいよ」
俺がそう言うと、シーラは早速アイシャさん達にあれこれ伝えていた。
「セッキー君は、お優しいですね」
アンこ先輩が微笑む。
こうして面と向かって言われると、照れるな。
「あらん? キミの場合は単に甘いだけと思うのだけど」
エリオ先生が良い感じで終わりそうな雰囲気に水を差してくれた。
お願いだから空気読んでください……。
そして先生達との別れ際、テルノが俺の方へやってくる。
「あ、あの、私リョウヤ君とお友達になれたら嬉しいなって思います。……食事、楽しみにしていますね」
恥ずかしそうに笑いながら、それだけ言うと走って去って行ってしまった。
これがフラグが立ったというのだろうか。
突然の事で固まっていると、シーラが俺の脇腹を肘で突っつく。
「ちゃんと誠意を見せるのだぞ」
お前、この状況を絶対に楽しんでるだろ。
「セッキー君、次の修羅場は荒れそうですね!」
先輩も不吉な事を言わないで!!
「そ、それはともかく、せっかくだから新しい服でちょっと街でも歩いてみないか?」
気まずい雰囲気を誤魔化そうと話題を変える。
二人とも新しい服が気に入ったのか、すぐに俺の提案に乗ってきた。
「それはいいな。アンも行くよな?」
「はい。お付き合いしますよ」
「じゃあ決まりだな」
シーラ達と一旦別れて部屋に戻ると、鏡子さん以外はみんな外出中であった。
「鏡子さん、メイド服が完成しましたよ」
「やっと完成したのですか!?」
珍しく顔を輝かせる鏡子さんが俺から包みを受け取ると、すぐに鏡の部屋に入る。
しばらくして現れたのは、メイド姿の鏡子さんであった。
「どうでしょう?」
「うん、すごく似合ってるよ」
ゴシック系のメイド服で、スタイリッシュかつ可憐さを兼ね備えている。
これは大変素晴らしい。
「これで執筆活動も捗ります」
そう言って、また鏡の部屋に戻ってしまった。
あの、ここの掃除はどうするんですかね……。
シーラと先輩と合流して校門へ向かう道すがら、二人の姿は目を引くのか注目されていた。
『可愛い!』と駆け寄ってくる女子の他に、何故か俺に向けられる男子達の嫉妬の視線。
……別に両手に花って訳じゃないんだけどな。
「なんだか急に恥ずかしくなってきちゃいましたよう……」
あまりにも注目されるので、先輩が委縮してしまっている。
「こんなのは堂々としていればいいのだ。アンはもっと自分に自信を持った方がいいぞ」
シーラは注目されてチヤホヤされるのが楽しいのか、周囲に愛想を振りまいている。
本当はあんまり目立ってほしくないんだけどな。
寄ってくる女子からは服の入手先を聞かれるので、被服学科をしっかりと宣伝しておくのを忘れない。
これで少しはテルノ達の仕事が評価されるといいのだけど……。
街中に出ると流石に近づいてくる人はいないけど、やはり二人は注目されていた。
まるでお人形さんみたいなので、特に小さい子には羨望の眼差しを向けられる。
それに二人が笑顔で手を振って応える。
なんだか微笑ましいな……。
そんな事を考えていると、前方から猛ダッシュで土煙を上げながら、こちらに向かってくる人影が見えた。
何事かと身構えると、その人物が俺達の目の前で止まった。




