104 どこかの役人みたいな事を言わないの!
夕飯後、ミっちゃん達がアンこ先輩を家まで送って行った。
シーラもついて行こうとしたのだが、見た目が子供なので夜は出歩かせられない。
そんな訳でシーラは留守番となっている。
子ども扱いをするなと、ふて腐れてしまっていたが、目立つ行動は慎んでもらわなければならない。
そんなこんなで、今俺は自室で鏡子さんと二人きりになっている。
ちなみにシーラはリリナさんの部屋で読書中、リリナさんは残業中の模様。
その鏡子さんだが、真面目な顔で俺に言う。
「今日、リョウヤさんがおっしゃっていた事なのですが、私なりに考えました。結論とまではいきませんが、答えに近い物は出た気がします」
今日俺が彼女に言った事って、なんだっけ?
……というのは冗談で、悩む鏡子さんに『今自分ができる事をしてみたらどうですかね?』と言ったはずだ。
「それで、どんな答えが出ましたか?」
「はい。私も物語を書いてみたいのです。ミサキさんにお借りした本を読んでいるうちに、どんどんのめり込んでしまって、私も何かを表現したくなりました」
鏡子さんが恥ずかしそうに自分のやりたい事を俺に話してくれた。
「それはいいですね。是非挑戦してみてください」
俺は買い置きの筆記用具とノートを鏡子さんに手渡した。
「ありがとうございます」
彼女は筆記用具とノートを嬉しそうに抱きしめ、はにかむ。
中々素敵な笑顔である。
原稿用紙とかも用意してあげないとな。
だけど、どんな話を書くつもりなのだろう。
読んでいた本って、ミっちゃんのお勧めばかりだったし。
取り敢えず、今は深く考えるのをやめておこう。
それからしばらくすると、先輩を送って行ったみんなが帰って来た。
戻って早々に各々のベッドに入ってすぐに寝てしまった。
ギルドの依頼で、みんな疲れているのだろう。
鏡子さんも自分の鏡の中の部屋に戻ると、今度は仕事上がりのリリナさんと二人きりになった。
とは言っても、すぐ隣でピアリが寝息を立てているし、何かをする気はない。
リリナさんだが、昼間の事を思い出してげんなりとしていた。
「今日は本当にびっくりしたんだよ。メディア校長から来客があると言われて、お茶を持って行ったら国王陛下がいるんだもの……」
「それは災難でしたね。でもリリナさんは、サイラント陛下がすぐに国王だって分かったんですか? 俺なんてしばらく気づかなくて、随分と無礼な態度を取ってしまって冷や汗ものでしたよ」
普通だったら今頃俺は牢獄の中か、下手すればその場で斬り捨てられていたのかもしれない。
今思い出しても身震いする。
「そうなの? 私は何度かお姿を拝見した事があるので知っていたのだけど、私人としてのお顔は初めてだったから、一瞬誰なのか分からなかったかな。それにしても、アーヴィルさまとリョウ君はどんな関係なの? 物凄く感謝されていたみたいだけど……」
俺のベッドに腰かけて枕を抱えるリリナさんが不思議そうな顔をしている。
……うむ、今日の枕はきっといい匂いがして安眠できそうだ。
「ちょっとした成り行きで色々とね。俺もアーヴィルさんが王族だなんて、最初は知らなかったですし」
でも、そのおかげで色々な事が解決できた。
例え偶然だとしても、人の縁って馬鹿にできないよな。
もっとも、神様の仕込みはあるかもしれないけど。
「そのアーヴィルさまが、メディア校長にプロポーズしていたなんてね。それこそびっくりだよね」
そう言ってリリナさんが俺の枕に顔を半分埋めてクスクス笑う。
そんな仕草が可愛らしくて、思わず頬が緩んでしまった。
「私もプロポーズに憧れるなぁ……」
枕を抱きしめたリリナさんが、意味ありげな目でこちらを見てくる。
くそう、なんか今日のリリナさんは可愛いんですけど!
「前向きに検討させていただきます」
「どこかの役人みたいな事を言わないの!」
枕を顔面に投げつけられた。
「ぐへぇ!」
流石に学生の身分でプロポーズは無責任すぎるから、ちゃんと一人前になるまで待っていてくださると大変嬉しく存じ上げます。
ひと通り話し終えると、リリナさんが自分に部屋に戻って行く。
「それじゃあ、お休みなさい。リョウ君」
「お休みなさい。リリナさん」
彼女を見送るため、部屋から出たところで軽くハグして別れる。
先程の話でお互いが妙に意識してしまい、なんか恥ずかしくなった。
翌朝、早く起きたピアリに叩き起こされて眠い目をこすりながら食堂へ向かう。
最近思うのだが、起こし方が段々と雑になってきている気がするんだよな。
そんな事を考えていると、食堂への通路の途中に設置されている掲示板の前に、朝早くから生徒達が集まっていた。
また校外実習みたいな強制イベントでもあるのか?
