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始まりの地(転)

 

 遠くで聞こえる何かの動物の鳴き声、風で揺れる木々の擦れる音。 

 暗い夜の闇を、ぼんやりと白く浮かぶ月だけが辺りを照らしていた。



「……………………どこだよ、ここ?」


 

 ほんの先ほどまで、庶民感あふれる酒場にいたはずなのに、今いるのは深い森の中。

 それに、多くの地を旅し、食べれる動植物とそうではないもの、可能な限り全て覚えてきたはずの自分でさえ、記憶と一致するものが見つけられないような場所だ。

 あまりの急展開に正直情報を整理することすらできない。



「気づくことさえできないってのは、異常だよな」



 加えて、周囲を探るも、声の主の姿はおろか気配すら感じられない。

 多くの戦いの中で鍛え上げてきた感すらも潜り抜けてきた相手だ。

 もしかしたら、こっそりとこちらの様子を見ているのかもしれないが、手掛かり一つ見つけられないのならば諦める他なかった。



「……まぁ、いないもんは考えても仕方ないよな。次だ次」


  

 幸い、愛用の武器は身に着けたままだし、腹を下す程度はあるかもしれないが、悪食を貫いてきた自分ならその辺のものを口に入れても死ぬ可能性は低い。

 危機的状況というには、まだ余裕はありそうだった。 



「まずは、≪ライト≫…………ん?おかしいな」



 そして、辺りを照らそうと唱えた初歩的な光の魔術。

 しかし、それを顕現させるためのトリガーに、何一つ変化は起こらない。

 どうして、とそう考えかけ……魔力が練れないことに気づいた。



「≪求めるは、光。ルクス≫…………なるほど。こっちも、ダメ、か」



 最後の頼みである精霊術も、パスが繋がる気配すらない。

 明らかに異常。

 世界の果て、魔王の住まうそこですらもあり得なかったことだった。



「あーっ、たく!なんだよ、これ」



 前提としていた二つの力がなくなってしまった以上、想定よりも危険度を引き上げる必要がある。

 もしこれで、魔王級と戦うようなことがあれば、かなりまずい状況だろう。


(魔素がなく、精霊もいない。そういう場所ってことか?)


 そんなのありえない、とは思うものの、それ以外考えられない。

 それに、現状使えぬのなら、使えぬものとして行動を組み立てる他なかった。



「………………これがあるだけ、まだマシか」



 胸元のネックレスを手で包み込むように握ると、それが光の粒となって、やがて姿を変える。

 ある意味、俺の性格をこれ以上ないほどに反映した、刀身の黒い、加飾の一切無いような無骨なロングソードへと。

 


「スキルの方も……なんとなく、いけそうか?」


 

 特殊なスキル故、今ここで試すこともできないものだが、感覚的にそう思う。

 しかし、それを差し引いても、溜息を吐きたくなった。

 魔術も、精霊術も、せっかく学んできたというのに。



「まっ、振りだしに戻ったと考えればいいか。よしっ、決まり」


 

 五体満足なだけ感謝しよう。

 俺は、武器を再度胸元に戻すと、暗い森の中を跡を残さないよう慎重に進んでいった。









◆◆◆◆◆








 歩いている途中、どこからか鳴り響き始めた硬質な何かがぶつかり合う音の方に近づいて行くと、そこには何者かが戦っているのが見えた。

 


「なんだ、あれ?」


 

 そこには、どういった原理か武器を次々に宙から取り出しながら、魔物らしきもの達と戦っている銀髪の女がいる。

 何故か、野次馬のようにがなり立てている大柄な男達に取り囲まれながら。



(……祭り?それにしちゃ、物騒極まりないが)

 


 見たことのないタイプの魔物だが、蟹みたいな姿をしたデカ物達の体はそれ相応の硬さを持っているのだろう。

 巨大な戦斧がぶつかると同時に、聞こえた音と、散る火花がそれを物語っていた。


 

(けど、あんま強そうではないな)


 

