3.
(※ローマン視点)
僕としたことが、頼まれていた買い物を忘れるなんて……。
宿屋を出てからは、マリーと触れ合った余韻を感じながら歩いていたから、うっかりしていた。
でも、帰りが少し遅くなったことは、何とか誤魔化すことができた。
とりあえず、彼女が何かを怪しんでいる様子はなかった。
火がついていない煙草を、指で挟んだままだったことに気付いた。
とりあえず、この一本を吸って落ち着こう。
僕は火をつけるために、マッチをポケットから取り出そうとした。
「あ……」
その時になってようやく、ジャケットを着るのを忘れていることに気付いた。
マッチは、ジャケットのポケットの中だ。
これでは、煙草は吸えない。
とりあえず、煙草はポケットの中に入れておいた。
財布はズボンのポケットに入っているので、買い物はできる。
買い物を済ませて、早く家に帰ろう。
そのあとで、一服すればいい。
べつに、今すぐ吸いたいわけでもないのだ。
店に着いた。
頼まれていた調味料を買ったので、あとは帰るだけ。
ジャケットを着ていないので、少し肌寒くなってきた。
ズボンのポケットに手を入れて、煙草を指で弄びながら歩いた。
「しまった……」
僕は、煙草から連想して、一つのミスを犯していることに気付いた。
ジャケットのポケットには、マッチの箱が入っている。
それも、一つではなく、二つだ。
これが、大問題である。
一つは、普段使っている物だ。
これはべつに、ポケットに入っていても、何も問題はない。
問題は、もう一つのマッチの箱である。
それは、宿屋にあった物だ。
宿屋で煙草を一本吸った時、僕は無意識のうちに、そのマッチの箱を、ジャケットのポケットに入れてしまった。
それを、今思い出したのだ。
マッチの箱を持ち帰ること自体は、何も問題ない。
あれは、客が持ち帰ってもいいものだ。
問題は、そのマッチの箱に、あの宿屋のロゴが入っているということだ。
これは、非常にまずい。
もし、クリスタにその箱を見られたら、お終いだ。
宿屋のロゴが入っているマッチの箱を持っているということは、その宿屋に行ったことの証明になる。
どうして宿屋のロゴが入っているマッチの箱が、ポケットの中に入っているのかとクリスタに問われれば、僕は何も答えることができない。
いや、下手な言い訳くらいならいくつか思いつくが、そんなもので、彼女を騙せるとはとても思えない。
えっと……、あのジャケットは……、そうだ。
さっき帰った時に脱いで、ソファに置いたままだ。
それを彼女が見たら、どうするだろうか?
おそらく、ハンガーにかけるために、ソファに置いてあるジャケットを持ち上げるだろう。
その時、気付かれる恐れがある。
マッチの箱一つ分の重さ程度では、気付かない可能性が高い。
しかし、絶対に気付かないとも言い切れない。
あるいは、ジャケットのポケットのふくらみから、気付かれるかもしれない。
とにかく、彼女がジャケットに気付く前に、家に帰らなければ……。
僕は、家に向かって猛ダッシュした。
頼む、ジャケットには、気付かないでくれ。
気付いても、そのまま放置して触らないでいてくれ……。
そんなことを願いながら、僕は走り続けた。
「はあ……、はあ……」
ようやく、家に到着した。
汗をかいているのは、走ったせいだけではない。
頼む、どうか、バレていませんように……。
全身が、緊張している。
不安な気持ちに支配され、僅かに震えていた。
僕は額から流れる汗をぬぐいながら、玄関の扉を開けた。