第3幕 初めての作品キャラとの出会い
朝日が目に当たるのを感じ、目蓋をゆっくりと開ける。
「あー……はやく着替えて買いに行かないと、あー……だる、ん?」
昨日の夜、ホラー映画を見る前に設定しておいたアラームで目が覚めた私は、あくびをしながら起き上ろうとした時と同時にいびき声が聞こえた。耳を澄ませてみても自室の中から聞こえてくる、いや、すぐ近くにいるかのようにはっきりと聞こえたのだ。
誰か金目当てに不法侵入して来たとか? ……だとしても、普通寝てるわけないだろうし。
「……ん」
良くあたりを見渡して見ると自分の横に見知らぬ茶髪の少年が毛布から足をはみ出しながら寝返りを打つではないか。この少年は何者だ? いったいどこから入ってきたのか、思考を巡らせようにも日曜の朝なのでいつもよりも頭が働かない。
ああ、でもなんとなく寝た顔可愛いな。
……って何考えてる自分!!
「…………どういう状況?」
自分の服は着替え忘れた私服のままで、特に服が乱れた様子もない。腰だって痛めてないし、この少年とはそういう関係になっていないというのは明白だろう。
そもそも私のモラルとして恋人でもない異性をベットに寝かせるとか、ワンナイトだとかいうヤツで、軽々しく自分の貞操を誰かに渡すようなビッチなんかじゃない。
というか、年下そうな男の子……いや、十代後半そうだけど。でも、学生に手を出すような倫理観のない大人になったつもりもないのである。おそらく、彼とは本当にただ一緒に眠っていただけのようだ。
彼と一夜を共にした、というわけじゃないと思いたいが一緒に眠っているということはそういう意味になってしまうのだろう。赤いブレザーを身に纏った少年は、静かに私のベットで眠っている。
「えーっと誘拐犯として捕まる展開ですか、これ」
この状況は、私が酔っ払って学生を自分の部屋に招いた……という線はあまりにも低い。昨日の夜は酒なんて飲んでない、普通に眠っていたはずなのである。じゃあ、どうして学生らしい少年が私の部屋のベットで一緒に眠っている? その回答を頭の中で捜査しても脳内諜報員は皆無回答だった。
「待てよ、この状況……もし、管理人さんに見られたりしたら」
もしこの場面を見られて噂を流され無理矢理学生を部屋に連れ込んだ痴女的レッテルを貼られてしまうのではないか。
いや、いとこだとごまかしておけばバレないか……いや、彼が違うと言ってしまえば終わる。
「選ぶ権利もないなんて神様は無慈悲だぁ! こんなところで私が痴女扱いされて人生終わるなんて、そんな展開なんていや!」
「う……ぅ!」
あ、声小さい方にしとかないとアウトよね!? アウトよね!?
すぐに口元を抑えて声を殺す。
彼が身じろぎする中、私は必死に状況を理解するために思考を続ける。
「……この子いったいどこのおこさんかな? 見たことない学校の服装だけど……え、まさかレイヤーの人だったり? まさかの俳優!? ……いや、俳優はないでしょ馬鹿」
一般的な日本でよくある学ランなどの学生服と言うより、ブレザー系だ。
なんだろう、ブレザーの色が赤いのを見て、どこぞの漫画原作の学園でギャンブルが許されてる心理戦作品が頭に一瞬過ったが……いや、それはいいとして。
こんな目立つ派手な赤色の学生服、アニメとかにドラマに出てきそうなタイプの学生服だ。
ということは、この少年はコスプレイヤーという可能性が最も可能性が高いが……そんな人物が自分の狭い人脈の中にこういう子がいた覚えがない。
私はそっと、彼のブレザーに触れた。
「うわ、すごい」
手に触れた感覚は、自分が学生時に来ていたブレザーとあまり変わらない感触だった。
こんなにしっかりした材質で何かのカラスと十字架の模様をしたバッチは学生で見たことがない……じゃあ、この少年は一体何者だ?
