第一話
先輩と同期にバカにされ、一念発起、デブ脱却を宣言した私だったが、食べることが人生だったアラサーの万年デブOLをなめてはいけない。
ダイエット知識などあるはずもない。
現代の利器に頼り、それはもう、調べまくった。
インターネット記事、SNS、ダイエット関連本など読み漁り、カロリー制限、糖質制限、筋トレ、ジム通い、ヨガにピラティス、ロカボ食、、、
たくさんの情報を得た。
だが、万年デブ、全部できる自信がない。
食べるのを減らすことはまずできそうにない。
ヨガやピラティス、ジム通いは憧れはあるものの、薄給OLにはちょっと痛い出費。
ぐぬぬ・・・と唸っていた時、
SNSで見つけた1人のダイエッター成功者の記録。
毎日一万歩計画。
これならば!
歩くだけならタダ、とりあえず食事制限もない。
スマホを会社で持ち歩けばその分も万歩計アプリでカウントされて良い感じになるのでは・・・
と、甘い下心もありつつ、これ以上の条件のものは見つけられず、まずは毎日一万歩歩くことからダイエット開始したのだった。
横断歩道の向こう、青信号が点滅している。
全力で走る。
走ったつもりだった。
だが、デブに慣れていた私は自分の身体のダメさを見誤った。
案の定、半分も行かないところで無情にも信号は赤に変わり、
ちょうど左折してきた3トントラックに、跳ね飛ばされた。
ああ、デブな早く走れるわけないのに。
ああ、ダイエット・・・一度はスリム体型になりたかったなあ・・・
意識がブラックアウトした。
「リリー様、起きてくださいまし。リリー様ー!」
・・・うっ、なんか声が聞こえる。
「リリー様、朝です、朝食のお時間です」
「はっ、朝!!・・・ダイエッターの朝、コップ一杯のお白湯から!!」
「・・・? 何をおっしゃっているのですリリー様? さあはやくお着替えなさってくださいませ、お食事の時間ですわ。この後のアントン先生の授業には私、マリサご同行できませんので、なるべく早くなさいませんと。」
「リリー?・・・誰・・・?」
眠気まなこを擦り擦り、ふと見上げると。
「はあ??」
なんじゃこりゃー!!
繊細に編み込まれた白いレースの天蓋が目に飛び込んできた。
ついでに天井がありえない高さである。
慌てて自分の体を見る。
あ、
この贅肉、この三段腹、このもっちり具合。
間違いない、私だ。
私の脂肪だ。
・・・じゃなーい!!!
何これ?
こんなツルツルやわらか生地のパジャマで寝た覚えはないですが??
どこのお嬢様??
というか、私はトラックに跳ね飛ばされて人生終了してしまったのでは??
1人でぐぬぬ、と混乱を極めていると、
色鮮やかな花の装飾が施された白と金縁のポットから何やら飲み物を注いでいるメイド、えーっと、マリサ・・・さん?だっけ?
紺のワンピースに白いエプロン、黒髪をお団子に引っ詰めて銀色メガネをかけた中年女性だ。
「リリー様、早くしてくださいまし。変ですわねえ。いつもご飯といえば飛び起きていらっしゃるのに。」などとブツブツ言いながら、不思議そうにチラチラ視線を飛ばしてくる。
デブをご飯で釣るとは!
何とも根源的、しかし確実な方法であろうか、この女性、できる。
いやいや、つまらないことを考えて現実逃避している場合じゃない。
うん、状況を整理しよう。
まずこの天蓋ベッドはなんなんだ、ふかふかすぎる。
私のワンルームには100kgの巨体に押しつぶされ、くったり&しなしなになったニ○リベッドしかなかったはずだ。
さらに向こうには何だ?
金色のワゴンに豪華そうな食事が山盛り。
縁に蔦模様が丁寧に掘り込まれた重厚な木のテーブルと、赤布に金地の猫足ソファ。
その傍、さっきのメイド、マリサさんはせっせと食事をこれまた山盛り取り分けている。
デブだ、あれは、デブの食事量だ・・・
ここは明らかに我が城(賃貸ワンルーム)ではない。
右の壁にはレンガで組まれた暖炉があり、白い百合の刺繍が上品なベージュのカーテンに縁取られた窓の外にはオレンジ色の屋根の街並みが広がっている。
いつぞやのテレビで見たヨーロッパ貴族のタウンハウスかのようである。
これは・・・俗にいうトラ転とかいうアレか・・・?
いやしかし、異世界転生ものって、令嬢モノの場合、絶世の美女設定じゃない?
わたし、そっくりそのまま、前世の体型持ち込んじゃってるけど?大丈夫そ?
にしてもこの贅肉・・・
はあ・・・
嘆いてみてもしょうがない。
動かなければ、贅肉は減ってくれない。
ダイエットの大原則だ。
ファイトダイエッターの血が騒いでくる。
よーし、決めた。
ぷくぷくふっくらメロンパンのように肉付きのよい右手を握りしめ空に向かって突き上げる。
今世ではぜぇーったい、ぜぇぇぇーったい、スリム体型をゲットするぞー!!!
絶対、人生を謳歌してやるー!!
おー!!!
ダイエット生活、始まる。