第4幕 私の救世主は親友だった
「とにかく、落ち着いて!」
「落ち着けるかよ!! 答えろ女!!」
どうしよう。
彼は混乱しているし、私自身も混乱してる。
そんなどこぞのアニメやゲームの人気キャラが自分の世界に現れるって言うトリップ物の夢小説的な展開だなと思うのは、昔自分も夢小説を少し嗜んでいたからこそできる例えだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい!
どうすればいい? どうすれば……!
――――――ピンポーン。
「なんだ!?」
大輝くん? は、インターホンの音にびくりと肩を揺らす。
宅配? 今日は確か頼んでないよな。じゃあ、いったい誰が……?
あ、もしかして……!
「志保ー! いるー?」
「誰だ!?」
大輝くんは刀を構えて私に向ける。
刀に赤い光が灯り、火災警報器が鳴ってしまうのではないかと不安になりながら必死に頭を巡らせる。
そして彼に不審に思われないように、私は両手を軽く挙げる。
「わ、私の友達なの……武器は向けないで、ただの一般人だから」
「は? 一般人……? なんで旧世代用語なんて使ってんだ!!」
「旧世代!? い、いや……と、とにかく武器は仕舞って! 今来た人が、君に説明してくれるはずから」
「は? お前が答えろ!!」
「志保―? いたいけな青少年はまだいんのー?」
大輝君は私の目の前に刀を向けたまま、私たちは硬直状態でいた。
扉が開けられるのを感じると、なんて神レベルのグットタイミングで現れる美緒に女神だと心の中で拝むのだった。
「美緒ぉ……!!」
「どしたの!? うわ、リアル大輝!? いや、レイヤーさん!? というか、なんで刀から火が出てんの!? ちょっと君、それ消して!! 火災警報器鳴っちゃうから!」
「は!? れいやーってなんだ!! 俺のクリアランスにねえ!!」
「あたしの一般常識っていうクリアランスにはあんの! とにかく消して!! そんな危ない物も仕舞って!! 志保が大家さんに怒られるかどころか君、もしあたしや志保にその刀振り回すって言うなら銃刀法違反で捕まるからね!? もし暴れる気なら警察にも訴えるから!!」
「け、けいさつ……? じゅ、とう……?」
「何!? 君学生なのにわかんないの!? 学校の授業で習うでしょ!?」
「……アンタが俺よりクリアランス上位者ってことなら、従ってやる」
み、美緒……!! 流石だぁ。
渋々と、大輝くんは美緒の言葉に従い、刀から出ている火を消して、鞘に納めた。
漫画の主人公が居酒屋の店員なんかに言い負かされてる状況って、いったい何なんだろう。
いや、ここは美緒の機転を心から喜ぼう。もう表に出してる表情は困った顔をしてる自覚はあるけど、内心での私の顔は滝の涙流しながら拝んでるよ。
「それじゃ、ちょっと志保と、この子と話すことがあるからちょっと待ってて。説明はちゃんとするから。いい?」
「わ、わかった」
「ほら、行くよ志保」
「う、うん……」
美緒に手を引っ張られ、とりあえず二人で私の部屋に入った。
「はぁ~~~! …………怖かったぁ」
「ありがとう美緒ぉ……だ、大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃん! いったいなんなわけ? あれ!」
緊張の糸が切れたのか、美緒は腰を抜かした。
そりゃそうだ。友達が刀を向けられているとか、一瞬でもそう簡単にすぐ理解できるような展開じゃない。それに現実で刀に火を纏わせるなんてサーカスとかにありそうなことがマンションのリビングで行われていたらたまったもんじゃない。
「……美緒から見て、彼、誰だと思った?」
「そりゃ、焔大輝のコスプレイヤーさん、って言いたいけど……声まで声優さんと同じで、外見もクリソツとか、意味わかんない……! 刀から火出てたし、それに勝手にすぅって消えたんだよ!?」
「うん、それに関しては本当に怖かった。だって、テレビでニュースを見せてて豚を見た時に、魔女に変えられた家畜がなんで、って」
「それ、カーストスクールの世界観の設定だよ」
「え?」
「カーストスクールでは、人類が魔女ってヤツに負けて、人類の全部が豚に変えられたの。それで、魔女に気に入られた選ばれし子は特殊能力を授かった子だけが、人間の姿でいられるって言う……ダークファンタジー的な世界観、なんだけど」
「……でも、自分を焔大輝って思いこんでる可能性もあるんじゃない? 服も、自分で作ったとか……」
「いや、それはない。だって志保だってアタシと一緒に見たじゃん。刀から火が出てるの」
「そ、それは……でも、もしかしたら手品じゃない?」
「だって火が出てんのにあの子の服に燃え移ったりもしてなかったじゃん、あんな風に刀にまとわりつく感じで燃えてたのに刀から燃えてなかったんだよ?」
「映像加工とか……?」
「だったらアタシたちVR見てるってことになんない? それならいいなとは思ったけど、戦う系のゲーム志保は得意ジャンルじゃないじゃん」
「夢、とか」
「じゃあ、お互いの頬つねろ? それで痛かったら、現実だって思お?」
「……っ、わかった」
私と美緒はお互いに自分の頬をつねった。
夢だと思って、痛みなんて走らないとそう思ったけど、頬には確かな痛みを感じた。
「……志保、どうだった? アタシは、痛かったけど」
「……私も」
私たちは困惑しながらも、現実を受け入れないでいた。
「……志保、受け入れよう?」
「で、でも……」
もう、納得するしかないのだろうか。
いや、しなくてはならないのか。
彼が、漫画のキャラの主人公が現実にやって来た、ということを。
美緒は私の両肩を掴んで、はっきりと告げた。
「認めるっきゃないよ。現実を」
そんな、最近見る異世界転生や転移物の漫画の設定の話でもあるまいし。
いや? どっちかと言ったら、アニメキャラが現実へ来るなんて話、そんなに多くないけど。
強いていうなら、そういうアニメも見かけたことが―っていう認識だけど、それでも……理解できない。脳が、明らかにこの現実を拒んでいる。
受け入れるなと叫んでいる。
……私の、くだらないけど当たり前で、ほんの小さな幸せで十分だった日常が崩れていくのだと。
私の肩を掴んでいる彼女から、突きつけられている。
私の後ろで、私のリビングで、私の家で。
実在しない人が、そこにいると世界の神様から睨まれている恐怖感を覚えた。