「ん、んぅ」
「あ、起きる展開? まずいわ! 無理矢理にでも外に運んで、いやそれは人としてどうかと思うし」
「う、るせぇ! なるみ! お前もわがまま言ってないで馬小屋で寝、ろ……」
「なるみ? え、自分なりにはちょっと大声過ぎたかなって思ったのに実は平気とか? どんだけ熟睡タイプの子なの、この子」
これでも目覚めないのは、むしろこちらにとって都合がいい。とりあえず朝食をとる頃合いになってくれば自然に彼も起きるだろう、と期待してスマホと一緒に部屋から出る。扉にペットリとくっついて、後ろに引き返せる勇気がないのでそのままもたれていた。
「どうしよう、どうしようどうしよう、これって犯罪だよね? 法律上ではきっと犯罪レベルに達する行動なのよね? じゃないと思いたくても、この現状は重すぎでしょ……? 神様、私が何をしたというの」
もしや、あの占い師が言っていたことはこのことだったのだろうか。こんな出会いなんて求めるくらいなら婚活する、街コンに出て同級生とか知り合いがいてげんなりして、帰って生ハムとクリームチーズをつまみにチューハイでやけ酒するわ。
「あ、だめだめ。酒に頼ったらもっと変な状況になるでしょうが……じゃあ、とりあえず、買い物でもしてみる? うん、アリだよね」
ラインで美緒に「意味不明……現実逃避なう」と、送っておいた。
上着掛けからジャンバーとバックを取り外へ出る。適当に買い物していれば、気がついて自分の家に帰るだろうと安易な考えを持って。朝食を取るのを忘れて車に乗って、スーパーで来週の仕事用のカロメとこんにゃくゼリー、そして食パンを買う。朝ごはんはお腹に入る気がしなかったから、お昼に近くのコンビニで適当におにぎりを買って車で食べた。
美緒にそろそろ連絡が来ただろうと思って、ラインを開くと「何があったの?」と来ていた。
『私が寝てたベットに男の子が寝てたの』
『ちょっとシーポン! それは親友としていただけないぞ!? で、どんなショタ!?』
『興味津々じゃないですかやだー……ショタじゃないよ、学生。高校生くらい』
『は? ちょ、シーポンいたいけな青少年を家に連れ込むって……どんなラノベ!? もしかして最近新しく出た新作の漫画かなんかでしょ!?』
『違います、今回はガチです。冗談言ってる余裕ありません』
『え? ホントにホントの話?』
『うん』
『……だとしても志保、ダメだよ。警察行きな』
『私、シーポン。赤いブレザーを着てる男の子が怖くて、買い物に行ったの』
『やめて!? ホラーテイスト風にするの!! ってか、赤いブレザー!?』
『帰らなきゃダメ?』
『駄目です! どうして起こさなかったのさ!!』
『だって思春期の男の子なら、部屋が違うことに気づいたらすぐ帰るかなって』
『まあ、男の子だしね。女子力低いって言ってもすぐわかるだろうけどー……でも大人の対応じゃないじゃん』
「うぐ、美緒の正論パンチ、痛いなぁ」
でもあの状況で、自分すらもお酒を飲んだりしているわけじゃない状況なら恐怖でしょ普通。
『分かってるんだけど……状況が非現実すぎたせいもあったからさ』
『で、放置して車の中?』
『ご名答』
『鍵はどうしたの?』
『開けてそのまんま』
『うわぁー……でも、一応帰んな? 私後から志保のマンション行くからさ。志保はどれくらいしたら帰る予定なの?』
『3時くらい』
『らじゃ、んじゃ待っててね』
『ありがとう』
美緒からのラインはそこで止まり、一息吐いてから私は精神統一を図るため車で無の時間を過ごした。ゆっくりと勇気も沸いてきたため、私は決心して家に帰った。
◇ ◇ ◇
「ただいまぁー」
午後3時くらいで帰ってくれば家の中は特に何も変な様子はない。
もしかしたら、彼は家に帰ったのだろう……よかったぁ。
「あ! もしかしたら、お隣さんの子が来たって可能性を忘れてた! なーんだ、つまりそういうことだよね? 私犯罪者じゃなーい! 社会人になってからこんな少女漫画とも呼べない展開に出会うなんて思っもみなかったー! そうだそうだ、カーストスクールってアニメ見てみよう!」
