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疑心暗輝(前編)

作者: 市原春季

 信じること。疑うこと。判断は慎重に。


 本当は全てを信じたい。

 しかし、悲しいかな、それが正しいかどうか分からない情報や人を惑わす物事、悪質な詐欺、等々で溢れている現在の社会。

 何事に対しても、疑いの視線を送らざるにはいられない。


 それでも。

 そんな社会でも信じられるものがある。そう信じたい。

 誰もが心のどこかに純真無垢な気持ちを持っているはず。

 きっと、今は見え辛くなってしまっているだけ。

 幼い頃の純粋さは、年を重ねるにつれて削ぎ落とされていく。

 素直な思いも、単純な考えも、大人になるにつれて、世間というカバーに包まれて見えなくなっていく。


 人や物事を信じるということは、心安らかな生活を送る上で必要なことである。しかし、一つタイミングを間違えれば危険とも成り得る。そのため、〝疑う〟という行為も必要なことではある。

 だが、根っからの純粋さを表現していたとしたら、それを疑うということは裏切りに値する、というのは考え過ぎだろうか。もし、それが考え過ぎではないとしたら、尋常ではない罪悪感に襲われる。

 ただ、それが根っからの純粋さかどうかは僕には分からない。

 もしかすると、本人にも分からないことかもしれない。


 何を、誰を、信じるか。

 皆は何を基準に、どうやって信疑を判断しているのか。

 感覚的? 理論的?

 誰か、僕に教えてほしい。




 臓器売買の話が来た。

 僕の臓器を高値で買い取ってくれるという。「使用できる部位は全て買い取る」と言っている。その後……つまりは僕の死後、買い取り額を家族に支払ってくれるらしい。〝らしい〟というのは、そもそも臓器の売買という、僕の知らない世界で商売している人達を、僕は信用することはできないから、家族へお金を渡さない可能性もある、ということを考慮しての表現である。

 これまでお世話になってきた家族に恩返しをしたい。だが、それほど収入がある訳でもない僕にできることなど皆無に等しい。それならば……。


 そんな夢を見た。

 すっ、と目を開く。直後に目覚まし時計のアラームが鳴った。僕は目覚まし時計を叩くようにスイッチを切り、乱暴にアラームを止める。

 ……なんて目覚めの悪い朝だ、と思った。

 毎日、目覚めは悪い。低血圧。夜更かしによる寝不足。やけ酒による二日酔い。理由は多々ある。しかし、今朝は久しぶりに気味の悪い夢を見て、いつも以上に気分が悪い。気だるげにベッドから足を出して立ち上がる。二階にある自分の部屋を出て、階段を下り、洗面所へと向かった。

 洗面所で洗面器に水を溜めて、ザバザバと顔を洗う。なかなかスッキリしないな、と波打つ洗面器の水を見つめていると、背後から「あら、優。おはよう」という声がした。母だ。僕は振り返って顔を合わせることもせずに「あぁ」と、僕なりの挨拶をした。


 差詰(さしづめ)(ゆう)、二十四歳、A型。

 無駄に几帳面で心配性。そして極度のネガティヴ思考。

 そんな僕は、コミュニケーションを取る事も得意ではなく、家族とも然程、仲が良いという訳ではない。話をする事があまり好きではない僕は、話を振られても一言で会話を終わらせる技術を身に付けた。

 素っ気ない態度をとってしまうことは、申し訳無いとも思ってはいる。大学を卒業して社会人になってから、少額ではあるが生活費を母に渡している。それでも、自分は家の事は何もせず、ただ作ってもらったご飯を食べ、汚れた服を洗濯してもらい、仕事帰りや休日には自分の好きな事だけをし、その上、コミュニケーションを取らず、機嫌の悪そうな態度で家に住まわせてもらっているなんて、これではただの居候ではないか。まぁ、生活費は多少入れているけれども。「そこまで気にしなくていいんじゃない?」と友人には言われるが、僕は常日頃、そんな罪悪感に苛まれている。

 矛盾していることは自覚している。

 そこまで思うのなら、家を出て一人暮らしをするか、ちゃんとコミュニケーションを取って、家族と楽しい生活を送ればいいだけの話。だが、一人暮らしをしようにもお金が無い。社会人とはいっても、現在勤めている会社では収入も少なく、また、奨学金の返済や車のローンもあり、生活は極めて苦しい状況なのである。故に、一人暮らしの件は不可。それに、家族とコミュニケーションを取るといっても、今更ではあるが、何を話したらいいのか分からないのだ。周りから話しかけられても、「そう」とか「ふーん」とか、そういった返事ぐらいしかできない。会話に変化をつけようにも、そこまでの気力も湧いてこない。……つくづく駄目な奴だな、僕。


 気力の湧かない日々は続き、根っからのネガティヴ思考の僕は、今ここに生きている意味すら考える。毎日、仕事に行き、帰ってきてはご飯を食べ、本を読んだり、インターネットで色々と閲覧をしたり、たまに友達と出かけたり……。休日も家でゴロゴロしていることが多く、なんというか、こう……、パッとしない。勿論、友人と遊ぶ事は楽しいし、一人で出掛けるのも気晴らしになる。家でゆっくりする事だって悪くない。

 だけど、何故か考えてしまう。僕自身の存在意義を。人は何故、何の為に生きているのかを。

「お前、考え過ぎだって」

 友人は笑いながら言う。何人かにこの話をしたが、大抵の人はこんな反応だった。むしろ、慰めの言葉を掛けられる。「大丈夫か?」「お前、疲れてるんだな」「悩みがあるなら聞くぞ」等々。まぁ、いきなりこんな質問をされたら、そういった反応になるのは分からなくもないが。

 僕は一体、何の為に生きているのだろうか。

 結婚している人は「家族の為」というし、僕と同じ独身の人は「今を楽しみたいから」とか「自分のやりたい事に力を注ぐ」とか、〝如何にも〟という生き甲斐を語る。


僕自身、楽しいと思える事は何だろう? 僕がやりたいと思う事は何だろう? 僕とは、自分らしさとは。

そもそも僕には、僕自身の意思はあるのか。周囲に合わせ、周りの流れに流されてはいないか。それを考えると、人と話をする時も周りの意見を優先するし、自分が思っている事もあまり口には出さない。感情を殺している時もあれば、作り出している時も多い。こうして生活している人は、僕だけではないと思うが。

となれば、僕はいつ、本能に従った感情を出しているのだろう。自然と喜怒哀楽が表れ、「好きなものは好き、嫌いなものは嫌い」と言えるような、ありのままの姿を。最近では、そんな状態になった記憶は無い。

いつからだろう。僕の〝自然体〟が〝不自然体〟になってしまったのは。


ネガティヴ思考も甚だしいが、「僕には、今ここに存在している理由が無い」と考えてしまう。イコール、「生きていても仕方がない」と。そんな事を言うと周囲の人達は、「そんな事ないって! 俺はお前がいてくれて楽しいって思ってるし、皆だって、お前がいてくれて嬉しいって思ってるよ!」とか「これからの人生、楽しいことがいっぱい待ってるんだぜ? そんなネガティヴになってたら、もったいねーよ」とか、ポジティヴな意見を口々に言う。

僕はきっと、人間不信の気があるのだろう。いくら仲の良い友達が言ったところで、本当にそんな事を思っているのか疑ってしまう。そう思ってしまう自分に、「最低だな、僕」と、さらに凹むのであった。そんな事を思っていると、僕には友達がいないのではないか、とさえ考えてしまい、ネガティヴの連鎖に巻き込まれる。我ながら、素晴らしいまでのネガティヴ思考である。泣けてくるような、笑えてくるような。


なんだかんだ言って、生きている意味が無いとか考えながらも、死ぬ意味も無いとか考えている。そもそも、自ら命を絶とうという気は毛頭無い。なのに、何故か、生きる意味を考えてしまう。生物として考えるならば、子孫を残す為とか何とか言えるが、僕は別に子どもが欲しいと思っている訳ではないし、逆に、結婚して、子どもができたところで、僕の安月給では嫁さんも子どもも幸せにできる自信は無い。最近では、共働きが当たり前のようになってきているが、それで何とか生活できると想像したところで、まずは僕自身、是が非でも結婚したいと思っている訳でもない。

親よりも先に子どもが死ぬのは一番の親不幸とも聞く。だが、それ以前に、今、僕が死んだら残ったローンは誰が払うのか、と考えると、簡単には死ねない。身内に自分の負担を押し付けてしまう事は、僕のプライドが許さない。有るのか無いのか分からないような小さな誇りかもしれないけれど。

親だとか家族だとか、ではなく、僕は、自分以外の人に迷惑を掛ける行為は極力避けたいのだ。人は生きている以上、誰かしらに迷惑を掛けながら生きているのだと思う。迷惑かそうでないかは、人によって捉え方も変わってくるだろうが。だから、極力。自分が努力する事によって、迷惑を掛けずに済むのであれば、そうなるように努めたい。

そういえば、「周りの事なんか考えずに、自分の為だけを考えて動いたら?」と言われたことがあった。一応、これも自分の為なんだよな。「周囲の事を考えているように見せかけて、良い人だ、っていう目で見てもらえるようにしておくのは自分の為にならないか?」と言ったら「何か違う」と一蹴。「それは、自分の身を守りたいってだけであって、自分の身を守る事が自分のやりたい事ではないでしょ?」と言われた。身を守る、というか、僕自身の中にある小さなプライドがそうさせているのかもしれなかったが、本当のところは自分にも分からなかった。

とにかく、「他の人にはあまり借りを作りたくない」というのは嘘ではない。「大きな男に見られたい」という願望もあるのかもしれない。こんなに器が小さいのに思う事は一丁前だな、と内心、苦笑いである。


取り敢えず今を生きよう。と、日々を送る。

 自分の生活に納得がいかないまま。

 自分のしたい事、できる事、楽しいと思える事……。そういった事を考えながら仕事に取り組む。工場での仕事には慣れ、自然に手が動くようになってきた為、考え事をしながら仕事をする余裕ができた。本当は、考え事なんてしたくはないのだが。ただ、持ち場が換わる時は要注意だ。頭を切り替えないと、業務に支障を来す。それで一度、こっ酷く怒られた事がある。あの時はもう、会社を辞めさせられるのではないかと冷や冷やしていた。学生の頃、同じ学年だった友人もこの会社に勤めているのだが(持ち場は違うのだが)、同期の彼も「お前とは、これでお別れかと思ったよ」と言う程の失敗振りだった。

 もうそろそろ、この会社に入社して二年が経つ。同期の彼以外にも話ができる人は増え、人間関係は平和にやっているし、仕事もそつなくこなしている。あの大失敗を除いては。ただ、その失敗ネタをやたらと持ち出してくるオッサンに絡まれる時だけは、若干の苛立たしさを感じてしまう。


 本日も重い瞼を持ち上げながら出勤せねば。

 顔を洗っても、朝食を口にしても、準備をして車に乗り込んでも、一向に目が覚めた気がしない。毎朝、すでに仕事後のような疲れが僕の体を襲う。何故こんなに気だるいのだろうか。そして今朝は一段と体が重い。いつも以上の酷さだ。あんな夢を見てしまったから。

 毎晩、ベッドに潜り込んでは考え事をしている。考えたところで答えなんて出てこない考え事を。そして、毎夜、何かしら夢を見る。目が覚めると、大概忘れてしまっているが、気分の良い夢ではない事は確かだ。だが、今朝の夢は、はっきりと覚えている。実際、自分にも、身近な人にも起こったという話は聞いた事も無いのに、何故こんな夢を見てしまったのか。きっと、本の読み過ぎか何かが原因だろう。暇な時は、小説や漫画を読む事が多く、逆に、家族と過ごす時間も短ければ、テレビ等といったマスメディアと関わる事も少ない。要するに、僕は現実逃避が好きなのだ。


 職場に到着しても、モヤモヤ感は残っていたが、仕事に勤しんでいればスッキリするだろうと思い、重く感じる体を動かして仕事に取り組む。いつものようにそつなく仕事をこなし、いつものようにさっと帰宅する。そして、いつも通りの自分に戻って就寝する。……という僕の予定が、ものの見事に乱された。


