かつて合戦場だった我が住処で。
たぶん怖くないです。
「…………なぁ。もうそろそろ、俺たちも潮時じゃなかろうか?」
「何を急に…………」
もう四百年も共にいる相棒がボソリと呟く。
今までそんな弱気な発言をする奴ではなかったので、私は気になってしまう。
「何かあったのか?」
「……何も…………いや、ある。この間の夜、ここに無礼な若者たちが押し寄せてきただろう?」
あぁ、来た来た。ここに若者が肝試しに来たのは久し振りであった。
しかし、そいつらの態度は許されるものではなかった。
石碑に色を塗りたくり、あまつさえ立ち小便までしていった罰当たり輩五人だ。
「なんだ、そやつらならお主が『取り殺す!!』と気合いを入れて取り憑いていったであろう? ひと月も取り憑いていたのに、あれから何も言わないから気になっていたのだぞ?」
「……………………………………」
相棒が押し黙る。その表情は怒りとも悲しみとも取れない……なんというか、とても複雑な顔だった。
「そうだ……俺は奴らに取り憑いた。俺は奴らと“自動車”というカラクリに乗って帰った。そこで奴ら…………なんと言ったと思う?」
「さぁ、なんだろうな?」
「…………『落武者って何?』……だ!!」
「………………は?」
なん……だと?
「あいつら、ここが『合戦場』だって分かってて来たはずだよな!? 合戦場って言えば、そこで死んだ足軽や武将…………つまり“武者”がつきものだろう!?」
ちょっと考えれば幼児でも分かる。
ここで命を落とした武者…………落武者!!
私たちは君主のため、一族のために戦って死んだ。この相棒とは元々敵同士ではあったが、死んでからその志に触れ友となった。
この地に縛られた無念。
殺し合う虚しさと、我々の高潔な意志を後世に伝えなくてはならない!!
その時からこの場所で多くの命の証を遺すために、ここを訪れる者たちに“恐怖”の対象として亡霊となったのだ。
「信じられん……何故、ここへ肝試しに!?」
「ここを“心霊すぽっと”と呼んでいたから、怖い場所という認識だけはあったのやもしれぬ。それと奴ら“動画”という、この場所の“写し絵”を取っていてな…………」
相棒は話を続ける。
奴らは何か板のような不思議なもので、ここの風景を記録したそうだ。
その“写し絵”には、その時は奴らが無視したはずの我々の姿が画かれていたというのだ。しかも、かなりハッキリと。
「奴ら、俺を見た瞬間『真ん中が禿げた長髪のおっさんが映ってる!!』と騒ぎおったのだ!!」
「禿げではないわっ!!」
長髪は髷を下ろしたものだろう!!
禿げとは心外!! 武士の月代は丁寧に剃ったものであって、禿げとはまったく異なるものだ!!
「えぇいっ!! 許せぬ!! お主、その愚か者どもをもちろん取り殺してきたのであろう!?」
「……それがな、できなんだ」
「なっ……何故!?」
奴らには無念という恐怖で沈め、我々の姿を見続けることで衰弱死し、あの世で後悔に嘆き苦しんでもらわねばならん!!
憤る私とは対照的に、相棒はどんどん落ち込んでいくようだった。
「…………“ぶいあーる”というのを知っておるか?」
「ぶいあ……? なんだそれは?」
「何やら目を覆う箱のようなものと、両手に手甲? ……のようなものをはめる……」
「それで…………?」
「それで、奴らは奇妙な動きを始めた。俺は気になって、奴らの見ているものを覗いて見たのだ………………それが…………」
相棒はブルブルと震え始める。
「奴ら“ぞんび”とかいう、世にもおぞましき死人のもののけと戦っておったのだ!! それを“遊戯”としてな!!」
「もののけとの戦いを、遊戯にだと!?」
なんということだ。
この時代の若者は皆、背丈ばかり高いのに何処か頼りなく、合戦で真っ先に死にそうな軟弱者ばかりだと思っていたというのに。
愕然とした。
もう、落武者ごときでは驚かないのも無理はない。
「…………俺たちの姿……もののけに比べれば普通よ。彼の者たちに何も植え付けられないのでは、この存在に意味があると思うか?」
「そうか…………もう私たちは、現代の者に『恐怖の対象』として見られなくなったのだな?」
「そうだ……」
「寂しきものよ……」
「……………………」
「……………………」
私と相棒はお互いに無言で見詰め合う。
「四百年……もう、いいかもしれん」
「あぁ。もうだいぶ前から、何の怨みも湧いてこなかったからな……」
時間というのは、我ら亡霊にもあるのかもしれない。
「ふむ……あの世に行ったら、もう私も甲冑を脱いでもよいのだな……」
「ああ。俺はきちんと髷を結い直して………………あ!」
相棒がキリッとした顔で私の手を握る。
「あの世に行ったら俺と夫婦になってくれ!! もう敵国の姫だとか関係ないだろう!?」
「そ、それはそうだが……! あの世には我が父母が……」
「いいや! 祟り神ならいざ知らず、もう四百年経った!! お殿様たちなんぞ、もっと前にさっさと成仏して生まれ変わっておるわ!!」
「わかった……お主がそこまで申すなら……」
「よっしゃあああっ!! 四百年待った甲斐があったぞぉぉぉっ!!」
四百年前。私は姫武将だった。
足軽だった相棒とは合戦場で出逢い、お互いに一目で心を掴まれた瞬間に命を落としたのだ。
「よし、逝こうか……?」
「はい。おまえさま♡」
こうして、この合戦場の最後の亡霊である私たちは成仏した。
・~・~・~・~・~・~・~・~
「なぁ。最近、合戦場跡地で落武者の霊の目撃情報ないよなぁ……」
「もしかして、幽霊にも“寿命”ってあるんじゃないか?」
「そっかぁ……確かに縄文人とかの霊って、聞いたことねぇもんなぁ。四百年が限界なのか?」
――――真相を知る者は誰もいない。
心霊スポットの合戦場跡地に突撃してきたのは、陽気なパリピ五人組でした。
※実際に、ある心霊スポットで落武者の霊が有名でしたが近年は見掛けなくなり、ニュースにもなったようです。
本当に幽霊の寿命が四百年かはわかりませんが、人の負の感情というのは永遠にはもたないのかもしれません。そうでないと、永遠に救われないと思います。