第10幕 焔大輝の生体について
とりあえず、私にできるのはまず彼の今後をどうするか、だった。
原作者の所に連れて行って「貴方のキャラクターです! 急に家に来たんでなんとかしてください!!」とか、はっきり言って妄想癖のあるファンの世迷言としか感じられないだろう。
マンションだから、家に居候はダメじゃないけど……今、私の食事もだいぶ節約しているつもりではあるから、彼一人くらいなら、まぁ大丈夫、か?
「うーん、どうしたものか……」
「なんだ?」
大輝君がテーブルでやきそば弁当を食べながら声をかけてくる。
……君は暢気だなぁ、と突っ込んだら怒るかなこの子なら。
「……なんだ、って聞いてんだろ」
「君、食べ盛りでしょ? 他にももっと食べてもいいのに」
「……別に2、3週間くらいなら食べなくても動けるぞ」
「いや、そういうことじゃなくて! いや、むしろダメでしょ!? 栄養的に!!」
「なんでだ? ヴァイスブラックの時は残飯でも生ゴミでも、生きるためならどんな物でも食うしかなかったから、別にそれくらい平気だ。水は取らないと、4、5日で死ぬって爺さんに聞いたから、飲むようにはしてたけどな」
「……大輝君」
彼の人生、ダークファンタジーの主人公だからいって、壮絶すぎでは?
どこのスラム街の子供みたいな人生を送っているんだ。
いや、彼にも能力があったから学生になれているわけなんだし。
少なくとも、彼の設定に合わせて話しているから彼も心を開いてくれているだけであって。
「……いっぱい食べてね」
「舌は肥えたくねえから、ぜってーやだ」
「え? なんで?」
もぐもぐ、と焼きそば弁当を食べながら、彼は強烈な一言を言い放った。
「食べたことがねえもんばっか食って、不味かった物を食べれなくなるのは面倒だから嫌なんだよ。だから、アンタはぜってー焼きそば弁当か、焼きそばパン以外買ってくんなよ」
「……っ」
……あの後、カーストスクールの原作を読んで、彼が焼きそばパンを食べたシーンを見ている。
つまり、食べたことがある食べ物だから興味を惹いたってことなんだな、うん。
食べたことがない物を食べ続けていたら、そりゃ味覚だって多少はよくなるわけで。
不味い物を食べれなくなる、のは要するに味覚が上がれば自分の辛かったこととか忘れてしまうとか、そういう深読みするファンの思考にもなるけど。
……少なくとも、彼が生きている世界はすっごく大変な世界観なのも確かなわけで。
ストイック、なんだろうなこの子。
「……あんだよ」
「……ううん、君が一般人に溶け込むためにも食べてもらうよ」
「は? なんで、」
「普通ね、学生の子が色々な物を食べないのはみんなから違和感があるし、大変なんだよ」
「それ、お前の都合だろ」
「……じゃあ、上位クリアランス保持者として命令します。私が食べてと言った物はどんな物でもこの世界にいる限りの間は食べなさい」
「……っ、お前!!」
彼は立ち上がって、私を睨む。
……彼にとっては不愉快かもしれないけど、それでも、私は彼がこの世界にいる限りの間は、原作の中の不自由さを味わってほしくない。
「……聞けないの?」
「……従えばいいんだろ」
「うん、ごめんね」
「謝るなら命令すんじゃねえよ、クソ女」
「女の人にクソ女って言わないの!」
「るっせ」
彼は席に着き、黙々と焼きそばを食べ始める。
……なんか、反抗期の男の子ってこんな感じなのかな。
強引だったかもしれないけど、こうすれば少しは私たちの世界に溶け込めるはず、だよね?
大輝君みたいに、作品のキャラが誰かん家に来るとか、そういう展開とか、これ以上起こらない……よね? なんて。
淡い期待を胸に広がせながら、志保はぐっとガッツポーズするのだった。