「おうおう! 今日はいつも以上にご機嫌ナナメだな!」

 昼休憩。弁当を食べている僕に向かって、大きな声を出しながら近づいて来る男がいた。中学、高校と同じ学校で(クラスは違ったが)同じ部活に所属していた、例の友人だ。僕の大失敗の時に別れの言葉を告げようとした男。

 彼の名は、唯我(ゆいが)涼太(りょうた)太。B型、二十四歳。僕と同学年なのだから年齢は同じということはお分かりだろうが、丁寧に紹介してみた。

 唯我独尊、の「唯我」に涼しげな太郎で「涼太」。彼こそ、名は体を表すという言葉が似合う男だと言っても過言ではない。僕とは真逆のポジティヴ思考で、いわゆる肉食系男子というカテゴリに属すると思われる。そして、やること成すこと全てがいちいちカッコイイ。服装もオシャレで、でも爽やかで。男子からも憧れの的となっていた男である。それに比べたら、僕は差し詰め、特に優しさも取り柄も無い、ただの草食系男子ということになるのだろう。

「涼太はいつもうるさいなぁ。わかってるなら放っておいてくれよ」

「そうはいかねぇ。また面倒臭ぇ事を考えてんだろ? 面白そうだから聞かせろよ」

 涼太は、僕と長い付き合いだ。大学は違ったが、それでも時々連絡を取り合ってもいた。だから彼は、僕の超ネガティヴ思考を良く知っている。その上で、「面白そうだから」なんて言って話を聞いてくる。僕が滅多に怒らないということも知っているからこその言動を、彼は平気な顔をしてするのだ。

 中学生の時、彼は知り合ったばかりの僕の事を、「変わった奴だ」と思って見ていたらしい。逆に、僕も涼太の事を変わり者として観察していた。まぁ、お互い様という訳だ。だが、幸いにも、彼がいてくれたお蔭で僕は今の自分を保てているのだと思う。涼太だからこそ、何でも吐き出せた。だから、一人で溜め込んで、壊れてしまうということにもならずに済んだ。彼も彼で、僕の話を楽しんで聞いていたり、笑い話にしたりで、僕自身、申し訳ないと思わないでいれたし、気を遣うこと無く気楽に話ができた。僕の中では数少ない、信頼できる友人である。下手をすれば、愚痴をこぼしていたはずが、いつの間にか全く別の笑い話へと誘導されて、僕も腹を抱えて笑っていた、なんていう時もあった。勿論、真面目に聞いてくれる時もある。全部が全部、冗談交じりの応答をされていたら、僕はそんな奴に、相談しようとは思わないだろう。

 言う気の無い素振りを見せてはいるが、実は言いたい。涼太はそんな僕の、乙女のような複雑な心境を理解している。だから追及する。

「で? 何があったのよ?」

 涼太は、その手に持っていたパンの袋をビリッと破いて、噛り付きながら僕の話を聞いてきた。僕は、口の中のご飯を飲み込んでから、昨夜見た夢の話をした。

「ふぅん。臓器売買ねぇ。そりゃあ穏やかじゃねぇな」

「だろ? しかも、妙にリアルだったんだよ。そんな経験、したことも無いのにさ」

 僕は少し、声の調子を低くして続ける。

「現実じゃなかったけど、現実の事みたいで。その中で僕は……、それでもいいや。って思っちゃって」

「おいおい! どんだけネガティブなんだよ! ……って、優のネガティヴ思考は今に始まった話じゃないけどよ。そんなん、俺だったら絶対にお断りだね」

 そうだろうな。それ以前に、涼太はまず、こんな夢なんか見ることは無いだろう。

「ん~、なんというか。今がつまらないというか、生きるのが面倒臭いとか考えてたら、いっそのこと死んだ方が楽じゃね? とか思っちゃって」

「楽じゃない! 言っとくけど、それ、絶対に楽じゃないからな!」

 涼太は僕を必死に思い留まらせようとしている様子だったが、取り敢えず話を続ける。

「そしたら、今まで迷惑掛けてきた家族の為に、少しでも貢献できたらと……」

「で、自分の体を売って、家族に貢献しようと思っちゃった、ってか?」

 僕は箸をゆっくりと動かしながら、静かに頷いた。

「お前、やっぱ馬鹿だなー。そんな事したって家族が喜ぶ訳ねぇだろーが。むしろ、そっちの方が迷惑だっつーの。貢献するにしても別の方法考えろよ」

 正論である。それは僕も分かってはいる。だが、僕にとって、家族への恩返しというのは非常に難しい課題なのだ。別に、家族は僕が何かしら家族に貢献する事を望んでいたり、期待していたりするという訳ではないかもしれないけれど、僕は、こんな僕をここまで育ててくれた家族に何かを返したいと思っている。そうしないと気が済まないという僕が、僕の心の奥に潜んでいるから。しかしながら、その方法が見つからず困っている。

「そんな方法、あったらとっくに実践してるよ」

 不貞腐れた僕は、手に持つ箸を素早く動かし、口の中にご飯を詰め込んだ。まるで、もうしゃべりませんよ、と言わんばかりに。

「優さ、もっと自分の好きな事して楽しく生きろよ。それだけでも十分家族への貢献になると思うぞ」

 口にご飯を詰め込み過ぎてしゃべれない僕に、畳み掛けるように言う涼太。

「今、楽しいって思える事は無いのか? 昔はあんなに楽しそうにしてたのになぁ。だからさ、前から言ってんじゃん? また俺と一緒に……」

「お。差詰、どうした、暗い顔して。また何かやらかしたのか?」

 涼太の話に割り込んできたのは、毎度のように僕に絡んでくるオッサンだった。もうすぐ五十歳になるこの人の事を、僕達は茶化して「先輩」と呼んでいる。

「いやいや、何も無いっすよ。どうしたんすか? わざわざ話し掛けてくるなんて、先輩こそまた何かやらかしたんすか?」

 挑発的な返事をする涼太に先輩も負けじと言葉を返す。

「おいおい、唯我。失礼な事を言うな。俺はこいつみてぇな大失敗はしねぇよ」

 先輩は僕を顎で指し、話を続ける。

「そんな事より、えらい深刻そうな感じだったからよ。先輩として心配してやってんのさ」

 僕達が茶化して呼び始めた「先輩」という呼び名を、この人は割と気に入っているらしい。きっと、あまり先輩扱いをされる事が無いのだろう。何せ、仕事に関しては頼りなく、今では僕よりも先輩の方が色々と失敗をやらかしている。それでも、僕以上の大失敗をした事がある訳ではないので、僕は何も言えないが。

 まぁ「先輩」だけあって、口は達者だ。そんな先輩に僕は言った。

「心配してくれて有難うございます。まぁ、ちょっとした真面目な世間話をしていただけなので、特に問題は無いですよ。大丈夫です」

 口角を吊り上げ、目は笑っていないが、先輩に敵意の無い表情を向ける。その場をやり過ごす表情を作って、無難に流した会話をするのは、僕の特技である。

「そうか。それならいいんだけどよ。差詰、お前また仕事中にぼーっとしてんじゃねぇぞ」

「はい、気を付けます」

 わはは、と笑いながら去っていく先輩。その背中に向かって、涼太はべーっと舌を出す。

「相変わらずうぜぇな、あのオッサン」

「まぁまぁ」

 できるだけ、事を荒立てたくないと思っている僕は、あらゆる状況で、和やかにさらりと躱す対応をしようと努めている。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。穏便に済ませるに越したことはない。

 食べ終えた弁当を片付け始めた僕を見た涼太は、時間を察したのか慌てて席を立つ。

「今日の夜、どっかでメシ食って帰ろうぜ。後でメール送っとくから。じゃあな」

 そういって颯爽と姿を消す。他の人に用事でもあるのだろう。学生の頃もそうだったが、彼は職場にも仲の良い人達が多くいる。僕はその内の一人だということ。それを考えると、ほんの少し、寂しくも思う。

相変わらず、何事にも前向きで積極的なカッコイイ奴だな、と憧れの念を抱く僕。気分の悪いことがあってもすぐ元通り。それこそ、涼しげな顔をして何事もやり過ごしている。そんな彼のようには、一生かかっても僕はなれないだろう。苦笑いを浮かべながら席を立ち、午後からの仕事への準備に向かった。


「優! ここだ、ここ!」

 とあるファミリーレストランの駐車場。僕が車を止めて、辺りを見回すと、黒い車の窓から腕が出ている事に気が付いた。車から降りると、涼太はさらに窓から頭を出し、大きな声で僕を呼ぶ。

 仕事が終わった後、ケータイをチェックすると『いつものファミレス集合で』と、涼太からのメールが入っていた。僕と涼太はよくこのファミレスで長話をするのである。

「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」

 いつもの女性店員が、また来たか、という気持ちを隠すような素晴らしい程の笑顔と、とても丁寧な他人行儀さで出迎えた。まぁ確かに知り合いではないけれど。そんな事をふと思ってしまう僕は、やはり捻くれているなぁ、と苦笑した。

「何ニヤけてんだよ」

 僕の苦笑いを見逃さなかった涼太は、案内されたテーブルに座るなり、僕を問い詰める。

「お前、あんな感じが好みだったか?」

「いや、ちょっと違うなぁ」

「俺は年上でもいいけどなー。あの店員さんも悪くない」

「涼太は彼女がいるだろ」

「好みの話だよ。全く、優はなんでそんなにオカタイかねー」

 涼太がそう言ってクスクス笑っていると、先程の女性店員が水を運んできた。

「お冷でございます。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押して、お呼びくださいませ」

 いつもと変わらぬ台詞を言って、去っていく店員の後ろ姿を見て、後ろ姿は良いな、と思った。

「優。変な目で見てんじゃねーよ。やっぱり気になってんのか?」

「なってない」

 即答した僕は、メニュー表を見て、注文する料理を決めた。涼太はこういうところでは優柔不断である。「あれにしようかなー。あ、これもいいなー」と、いつも迷ってばかり。好きな女の子ができた時には迷いも無く告白する癖に。

「よし! 決めた!」

 彼は、言ってすぐにボタンを押す。そして続け様に僕に話す。

「そうそう。昼間、オッサンに邪魔されて言えなかった事なんだけどよ」

「そういえば、何か言い掛けてたな。で、何?」

「あのさ、また一緒にバドやらないか?」

「……」

 反応に困った。

 以前から何度かバドミントンに誘われてはいたが、職場やケータイでのやり取りだった為、断って逃げたり、はっきりと返事をしないで誤魔化したりしてきた。だが、こうして面と向かってしまうと、逃げ出す事はできない。

「なんで、そんなに僕にこだわるんだ? 一緒にやってる仲間は大勢いるんだろ?」

 涼太は現在、社会人のサークルで週に何回かバドミントンをしているらしい。他のチームとの交流試合をしたり、大会に出たりもしているという。その時の彼の姿を見た事は無いけれど。

 僕と涼太は、中学校と高校が一緒で、同じバドミントン部だった。その頃は、互いをライバル視していて、部活に熱中する充実した日々を送っていた。僕等の実力は同じくらい。部内で一位二位を争う仲として切磋琢磨し、励まし合いながら、高校の最後の活動まで互いに全力を尽くした。

 そして、高校卒業後はそれぞれ違う大学へ。

 「大学でもバドミントンを続けていく」と、涼太と語り合っていたのだが、大学進学後、僕のバドミントンに対する情熱は薄れていった。僕が通っていた大学のサークル活動は、あまり力を入れてまでやるような活動ではなかったのである。中学や高校の時のように、毎日部活で必死に練習をする、というような熱さは全くと言っていい程感じられなかった。口が悪いかもしれないが、週に何回か、体を鍛える練習もせず、集まった人だけで試合形式のゲームをやるだけの(しかも真剣にやる訳ではない)お遊びバドミントンだった。

 バドミントンは好きだった。だが、これまで涼太達と鎬を削り合いながら活動してきた部活の事を思い返すと、こんなレクリエーションはやる気にならない、と一気に気持ちが冷めてしまったのである。部活があったからこそ周囲の人達と関係を築く事ができていた僕は、突如として、その手段を失ってしまい、以前のように上手く友人関係を築く事ができなくなっていた。涼太は大学でもそれなりに楽しくバドミントンを続けていたようだったが、彼の場合は、サークルをやっていてもいなくても、誰とでも上手く関係を築いていただろう。

 結果、これといった特別に好きだと思うものも無く、楽しさを見出せない、根暗な今の人生を、僕は歩んでいるという訳である。

 そんな僕の様子を見兼ねて、涼太は僕をバドミントンに誘っているのだろうか?