 双方とも、それほど動きは速くない。

 それに、連続で響く金属音に聞き耳を立ててみるも、魔王軍最硬を語っていた存在には遠く及ばないことが感覚的に理解できた。



「…………とりあえず、話しかけてみるか?」



 太刀筋、身のこなしは戦士とは言えず、暗殺者のそれでもない。

 なら、試してみるのもいいかもしれない。

 どうせ、誰かしらかに接触することは必要なのだ。

 逃げられそうな相手なら、理想的だ。


(周りにいる奴ら含め、ヤバいやつはいないみたいだしな)


 生存本能を刺激されるとでも言えばいいのだろうか。

 長年培ってきた感からは、その気配は微塵も感じない。

 有り体に言えば、全員倒せると、そう思った。






「一応、口元は隠しておくか…………おーい!あんたら、何やってんだ?」



 突如聞こえてきた大声に、戦っている銀髪の女以外が、びっくりしたような顔をこちらに向けている。

 そして、全員が見知らぬ相手だということがわかったのだろう。

 一番近くにいた男が確認のためか、こちらの方に近づいてきた。


(どうやら、仕掛けてくる気はなさそうだ)


 用心のため、胸元に近づけていた手を降ろし、警戒を一段階下げる。

 出来る限り、友好的に見える努力はした方がいい。

 


「なんだい、あんた?ここら辺のもんじゃないみたいだけど」


「ああ、遠くの方から旅をしてきてね。何をしてるのかと気になった次第だ」


  

 精霊術の本体はダメでも、その延長線上にある翻訳はまだ使えるらしい。 

 話が通じることに、心の中だけで安堵する。 


(口の動きはズレている。大陸が違う?それとも、それ以上の違い?どちらにせよ、情報が必要か)


 精霊術も、魔術も使えぬ地。

 技術体系自体も大きく乖離している可能性は限りなく高い。

 それこそ、さり気なく向けた視線の先、銀髪の女が扱う不可解な術は俺の知っているものから大きく逸脱している。


(明らかな実体。魔素で作ったものじゃない)


 もし、武具以外を、それも本当に何もないところから生み出せるのなら、正直俺が学びたいくらいだ。

 そうすれば、嵩張る野営用の道具をわざわざ持っていかなくて済む。 



「一人でかい?そりゃ、剛毅なことだ。街にほど近いここだって、多少は危険があるのに」


「…………一人の方がってこともあるだろ?」


「あー、確かに。人数がいれば、化け物共にその分気づかれやすくなるかもな」


「そうなんだ。まぁ、俺のことはいい。これは、何を?」



 化け物というのは、この地域で言う魔物の別称だろうか。

 そう疑問に思いながらも、もっと重要なことを聞いたほうがいいと、次の話題に切り替えていく。

 


「ああ、これね。ただの性能試験みたいなもんさ」


「……なるほど。確かに、作り手の力量がはっきりとわかるよ」


「おっ!兄ちゃん分かる口だな?いやー、そうなんだよ。すげぇだろ?うちの姐さんは」



 あえて出した曖昧な同意に対し、自慢気な表情が返ってきた。

 なら、この武具達はそれ相応にレベルの高いものだということになる。

 どうやら、鍛冶技術の差はほとんどないようだ。

 

(…………それにしても、あんな使い方でわかるのか?)


 出来自体は遠目に見ても素晴らしい。

 だが、扱い方が雑すぎて真価を発揮できていないように感じる。

 特に、技量を必要とする繊細な武器ほどそれは顕著だった。


(本人なりに意識してるのかもしれんが、ただぶつけてるようにしか見えないな)


 それとも、単純に、耐久テストをしたいだけなのだろうか。

 それぞれに違った良さがあるので、同じ土俵で比べるようなものでもない気がするのだが。



「……一つだけいいか?もし、見当違いなことだったら申し訳ないんだが」


「ん?なんだい?」


「あの片刃のやつは、あんな使い方でいいのかね?そういう類の武器じゃないだろ?」

 

「あー、あれでも今街にいる中じゃ、姐さんが一番なんだ。まぁ、本職じゃないし仕方がねぇよ。腕の立つ連中は、棟梁に付いていって一月は戻ってこないしな」


「……そうなのか」

 


 反りのある、切るということに特化した片刃の剣。

 俺が以前見たのは、もっと湾曲した物であったように思うが、似たような武器を手にしたことがある。

 確かに、上手く扱うのは難しい。

 というより、正面からぶつかり合わせるような代物ではなく、その間を縫うような技術が必要になる。

 

