5.
(※ローマン視点)
翌日、僕は仕事で人と会う用事があったので、街に出かけていた。
その用事も終わった頃には、すっかり夜になっていた。
僕は、家を目指して歩いている。
ジャケットは、昨日と同じものを着ている。
家に帰る前に、浮気現場である宿屋のロゴが入ったマッチの箱を、どこかに捨てなければならない。
僕は、薄暗い路地に入った。
ここなら、その辺にマッチの箱を捨てても、誰にも見られる心配はない。
僕はジャケットのポケットに手を入れ、マッチの箱を取り出そうとした。
しかし、そこで、違和感を感じた。
え、なんだ?
気のせいか?
さっきとは違うポケットに、手を入れてみる。
え、なんでだ?
いったい、どうして……。
気付けば、額からは冷や汗が流れている。
一応、ズボンのポケットも確認してみた。
ジャケットのポケットも、もう一度確認した。
「いったい、どうなっているんだ……」
僕は天を仰いで呟いた。
マッチの箱が、ポケットの中に入っていない。
いったい、どうしてだ?
何度確認しても、マッチの箱は見つからない。
いったい、いつからだ?
マッチの箱は、いつからなくなっていたんだ?
宿屋から持って帰ってしまったのを思い出しのは、ジャケットの脱いだあとだった。
だから、ジャケットのポケットに入っているところを、確認したわけではない。
しかし、僕はきちんと覚えている。
マッチの箱を持って帰ってしまったというのは、気のせいではない。
確実に、ジャケットのポケットに入れた。
それは、間違いない。
ということは、どこかで落としたのか?
いったい、いつ落としたんだ?
マリーと宿屋で別れてから、家に帰るまでの間か?
それとも、今日出掛けてから、町のどこかで落としたのか?
いや……、落ち着くんだ……、冷静になれ……。
マッチの箱は、いつ、どこで落としていようが、問題はない。
問題だったのは、僕のジャケットのポケットの中に、宿屋のロゴ入りの箱が入っていたということだ。
僕が持っていれば、それは浮気の証拠となる。
そして、現在僕のポケットには、その箱は入っていない。
それなら、何も問題はない。
どこに落ちていようが、それが僕の持ち物だとはわからない。
単なる落とし物だと認識されるだけだ。
僕が持っていたことが問題なのであって、現在はもう、何も気にすることはない。
「あぁ……、これで、安心して家に帰れる」
証拠は既に消え去っている。
僕が浮気をしていたということを、証明する方法はない。
……本当に、そうか?
マッチの箱が、どこに落ちていようが、問題はない。
それは、確かなことだ。
しかし、どこにも落ちてなかったら、どうなる?
たとえば、すでにクリスタがポケットから取り出していた場合は、どうなる?
それなら、現在ポケットの中にマッチの箱がないことの説明がつく。
しかし、それならどうして、昨日、僕にそのことを言わなかったんだ?
まさか……、僕は、試されているのか?
僕が正直に打ち明けることを、クリスタは待っているのか?
昨日の会話を、思い出した。
新聞記事を見ながら、彼女と交わした会話を。
彼女は、翌日に打ち明ければ、検討はすると言っていた。
そして、その翌日というのが、今日のことだ。
あれはまさか、僕に、正直に打ち明けるように、暗に促していたのか?
いや……、落ち着け……。
まだ、クリスタがマッチの箱を既にポケットから取り出しているとは、限らないんだ。
僕がどこかで落とした可能性だって、充分にある。
疑心暗鬼になって、僕が彼女に試されていると、勝手に思い込んでいるだけだ。
そうに、決まっている。
だから僕は、このまま家に帰って、普通の態度をしていればいいんだ。
彼女に浮気のことを打ち明ける必要なんてない。
もう少しで、疑心暗鬼になって墓穴を掘るという、そんな間抜けなことをするところだった。
マッチの箱は、どこかに落としたんだ。
クリスタが持っているはずがない……。