『3』
――そして、迎えた土曜日。
この日の朝から臨戦態勢だった俺は、両親とともに朝食を食べていた。
母さんの作ってくれた味噌汁を無言で飲む俺を尻目に、親父と母さんが近所の人間とのやり取りやテレビで流れているニュースに対しての感想などといった他愛のない雑談をしていく。
やがて、話すこともなくなったのか、「そういえば」と母さんが俺の方へと話を振ってきた。
「哲也、今日は凛音ちゃんとおでかけするんでしょ?……パルクールだか何だか知らないけど、せっかくのデートなんだから、遅れたりなんかしちゃダメよ~?」
そう言いながら、ニマニマとした笑みをこちらへと向けてくる。
そんな母さんとは対照的に、親父は仏頂面をしながら
「まったく、デートだのなんだの浮かれおって実にけしからん!学生たる者、勉強が本分であると少しは自覚したらどうなんだ。……学生時代はそんなものとは無縁で過ごし、唯一の女性経験はお見合い結婚で知り合った母さんだけ、という公務員一家に生まれた者として相応しい堅実な生き方をしている俺を見習ったらどうなんだ」
だの、ブツブツ呟いている。
そんな二人に対して、意を決した俺は――椅子からスッと立ち上がってから、おもむろに口を開く。
「その事なんだけどさ、父さん、母さん……今日俺は、凛音とデートするつもりなんてさらさらないんだ」
……俺の様子から何かを感じ取ったのか、両親が怪訝な表情で俺の顔を見つめてくる。
どういう事なのか分からないなりに、俺の真意を理解しようとしているのか、母さんが軽く困惑しながらも質問を投げかけてきた。
「えぇっと、それは……実は他にもお友達が来たりするから、デートみたいな雰囲気にはならない、って事かしら?」
何とか、自分の理解出来る範囲の話題として俺から納得できる答えを引き出そうとしているのかもしれない。
だが、俺は――そんな母さんの一抹の希望すら打ち砕くかのように首を横に振りながら、一切の嘘偽りない真意を述べる。
「そのままの意味だ。――俺は卑劣な手段を用いて、アイツの身も心も堕としつくすつもりだ」
俺の発言を受けて、両親がこちらを見たまま絶句した状態で固まる。
……まぁ、そうなるのも無理はないだろう。
信じてデートに送り出そうとした実の息子が、まさか幼馴染みを完堕ちさせる事を目論む鬼畜に成り果てていたとは、夢にも思っていなかったに違いない。
それでも、とわななきながらも、母さんが必死の表情で俺にすがりつくかのように語り掛けてくる。
「どうして……どうしてなの?――哲也も凛音ちゃんも、ちっちゃい頃から……いいえ、昼休み一緒に自家製のお弁当を食べたり、休日に二人きりでお出かけしたりと、最近は特に仲良くなっていて端から見ていても『あ~、これは付き合うのも秒読み間近ですな!……おアツいのも結構だけど、避妊はしっかりするんだぞ♡』って祝福する気持ちで満たされるくらいの距離感だったじゃない!?」
そこから、ポタリ、と母さんの瞳から大粒の涙が溢れ出していく――。
「……なのに、どうして……?――卑劣な手段なんか使わなくても、普通に凛音ちゃんに告白してお付き合いするわけにはいかないの……?」
……確かに、母さんの言う通り俺が告白すれば、高確率で凛音は頷いて俺と付き合ってくれるかもしれない。
だが、そんな『あったかもしれない幸福な未来』ごと、俺は母さんの問いかけを一蹴する。
「答えは、"否”だ。――何故なら、最近のエロ漫画ではラブラブ♡で付き合っているはずの幼馴染みのヒロインが、ふとしたきっかけでチャラ男やキモオタ、体育教師や陰湿なバイト先の店長に寝盗られた末に、主人公を捨てて快楽堕ちする展開の作品が多いからな」
だから、と俺は続ける。
「……無自覚ながらも男心をくすぐりまくって虜にしてしまう凛音なら、もう既に学園中の男に狙われまくっていたとしてもおかしくはない。――俺はアイツを他の誰にも奪わせたりしないために、生ぬるいカップルなんて関係なんかじゃない、どんな間男すらも付け入る隙がないくらいに、如何なる手段を用いてでもアイツの身も心も完堕ちさせて、俺に隷属しなくては生きていけないようにしてみせる……!!」
もともとは、高校に入ってさらに俺の心を掴んで離さなくなった凛音への執着を暴発させないように、激情を少しでも抑えるために読み始めた幼馴染み系のエロ漫画。
だが、それを通じて『初々しい学生カップルの彼女は、間男にNTRるもの』という定石を学んだ俺が、数多の苦悩とその果てに導き出した唯一無二の答え。
それが、今日俺が決行する『卑劣な手段で、凛音の身も心も完膚なきまでに完堕ちさせる』というものだった。
あまりにも凄絶なる俺の覚悟を前に、とうとう母さんが声を上げて泣きながらテーブルに突っ伏す。
そんな俺達の光景を前に、とうとう我慢出来ないとばかりに親父が盛大に、バン!とテーブルを叩いて立ち上がる――!!