第7幕 大輝へ現実世界での説明 3
車に乗ってから、いろんなところを車で巡り歩いた。
最初にブティックで大輝くんのために彼の服を何着か買った。
最初、大輝君は「普通、服は支給されるものだろ!?」と言って驚いていたけど、本当に彼の世界ってどういうシステムなのかまだ全然理解が追い付かないまま、美緒がセンスがいい服を選んで美緒がお金を払おうとしていた。
なんでも、「アタシ、カスクルの推し大輝だから」ということらしい。
……うん、まあ推しキャラの服を自分好みな物を選びたいのは分かるけど。
君、確か他のコンテンツのBとLがつくエロ同人本を買うと言っていたんじゃなかったかい? と、私が彼女に囁く。すると、「がぁああああああああ!! そうだったぁああああああああああ!!」と店の中で雄たけびを上げられたので、店員さんに声をかけられて慌てて謝罪しつつ、大輝君に気づかれないように車に乗せた。
私は基本的に貯金するタイプなので、私が大輝君の服代は払っておいた。
後はへこんでいる美緒を車には行ってもらうだけだ。
すると美緒のスマホが突然鳴り出したので慌てて美緒が電話に出た。
「はい、美緒です……は!? はい、はいわかりました! いますぐ行きます!」
「どうしたの?」
「ごめん志保一回タクシーで帰るわ! 新作の同人本がアタシを待ってるの!」
「同人本よりも、気になる人物がいるのでは?」
「アタシの最推しカップリングの同人本なのー! 絶対読みたかった奴―!!」
「わかったー、また明日ねー」
「ほーい!」
……うん、確か美緒って実家で働いてるんだったよな。
家族に見られないようにする配慮的な奴だろう。
「ふぅ、それじゃ行きますか」
私は車に乗り込み、運転を開始する。
いやはや、既存作品キャラの服の買い物で自分が払うという経験なんて、人生で一度だって味わえるものじゃないなぁ。
後は、食事なのだが……どうするか。
「なんで、アイツ、店の中でへこんでたんですか?」
ミラー越しに大輝君は私を見る。
……まあ、大輝くんからすればそうなるよな。
私は前を見たまま、車を運転する。
たくさんの店が並ぶ東京の街。人がたくさん溢れた都会は、彼にはきっと新鮮なんだろう。
瞳から、驚きの色が隠し切れていない。
「あはは……気にしないで? 単純に自分のお金を貯金しなかった者の末路的なあれだから」
「はぁ……その、貴方は」
「ああ、無理して敬語で使わなくてもいいよ。あれは美緒が君の混乱を避けるために強く言っただけだから」
「……じゃあ、アンタの名前は?」
交差点で赤信号になったので、車をいったん止める。
うーん、嫌なタイミングだなぁ。
「渡部志保……渡部って書くのに、わたりべ、って読むんだよね。面白いでしょ」
「珍しいのか? それ」
「ん? あー……たぶん、この世界ではたぶん希少種レベルな感じだと思うなぁ」
「じゃあ、他の読み方は何があるんだよ」
「うーん、まず、わたなべでしょ? 次はわたべ、わたのべ,わたぶ,わたへ……って感じかなぁ。この世界での昔の人は、船渡しの人にわたしのべって呼んでたらしいけど、私たちがいた世界ではどうなんだろうね」
「……そっか」
ハンドルを片手に握りながら自分の左手を見て指折り数えたら丁度5だった、ラッキー。
まあ、と言ってもネットとかテレビ番組だとか、そういうので知った物ばかりだけど。
学生時代めちゃくちゃいじられたの結構黒歴史だったよなーと思う心の泥をまた掬いあげて、今の自分に被せている気分になる。
……珍しい苗字とか、そんなのになりたいわけでもなかったのにな。
「……語り部って言葉は、知ってる。だから、言わせてもらうけど」
「? うん」
信号が点滅を開始する。
彼の次の言葉で、私は思わず息を止めた。
「アンタは、渡り歩く語り部って言う意味があるんじゃないか?」
「なんで、そう思ったの」
「俺も旧世代のことは知らないし、よくわからねえけど……アンタ、鏡花みたいにサッカってヤツになりたいんだろ。だったら、ピッタリな名前だと思っただけだ」
「え?」
信号が点滅し、青に変わった。
私は混乱して運転がブレブレになると後ろの車から警告音が響いた。
私は一旦落ち着くために、息を吐いて深呼吸する。
「今、聞き捨てならないセリフが聞こえてきたんだけど!?」
「アイツのは絵だったけど、アンタは文章なのな」
「え!? み、見たの!? 私の黒歴史!!」
私は大輝君の方を振り返って、彼に叫んだ。
大輝君は、至極当然な言葉を私に投げた。
「知らねえ場所にいたなら、アンタはその部屋をなんなのか調べようとしないのかよ」
「あっちゃー……そりゃ、そうだよね」
根本的な、私のミスだ。
いやだって、コスプレしてるようにしか見えない男の子が隣に寝ているなんて状況が恐怖だ。
知り合いが寝てるとかの理由付けなんて考えたかったけど、私にコスプレイヤーの友達なんて誰もいないんだから、当然じゃないか。
しかも、学生時代に美術部にいた時に書いた創作小説を東京に上京してからずっと持っていた私も私だけど、誰にも気づかれないと思っていた場所に隠してあったのに……!! 馬鹿だ、私。
私は、一旦両頬をセルフビンタして、気を持ち直す。
「それじゃあ、君を混乱させた状況のまま一人いさせたから、そのぉ……何か、食べにいこっか!」
「物で釣ろうとしてるだろ」
「あ、バレバレ……?」
「いい。腹空いてるから何か食えるもん食いてぇ」
「わ、わかった! それじゃ、行こうかー!!」
そして、私と大輝君は一旦、ラーメン屋さんで食事をすることになった。
彼は備え付きの一味を間違って瓶の中身丸ごと入れて食べたので、辛い物好きなんだと知った。
その後、スーパーにも寄って適当な食材を買った。
彼が一番に目を光らせた料理は、総菜コーナーにあるやきそば弁当だったのでさりげなく購入し、今日の私の分の努力した分の褒美としてオムライスを買って家に帰宅することにした。