「同情なら要らないよ」

 先読みして、僕は言った。僕が毎日やる気の無い社会人生活を送っている事を気に掛けているとしたら、必要の無い心配だ。僕自身が選び、歩んできた人生なのだから。

「同情なんかじゃねぇよ。俺はまたお前と一緒にバドがやりたいから誘ってるだけだ。昔、一緒にやってた頃の事が忘れられねぇんだよ。だから優、また一緒にやろうぜ。あの楽しかった頃みたいに、とはいかないかもしれないけどよ、好きなバドを、俺のプレーを解ってくれる奴と一緒にやるってのは楽しいもんでさ。その解ってくれる奴っていうのが、やっぱりお前なんだよ」

 恥ずかしげも無く、自らの本音をクサい台詞で(本人はそう思っていないかもしれないが)言う涼太。目を逸らさず、本気の目で訴え掛けている。と、そんな大事な場面で店員さんの登場。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 決まったからボタンを押したんだが。……ここへ来る度に突っ込みを入れたい気持ちに駆られる。「ご注文を承ります」で良くないか? いや、お店のマニュアル通りにやっているだけなのだろう。なんとか突っ込みを入れたい気持ちを我慢する。心の中で一人、そんな葛藤をしていると、涼太がメニューを言ってくれた。

「カルボナーラにペペロンチーノ、それからドリンバー二つ。以上で」

 「かしこまりました」と言って去っていく店員。直後、涼太は続けて問いかける。

「で? どうなのよ?」

「どう、って言われても……。前から言ってるけどさ、バドは高校卒業以来やってないも同然だし、もう涼太とは同等に戦えないよ」

「上手いのなんか俺ぐらいなもんで、他の奴等はそうでもねーぞ。今の優でも勝てると思うわ」

 なんというビッグマウス。いや、事実かもしれないが、流石は涼太。はっきりと言う。

 笑いながら話す涼太と、笑えずに話を聞いている僕。この差は一体何なのだろうか? やはり、継続して今もやっている人と、途中で諦めてしまった人の差なのか。

「なんなら、優が昔の感覚を取り戻すまで、俺とペア組んでダブルスやらないか? それが嫌ならシングルスで俺が相手してもいい。どうだ?」

「うーん……」

 僕が黙り込んでしまうと、真剣な口調で彼は聞いた。

「優は、バドが嫌いになったのか?」

「いや……、嫌いという訳ではないけれど……。今更って感じだし、涼太に迷惑掛けるのも……」

 ぴくっ、と反応する涼太。次の瞬間、彼は大きな声を出した。

「あーっ! もーっ! とにかく、俺はお前と打ちたいの! だから、迷惑も何も無いっての! 要は俺の自己満足! わかる? 逆に迷惑掛けてんのは俺の方だから!」

 バンバン! とテーブルを叩きながら言う涼太に「うるさい!」と、一喝。僕の声も大きかったようで、周囲の驚きと冷ややかな雰囲気を帯びた視線を浴びる事になってしまった。恥ずかしくなり、声量を落として話を続ける。

「まぁ……、嫌いじゃない事は確かなんだけど、その、一歩が踏み出し辛いというか」

 互いに水を飲んで、一息つく。

「そうだな。後は優の気持ち次第ってこった。勿論、強引に連れて行くような事もしない。やりたくなったら声を掛けてくれりゃいいさ。ま、俺は度々、声掛けるかもしれねーけどな。今でもバドが楽しめるかどうかは、打ってみたら分かるかもよ。取り敢えず、気が向いたら一回ぐらい来てみろよ」

「……うん」

 そんな情けない返事しかできなかった。

バドミントンから離れて約六年か。まともに打てる自信は無い。

 運ばれてきた料理も、考え事をしながら食べていると、あまり味覚が働かないようだ。美味しいと思う事も無く、取り敢えず口にしている、という感じだった。食後のコーヒーに関しては、やたらと苦みが強調されている気がしてならない。ミルクも、そして砂糖も二本入れてみたというのに。

 バドミントンと女性には目が無い涼太。そんな彼の見た目は、一般的に言えばカッコイイ部類だと思われる。それに運動神経も良い。コミュニケーション能力も高く、人からモテるという要素は十分にあるだろう。それに比べ、僕の取り柄といえば、多少勉強ができるという事ぐらい。けれど、そんな事は社会人になってから何の役にも立っていない。いや、雑談のネタぐらいにはなるか。しかも根暗で捻くれ者。こんな僕には、女性どころか男だって寄り付かない。……はずなのに、涼太は何故か僕と関わろうとする。やはり、彼は変わり者だ。




 あの話から一ヵ月が経ち、新年度を迎えた。社会人三年目に突入。

 今年、誕生日を迎えれば二十五歳になる。にも関わらず、やる気の無い生活を相変わらず続けている僕。このままでいいのだろうか。結局、涼太に誘われたバドミントンも未だに行っていない。涼太からは、たまに誘われる程度。あまりにもしつこい人だったら距離を置いていたかもしれないが、彼はそこまでの人ではない為、これまで通りの付き合いを続けている。

 もうこのまま、惰性で日々を送るか。

 そんな気持ちで毎日を過ごしている。きっと、このまま独り寂しく、気が付けば爺さんになっているんだろうな。


 ピロン。


 ある日。仕事の休憩中に、滅多に連絡が来る事の無い僕のケータイが鳴った。珍しくメールが来た。

 ケータイをチェックする頻度が少ない僕は、ケータイを携帯せずに出掛けてしまうことも多々ある。その為、返信を待っているよりは電話をする方が早い、ということで、友人からは電話が掛かって来ることの方が多い。といっても、メールよりは、という話であり、電話機能もメール機能も頻繁に使用する、という訳ではない。ましてや他の機能なんて殆ど使う事は無い。故に、ケータイを所持している意味すら有るのか無いのか、ふと考えてしまう事さえある。

珍しく届いたメール。送り主は誰だ? そう思ってメールボックスを開き、内容を確認する。

『アドレスを変更しました。登録をお願いします』

 淡泊な文章だった。☆や♪等の記号も、絵文字といった類のものも一切入っていない。イマドキの人にしては珍しく(今時の人ではないかもしれないけれど)、誰だろう? と思って本文に目を通すのだが、……肝心の名前が入っていなかった。まぁ、よくある事だよな。特に深く考える事も無く、返信メールを打つ。

『すみません。名前が入っていなかったのですが、どちら様でしょうか?』

 送信してすぐにケータイを鞄にしまった。が、またすぐにケータイが鳴る。

休憩も終わるし、まぁいいや。家に帰ってから返信しよう。


 そして帰宅後。早速メールを確認した。昼間と同じアドレスの人からだった。

 本文には、

『鈴木です』

 と、一言。

 それだけっ!? と内心突っ込む。

 淡泊にも程がある。そして、僕の知り合いに「鈴木」という名字の人は、確か三人程いる。

『えーと、どちらの鈴木さんでしょう?』

 送信すると、すぐに返信が来る。ケータイ無しでは生きられない、というタイプの人なのだろうか?

『鈴木ジュンです。そちらは、斉藤さんですよね?』

 ……ジュン?

 よくよく考えてみたのだが、僕には「鈴木ジュン」という名前の知り合いはいない。そして、僕は「斉藤」ではなく「差詰」である。「さ」しか合っていない。そんな突っ込みは、さておいて。

 間違いメールだろう。一応、相手に知らせてあげた方が良いかと思い、返信メールには『間違いメールではありませんか? 私は「斉藤」ではありません』と打ち込み、送信した。

 ここで僕は考える。

どうして僕のメールアドレスを、僕とは関係無い人が知っているのだろう? 何故、僕は「斉藤」だと思われているのだろう? どこで僕のアドレスを入手したのだろう? 等々……。

アドレスの入力間違いなんて、ほぼ有り得ない。ならば、どこぞの詐欺だとか、出会い系サイトの関係か? それならば納得がいく。名前が「ジュン」とカタカナ表記なのも、身元をバレないようにするため……、いや、「鈴木ジュン」という名前そのものが偽名なのかもしれない。

 そんな事を考えていると、またすぐにメールが来た。

『そうなんですか。すみませんでした。返信早いですね。暇なんですか? 時間があるならメル友になってください』

 ……は?

 意味不明である。そして、何て失礼な奴だ。知らない人を勝手に暇人扱いして。それに、返信ならそっちの方が早いだろう。確かに、普段はぼーっとして過ごしているが、初対面の相手に向かって言いたい放題とは。許せん。等と思いながら、僕はまた返信メールを打っていた。

『あなたは暇人なんですね。私は気が向いた時ぐらいにしか返せませんが、それでも良ければ付き合いますよ』

 若干の毒を混入したメールの内容に、この人は気が付いてくれるだろうか。嫌になって返信が来なければそれで良し。逆に気が付かずにメールを続けてくるようだったら、それはそれで僕の暇潰しに付き合ってもらうとしよう。

 面白い事が無かった、今日この頃。退屈凌ぎには丁度良い。


「優も、良い性格になったもんだねぇ」

「……言わないでくれ」

 いつもの涼太との外出。

 買い物やらドライブやら、彼の車で連れ回される僕。良い機会だと思って、僕は、例の間違いメールの事について報告していたのだった。涼太は、「気を付けた方がいいぞ」と忠告する。

「大概そういうのって、変なサイトを見せられて、ワンクリック詐欺みたいな感じで高額請求させられたり、出会い系の方に個人情報を売られたりするんじゃねぇの? これから迷惑メールとか、いっぱいくるかもよ?」

「かもな。まぁ僕は、変なサイトなんか見やしないし、怪しいと思ったら手を出さないよ。顔も知らない人の言う事なんて鵜呑みにしないし、個人的な情報だって一切送らない。最悪、アドレスを変えて逃げる方法だってあるんだから」

「お前……、俺より性格悪くね? 人って変わるもんだねぇ」

 涼太は、くくっ、と笑う。

「一応、用心するこった。甘く見ない方がいいぞ」

「ご忠告どうも。だけど、僕は涼太よりはまともだよ。ただ、元々の性格が捻じ曲がってるってだけで。ま、このメールも、暇潰しには丁度良いかなって感じでやってるだけだし」

「それが危ねぇって言ってんの。油断大敵って、よく言うだろ?」

 彼は時々、難しい言葉を使いたがるのだが、それが似合わず、説得力に欠ける。そして彼の性格上の事も踏まえると、欠けるどころか説得力が無い、としか言いようがない。

「っていうか、そんなに暇ならバドやろうぜ」

「気が向いたらな」

 いつもそう言ってバドミントンの話をはぐらかす。よくもまぁ懲りずに誘ってくるなぁと感心する。

 毎日、代わり映えの無い生活。

 そこへ突然やってきた間違いメール。迷惑メールとも言い難い、ちょっと変わった感じのメール。その出来事から、僕は少しずつ変わったのかもしれない。

「つーかさ、俺だったら、名無しで『アドレス変えました』なんて来たら返信しねぇし。スルーだよ。バイバーイって」

 喫茶店でコーヒーを飲みながら話をする僕と涼太。

 最近では詐欺関連の事件も増えてきていて、確かに、ちょっと怪しいと思ったら手を出さないのが普通だろう。あれやこれやと、色々な手段で人を騙そうとする。電話やメールといった、本人と顔を合わせる事の無い連絡こそ疑わなければならない世の中である。

 そして、アドレス変更の件も。

 名前が入っていないのであれば、涼太が言うように無視をすればいいだろうし、そもそも名無しで皆のケータイに送ったとしたら、誰かしらが指摘し、もしくは自ら気づいて訂正の連絡をするというものだろう。仮に、アドレス変更の登録をしなかったとしても、いざという時は、共通の知り合いから教えてもらえばいいだけの話である。

 そんな事も気にせずに返信した僕は、何か面白い事や変わった事は起きないだろうか、と心の何処かで願っていたのかもしれない。

「出会い系とかじゃなくたって、女友達とか彼女が欲しいなら俺が紹介してやるぜ? そこから輪を広げていけばいいじゃねぇか。そしたらいつか、好みのタイプが見つかるかもしれねーし」