 

「もしかして、あんた。腕に覚えがある感じか?」


「………………まぁ、ほどほどにね」


「おおっ!なら、ちょうどいい。姐さーんっ!!」


「あっ、おい」


 

 気前よく、色々と話してくれるやつだとは思っていたが、やはり感覚的に動くタイプだったらしい。

 俺が止める間もなく出された大声に、不機嫌そうな三白眼がこちらに向けられるのがわかった。



「…………おい、岩吉がんきち。なんでぇ、ソイツは?」



 蟹型の魔物達は、逃がさないとばかりに他の男衆に取り囲まれている。

 試験と言っていたくらいだし、脅威ではないだろう。

 あくまで、獲物。そういうことのようだ。



「どうも、えらく腕の立つ剣士だそうで。持ち手にどうです?」



 明らかに盛られた話しぶりに、頭を抱える。

 こいつは、恐らくバカだ。同じように面倒そうな顔をした女がそれを物語っていた。



「……はぁ、もういい。で?コイツの言ってることは本当なのか?」



 短く切り揃えられた銀色の髪、鋭く細められた三白眼。

 加えて、男並みにデカい身長。

 きっと、その胸元の出っ張りがなければ、男と勘違いしていただろう。


(しかし、奇妙な服だな。いや、お互い思ってることか)


 貴族の令嬢が着ていたドレスでも、手元が広がっているものはあったが、方向性が明らかに違う。

 肩の辺りから羽のように広がる形状と、装飾など不要とばかりに布一枚で作られたそれは、作業の中で使うものなのか、所々が煤に塗れていた。



「一応、それなりに扱えるつもりだ。えらく腕の立つとまでは言わないが」


「……ふん。なら、やってみろ。ほら」



 気持ち程度の腕の防具以外は身に着けていないところを見るに、本職ではないながらも自信はあったのだろう。

 相手の顔に青筋が浮かび始め、やがて、獰猛な笑みに変わっていく。


(いらぬ勘気に触れたか?いや、どっちにしろ不機嫌になっていたか)


 本当ではないと答えたところで、この手の輩は無駄な時間をと怒っていたに違いない。

 あの脳天気なお喋りに声を出させた時点で、たぶん結果は決まっていたのだ。



「でも、あたしの前で啖呵を切ったんだ。嘘だったら、ただじゃおかないからな」


「……………………わかったよ」



 ため息を吐きたくなる気持ちをぐっと抑える。

 どうせ、それ相応のものを見せなければ、別の文句を言ってくるに決まっているというのに。

 


「…………まぁ、やるか」



 剣を二度三度と振り、感覚を掴むと、正眼に構える。

 そして、それを見た男衆が徐々に道を開け始めると、その間から、魔物達がこちらに押し寄せてきた。


(美味そうなら、食ってみてもいいしな)


 ある意味自分らしい考えに思考を割きつつ、牽制目的で足を踏み出し、地面を弾けさせる。

 狙い通り、一瞬動きを止めた相手に対し、反応出来ぬうちに接近。

 余計な横槍が入らぬように一匹の懐へと深く入り込んだ。


(想像以上に、軽い剣だ。それに、なんだろう。このやけに手に馴染む感じは)


 その不思議な一体感に、持ち手のことを考えて作られているのが、なんとなくわかった。

 どうやら、近づき難い雰囲気を放っている割には、気遣いのできる性格らしい。



「まずは、一つ」



 巨大な盾のように構えられた鋏をすり抜け、関節部分を切断。その流れのままに、顔に当たる部分を蹴り上げる。


(腕二本に、足は四本、ちょっと知ってるのと違うな)


 体を凹ませながらひっくり返った相手に対し、再度斬り付け、残りの関節を切り離した。



「次っ!」



 二匹目。

 遮るものが無くなり、意気揚々と突き放たれる攻撃を、体を半歩ずらすようにして回避。

 通り抜けた風につられて、髪が揺れ動く。


(そういや、だいぶ伸びたな。そろそろ切り時か?)


