10 ……それってさ、恋なんじゃないの?
俺は今日も夕方になってから、図書館に向かう事にした。
今回は本を借りるという大義名分もあるのだ。
図書館に入館すると、リリナさんが今日も一人で本の整理をしていた。
連日手伝っててよく考えていなかったんだけど、もしかしてリリナさんが仕事を押し付けられているってことは無いよな?
「こんばんは、リリナさん。今日もお手伝いしますよ」
「あ、リョウヤさん……。ありがとうございます。ではこちらをお願いします」
昨日、手袋の話で気まずくなったので断られるかと思ったけど、普通に接してくれて一安心だ。
これなら、世間話もOKかな?
「ふと思ったんですけど、閉館してからの雑務とかを他の職員さんから押し付けられていませんか? リリナさんって人が良さそうなので、ちょっと心配になりまして……」
出過ぎた事かもしれないけど、やっぱり心配になったので聞いてみた。
「大丈夫ですよ。他の職員の方は小さなお子さんがいたりするので、なるべく早く帰ってもらってるんです。元々今回のヘルプは怪我で休養する方がいたからでして。……でも、心配してくれたのは少し嬉しかったです」
はにかむような笑顔で説明してくれた。
そんなリリナさんの顔を俺は直視できなくなって、思わず顔を逸らしてしまった。
その上、凄い恥ずかしい勘違いをしてたし!
他の職員さん、疑ってすみませんでしたと心の中で謝っておく。
そして、今日も書架の整理中に頭上から何冊か本が落ちて来た。
ハードカバーの威力は侮れない。もしかして、盗難防止のトラップとかがあるのかなぁ。
すぐにリリナさんが駆け付けてくれたけど、慌てていたのか何かにつまずいて転びそうになった。
「危ない!」
俺は思わず抱きしめる形でリリナさんを受け止めてしまった。
女性らしい素敵な香りがふわりと鼻をくすぐる。
「…………」
「…………」
どうしよう。
そのまま抱き合う形で、お互い見つめ合って動けなくなってしまった。
すぐに離れないといけないのに……。
そこでさらにもう一冊の本が俺の頭に落ちて来た事により、お互いが我に返って慌てて離れる。
「す、すみません……」
「いえ、こちらこそ……」
また更に気まずい雰囲気になってしまった。
結局その後は、お互い一言も喋らずに本の整理を終えると、そのまま図書館を後にした。
……あ、本を借りるのを忘れてしまったな。また今度にするか。
部屋に戻ると、先程の事ばかりを考えてしまう。
凄く柔らかくて、いい匂いで抱きしめた感触が良かったなぁ……。
って、そんな事を考えたら駄目だ! くそ!!
一人部屋でモヤモヤしてると、ピアリが風呂に誘いに来てくれた。
気分転換には入浴が一番だな。
そして夕食時だからなのか、今日も大浴場は貸し切り状態だった。
「ねえ、やっぱり何かあったでしょ? 心ここにあらずって感じだよ?」
身体を洗いながらピアリが聞いてくる。
割と鋭いよな。それとも、俺が分かりやすい顔をしているのだろうか。
これ以上黙ってても仕方がないので、大浴場の湯舟に浸かりながら、ここ最近の図書館で起きた出来事をピアリに話してみた。
最初は凄く良い笑顔で聞いていたと思ったら、途中でヘタレを見るような表情になったりして、忙しい奴だな。
「……それってさ、恋なんじゃないの?」
一通り聞き終えたピアリが、いきなりそんな事を言い出した。
「いやいやいや! 確かにリリナさんは綺麗でちょっと憧れもあるけど、俺みたいなガキなんか眼中に無いだろうし、俺もそんな事は考えてないよ!」
まったく、何を言い出すんだよ、こいつは。
俺は至って真面目なんだぞ!
「綺麗で憧れてるって時点で、既に好きって事なんじゃないの? それに聞いてると、リリナさんもまんざらじゃないって反応だし。別に年齢も親子ほど離れてるって訳じゃないでしょ」
ジト目で俺を見てくるピアリ。
……前世では失恋のショックで恋愛とかには消極的になってしまい、これを恋と呼んでいいのか分からないが、今の俺はリリナさんの笑顔を純粋に見たいと思う。
風呂から出て体を拭いてる時でも、ピアリが『それは恋だから!』とずっと言っていた。
風呂上りのまま食堂に向かう。
今日の夕飯は、食欲がいまいちなので軽めなサンドイッチで済まし、ピアリはガッツリ系の料理を頼んでいた。
まったく、よくそんなに食えるよな。
俺なんか、リリナさんの事が気になって食事がのどを通らないんだぞ。
そんな事を考えながら夕飯を食べていると、ピアリが『恋バナって楽しいね』と本当に楽しそうな顔をする。
恋バナねぇ。俺にはよく分からないや。
そして疲れたので早目に寝ようと思い、『まだ話は終わってない』と文句を言うピアリを部屋から追い出してベッドに倒れ込む。
すると、すぐに眠りに落ちてしまった。
夜中に目が覚めてしまい、起きると微妙に腹が空いていたので食堂に向かってみた。
二十四時間営業とは聞いていたが、流石にこんな時間は開いているのだろうかと思っていたら、入口にぼんやりと魔力ランプが灯ってる。
夜勤の職員向けに営業してるのかな?
券売機を見たら「おまかせ定食」の松竹梅とあったので、一番安い梅を注文した。
カウンターに向かうと例のおばちゃんを発見!
その奥の厨房では、居眠りしているおっちゃんもいた。
「こんばんは、おばちゃん。梅定食でお願い」
「あいよ。こんな夜中にどうしたんだい? 若いからって、夜更かしをしてるんじゃないよ」
「違いますって。早く寝たら夜中に目が覚めてしまって、お腹が空いたんですよ」
「そうかい。じゃあこれでも食べてさっさと寝るんだよ」
そう言って、おばちゃんは梅干しの入ったお粥とお新香の付け合せを用意してくれた。
「……ねぇ、おばちゃん。例えば気になる人がいたとして、その人の笑顔を見ていたいだけなんだけど、でもその人とはちょっと距離を感じて、それ以上近付いていいのかな」
食堂のおばちゃんに、こんな話をするなんて正気の沙汰ではない。
思わず自分でも、何を言ってるのか分からなくなってきた。
「こんなおばちゃんに恋愛相談かい? 相談する相手を間違ってないかい?」
そう言いながら、おばちゃんは俺の向かいに座って話を聞く気満々だった。
そんなおばちゃんに、リリナさんとの事を簡単に話してみた。
「まったく、ウジウジと何を悩んでるんだい。若いんだから遠慮しないでガツンといきなさいな。駄目だったらそれまでさね。全部勘違いだったで恥をかいたっていいんだよ。こういう悩みは若いうちに楽しむもんだよ」
……俺は一回死んでますけどね。
「ありがとう、おばちゃん。ガツンとはいけないけど、なんかモヤモヤが晴れてきた気がするよ」
おばちゃんの言う通りだ。やるだけやってみるか。
「ま、頑張りなよ」
お粥を食べ終えた俺は、おばちゃんにお礼を言って食堂を後にしたのだった。