「そんな必要は無いよ。大体さ、僕がそういう関係作りが苦手だって分かって言ってるだろ」

 「バレたか」と、ニヤッと笑みを浮かべる涼太に、僕は言葉を付け足した。

「女友達とか彼女とか、そういうこと以前の問題だよ。今メールしてる相手、女か男かも知らないし」

「はあっ!?」

 目を見開いて驚く涼太と、平然として砂糖とミルクを入れたコーヒーを口にする僕。

 そういう反応をするだろうな、と予想はしていた。こういった形でメールが続くなんて、大抵の人は〝異性と〟と思うだろう。だが、僕が知らないのもなんだけれど、相手もきっと、僕のことを男か女かわかっていない。聞かれていないから教えていないし、教えなくても差し支えは無い。そういうやり取りを、僕達はしている。

「だってよ……、メル友になってほしいって言われたんだろ?」

「そうだよ」

「んで、いつから? そんな個人情報も出さない、異性がどうかもわからない、得体の知れない奴と連絡取り合ってんの?」

「一ヵ月ぐらい前からかな」

「いっ……!?」

「あぁ、ちゃんと毎日メールしてるよ。一日一通ぐらいは」

 呆れた、という顔で、涼太は僕を見ている。

「え? 何それ? 楽しいの?」

「だから言ったじゃん、暇潰しって」

「そもそも、どんな内容のメールしてんだよ。そんなペースじゃあ、一通の内容がめちゃくちゃ濃くなるだろ」

「いや? そうでもないよ。一言『おはよう』とか『おやすみ』で終わる日もあれば、一行だったり何行かになったりする日もあるし」

「その〝何行か〟の内容が知りたいわ!」

「んー……。その日の天気とか、身近に起こった出来事とか、仕事で思った事とか」

「どうでもいい……。って、ちょっと待て。仕事? 何? その人、社会人なの?」

「うん。なんか、デザイン関係の事をやってるとか何とか……」

 メールの内容を思い出しながら話す。とは言っても、相手のメールの内容が本当の事かどうか定かではないし、確認する術もない。だが、僕はそれでも、嘘でも何でも良いと思っている。何せ〝暇潰し〟なのだから。しかし、深入りは禁物だ。油断させておいてから、僕の事を騙しにかかるかもしれない。今のところの一ヵ月は、そういった動きを見せてきていないが。こういうところで、僕の、クソ真面目で、心配性で、人間不信に近い性格は、役に立っている。大事なところで素直に楽しむ事ができない時も多々あるけれど。


 一部始終を話し終えた頃、涼太は左手首にしているオシャレな腕時計に目を向ける。それから、「そろそろ帰ろうぜ」と僕を促した。

 会計を済ませて喫茶店を出る。駐車場に止めてある彼の車に乗り込むと、再び会話が始まった。

「いやー、悪いな。これから彼女んとこに行かなきゃでさー」

「いいよ。むしろ、これ以上話してたら酷い事になりそうだし」

「どういう意味だよ。あ、そうだ。さっきのメル友の、もーちょっと掘り下げてみねぇ? 何歳ですか? とか、どの辺に住んでるんですか? とかさ」

「ほら、酷い事になった」

「いいじゃん。何か面白そうだし」

「他人事みたいに言いやがって」

「実際そうじゃん? 他人事程、面白いことは無いっしょ」

「やっぱり涼太は性格悪いなぁ」

 わからん。

 僕は他人の事に興味は無いし、自分が面白いと思えることも、なかなか見つからない。周囲の物事に興味を持つ事ができる涼太を羨ましく思う時もある。だが僕は、それ以上に彼の事は恩人だと思って感謝している。こうやって彼に連れ回してもらわなければ、人や物に対する好奇心は失われていく一方だ。

涼太の言動は、僕に大きな影響をもたらす。


 その証拠に……、僕は今、ベッドの上でケータイを握りしめ、思い悩んでいる。

 涼太は僕を自宅まで送り届けてくれ、別れ際に「取り敢えず、男か女かだけでも聞いとけよ!」と言い放った。全く、余計な事を。

 少し考えて、メールを打つ。

『今日は友達の買い物に付き合わされた。そっちは』

 そこまで打って、メールを削除した。

 〝ジュン〟か。男でも女でも通用する名前だな。

 相手も、僕の事を警戒しているのか知らないが、どちらの性別か断定できる内容は送られて来ない。ここは、僕が先手を打って踏み込むしか……。いやいや。何故、踏み込む必要がある? 涼太の言葉に影響され過ぎではなかろうか。でも、僕自身、興味が湧いてきてもいた。これだけメールをしているのに、変なサイトに誘導するでもなく、どこかへ呼び出す訳でもなく、内容も淡泊で、華やかな内容でもない。暇潰しにしても、楽しそうに送っているようにも思えない。かといって、メールのやり取りを止めようともしない。僕がメールを返さなかった日もあったのだが、それまでの内容とは別の事について、連続で送ってくる事もあった。

 一体、何が目的なのだろう?

 どんな化けの皮を被っているのか、それを剥がしてみたいと思う気持ちが無くもない。

 (やっぱり送ってみようかなぁ……)

 ピロン。

 そんなことを思っていた矢先、メールが届いた。

 例の相手からである。

『そういえば、かれこれ一ヵ月ぐらいメールしてますけど、お互い、名前で呼び合ってないですね。あなたの事は何て呼べばいいですか? 私の事は、ジュンって呼んでくれていいですよ』

 動いた。

 若干、上から目線なところは気になるが、それは無視して返信メールを打つ。……僕も仕掛けてやる。

『僕は、ユウって呼ばれてるんで、それでいいですよ』

 送信。

 僕はこれまで、ジュンに対して一人称を使う事は無かった。いや、一度だけ、最初のメールのやり取りで『私』というのは使ったか。だが、ここでやっと『僕』という言葉を文章に組み込んだ。これで相手が乗ってくれれば……。

 ピロン。彼女からメールを受信した。

『じゃあ、ユウ君って呼びますね。というか、男の人だったんですね。ちなみに私は今年で二十一歳(女)です』

 乗ってきた! というか、年齢まで暴露してきた! 年下かよ!

 あれ? でも、この流れとしては、僕も年齢を教えた方がいいのかな? いや、個人情報は出さない主義だし……。待て待て! 僕が仕掛けたのに、僕が釣られてどうする。

 自問自答している間に、もう一通メールが来た。

『もう敬語使うの止めません? その方が楽ですし』

 お前は使えよ! と、心の中で突っ込んだ。

 あ。僕の年齢を知らないから仕方ないか。落ち着け、僕。振り回されてるんじゃない。

 それでも、何にしても……。やっぱり遠慮の無い人だ。

『まぁ、僕も「敬語止めない?」って聞こうとしてたところだし。じゃあ早速。ジュンは女の子だったんだね。あまり絵文字とか使わないし、サバサバしてるから男の人かと思ってたよ』

 『サバサバしてる』というところは『毒を吐く』に置き換えても可。

『ユウ君は、私より年上なんだね』

 ……しまった。

「女の子」という言葉は、年上には使わないもんな。そういうところは鋭い。上手く引っ掛けられた気分だ。自分で墓穴を掘っただけなんだけれど。

『そうだよ。ジュンよりは年上。でも、別に気にしなくていいからね』

『そうする。何の違和感も無いから大丈夫。メールしてて、ユウ君の方が年上だとは思わなかったし』

 顔を合わせたことが無いとはいえ、……いや、顔を合わせたことが無いからこそか。よくもまぁ、ここまで毒が吐けるものだ。

 素でこんな事を言ってくるのか? それとも何かを企んだ上での作戦なのか?

 まぁいい。これで一歩近づいた。彼女が何を思って、どういう行動に出るか。じっくり窺わせてもらおう。後は、僕自身の情報を漏らさないようにして、上手く対応していけばいい。

 つまらない毎日。惰性で送っているような日々。それが、ジュンからのメールで変わったような気がする。不安でもあり、恐怖でもあり、楽しみでもある。彼女とのメールのやり取りで、様々な感情を引き出される。平坦な道が凸凹道になった。

 もしかしたら、僕は逆に、彼女の掌の上で転がされているのかもしれない。しかし、「それでも良い」と思ってしまった。僕って、馬鹿だったんだな。

 ……いつの間にか、ジュンからのメールを待ち遠しく思っている自分がいた。


「は? 見張り?」

「涼太、頼む!」

 僕は彼にお願いをしていた。

 ジュンと敬語を使わなくなったメールのやり取りを始めてから数ヵ月。僕とジュンの仲は、一層、親密になった。とは言え、相変わらず個人情報を出さない、顔も合わせもしない、互いに警戒しているようなやり取りだが。という事は、〝親密〟とは言わないか。とにかく、それでも気楽にメールができるようになった事は確かである。ただし、彼女の言う事を信じきっている訳ではない。何せ、実際に会った事が無い人物なのだから。

 そんな僕の思いを察したのか、先日、『優君と会ってみたい』という内容のメールが来た。ジュンが察した訳ではなく、ただの興味本位か気まぐれなメールなのかもしれないが。

 心臓の音が大きく鳴る。

 騙されるかもしれないという恐怖心からか、会えることへの楽しみや期待からか。

 取り敢えず、心を落ち着かせて、まずは最悪の事態を想定する。

極度の心配性と言われる僕。確かに心配性ではあるが、周りが言う程ではないと思っているのだけれど。

 問題が起こった際の解決策や、いざという時の対応。試行錯誤を繰り返した結果……、涼太にお願いすることにした。

「例のメールの子が『会ってみたい』って言うから、『じゃあ、お茶でもする?』って冗談で聞いたんだよ。そしたら『するするー』って本気にされちゃって……」

「そんで、マジで会うの?」

「……うん」

「……優。お前って、意外と馬鹿だったんだな」

 それは僕も思いました。

「その子はどの辺に住んでるんだ?」

「○○駅の近くだって。でも、『今回は私が言い出しっぺだから、そっちまで行くよ』って言われてさ。□□駅近くの喫茶店にでもしようかなぁと」

「で、変なことに巻き込まれないように、俺に警護してほしいと」

 〝警護〟という言葉は些か大袈裟だが、まぁそんなところだ。

 周りの目もあるだろうし、何か事を起こすような事は無いとは思うけれど、用心に越したことはない。そもそも、彼女はわざわざ地元を離れ、こちらまで来てくれるというのだ。疑うのも失礼だ。もし仮に何かを企てようとしていたとしても、慣れない地で何か事を起こすというのは、なかなか難しいものだろう。地の利はこちらにある。だが逆に、遠い敵地(?)に赴いてまでも成し遂げたい何かがあるのかもしれない。

 ……と、妄想はこのぐらいにしておかないと、話が進まないので止めておこう。

「頼む! 友達とでも、彼女とでも……、誰とでもいいから僕の近くにいてくれ!」

 合掌し、頭を下げる僕。涼太は「ん~」と唸っている。

 すると、ハッと何かに気付いたように、彼は言った。

「そうだな……。優がバドをやるって言うなら、引き受けてやる」

 僕は頭を上げた。ニヤニヤしている彼を見て、僕は迷う事無く返事をした。

「わかった」

「おおっ!」

 驚きの声を上げる涼太に、続けて一言。

「一回だけなら」

 彼は、あからさまにガッカリした表情になったが、すぐに復活し、渋々承諾してくれた。

「ま、その一回でハマってくれりゃあ良いし、第一に、優をそこまでの気持ちにさせた相手の顔も拝んでみたいしな」

 楽しそうに言う涼太。

 やっぱりお願いしなきゃよかったかなぁと、ほんの少し後悔した。


 約束の日。……と、その前に。

 涼太が来てくれるという事で、前日に二人で計画を立てていた。

 ジュンが、『午前中は用事があるから午後が良い』と言うので、待ち合わせは午後二時という事にした。彼女が喫茶店に入ったところで、僕より先に涼太達が店内に入って彼女を確認する。そして、涼太からの確認の連絡が来次第、僕が入店するという寸法だ。当然、僕は彼女よりも遅れるという事になってしまうが、致し方ない。女の子より後に来るなんて(しかも初対面で)、物凄い罪悪感に見舞われるが。

僕は、普段の待ち合わせであれば、五分から十分ぐらい前には待ち合わせ場所にいる。そんな僕が、わざわざ遅れるという段取りまでしているのだから、自分で言うのもなんだが、彼女の事を相当警戒している。我ながら、なんて臆病なのだろうと情けなくなるが、今に始まった話ではない。有るかも無いかも分からない、ちっぽけな誇りなど捨ててしまえ、と自分に言い聞かせた。


 午後一時三十分。待ち合わせ時刻の三十分前である。早く来過ぎたか?

