18.
私はリビングにあるソファに座って、紅茶を飲んでいた。
すると、ローマンがやってきた。
また、酷い顔色をしているのかと思った。
しかし、彼は清々しいほど、スッキリとした様子だった。
なにか、心境の変化でもあったのかしら……。
「クリスタ、お前に大事な話がある」
そう言った彼は、ニヤニヤとしながら、私の方を見ていた。
なんだか、嫌な予感がする。
「何ですか?」
「いいか? これからいうことは、誰にも言うなよ? 言えばどうなるか、わかっているよな?」
「……はい」
ほかの人に、人生を狂わすほどの迷惑が及ぶのを、私は良しとしない。
だから彼は、その弱みに付け込んで、私を言いなりの状態にしている。
私は悔しくて、こぶしをぎゅっと握り締めた。
「僕が浮気をしていたのは、知っているだろう?」
「ええ、そうですね」
「実はその相手は、マリーなんだ」
「なんですって!?」
私は驚いた。
彼は簡単に言ったが、私にとっては、それは許しがたいことだった。
以前に交わした約束を、彼は破っていたのだ。
しかもそれを、悪いとも思っていない。
とても、まともな神経だとは思えない。
「それで……、ここからが本題なんだが……」
本題ですって?
マリーとの浮気のことだって、私にとっては充分本題ですよ?
ローマンは、どんどん私の知っている彼とかけ離れていっている。
どうして、初めから彼の本質を見抜けなかったのかしら……。
「実は、マリーが僕のことを強請ってきたんだ。彼女は自分が破滅することも恐れずに、浮気のことを告発すると言ってきた。それで、そうしてほしくないなら、金をよこせと……」
そんなの、自業自得でしょう。
どうしてそんな話を、私にするの?
まさか、そのためのお金を、渡せというつもり?
そんなこと……、いや、でも、今の私の立場では、そうするしかない……。
「しかも彼女は、一回金を払っただけでは満足しなかった。さらに僕にいろいろと要求すると言ってきた。だが、そんなのは、あまりに理不尽だ。それはつまり、僕は彼女の奴隷になるということを意味する。そんなの……、耐えられるはずがない。彼女がいい思いをして、僕だけが理不尽な目に遭う。そんなことがこれから一生続くと考えたら、気が狂いそうになった。だから僕は、彼女を殺したんだ……」
「……え?」
何を……、言っているの?
殺した?
彼は確かに、そう言った……。
どうして?
どうして、そんなことをしたの?
どうして、そのことを、私に軽く話すの?
私は、彼のことを、とても恐ろしく感じた。
体が、震えている。
彼と同じ空間にいたくない。
でも、私は一生彼の言いなりのまま……。
「それで、おそらく数日後には、憲兵の捜査が行われる。彼女の家にある頑丈な金庫には、僕と彼女が裸で写っている写真があるんだ。捜査の過程でそれが見つかれば、僕はお終いだ。もちろん、お前との関係もなくなってしまい、ほかの者も、被害を被ることになる。お前も誰かが路頭に迷うことは、嫌だろう? だから、僕の言いなりなんだろう? だから、そんなお前に頼みがあるんだ。憲兵を、買収しろ。最初はどうやって証拠を消すかばかり考えてばかりいたが、こうすればよかったんだ。まったく、自分の天才的な閃きに、身震いがしたほどだよ。……いいな? 金でも何でもいいから、とにかく憲兵を買収しろ。そして、金庫の中にある写真を、処分させるんだ。事件は、ほかの犯人をでっち上げるのもいいし、迷宮入りでもいい。僕が犯人にならなければ何でもいい、好きにしろ」
もう、彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
言っている意味は分かるが、どうしてそんな思考になるのか、理解できなかった。
どれだけ、自分のことしか考えていないの?
ほかの人間は、あなたに都合がいい道具としか、思っていないの?
私は、そんな彼の言うことを聞くしかないの?
もし彼の言うことを聞かなければ、周りの関係ない人たちが、破滅してしまう……。
でもこのままだと、私は一生彼の奴隷のままだ……。
それで、本当にいいの?
「おい、さっさと憲兵の駐屯所へ行け。マリーの遺体が先に見つかってしまったら、終わりなんだぞ? 何をぼさっとしているんだ」
こんな人の言うことを聞かなければならないなんて……。
私の人生って、こんなものでいいの?
一生こんなことが続いて、耐えられるの?
いろいろな感情が混ざり合い、私は今までの自分と向き合った。
周りの人が大きな被害に遭うことを良しとしない自分に……。
その時、私はある発想をした。
今までこんなこと、思いつきもしなかった。
どうして、こんなこと……。
体が、震えていることに気付いた。
私は、自分の発想が恐ろしかった。
否、その発想が恐ろしいと感じないことが、恐ろしかった……。