私はソファに座りテレビのリモコンを持って電源のスイッチを入れる。すっかり昨日見忘れていたアニメ、カーストスクールのアニメの第一話を決定ボタンで選んだ。
「おおー興奮するー! どういう世界観なんだろう、確か美緒は異能物って言ってたけど、どういう感じなんだろう……?」
映りだされるアニメを眺めていれば、なにか物音がしているような気がしたが無視しテレビを見続ける志保。オープニングには瞳が赤い、さっき見た少年とよく似た子が映っていた。
「あれ? ブレザーも同じ物に見えるけど……まさか、ね……深く考えすぎかな」
「おい」
「ん? うわぁああああああああああ!!」
私の部屋から出てきたであろう少年は真横に立っていて、アニメと映っていたのと同じ少年だと気づく。ビックリしたあまりリモコンの電源ボタンを押してしまった。
少年の顔はひどく怒りを抱いているような顔をしている。
目覚めた彼の瞳に、思わず目が留まった。宝石でいうところのルビーのような瞳。コスプレイヤーの可能性がぐんと上がった気もするが、それならこんなに澄んだ瞳の色をしているのだろうか。
オタクになってからアルビノって存在は知ったけど……彼は茶髪だし、違う、のかな。
「テメエは、俺より上位クラスのクリアランス保持者だよな。だから、こんなに小奇麗な部屋にいるんだろ? 鳴海はどこだ?」
「冗談よしてよ……鳴海って、君のお友だち?」
「俺と鳴海は馬小屋で寝てたんだ、どうしてだかアンタの部屋は上位クリアランス保持者にしか見えねえ、どういうことか説明しろ!」
なにを言いたいのか意味がわからない。動揺しては彼をさらに混乱すると判断し笑顔で下手に出る。
「と、とりあえず、テレビのニュースでも見ようよ! そうすれば、君の状況が少しだけ変わると思うし!」
「テレビ? なんだそれ? 俺のクリアランスにはねぇ言葉だな。やっぱり俺よりもクリアランスよりもテメェは上なんだな!? それに、ニュースってなんだ!?」
「ニュースも知らないの!? あー……頭が」
どんだけ隔離された生活でも送ってたの? というか、馬小屋って……どういう生活を送ってきたんだこの少年は。彼の機嫌を損ねないために、ある提案を思いつく。
「うーん、そうだ! アニメ見よう? きっと、楽しめると思うよ?」
「アニメってなんだ」
「絵が動いて、喋るの! 面白いよ!?」
「……どんなのだ」
「い、今もう一回つけるね」
とにかく今は彼の気持ちを落ち着かせないといけない、だからあえてアニメを見ることを提案した。素直に言うと、アニメ見忘れてたからという理由でごり押しした感じもするが、まあいいだろう。
「クリアランスが俺よりも上のヤツに文句は言わねえ……それで俺の状況がわかるならな」
少年は大人しく、私の言うことに従った。彼がこれからどんな展開が待っていたかなんて私なんかが予期できるはずもなかっただろう。二人でリビングまで出て、一緒にソファに座ってアニメ鑑賞をするだけなのにこんなに緊張してる理由が何となくわかった。
一つは彼の顔が坂口先輩とは違うベクトルの精悍な顔立ちだったのと、二つ目はまあ、自分の部屋に男を連れ込むような真似なんてしてこなかった私だから、という理由も付け加えて……彼と私はそのアニメを見た瞬間、硬直したまま見続けていた。
《大輝! 無理しないで!! 貴方、そんな傷を負ってるのに……!》
《うるせぇ!! 鏡花は黙ってろ! 俺は、俺の覇道を貫き通す! そのためなら、こんなもんは苦じゃねえんだよ!!》
二人の少年少女は赤い学生服を纏って、異形の生き物と闘っている。一人の少年、大輝と呼ばれた彼は自分の持っている刀に炎を宿らせ、敵を薙ぎ払っていく。
もう一人の銀髪少女、鏡花はただ彼の戦っている姿を眺めているだけのようだった……これはいったい?