 待ち合わせ場所に指定した喫茶店……から少し離れた建物の陰、に僕達はいた。

「例の女の子は本当に来るのか?」

 ウキウキした様子で店の入り口を覗う涼太。その質問に答えず、黙っている僕、そして、どこか不機嫌そうにしてケータイをいじっているポニーテールの女の子。涼太の彼女である。二人とも若者風なオシャレな服装で(僕も涼太と同い年だけど、オシャレ度の差は歴然である)とてもお似合いなのだが、仲が良さそうには見えない。それどころか、一切会話をしていない。

……なんか気まずい。

 と、まぁ彼等の事は、さておいて。

 僕だって半信半疑なのである。

 本当にジュンは来るのだろうか。一人で。顔も知らぬ男の元へ。

 警戒心が足りないのではなかろうか。僕も人の事を言えた義理ではないけれど。だが、少なくとも僕は、こうして友人の力を借りている。警戒していることは確かだ。……が、相手の誘いにのった時点で、自信を持って言える事ではない。


 そろそろ頃合いか、と、僕はケータイを取り出して、ジュンにメールを打つ。

『ごめん! 時間に間に合わないかも! 先にお店に入ってて!』

 送信。作戦開始だ。

「メールを送った。一人でお店に入る、それらしい女の子がいたら教えてくれよ。僕は彼女からの返信を気にしてるから、見張りは頼んだよ」

「任せろ! メグもいるから大丈夫。な、メグ」

 メグと呼ばれた涼太の彼女は、相も変わらず不機嫌そうにケータイを睨んでいる。

 僕は、彼女とは二、三回顔を合わせたぐらいで、親しいという訳ではない。一緒に遊んだ事も無く、少しぐらい話をした程度である。初対面の時は、彼女の方が年上だと思って敬語で話し掛けていた。すると、「私の方が年下ですし、敬語使わないでくださいよー」と笑われてしまった。「それに、普通に、めぐみって呼んでもらって大丈夫ですから」と優しい笑顔で言ってくれた。明るくて活発で、優しそうな女の子だと思った。僕には、年下だろうが、女性の名前を呼び捨てで呼ぶ勇気は無く、どうにも抵抗があった為、取り敢えず「恵ちゃん」と呼ぶ事にした。

「ごめんね、恵ちゃん。僕の用事に巻き込んじゃって」

「別にいいですよ。(ゆい)ちゃんに振り回されるのは、いつもの事ですから」

 恵ちゃんは、涼太の事を「唯ちゃん」と呼んでいる。「唯我」という名字の「唯」を取ってだが、まるで涼太が女の子扱いされているみたいだ。付き合っていても、名ではなく、姓で呼ぶ関係も有りのようだ。

 それにしても、今日の恵ちゃんは本当に機嫌が悪そうだ。涼太と喧嘩でもしたのだろうか?

 いつもなら(と言っても、僕は彼女とは数回しか会っていないが)涼太に対する態度はキツくても、僕に対しては愛想良く接してくれていた。しかし、今日は僕に対しても冷たい態度である。本当に機嫌が悪いようだ。もしかしたら、僕に怒っているのかもしれない、という不安が過った。

 ……そして、涼太は何故そんな状態の彼女を連れてきたのか。気まずいにも程がある。彼の考えはよく分からない。別に、連れて来るなら他の友達でも良かっただろうに。くそぅ、涼太の馬鹿野郎。……いや、わざわざ僕の為に来てくれたのだ。文句は言うまい。考えを改めよう。むしろ、恵ちゃん、ごめん。今回は僕が涼太を振り回しているんだ。当人から事情を知らされているかどうかは知らないが。

 涼太をフォローしようと思って、彼女に話し掛けようと思ったが、その気力も失った。あまりにもワクワクしている彼を見て。謝罪の言葉を心の中で唱えるだけに留まった。


 ピロン。

 あれやこれやと考えているうちに、ジュンからメールが来た。

『もう、お店の中にいるよ。一番奥、窓側の席にいるから』

 えっ!? ……今は一時四十分。二十分前だぞ? どれだけ気合い入れて来たんだよ、と、僕は焦った。計画通りにはいかないものだな、と思いながらも心を落ち着かせる。それから涼太に説明した。

「ごめん。例の子、もう店内にいるらしい。姿は見てないからどんな子か分からないけど、一番奥の窓側の席にいるって。涼太達は、その子が見えるぐらいの、少し離れた席に座ってくれないか? それから僕に連絡してほしい。そうしたら僕が店に入るから」

 了解! と元気良く敬礼のポーズをとって返事をした涼太は、不機嫌な恵ちゃんの手を取り、喫茶店へと向かった。店の入り口付近で、彼女に手を振り払われる涼太。彼らは大丈夫なのだろうか? 自分の事よりも、彼等の事の方が心配になる。


 ほんの少し時間が経ってから、涼太からメールが届いた。

『一人でいるぜ、奥の席のカワイコちゃん♪ 顔は見えないけど』

 顔が見えないなら、可愛いかどうか分からないじゃないか。いつもの事だが、彼の言動には突っ込みどころが満載である。

 ふぅ、と一息ついて、緊張を解きほぐす。

「本当に……、来たんだな。一人で」

 複雑な気持ちだ。

 来てくれたのは約束通りで、普通なら当たり前の事として受け止められる。だが、今回の件は特殊な事例だ。前言撤回。半信半疑どころじゃない。僕はジュンに騙されていて、待ち合わせ場所に来ない、という事も想定していた。〝八対二〟くらいの割合で。〝八〟が来ない方の割合である。それはそうだろう。顔も見た事の無い相手の何を信じられるというのか。

 だから正直、驚いている。何と言うか、騙されていた、という結末だった方が腑に落ちる。なんだか、逆に騙された、というか、裏を読まれた、と言うべきか。裏の裏(=表)を読んできたというか……。

 どう表現したら良いか分からないが、彼女が来た事は事実で、それを現実として受け止めて対処しなくては。

困った。

コミュニケーションを取る事が苦手な僕は、今更ながら、何を話したらいいのか分からないパニック状態に陥っている。ただでさえ、普段の周囲との会話も面倒だと思ってしまうのに。それが初対面ともなれば尚更だ。メールとは違う。顔を向き合わせて、自分の口で話す。僕に与えられた試練だと思って、やるしかないだろう。涼太達も協力してくれたのだ。行かない訳にはいかない。

 それに……、ほんの少し逃げたい気持ちもあったが、それ以上に〝ジュンという女の子〟を一目見てみたいという好奇心があった。そして、年上として、ちゃんと怒ってやらねば。怒るとまでいかなくても、忠告してやりたい。若い女の子が一人で軽々しく、見知らぬ男の元へなんて行くものじゃありませんよ、と。


 いよいよだ。

喫茶店へ向かって歩みを進める。

 さて。何を話したものか。

 考えもまとまらないまま、店の中へ。

 案内をしようと出てきた店員さんに、「待ち合わせです」と告げて店内を見回す。まず一つ思った事。……涼太。お前は何故そこにいる。一番奥の窓側の席には女性が一人で、背を向けて座っている。彼女がジュンだろう。そして、その斜め後ろの壁側のテーブルに、涼太達はいた。

……。

とにかく近い! 「少し離れた席」って言ったじゃないか! 僕と彼では〝少し〟の基準が大分違うようだ。もっと別の席があっただろうに。これでは会話が丸聞こえだ。迂闊な話はできない。そっと様子が覗えるだけの距離がある席で良かったのに。……溜息が出た。

 僕は奥へ向かって歩いていく。涼太の背中を見て、そして未だ不機嫌そうな恵ちゃんの様子を感じ取り、僕は二人とは赤の他人だという振りをしてテーブルの横を通り過ぎる。……いよいよ奥の席へ。

 ショートカット? とまではいかないが、短めな髪。そのヘアースタイルはボブと言えばいいのだろうか。艶のある黒髪だ。淡い水色のカーディガンを羽織って、下は白のロングスカート。横から覗くと、白く、幼さの残る横顔が見えた。手には文庫本。テーブルには紅茶らしき飲み物があった。

「……ジュン?」

 そっと声を掛ける。すると、彼女は顔を上げ、訝しげな表情で僕に言った。

「どちら様?」

 ……え? そりゃあないだろう?

「あ、えと。僕、ユウです」

 彼女は表情を変えずに、僕をじっと見つめる。まさか、人違い?

 薄化粧を施した顔に薄っぺらい表情。それは冷たく、軽蔑の眼差しを送っているような感じだった。知らない人に声を掛けるなんて、恥ずかしい事この上無い。人見知りの僕がこんなことをしでかしたら、それはそれは……と、狼狽えている僕に、彼女は言った。

「冗談よ」

 ニヤリと、ねちっこい、爽やかとは程遠い笑みを浮かべる。

「まぁ座りなよ」

 手にしていた文庫本を閉じ、バッグにしまいながら、彼女は続けた。

「遅れた仕返しに、驚かせようと思って。知らない振りをしてみたんだけど、どうだった? 驚いた?」

「そりゃあ……」

 驚くよ。なんて意地の悪い女の子だ。

 遅れたと言っても、ジュンが早すぎるだけで。僕は時間ピッタリ……、いや。ほんの少し遅刻か。

彼女と面と向かって席に座り、彼女に聞いた。

「あのさ、ジュン……は、どのくらい待ってたの?」

 本人を前にすると、名前を呼び辛い。メールでは平気で呼び捨てていたが、こう、面と向かうと……。せめて、〝さん〟でも付けて呼びたい気分だ。

「三十分ぐらい前から、ここにいたかな? 丁度良い到着時刻の電車が無くてね」

 凄く落ち着いている女の子だな、と思った。二十歳とは思えない雰囲気を醸し出している。誕生日を迎えれば二十一歳か。まぁ一歳ぐらい、さして変わらないか。二十五歳となった僕よりも大人っぽい。顔は幼い感じなのに。

「それ、言ってくれれば良かったのに。そしたら時間を合わせたし、何より車で……」

 迎えに行ったのに。と、最後まで言うのを止めた。

 初対面で車は……、ないな。僕が女だったら、プライベートで、初対面の男の人の車に乗ろうと思うか? 思わない。無理だ。

 続きの言葉が見つからずに、口をモゴモゴさせていると、ハッキリとした透る声で、彼女が言った。

「いいのよ。待ってる時間とか、嫌いじゃないし。あ。でも、初対面で待ち合わせの時間に『間に合わないかも』って連絡をするユウ君には驚いたかな。なかなかいないよね、そんな男の人」

 完璧に見下されている。口元は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。冷徹な視線を僕に送りながら、事実を武器に攻撃してくる彼女。メールの時となんら変わらない。いや、表情がプラスされている分、タチが悪い。作り笑顔で胸に刺さる言葉を放つ彼女には、何の抵抗もできないでいた。先制攻撃を受け、ペースは完全に彼女のものである。

 これが、ジュンという女の子。僕からの忠告どころではない。防戦一方だ。

「改めて、はじめまして。ジュンです」

「は、ハジメマシテ」

「これも何かの縁ってやつで、よろしくね」

 呑まれている。でも、これだけは言いたい。彼女の為にも、ちゃんと言っておいてやらねば。

「よ、よろしく。って言いたいところなんだけど、一つだけ、君に言っておきたい事があるんだ。なんというか、その……、女の子が一人で、軽い気持ちで知らない男の人と会うのは感心しない、というか。しかも、地元から離れた場所でなんて、危ないっていうか……」

 あぁ、もう。カッコつけて言いたいのに噛み放題だ。スムーズに言葉が出てこない。そんな僕を見兼ねて、彼女が口を挟む。

「何? 心配してくれてるの? それとも、ユウ君が危ない人とでも言いたいの?」

「いや、そうじゃなくて。あ、心配はしてるよ、勿論。今回、僕等はたまたま会うことになった訳だけれど、もし、相手が僕じゃなくて変な人だったり、とか、妙な事を企んでる人だったら……、とかって可能性も考えて、もっと警戒心を持った方がいいと思う……っていう、余計なお世話」

 僕も十分、捻くれまくった変な人だけど、と思いながらも、他に言葉が出てこなかったので言ってしまったが、そんな事はどうでもいい。くそぅ。思った通りに話せない。上手く伝わったならいいのだけれど。

「確かに、そうね。メールしてても全く面白くない反応をする人と、なんで会ってみたいと思ったんだろ?」

 そうじゃない! というか、じゃあなんでそんな奴(僕)とメールを続けてたんだよ!