一応チェックしておこうと、集まった人達の間からどうにか掲示板に貼られた通知を覗き見る。
『学力テストのお知らせ』
その文字を見て思わず卒倒しそうになった。
説明を読むと、今後は定期的に学力テストが実施されるとの通知だ。
後で聞いた話では、俺達が受けた学力テストが講師陣に評判が良かったために、今後は定期的に実施しようという事になったらしい。
冒険者志望の生徒が多いので、実技重視になっている現状も問題視されていたとの事である。
ちなみに学問を専門的に学ぶための学院は存在するが、基本的に貴族向けなので、平民には入学のハードルが高いそうだ。
ただ、学院より上位の教育機関である学府は、成績優秀な平民でも入学が可能、奨学金等も支給されるとか。
アンこ先輩はそれを狙っているらしい。
そういった事情もあって、今後は冒険者予備校でも学問を学べる機会を幅広く提供していくそうだ。
……噂では、アーヴィルさんが冒険者予備校の改革に一枚噛んでるとかなんとか。
それはさておき。
みんなが合流したので食券を買おうとすると、ミっちゃんに注意された。
「今日の昼はアンこ先輩がご馳走してくれるから、朝は軽めにしておきなよ」
「何それ? 初耳なんだけど……」
俺が首をかしげていると、メルさまとロワりんが説明してくれる。
「昨夜、アンこさんをご自宅に送る際にそういう話になりましたの」
「なんでも、私達が学力テストに無事合格した事のお祝いだそうだよ☆」
なんですと!
いつの間にそんな話になっていたのだ。
ピアリも嬉しそうに言う。
「テストに関係無いボクにもご馳走してくれるんだって。太っ腹だよね」
ピアリの他にシーラも誘われてるそうだ。もちろん、俺もその中に入っている。
ここで仲間はずれにされてたら、割と本気で立ち直れないかも。
詳しく聞くと、合格のお祝いというよりパーティー活動の再開記念みたいだ。
リリナさんだけど、流石に仕事があるからとの事で不参加との事。
それなら彼女には、後でお土産でも買っておこう。
軽く朝食を終えて午前の座学の講義に出てみると、出席率が凄まじい事になっていた。
学力テストの効果は抜群だ。
ミっちゃん達は実技の出禁が解けたとかで、出席率が低くなった実技で脳筋相手に無双していたら、危うくまた出禁になる所だったらしい。
まったく、何をやってるのやら。
流石にピアリとメルさまは、大人しく見学していたそうだが。
シーラはリリナさんの蔵書は読み終えたとかで、図書館に入り浸る予定との事。
そのうち、無限回廊の書庫にまで手を出しそうな勢いだ。
そして、待ちに待った昼食である。
アンこ先輩と合流した俺達は、先輩の予約した店へ向かおうとするのだが、ドレスコードがある店らしい。
俺とミっちゃんのジャージや、ピアリの肌露出が多い服がダメだと先輩に指摘されたので制服に着替える。
言われてみれば、今日の先輩はちょっとお嬢様っぽい服装だ。
それにしても、ミっちゃんのブレザー姿ってレアだな。特に黒ストッキングが良い。
短めのスカートからスラリと伸びる脚を思わずガン見していたら、『見るんじゃない』と蹴られてしまった。
……あの足で踏まれたいとか、決して思ってないからな。絶対に。
何故かロワりんがジト目で俺を見ている。
「もしかして、踏まれたいとか思ってない?」
こやつ、エスパーか!?
俺は誤魔化すようにシーラに声を掛ける。
「その服はどうしたんだ?」
シーラは可愛らしい黒のワンピース姿で、黒いリボンがアクセントのミュールを履いていた。
聞くと、校長から外出着としてプレゼントしてもらったそうだ。
なんだかんだ言って、あの人も色々と気遣ってくれるんだな。
そうこうしているうちに、王都で高級店が立ち並ぶ通りにある目的の店に到着した。
「しかし、これはまた……凄いな……」
店構えが高級過ぎて場違いである。
外観からでは、飲食店すらかも分からない。
先輩は本当にこんな店を予約していたのだろうか。
そもそも昨夜決めた話で、いきなり今日の予約が取れるのかな。
立ちすくむ俺達を横目に、先輩が出迎えてくれた店員らしき人に何か告げると『さあ、行きましょう』と店員に続いてシーラと一緒に店に入ってしまった。
それにメルさまも続き、慌てて俺達も後に続いた。
通された部屋は窓が全面ガラス張りの個室で、手入れされた庭園がよく見える。
「この部屋は私達だけなので、みなさん楽にしてくださいね」
先輩はそう言うけど、庶民にはハードルが高いよ!
メルさまとシーラは特に緊張していないのか、いつもと変わらない表情だ。
ぐぬぬ、こういうところで育ちの差が出るのか。
それからすぐに料理が運ばれてきて昼食となった。
なにもかもが最高過ぎて、味は大変に美味しゅうございました、としか感想が出てこない。
食レポする人って凄いんだなと思った。
校長の手料理も美味しかったけど、これは違うベクトルの美味しさだ。
肉料理に魚料理も、その辺の店で食べる物とは別次元である。
ピアリが嬉しいのか困ったのか複雑な表情をしている。
「こんなの食べちゃうと、食堂の料理が味気なくなっちゃうよね」
それを言ったらダメだろ!
食堂は食堂で、庶民の味の良さがあるんだよ。
フルコースとまではいかない気軽さで、高級な店構えの割には特に難しいマナーを必要としない食べやすい料理ばかりだった。
この辺は先輩が気遣ってくれたのかな。
食べ終えて満足気な表情のロワりんがアンこ先輩に尋ねる。
「ごちそうさまでした☆ ところで、本当にご馳走になって良かったの?」
それはみんなも思っていた様で、視線が先輩に集中する。
「構いませんよ。このお店も私の家が経営するお店の一つだったりするので、家族割り引きが使えるのですよ」
先輩がニッコリ笑った。
本物のお嬢様じゃないか!
身内だから、急な予約も通ったのだろうな。
そう考えると、なんでうちの学校にこの人がいるのか本当に不思議になるよ。