「え、これ……もしかして、君? なんてね、あははー! 声まで似てるって、すごい偶然ー!」
赤い学生服に、刀に赤い炎を灯して異形の生き物たちから銀髪の少女を助けている彼が私の隣にいる。
まさか……これは、美緒が見たがっていたアニメキャラとの夢? とかなのだろうか。
それなら、どうしてアニメを見ながら彼のことを見ている? それは変な夢すぎる気も。
「なんで俺がこんなのに出てるんだ? なんで……まさか! また校長の仕業か!? あの野郎……!!」
「あ、校長。うんうん……で、君はどうしてそこまで感情移入しちゃってるのかな? わからないんだけど」
「おい、なんでテメ……くそ! アンタはこんなの持ってるんだよ! アンタも校長と同類なのか!?」
「どーどー!! 落ち着いてって言った私も私だけどこんな展開待ってるなんて思わないでしょ!? 貴方の知ってる校長なんて知らないし、これは娯楽の一つのアニメって言う動画なの! 君のこと困らせたくてやったんじゃなくて、少しでも緊張をほぐしてほしかっただけで!! あーいいわけになるかもしれないけど!! とにかく君を落ち着かせたかっただけ! 次、ニュースね!?」
素早くテレビのリモコンをいじり、適当なニュース番組に変える。すると、アナウンサーの人が今日の出来事や事件などの出来事を言っている、場面が切り替わり、牧場が出てきて豚の映像が流れたとたん、それを目にした彼はさらに動揺を見せた。
「なんだ……これは!! おかしいだろ!?」
「え、今度はどうしたの? これもなんか変なの?」
さっきから彼の琴線に触れるものばかり見せていないだろうか。
「なんで『家畜』がこんな見世物に出てる!? 『家畜』はただ基地にいるだけの存在だろうが!! ありえねえ……!!」
「家畜? ああ、豚のこと? ……さっきから、クリアランスとかといい、家畜ってのもどういう意味で使ってるの?」
「家畜は能力の持たない劣等種に与えられた称号であり、劣化製品だ!! 人類が魔女に豚に変えられて、魔女に気に入られた能力者だけ、人間の姿でいられる。ただ能力者を生み出すためだけの存在でしかない……!! アンタ、上位クリアランスなのに知らねえのか!?」
「劣等種とか劣等製品って、扱いひどくない? どうしてそんな、って……まさか、まさかすぎるよね?」
「うるせえ!!」
少年は、私の頬を何かで切った。
よく彼の手元にあるモノを見れば、すぐにテレビに映っていた大輝という人物と同じ刀を持っている。頬を伝うわずかな熱を感じながら、彼に告げる。
この子が、さっきの少女が言ってた少年なら、あり得るかもしれない。
「君の名前は、なんて言うの……?」
「はぁ、はぁ……焔、焔大輝だ!! アンタは何者だ!? 俺らの無様な姿を眺めてる観客気取りか!?」
そう、これが始まり。私という物語の中で生まれた、歪なプロローグ。
今まで誰もが感じてこなかったであろう非現実であり、漫画やアニメにしか出てこないエピソード。夢でできた幻のような現実に、彼は一つの切れ目を入れた。