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試金石

 

「そういえば、名乗ってなかったな。俺の名前はノックス。家名なんて大層はないんで、そう呼んでくれ」


「そりゃ、変な名前だ。本名か?」


「さぁな。親はいないし、勝手に名乗ってる。でも、俺はノックスだ。それ以外では、ありえない」



 孤児として育った自分に、本当の名前とやらがあるのかはわからない。

 そもそも親が名付けたのかすら調べようがないのだ、それも当然だろう。

 だけど、俺のその名は――かつて、共に育ったキョウダイ達のために付けた名は、汚させない。

 もし、釘を刺しても侮辱するようなら許さないと、目線に込めてそう伝えた。



「…………わかった、ノックス。あたしは、銀子ぎんこ。東堂銀子だ」


「よろしく、銀子。で?これからどうするんだ?」


「当然、街に戻るさ。そっちは?」


「恥ずかしいことに、迷子でね。もし、一緒に連れてってくれるなら有難いんだが」



 言葉だけは、なんとかなったがそれだけだ。土地感含め情報は何もないといっていい。

 まぁ、それなりに、色々と経験はしてきたので、根無し草の状態でも生きていく自信はあるが、そっちの方が好きなわけでもない。

 幸運にも、人に巡り合えたことだし、活かせるものならその縁を活かしたかった。



「…………迷子?こんなところでか?」


「好きでやってることじゃない。もし助けてくれるなら、俺の出来る範囲で恩を返すよ」


「……なるほど。じゃあ、ノックス。あんた、家で雇ってやるよ」


「姐さんっ!?そりゃ、いくらなんでも……最近は、いろいろとキナ臭いし……棟梁に聞いてからの方が」


「うるせぇ。今はあたしが留守を任されてるんだ。黙って従え」



 周りを囲んでいた男衆。

 能天気に鼻歌を唄いながら武具を磨いでいる岩吉がんきちという男とは違い、他の面々はさすがにこちらに警戒心を抱いているようだ。

 チラチラとこちらに視線を向け、様子を窺っているのが分かった。

  

(まぁ、それも当然か。お互いの格好だけ見ても、俺は異質だ。それに、そんなやつが腕が立つとなれば、尚更警戒するのもおかしくない)


 むしろ、受け入れる姿勢を見せている方が、変だろう。

 何も考えてい無さそうな方とは違って、銀子が何を考えて、そんな結論に至ったのかは少々気になるところだった。



「ちなみに、俺はどんな名目で雇われるんだ?」


「用心棒兼今みたいな武器の持ち手だ。さっきのが全力ってわけでも、ないんだろう?」



 まるで、獣のような獰猛な笑み。

 美女の笑顔といえば、そうなのかもしれないが、女性的な魅力を一切感じることは出来なかった。



「あんまりヤバいやつなら職務放棄させて貰うぞ?死にたくはないんでね」


「いいさ。さっきの腕なら、この周辺で脅威になりそうな奴はいない。もしいたとしたら、何百年に一度のバケモン級だ。逃げても文句は言わないさ」


「それは、大層男らしいことで」


「女々しい鍛冶屋なんてクソみたいなもんさ。必要ないもんは捨てちまったよ」



 自分の腕に誇りがあるのだろう。

 それに、俺の知っているのと同じなら、それこそ、超高温の炉に四六時中向き合っているような職種だ。

 重いし、疲れるし、キツイ。

 女という部分を捨てなくてはやっていけないのかもしれなかった。



「…………なるほど、ね。わかった」


「なら、決まりだ。ついてこい」



 ふと、胸元のネックレスに手を伸ばしていたことに気づく。

 きっと、その強さに、真っ直ぐさに、懐かしさを感じてしまったからだろう。


(こりゃ、何かあっても逃げれなさそうだ)


 そして、だからこそ俺は、きっとヤバい奴とやらに当たっても見捨てて逃げることはできない。

 自分にとってのトラウマ、それに似た光景を見て見ぬふりなどできぬだろうから。


(ほんと、難儀な性格だよな)


 決して、俺は聖人などではない。

 傭兵モドキの仕事の時は、恩さえなければ給金分の仕事しかしてこなかったし、無理をしてまで同業者を助けようともせず、自業自得だと割り切ってきたことも少なくなかった。


 しかし、時たまいるのだ。どうしても、助けたくなってしまうような相手が。

 例えば、かつてのキョウダイの面影を感じてしまうような、好ましい性格の相手が。



「……まぁ、今考えても意味ないか」



 色々と考え始める頭を振り、注意を引き戻す。

 本当に、そうなったときに考えればいいことだ。

 むしろ、その時には体が動いてしまうだろうから、考えても仕方がない。



「あー、その前に。ちょっと、こいつらの一部持って行かせてくれ」


「は?なんで………………まさかとは思うが。本気で食う気じゃないだろうな?」


「そのつもりだけど。マズいのか?」


「………………食ったことはねぇが。というより、食おうと思うやつなんていねぇよ」


「じゃあ、美味いかもしれないってことだ」


「………………………………勝手にしろ。死んだり、異変があったりしても、あたしは知らねぇ」


「ああ、それは大丈夫。あと、紐かなんか貸してくれ貰えないか?」


「…………ほんと、変なやつだ」



 とりあえず、嵩張るのも嫌なので、腕二本と、頭一つだけを体に括り付け背負いあげる。

 それなりに大きさはあるが、簡単に切断できた分、密度はそうでもないようで、見かけよりは軽く感じる。



「よしっ、準備完了。もう、いつでもいいぞ」


「……術式一切無し、か。それで持ち上がるとか、どうなってんだ」


「まぁ、鍛えてるからな」


「………………もう、いい。さっさと行くぞ」



 男衆のざわめきの声とともに向けられた銀子の呆れ顔。

 颯爽と歩き出す背中について、俺も進み始める。

 

(反応的に、身体能力の立ち位置は同じくらい。しかし、術式か…………)


 自分のアドバンテージの再確認と情報収集。

 あえて、スルーしたその単語に、やはり魔術、精霊術以外の何かしらの手段があるらしいと、理解する。

 それに、思わずといった言い方ではなかったし、きっとここでは常識的な力なのだろう。


(まだ、完全に信用できるってわかったわけじゃないしな。情報だけは、出し惜しみしていくべきか)

 

 今はまだ情報が少なすぎる。

 裏切られた状況に備えて、大番狂わせのできる余地は残しておくのが望ましいだろう。


(いや。後々、禍根を残さないようにするのも考えていったほうがいいな)


 こういった手合いは、後で情報を出したとき、それが致命的なすれ違いになりかねない。

 全てを隠すというのも、良い方向に事が運んだ時には、リスクとなると考えた方がいい。



「………………面倒なことだ」


「あ?何か言ったか?」


「いや、なんにも」



 魔王という強大な敵がいても、人というものは纏まりきれなかったくらいだ。

 その時に裏切られてきた経験が今活かせているというのは何とも皮肉にしか感じないが。

 

(善人の方がやりずらいってのは、いつも一緒か)


 わかりやすい悪人相手や、損得勘定で動くのとは違い、心の痛みを伴う。

 しかし、だからこそ守りたいと考えるのだろう。

 それが貴重であるからこそ、自分にとって価値があるからこそ、そうしたいと人は思うものだから。








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