「……じゃなくて、君の警戒心の話を」

「じゃあ、ユウ君は?」

 彼女は、僕の話を遮って問う。

「ユウ君は私の事、警戒してる? あ、その話をする前に、何か注文しよっか」

 ……話の切り替えのタイミングが分からない。メールでもそうだったが、突然、全く違う話題を振ってくる事が多々あった。別に、それで困る事というのも特に無かったけれど。

「決まった? 呼んじゃうよ? すいませーん」

 僕の返事を待たずに店員を呼ぶ彼女。凄まじいマイペースだ。店員がやって来て注文を受ける。

「私は、飲み物はまだあるからぁ……。ケーキ頼もうっと。えーと、レアチーズケーキで。ユウ君は?」

「僕はホットコーヒーで」

 以上で! という、ジュンの元気な声に、「かしこまりました」と、冷静に注文を受けた店員。その店員が去っていくと、ふっ、と人が変わったように、彼女は静かに、低いトーンの口調で話し始めた。

「それで、ユウ君はどうなの?」

「それは……」

 言葉を濁していると、彼女が代わりに語る。

「それは疑うわよね。いきなり知らない人からアド変の連絡が来たと思ったら、『メル友になってください』なんて言われてさ」

 くすっと笑って、全てを見通しているかのように言う。きっと、彼女には隠し事はできないだろう。まず、僕自身、隠し事をするのは好きじゃない。

「……そうだよ。僕は君を疑ってた。いや、正直、今も疑ってる」

 「馬鹿かよっ!」と、斜め後ろ、僕からすれば斜め前の壁側のテーブルから声が聞こえた。涼太が僕の発言に反応したようだった。〝そんなに馬鹿正直に話すんじゃねぇよ〟と、彼は顔で訴えていた。声も煩いが、僕の位置からだと彼の顔も見えてしまう。それがまた煩わしい。取り敢えず無視をして話を続ける。

「よくある手なのかなって思ったよ。出会い系とかワンクリック詐欺とかさ。でも、そういったサイトへの案内は無かったし、暫く時間が経っても、そういった動きは見られなかった」

 彼女の表情は変わらない。黙って僕の話に耳を傾けている。

「信用を勝ち取ってからの勝負だな、と思ってずっと警戒してた。何か高い物を買わされたり、変な契約させられたりするんじゃないかって。で、『会ってみたい』って連絡が来た時に、〝いよいよ動いたな〟と思って、実際にこの目で確かめてやろうと」

「物好きね。それこそ何かされたらどうするつもりだったのよ?」

「こっちに来てくれるって言ったからさ。こっちなら僕の地元だ。何かあったとしても、早急に手を打つ事ができると踏んでね」

 それに、友人も来てくれている事だし。これは言えないけれど。

「ふふっ。面白い人。怪しいと思いながらもメールを続けて、さらにはその本人と会ってみようだなんて。最初から相手になんかしなければ良かったのに」

 ティーカップに手を伸ばして一口。カチャ、とカップを受け皿に戻して再び彼女は口を開く。

「こんな事言っても、信じてもらえないかもしれないけれど……。アドレスの登録間違い、っていうのは本当。なんでユウ君の、見も知らない人のアドレスが私のケータイに入っていたのかは、私にも分からないの」

「……そうなのか。じゃあ君も、見知らぬ人とのやり取りをしてたって事なんだね。それなら、僕を騙すつもりは?」

「無いわ」

「だったら、なんでメル友に? だって、ジュンが僕を疑っている可能性だってある訳だろ?」

「大いに有るわね」

「それこそ何で……」

「……し」

「え?」

 彼女が僕から目を逸らし、ボソボソと、聞こえるか聞こえないかギリギリの小さな声で言った。最後しか聞き取れず、僕は「もう一度」と彼女に催促する。

「だから! ……ひまつぶし」

 ちょっと申し訳無さそうに言う彼女の顔を、僕はポカンと見つめていた。

「それこそ危ないじゃないか。それに、初っ端から、あんな相手を挑発するような文章を送りつけて」

「いざとなれば、アドレスを変えればいいと思ったのよ」

 今度は不貞腐れて言う。それにしても……。

「……ふっ」

「え?」

「あっはっはっは!」

 僕は堪え切れずに笑い出してしまった。

 急に笑い出した僕を見て、彼女は呆気に取られていた。なんだ。彼女にも表情の変化はあるんじゃないか。別に鉄仮面という訳ではないんだな。安心して、余計に笑いが止まらない。

「な、何がおかしいのよ!」

 彼女は僕に、怒りの表情を向けて言った。

「いや、一応君にも感情はあるんだな、と思って。ごめん。それに、君の考え、丸っきり僕と同じだなぁと思ってさ」

「同じ?」

 お待たせしました、とタイミング良く、ケーキとコーヒーを持ってきた店員。それらをテーブルに置くと、ヒーヒー言いながら涙目になっている僕へ不思議そうな視線を送って去って行った。

「笑ってごめんね。実を言うと僕も暇潰しに丁度いいやと思って返信したんだよ」

「だから、あんな人をおちょくったような文章だったのね」

「ああ。君に負けじとね。それに苛立って返信が来なければそれで良し。返ってきても、それはそれで僕の暇潰しになる。もし変な事に巻き込まれそうになったら、アドレスを変えればいいや、と思ってた。ホント、君と同じ考えだよ」

 僕はコーヒーに砂糖とミルクを入れ、ティースプーンでかき混ぜる。何だかすっきりした気分で、そのコーヒーに口を付けた。一口含んだ時に見えた彼女の顔は、何とも言えない、気の抜けた表情になっていた。その表情を見て、僕は何処となく安心感を覚える。

「はぁ、警戒して損した気分だよ。ジュンの事、疑ってごめん」

「それは出会い方が出会い方だもの。疑って当然でしょう? ユウ君は何も悪くないわ。というか、そんなに簡単に私に気を許していいの?」

「だって、僕の事を騙すつもりは無いんだろ? ちゃんと顔を合わせて、君がそう言ってるんだ。これ以上疑ってもしょうがないじゃないか」

「……ユウ君って単純なのね。あなたの方がもう少し警戒心を持った方がいいと思うわ」

 不機嫌そうに、チーズケーキにフォークを入れ、一口サイズに切る。その一辺にフォークを刺して口に入れた。もぐもぐと口を動かし、落ち着いてきた頃にジュンは僕に聞いてきた。

「……ユウ君の〝ユウ〟って、漢字でどう書くの?」

 ぼそっと、しかも何だか恥ずかしそうに、彼女は聞く。

「え? なんで?」

「いいから答えなさいよ」

 落ち着いたと思ったら、また不機嫌になる。初見では、大人びた様子を見せていた……いや、僕が勝手にそう見ていただけかもしれないが、何て事は無い。割と感情豊かな、普通の女の子だ。そんな彼女を煽るのも面白いかも、と思ったが、あまり刺激してもいけないと思い留まり(怒るジュンも見てみたいが我慢し)、正直に答えた。

「優しい、の優だよ。完全に名前負けしてるけどね」

 僕自身、この名前が好きではない。女の子っぽくて嫌だと思っていた。かといって、男らしいという性格でもない僕。まぁ、合っていると言えば合っているのかもしれない。ただ、優しくは無い。捻くれて、周りの事には無関心で、冷たくて、根暗で。いつものようにネガティヴ思考が僕の脳を支配する。

 苦笑いを浮かべている僕に、彼女は言った。

「そう? 合っていると思うけれど」

 同情ならやめてくれ。

 どこが? と聞きそうになったが、なんとか堪えた。苦し紛れのフォローなんか聞きたくもない。という訳で、別の返しを選択。

「ジュンは、どう書くの?」

「私? 私は〝純粋〟の〝純〟だよ。私こそ名前負けしてる」

「そう? 君こそ合ってるじゃないか」

「どこが?」

 君は聞くのか。

「そうやって、率直に、思ったことをはっきり聞くところとかさ。〝純〟っぽいと思うな。〝単純〟な感じで」

 ニヤリと笑う僕に、彼女はまた怒る。

「優君程、単純じゃないよ」

 なんだかこのやり取りが面白くなってきた。

「名字はメールの通り、鈴木なの?」

「そうよ」

「そういう時こそ偽名を使いなよ。ホント、単純」

 また笑ってしまう。

「しょうがないじゃない。アドレス変更の連絡で、偽名使うとか意味わかんないでしょ」

「そりゃそうか」

 それは納得。笑ってごめんなさい。

「でも、〝純〟をカタカナにしたのは?」

「名前の方は、〝純〟っていう漢字を使いたくなかったからカタカナにしただけ。この名前、私は好きじゃないから……」

「成程ね」

 これもまた、僕と同じか。

「で、優君の名字は?」

「僕は差詰。言い辛いみたいでね、あまり名字で呼ばれる事は無いけど」

「成程ね。差し詰め、早口言葉みたいな言い辛さという訳ね」

 上手い事を言ってやったという〝どうだ! という顔〟、所謂〝ドヤ顔〟をする彼女であった。特に上手いとは思わなかったけれど、何となく笑ってしまった。それに満足したのか、純は冷静さを取り戻し、僕に忠告した。

「でも、私はまだ優君の事を信じた訳じゃないからね」

「別にいいよ。僕には何の差し支えも無い。ただ、純が気を遣って疲れるだけだし」

 ぐぬぬ、と悔しそうな表情になった彼女は僕を睨む。メールをしていた時とは立場が逆転したようだ。あの時は、僕が慎重になり過ぎていて、そこに付け込まれた。だが、開き直ってしまえば、この通り。ちょっとした優越感に浸る僕。なんと器の小さい人なのでしょうか。それが差詰優という人間なのです。

「まぁいいわ。その単純さに免じて、一つ良い事を教えてあげる。優君はね、私に騙されているのよ」

「えっ?」

 ……まさか、今までの言動は全て演技だったとでも言うのか? いつの間に僕は騙されていたのだろう? 訳の分からないまま、僕は彼女の話に耳を傾ける。心なしか、店内が静かになった。それもそうか。涼太達が会話をしていない。僕達の話に、彼等も聞き耳を立てているようだった。彼が黙ると、店内は一気に静かになるように感じる。

「いい? よく聞きなさい。私はね……、〝フリーター〟なのよ」

「……はい?」

「だから、デザイン関係の仕事なんてしていないの。それとは全然関係のないアルバイトをしているだけなの」

「……」

 僕は沈黙。涼太もずっこける。

「……それだけ?」

 なんとか声を出すことができた。〝騙し〟の可愛らしさや〝驚き〟の感覚の違いにビックリし過ぎて、一瞬声が出なかった。たった今、思考停止というものを体験した気がする。感情とか言葉の意味合いの基準って、人によって違うんだなぁと思い知らされた瞬間であった。

「それだけ、とは失礼ね。優君は騙されていたのよ? ショックでしょ」

「あー……。働く、って大変だよね」

「まずは驚きなさいよ!」

 驚いているさ。違う意味でだけど。

 これは、騙された内に入るのだろうか? 僕にとっては無害だし、基本的に人の事を信じる事が少ない僕は、自分自身に直接関係の無い事であれば、尚の事、信じはしない。だから言ったじゃないか。僕は優しくなんかないって。

「えっと……、誰にでも秘密は有ると思うし、嘘だって付くと思うよ。だから、大丈夫」

「……なんで私が慰められてるのよ」

 ガッカリした様子で溜息を吐く純であった。

 騙されるも何も、それ以前に僕が信じていなかったのだから仕方がない。そんな、見も知らぬ人がメールで言う事の何を信じろというのだ。そこまで僕は、お人好しではない。

「そうだったのか。純はフリーターだったんだね。じゃあ、専門学校を卒業したっていうのは?」

「それは本当。デザインの専門学校に通ってたの。でも去年、いよいよ就活だっていう時に迷っちゃって」

「迷う?」

「私に合っているのかなぁ、とか、上手くやっていけるのか……とか。自分が進むべき道はここでいいのかなって考えちゃってね」

 ……僕も似たようなものなので、何も言えなかった。いや、彼女の方がまだまともだ。僕の場合、これといった目的も無く、大学を受験し、合格して入学し、ただ卒業の時を迎えた。やりたいと思う事も無かったので、内定していた会社の内、実家から近い会社を選んだ。ただ、それだけ。

 純の場合は目的があった。ただ、気持ちのタイミングがずれてしまったのだろう。そして、機会を逃した。そんな、悔いが残るであろう道を歩んできた彼女は、この先の事をどう考えているのだろうか。

「それで結果、フリーターってね。まー、先の事はこれから考えようかと思って」

 作り笑い。僕にはそう見えた。きっと本心は隠している。それか、まだ定まっていないのか。何にせよ、僕が彼女に問う資格は無い。聞く勇気も無い。聞いたところで、どうしようというのか。僕には彼女を助けるなんて事はできないのだから。

「ちょっと! さっきまでのノリはどうしたのよ。いきなり黙り込んじゃって」

「あぁ、ごめん。僕にも思うところがあったから、つい」

「何よ、思うところって……」

 ガチャン!

