第5幕 大輝へ現実世界での説明 1
「…………ああ」
「志保!」
体がふらつくのを感じて、崩れ落ちそうになるのを美緒に支えてもらった。
頭を押さえて、激しい頭痛が襲ってくる。
私は、まだ受け入れられない。
これが、現実なはずがないんだから。そうな、はずなんだから。
だって、私はただのOL。どこぞのゲームや、二次創作で推しキャラとの恋愛とかが書かれてる夢小説とかの主人公などでは決してない。夢絵とかのかわいらしいオリジナルキャラでもない。
そういう小説なり、漫画なり、ゲームなりを嗜むだけの読者、主役なんて素敵な言葉で飾られることはないモブキャラなのだ。
そんな自分が、既存作品のキャラが自分の家にいる? なぜ?
理解しがたい、いやできない。
……すれば、きっと私の日常が壊れるって解りきってるから。
「大丈夫!?」
「だい、じょうぶ。少し、頭の整理が追い付かないだけだから」
「……志保、アタシに考えがある」
「何?」
美緒は真っ直ぐ決意に満ちた瞳で私を見つめる。
私は少し間を置いてから静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
キィ、と美緒は扉を開けると主人公の焔君が立ったままだった。
「答えろ、アンタたちのクリアランスは何だ」
「上位クリアランスのアタシたちに、そんな偉そうな口調を聞いてもいいとでも思ってんの? そこの椅子に座りなさいよ。じゃないと、首が飛ぶよ」
美緒はキッと強く焔君を睨みつけると、渋々焔君は無言でイスに座った。
そして私と美緒は一緒に席に着き、テーブルを挟んで互いに睨み合う。
主に、美緒と焔君が、という感じだけど。
美緒の作戦はこうだ。
まずカーストスクールの世界観では、人類は魔女たちに豚に変えられ気に入った子に特殊能力を授けた子供が学園に通う。主人公である焔大輝は魔女たちに反逆するために魔女たちと秘密裏に戦うというストーリーなのだとか。
そして、焔君が言ったようにそれぞれ特殊能力を持った子にはクリアランス、各付けと言うシステムがあるらしい。
9位、ヴァイスブラック。
8位、ダーティレッド。
7位、ノイズィーオレンジ。
6位、デンジャーイエロー。
5位、ヴェイググリーン。
4位、セーフティブルー。
3位、クワイエットインディゴ。
2位、プリズムパープル。
1位、ヴァーチュホワイト。
……の、順番なのだとか。順位ごとに服の色も変わるそうで、焔君が通っているアグリィブラット学園では各色別の寮があったりするらしいが、そこらへんは追々知れるだろう。私たちは、その一番上位であるヴァーチェホワイトのフリをして、状況を理解してもらうという寸法である。
――――本当に、大丈夫かな。
志保は少し美緒がどう切り出すのか不安で、ちらりと美緒の顔を見る。
美緒は真っ直ぐ焔君を見つめてハッキリと口にした。
「アタシたちはヴァーチェホワイトよ。この部屋は隣にいる彼女の家」
「は? ヴァーチェホワイトの部屋は、馬小屋と同じくらいなのか? もっと広いだろ」
……ピキ、っと頭の蟀谷が浮くのを感じた。
ここはアタシが上京してきて一番物件で満足な立地である場所だ。
ふざけんなよ、ここから会社に行く距離とか理想的なのがたまたま開いていた奇跡的な場所なんだ。実家の北海道から出てきて、ずっと頑張ってきた場所なんだぞ。
「アンタ、ふざけてんじゃないわよ!! シーポンはこの家に通うためにどれだけの努力してきたと思ってんの!? アンタは、それくらいの苦労してないって言いたげね」
「美緒……」
私の代わりに、美緒は私たちの設定を忘れて焔君に怒る。
反発するように美緒の言葉に焔君は声を荒げた。
「俺は、この家にいる状況を教えろって言ってんだ!! 頭、馬鹿なんかアンタら!!」
「そういうことを抜かすなら、アンタは努力してないって受け取ってもいいけど?」
「な……!!」
「嫌なら、謝りなさいよ。ダーティレッドは所詮、礼儀知らずって覚えておくべき?」
「…………すみませんでした」
ものすっごく不満そうな顔に変わる焔君。
いや、そう言われたら怒れなくなるよな。
確か、ヴァーチェホワイトは魔女の専属的な従者に等しいらしいし。
苛烈だけど、バカらしい彼はそういう礼儀くらいは知っているらしいようだ。
「とにかく、これからアタシたちの命令を聞きなさい。アタシたちも混乱しているの」
「……? どういうこと、ですか」
「アタシたちは、貴方よりも先にこの世界にやって来たの」
「は? 世界? 何を言ってるん、ですか?」
「アタシたちはこの世界では、実在しない人間なのよ」
「――――は?」
ああ、驚愕、って顔つきだ。
な、なんか上手くいきそうじゃない? いける? イケるか? これ。
そして、美緒はゆっくりと説明を開始することに決めたようだ。