 そんな、どうでもいい事を考えながら、右足を一歩後ろに出し、軸足にして回転。

 殻に覆われていない部分に刃を突き立てると、泡を吹いて崩れ落ちた。



「最後」



 そして、怯えたように逃げようとする獲物を飛び越えるようにして跳躍。

 着地すると同時に、宙で放った斬撃が相手の手足を地に落とした。

 


「…………なぁ?コイツらって、食えるのか?」



 残心。

 体に染みついた動作に、脅威となるものがいないことを確認すると、後ろを振り返る。


(もしかして、やり過ぎた?)


 視線の先では、全員が目を大きく開け、固まっている。

 全力には程遠いものではあったが、それでも相手の想定を大きく上回ってしまったのかもしれない。


(人間の騎士くらいをイメージしたつもりだったんだが…………いや?あれは近衛の団長だったっけ?よく、思い出せないな)

 

 最近は、ある程度名も知れたのか、戦う前から降参してくる相手ばかりになっていたので、人間基準での力加減が正直わからない。

 それこそ、最後に戦ったのは俺から見ても化け物揃いだった魔王軍の上役だ。

 そちらの基準に引っ張られてしまうのも仕方がないことだろう。



「……………………テメェ、何者だ?その腕で野良ってのは、あり得ねぇだろ」


「本当に、どこにも仕えてないんだけどな。あくまで、傭兵みたいなもんだったし」


 

 嘘ではない。

 そもそも、自由に旅をするために、どこかの国に所属することは一度もなかった。

 今思えば、普通ではない在り方ではあるのだが、俺が戦いを始めた時はそれでもまかり通るような無秩序で、追い込まれた世界だったってだけだ。

 


「……………………それを信じろと?」


「まぁ、初対面だ。信じて貰えないのも仕方ない」


「……………………掴めねぇやつだ」


「そうか?少なくとも、俺はわかったけどな」



 自分で使ってみて、初めて分かった。

 軽く、それでいて重心の位置をしっかりとっていることでより扱いやすくなっていること。

 それに、何度も何度も、繰り返し鍛錬したのだろう。

 薄い刃はしなやかで、適切な使い方さえしていれば折れる気配すら感じなかった。


 そして、だからこそわかるのだ。

 これを作ったのが、どういう性格をしているのかということを。



「あんた、良いやつだな」


 

 きっと、自分の愛剣を作ってくれた人と同じように、強く真っ直ぐな想いを内に秘めているのだろう。

 いや、もしかしたら取っつきにくい部分もよく似ているのかもしれない。

 ある程度、変わり者でないと素晴らしいものというものは作れないと、経験則で知っているから。



「…………………………………………ふん。世辞は嫌いだ」


「世辞じゃない。それに、直感には自信があるんだ。これだけは、誰にも負ける気はしない」



 俺のスキルの一つはそういったものだ。

 一言で言えば、根拠のない直感。

 でも、そんな曖昧な力に俺は何度も助けられてきた。

 死に近づけば近づくほど、強力に作用するその力に。

 


「…………くっ……くっくく……変な男だな」


「よく言われるよ」


「ははっ、いいだろう。気に入った」


「そりゃ、助かる。ありがとう」


「くっ、くく。ほんとに、どうしようもねぇ、変わりもんだ」



 機嫌良さそうに笑う姿を、まるで幽霊でも見たとでもいうような表情で男衆が見ている。

 ある意味、いつもの様子が手に取るようにわかってこっちが笑えて来そうなくらいだった。



「………………あたしにも、わかったさ。その綺麗な太刀筋を見ればな」


「ん?なんか言ったか?」


「言ってねぇ。剣の腕とは違って、耳の方は使い物にならねぇらしいな」


「そうか?ってか、そこまで言う必要ないだろ」


「はっ、ほんとのこと言って何が悪いんだ」

 

 

 乱高下する機嫌に、苦笑するほかない。

 相手が相手なら、今頃喧嘩別れになっているくらいだろう。


(本当に、面倒な女だ)


 その物言いに、雰囲気に、芯の強さというべきか、自分を曲げない性格が伝わってくる。

 でも、こういう手合いは嫌いではない。

 

 俺だって、譲れないもののために、これまで戦ってきたのだから。






作務衣を表現したいのですが、適当な表現が思い浮かびませんでした。

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