 大きな音に驚いて、僕と純は肩を竦めた。

 涼太のテーブルからだった。恵ちゃんがグラスを倒してしまったようだ。店員が台拭きを持って、急いで駆け寄る。純は後ろを振り返って、その様子を確認した。

「びっくりしたぁ」

 前に向き直した彼女が、胸を撫で下ろしながら聞いた。

「で、何の話だったっけ?」

 けろっとした表情で聞いてきた彼女に、僕は言う。

「なんだっけね」

 しらばっくれた。

 僕は、あまり自分の事を語りたくはない。純の事は聞いた癖に。卑怯者で結構。それは僕自身、すでに受け止めている。

「そういえば、純は趣味とか楽しみにしてる事とかってある?」

 話を逸らした。不自然に。

「えーと、強いて言うなら読書かな」

 乗ってきてくれた。ごく自然に。

「さっき、待ってた時にも本を読んでたもんね。何読んでたの?」

 便乗する僕。これなら、さっきの話題に戻る事も無いだろう。単純な子で助かった。

 それにしても……、読んでいる本、興味のある本も僕の興味と似ているとは。先程、彼女が読んでいた文庫本は、僕はすでに読破している。内容を先に語ってしまうネタバレは、読書家にはタブーなので、「僕も読んだ」という事しか言っていないが。そして驚くべきは、今まで読んできた本、これから買おうかと目を付けている本、気になる作家、等の志向がかなり似通っているのである。

 こんな偶然、見た事も聞いた事も無い。ましてや自分自身が体験するなんて思いもしなかった。

 偶然出会った人と、偶然共通の趣味で話が盛り上がる。

人付き合いがあまり無い僕にとっては、奇跡と言っても過言ではない。それぐらい驚き、鳥肌が立つぐらいの感動を覚えた。

 そんな感じで感動に包まれている最中、斜め向かいの涼太達の席が騒がしくなった。ムードが怪しくなったと思いきや、恵ちゃんが「唯ちゃんなんか、もう知らない」と言って急に席を立ち、店の外へ出て行った。涼太も急いで後を追い、会計を済ませてそそくさと店外へ。

 純が後ろをチラッと見て言う。

「全く、何だったのかしら? 大きな音を出したり言い合いしたり。これだからチャラい人って嫌なのよ。まるで落ち着きが無くて」

「あ、あぁ……」

 友人だ、とは彼女に言えない。明らかに、純の苦手そうなタイプだもんなぁ……。

 四つも年下の、二十歳の女の子にチャラい、落ち着きが無い、と言われる友人。知らない人の振りをして聞いていると、何だか複雑な気分である。逆に、純が落ち着き過ぎのような気もする。もう少し、はしゃいでいても良い年齢だとは思うのだけれど。

「純は彼氏とかいないの?」

「いないわよ。いたら、こんなところに来てないでしょう?」

 それはそうだな。愚問であった。安易な言動は控えようとしているのだが、相手が純だと何故だかついつい、やらかしてしまう。

「それに私……、友達だってロクにいないもの」

「そうなのか? こんなに面白いのに」

 彼女が意外そうな顔をし、それから笑った。それは、自然な笑顔だった。なんだ、普通に笑える可愛い子じゃないか。それを見て僕も微笑む。

「そんな事言うの、優君ぐらいだよ。私、素直じゃないから、周りの人達は関わり辛いみたい。変な奴だって言われる事が多くてね。ま、自分でも変だと思ってるからいいんだけれど。迷惑掛けるのも嫌だし、わざわざ自分から人に近寄ろうとは思わないわ」

 おいおい。周りと距離を置くとか、壁を作るみたいなとこ、僕と同じじゃないか。何だ? 類は友を呼ぶ、というやつか?

 僕には涼太という、それなりに心を許せる友人がいる。だが彼女は、どうなのだろう?

 自虐的な態度になっている彼女に、僕は語っていた。

「自分が思っている事と、他の人が思っている事は同じだとは限らないだろ? 人によっても違うだろうし。関わってみるまで分からないさ。自分とは全く違った考え方をする人もいる。僕も割と変わってるって言われるし。現にこうして、純の事を面白いと思って君と話をしているんだから」

 自分自身にも言い聞かせているみたいだった。

 人に言う事は簡単だが、自分で考える事、行動する事は難しい。無責任な発言をしてしまったか、と、少し後悔。

「そっか。私なんか、あんまり会話を盛り上げるとか掘り下げようとか思わないからなぁ。相性とかもあるのかな? 今日ここで会話してる相手が変な人で良かった」

「ま、相性の問題もあるだろうな。って、さり気なく毒を吐くな。変な人って……、否定できないけどさ」

 ふふふっ、と笑う彼女。

だが、次の瞬間に冷たい表情に変わった。

「優君はさ……、何の為に今を生きてる?」

 え?

 急に雰囲気が変わって、そんな質問をされたら当然驚く。僕は一瞬固まった。

「と、突然どうした?」

 戸惑う僕に構わず、彼女は続けた。

「私はさ、何だか生きる事が楽しくない、っていうか、逆に辛いって思っちゃってて。私、何の為に生きてるんだろうって最近よく考えちゃうのよね」

 病んでいる。二十歳にして。

 いや、こういうのは年齢は関係無いか。

「んー……。ここまで一緒だとは思わなかったなぁ」

「え?」

 仲間を発見。僕と同じ、ネガティヴ思考。

「僕もよくそういう事を考えちゃうんだよ。大学を卒業して、社会人になって、二年経っても何も楽しい出来事は起こらない。あと半年もすれば三年だ。二十五歳になったけど、ここまであっという間だった。それで、僕の人生はこのまま終わりに向かって行くのかと思うと、気持ちが落ちる一方でさ」

 彼女は真面目な顔で、僕の話に耳を傾けている。

「自分から動かなきゃいけない、とは思ってる。でも、何をどうしたらいいのかも分からなくて。だけど、そんな時に助けられた。君からのメールで」

「私?」

「そう。面白い事を見つけた、ってね。性格悪いだろう? 暇潰しには丁度良いや、って思って続けてたんだけど、思いの外、毎日が楽しくなったよ。なかなか無い、変なメールだったから」

「変なメールとは失礼ね」

 純の表情が少し緩んだ。

「他愛の無い話も、くだらない報告のやり取りも、何だか新鮮で。正直、毎日メールが来るのを楽しみにしてたんだ」

「楽しみって……。本当に、ただ、くだらないやり取りをしてただけじゃない」

 彼女の頬が赤らんだ。照れているのか?

「ちょっとでも、こういった楽しいと思える事があるのなら、生きてても損は無いかなって思う事も度々あったんだよ。だから、ありがとう」

「私、別に感謝されるような事なんかしてないわ」

 恥ずかしがっているのか、視点が定まっていない。ちょっと可愛く思えた。

「純にもきっとこれから何か面白い事が起こるよ。その時は僕に報告してくれよ」

「嫌よ。絶対、優君になんか言わない」

「ま、僕は勝手に報告するけどね」

「なんで私があんたの自慢話を聞かなきゃいけないのよ。……まぁ、メールを送るも送らないもお互いの勝手だけど」

 全く、素直じゃないなぁ。そんな彼女の様子を観察しているのも面白い。

 いつの間にか彼女はケーキを平らげていた。しかし、飲み物以外には何も注文せず、会話に夢中になっていた。楽しくて、時間を忘れる程に。

 マイナスな僕とマイナスな純。掛けてプラスになった。ネガティヴな者同士の会話のはずが、楽しい。

 ここまで誰かと長話をするのは珍しい。涼太の場合は特殊だ。何せ、彼のプラス要素が大きすぎて、僕程度のマイナスでは太刀打ち出来ないので。純との場合は、涼太の時とは違った楽しさだ。でも、彼女はどうなのだろう? 無理に話を合わせてくれているのだろうか。それだったら本当に申し訳無く思う。しかし、彼女の性格上、嫌なら嫌とはっきり言うだろう。それに、こんなにも話が続き、彼女もよく笑っている。僕だけの自己満足の時間になっていない事を祈るばかりだ。


 結局、今日は喫茶店で語り合うのみで、お開きとなった。

 僕はもっと話していたかったが、時間も時間だ。仕方が無い。

 会計を済ませて外へ出る。そのまま駅に向かって歩き出した。

「優君、奢ってくれてありがとね」

「わざわざ来てくれたんだ。当然だよ。こちらこそ、今日は来てくれてありがとう」

「まさか、本当に来るなんてね。驚いちゃった。しかも、特にカッコよくもない平凡な人が来ちゃって、どうしようかと思ったわ」

「酷いな。まぁ平凡だけどさ。でも、僕だって純が来るかどうか疑ってたし。お互い様だな」

「そうね」

 笑い合いながら、駅の改札口に向かって歩みを進める。

 もう離れてしまうのか、と考えると、とても寂しく感じる。


 改札口の前。

 彼女は切符を買い、そのまま改札口を通り過ぎようとした。

「純!」

 僕は声を掛けていた。すると、彼女は振り返る。

「何?」

「今度は僕がそっちに行くから」

「来なくていいわよ」

 不機嫌そうに彼女は言った。来られたら迷惑なのだろうか?

