4.
(※ローマン視点)
僕は玄関の扉を開け、家の中に入った。
いったい、どっちなんだ?
クリスタは、気付いたのか?
それとも、気付いていないのか?
リビングを目指して、廊下を歩いた。
「ただいま」
ちょうどリビングにいたクリスタと目があったので、僕は彼女に声を掛けた。
「あら、お帰りなさい。……どうしたの? あなた、すごい汗よ。そんなに走ってまで急がなくても、よかったのに」
「はは……、そうだね。忘れていたのがなんだか申し訳なくて、急いで買ってきたんだ……」
なんだ?
彼女の様子に、特に変化は見られない。
気付かれていないのか?
「ありがとう」
彼女は、僕が買ってきた物を笑顔で受け取った。
それを彼女がキッチンへ持って行ったので、僕はソファへ向かった。
僕が脱いだジャケットは……、そんな……、ない!
ということは、クリスタがハンガーにかけたのか……。
しかし、彼女の態度に変化は見られない。
つまり、気付かれなかったというわけか……。
僕は、安堵のため息をついた。
ポケットから煙草を一本取り出し、ソファに座った。
そして、いつも机の上に置いてあるマッチで、その煙草に火をつけた。
それを、ゆっくりと口へ持って行った。
「ふぅ……」
ああ、なんてうまい煙草なんだ……。
本当に、よかった。
彼女には、何も気づかれていない。
机の上にある灰皿に、煙草の灰を落とした。
明日も同じジャケットを着て、その時に、ポケットの中にあるマッチの箱は、処分しよう。
それで、浮気の証拠はなくなる。
タバコを吸い終わったので、机の上にあった新聞を広げた。
新聞を読みたかったわけではなかったが、心の底から安堵しているせいか、ソファから立ち上がるのも億劫だったから、とりあえず、適当に目を通しているだけだ。
「あら、なにか、面白い記事でもあるの?」
隣に座ったクリスタが、僕の広げている新聞を覗き込みながら言った。
僕は、特に何かの記事を見ていたわけではなかった。
「へぇ……、浮気をめぐっての言い争いが、殺傷事件にまで発展したのねぇ」
彼女は新聞を覗き込みながら呟いた。
僕は、ごくりとつばを飲み込んだ。
浮気とは……、なかなかタイムリーな話題である。
しかし、落ち着け……、浮気のことは、バレていないんだ。
普通に接すればいいだけ……、これは、単なる世間話なのだから。
「なかなか恐ろしい事件だな。浮気なんてするから、こんな目に遭うんだ」
「ふうん、この女性、浮気をされたことも悲しかったけれど、そのことをずっと黙っていたことの方が、もっと悲しいって言ってるのね」
「クリスタも、そう思う?」
僕は彼女に聞いてみた。
これはあくまでも、世間話である。
「そうねぇ、私はもう、昔のことは、許しているわ。でも、もしあなたがまた浮気をしていて、そのことをずっと黙っていたら、とても悲しいわ……」
「へえ、そういうものか……。具体的には、どれくらいの期間なら、秘密を抱えていても、許せるのかな。あ、いや、僕がそういうことをしているというわけではなくて、単に、君がどう思うのか、気になったから」
「そうねぇ……、浮気をした翌日に打ち明けてくれたら、いいかな……。もちろん、それで許すというわけではないけれど、少しは考えてみようかという気には、なるわね」
「へえ、そう……」
僕は何の気もないように装っていたが、内心では動揺していた。
つまり、明日、彼女に浮気していたことを打ち明ければ、まだ、許すか許さないか、検討くらいはしてくれるというわけか……。
まあ、それでも、絶対に許してくれるというわけではないのだから、打ち明けても何の得もない。
僕の浮気は、彼女にはバレていないのだから、わざわざ話す必要もないだろう。
このまま隠し通して、時々マリーと密会するのが、賢い選択だ。
あぁ、クリスタが鈍感な馬鹿でよかった……。