「ドライブでも買い物でも何でもいい。どこかに出掛けよう」

「外は苦手なのよね」

 口元は笑っている。嫌という訳では無いらしい。

「まぁ、でも……、楽しみにしているわ」

 そういって彼女は、あっさりとその場を後にした。何だか嬉しそうにも見えたけど、気のせいだろうか。

 気を付けて、という言葉を掛ける前に、彼女の姿は見えなくなった。

 ……さて、僕も帰るか。と歩み始めた時、ケータイが震える。

『またね』

 純がわざわざメールを送ってくれた。その一言で僕の心は舞い上がる。やっぱり、彼女よりも僕の方が単純なのかもしれない。




 ニヤニヤしながら車を運転する涼太。その助手席には僕。

 仕事後、一旦、家に帰ってバドミントンの用意をし、涼太の迎えを待った。すでに約束の時間を回っていたが、彼はいつも待ち合わせ時刻通りには来ない。

 昔のバドミントン道具を引っ張り出すのには苦労した。何せ、最後に打ったのが大学の最初の頃……つまりは約六年前だ。不要な物は奥にしまってあったので、探すのに時間を要した。出したは良いが、シューズはボロボロだし、ラケットに至ってはガットが切れてしまいそうである。

「久しぶりだな、その格好」

「本当だよ。シャツもジャージも、探すのにホント苦労した」

 高校卒業以来、本格的にプレーしたことは無い。むしろ、お遊びバドミントンでさえ、大学の初期以来やっていない。

「いやー、楽しみだねぇ」

 嬉しそうに話す涼太と違って、気が進まない。もうバドミントンをやるつもりも無かったし、六年もラケットを手にしていないのでは、まともに打てる自信もない。他に運動もしていた訳でもないので、体が動かないであろうことは明白である。

 それより何より、人付き合いが面倒だと思ってしまう。あぁ。本当に億劫だ。

「っていうか涼太さ、あの日、なんで急に帰ったんだよ。まぁ来てくれた事には変わりないから、バドに行く約束は果たすけどさ」

「いやー、すまなかった! メグと喧嘩しちゃってさー」

 と言う割に、反省の色は見られない。

「またか。って感じだったよ。彼女、店に入る前から不機嫌そうだったし」

「そうそう。んで、グラスを倒した時に〝鈍くせぇなぁ〟って言ったら、火に油。やっちゃったねー」

 笑っている。やっちゃった感がまるで無い。

「で? 仲直りはしたのか?」

「ま、一応な」

「それなら良かった」

 仲直りしたというのが本当かどうかは分からないが、二人はしょっちゅう喧嘩をしているので「まぁいいや」と、その話題を打ち切った。

「優はどうだったんだよ。あの後」

「どう、って……。普通に話して帰ったよ」

「おい! あんだけ良い雰囲気になったんなら、ホテルにでも誘えば良かっただろ!」

 ……僕には無理だ。そんなのハードルが高すぎる。

「初対面でそれはちょっと……」

「そんなんだから、お前はいつまで経っても童貞なんだよ」

「童貞じゃねぇよ!」

「あれ? 経験済みだったっけ?」

 僕としたことが、涼太相手にムキになってしまった。全く、下世話な話を。

「煩いなぁ。それに初めて会って、そんなとこまでは無理だ。僕は段階を踏む。それに……、美人局(つつもたせ)とかそいういう類の出会いだったらどうするんだよ」

「ツツモタセ?」

「女の子が男を釣って、引っ掛けた男に、女の連れが因縁つけてカツアゲするやつだよ」

「あぁ、たまぁに聞くアレね。てか、大体この辺りはそんな都会でもないし、そういった引っ掛けは無いだろ。心配しすぎじゃね? でもよ、優は鈴木ちゃんと話してる時に、〝疑ったってしょうがない〟とか言ってなかったか?」

 涼太は純の事を、「鈴木ちゃん」と呼ぶ事にしたらしい。

「よく覚えてるなぁ。言ったとは思うけど、最低限の警戒は保つよ、僕は。それに、それとこれとは話は別。そもそも僕等は付き合ってもいないんだからさ」

「オカタイいねぇ」

「涼太が緩すぎるんだよ」

「つーか、経験が少ない癖に、そういう知識だけはあるんだな」

「……」

 勝手に経験が少ない事にされた。確かに、多いという訳ではないけれど。

 もう何も突っ込むまい。

「優は心配性過ぎるんだよなぁ。もっと俺みたいに冒険しようぜっ!」

「遠慮しとく」

「つれねぇなぁ」

 溜息を付く僕と、笑いっぱなしの涼太。

 この男のようになれたら、どれだけ人生を楽しんで過ごせるだろうか、等と考えながら、座席に体をもたれ掛けさせる。彼も彼なりに大変な事はあるのだろうが、僕と違って楽観的な性格だ。困難を〝楽しいイベント〟として捉える事も可能なのではないかと思ってしまう。

「それにしても優は、常に周りを警戒してんのな」

「そうだな。あまり人を信じないし」

「おー、怖っ。じゃあ、あれか。〝信じられるのは自分だけ〟ってやつか?」

「それも違うかな。自分なんて一番信じられないよ」

 自分が言う事、する事……。全てにおいて自信が持てない僕は、人を信じるどころではない。まずは自分のことが信用できないでいる。自分を信じる事ができないという事は、全ての言動が裏の意味を持つ。つまりは、誰かに対して「信じる」という言葉を口にしたところで、自分自身の発言を信じる事ができないのであれば「信じる事ができない」と同義である。

「という事は、俺の事も信じられないってか?」

「もしかしたら、な」

「ははっ! いいねぇ! 変なところではっきり言いやがる! やっぱ優はおもしれぇ。俺はそういう細けぇ事はよく分かんねぇけどよ。大いに悩め、若者よ!」

 若者って……、同い年だろ。それに面白いのは涼太の方だ。普通なら、面と向かって「信じてないかも」等と言われたら、相手(僕)の事を嫌いになってもおかしくは無いのに。彼はそれを笑って弾き飛ばす。

 まぁ僕も彼の性格をそれなりに分かっているからこその発言なのだけれど。彼以外の人に対してだったら、きっと言い方を変えるか誤魔化すか……、そんな態度を取っていただろう。

 何はともあれ、確実に言えるのは、僕は人間不信の根暗野郎という事だ。涼太だろうが、家族だろうが、この世の中には一人として、僕が完璧に信じる事が出来る相手は存在しない。というか、完璧に信じきる事ができる相手がいる、という人間はこの世に存在するのだろうか? そんな事ができる人がいるとしたら、純粋を極めた人間か、神か天使、または根っからのお馬鹿さんだと、僕は思う。もし、そんな人が存在するとしたら、その人の爪の垢を煎じて飲ませて頂きたい。そうすれば、この捻くれた性格も少しは直線に近づくのではなかろうか。


 あれやこれやと考えているうちに、体育館に着いてしまった。

「着いたぜー。お、今日は結構人がいるみたいだな」

 涼太は、駐車場に止めてある車の数を数えながら言う。

「他の人達も、仲の良い友達連れて来たり、嫁さんを連れて来たり、緩くやってるところだから安心しな。それに、大体は社会人だから、仕事の関係で遅くに来る人もいれば、来れないって人もいる。だもんで、人が集まらない時はホント少ないんだぜ。でも、今日は割かし人もいるし、いろんな人と打てそうだな」

 楽しそうに、明るく話す涼太とは反対に、僕はどんどん気が重くなる。あぁ、何でこんな約束をしてしまったのだろうか。

「ほれ、早く行くぞ」

 荷物を持って、体育館の入り口へと足を進める。汗が滲み出て、心拍数が上がる。足が重い。涼太の歩みが早く感じる。

 入り口には多くの靴が並んでいた。中には雑に脱ぎっ放しの靴があったり、好みが丸出しの派手な靴があったり、「本当に色々な人がいるんだなぁ」という感想を抱いた。様々な人がいて、その人達とどう接したものか、等と余計な心配をする僕。ここに来て、「やっぱり人の多いところは苦手だ」と改めて思う。

 あー……。まずは何て挨拶すればいいんだろう? と考えながら涼太の後に続いて体育館の中に入る。

「ちわーっす!」

僕は、突然大きな声で挨拶する涼太に驚いた。元気が良すぎるその声に反応した人達の視線が、一気にこちらに集中する。

「お疲れ。今日はいつもに増して遅かったね」

 四十……いや、三十代後半ぐらいか? その男性が涼太に声を掛けてきたので、一緒にいた僕も軽く会釈をした。

「いやー、すんません。今日は友達連れて来たんすよー」

 口では謝っているが、本当に申し訳無いと思って言っている感じではない涼太。それは、いつもの事だけれど。周りの様子から察するに、彼の遅刻というのは毎度の事のようだ。

「前から話してた、俺の同期のサシヅメっす」

 涼太に背中をバンッと叩かれて前に出た僕は、むせながら自己紹介をする。

「あ、えと……、差詰優って言います。よろしくお願いします」

「君が噂の差詰君だね。唯我君から話は聞いてるよ」

 背が高く、ひょろっとした体型。その所為か、長い手足が余計に長く見える。

 これだけリーチがあると、際どいところに打ち込んでも拾い返されてしまいそうだ……と、ふと昔の感覚で考えている自分がいた。

「僕はこのサークルの代表をやっている川本だ。よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「折角来てくれたんだ。早速準備をして打とうじゃないか。久し振りみたいだから、怪我には気を付けてね。僕達は先に打ってるから、準備が出来たら声を掛けてくれ」

 川本さんは微笑んで、優しく言ってくれた。そのままラケットを手にし、コートへ向かって行く。

 僕と涼太は体育館の隅に荷物を置き、準備運動を始めた。

「涼太さ。お前っていつも遅刻してるのか?」

「十分、二十分なんて、俺の中では遅刻とは認めん」

「いや、涼太の基準の問題ではなくて……。って、堂々と言うとこじゃないだろ」

 この調子じゃあ、恵ちゃんとも喧嘩になるわな。と、心の中で呟いた。

「ま、みんな社会人だからな。仕事優先って考えれば、そりゃあ融通も利くさ。来るも来ないも遅れるも、その人次第ってね」

 「社会人だからこそ」ではないのか、と思ったが、そんな事を言えばまた涼太に「オカタイ」等と言われてしまうだろう。という訳で、黙って聞き流した。

「優~! 早く打とうぜー」

「涼太はちゃんとストレッチしたのかよ」

「したした! ソッコー終わらせた! それに俺、バドやってて怪我した事ねーし」

 そういう問題では……と思ったが、確かに涼太が怪我をしたところは見た事が無い。しかし、彼も僕も、中学校や高校の頃とは違う。体力も、体調も。それに僕なんて、六年というブランクがある。それこそ気を付けなければならない。彼の心配より自分の心配だ。社会人の〝緩い〟サークルとは言え、何が起こるか分からない。やってるうちに本気になっちゃう事もあるかもしれないし。

 入念にストレッチをしている心配性な僕を傍目に、彼は早く打ちたいという様子でラケットを軽く振っている。もう準備万端という感じだ。僕もそろそろいいか、とラケットを手にする。素振りをしてみると、何だか懐かしく、部活の思い出が甦ってきそうな気がした。

「うっし、じゃあ打ってみるか」

 そう言って、涼太は体育館の空いているところに僕を引き連れ、「いいか?」と声を掛けた。僕が頷くと、彼は手に持っていたシャトルをラケットで高く打ち上げる。丁度、僕の頭上に落ちてきたシャトルを、僕も涼太に向かって、高く打ち返す。その時の、〝パンッ〟という僕がシャトルを弾いた音は、彼が打った時よりも濁って聞こえた。

「おっ。六年振りにしては良いんじゃねぇの?」

「何言ってるんだよ。全然駄目だろ」

「俺が想像してたのよりは、って話だよ。これなら十分だ」

 暫く打ち合ってから、涼太は「あそこでやろうぜ」と空いているコートを指差して言った。

 このコートの広さも、ネットの高さも、全てが懐かしく感じられる。

 ネット越しでの打ち合い。徐々にシャトルを落とすポイントをずらしていく。ネット際。ライン際。コート全面を広く使って打ち合う。

 僕はすぐに息が上がり、酷く汗をかいている。涼太はというと……、汗一つかいていない、というのは大袈裟だが、そのぐらい涼しげなままである。全く、爽やかで、イケメンで。程々にしてほしいものだ。羨ましい。

「ちょっ……、ちょっと待ってくれ。流石に、久しぶりでこれだけ動くと……」

 もう動けない。息切れも激しい。ちょっと休まないと、体がもたない。

「おいおい、まだアップしただけだぞ? まぁいいや。ちょっと休んだら、もう一回な。今度はちゃんとしたゲームで」

 にっ、と無駄に爽やかな笑顔を向け、彼は皆のところへ駆けて行った。

「準備終わりましたー!」

 今ので準備か。僕にとっては試合後の気分だ。

 涼太の声に反応した川本さんが「こっちに入ってくれ」と言った。すると周りが騒がしくなる。「唯我君は私とペアなの」とか「川本さんと交代なら僕の方だろ」とか、涼太の取り合いだ。何処に行っても人気者なんだな、と改めて思った。

 昔から、人当たりが良く、明るくて、誰とでも隔てなく仲良くできる彼は、皆に好かれる。天性の女誑し、もとい、人誑しである。僕も彼にたぶらかされた一人であるが、別に彼の事を悪く言うつもりではないし、彼も悪気があってやっている事では無いので悪しからず。というか、悪い事は何一つしていない。単なる言葉の彩、というものである。それと、ほんの少しの妬みの気持ちからか……。

 僕は荷物を置いた場所に戻り、タオルとドリンクを取り出す。汗を拭い、喉を潤し、その場に腰を下ろすと、涼太と交代した川本さんが僕の隣にやってきた。

「どうだい? 久しぶりのバドミントンは」

「全然駄目です。体は動かないし、すぐに息も上がっちゃって。覚悟はしていたんですけど」

「ははっ。唯我君から聞いていたけど、差詰君は本当に真面目なんだね。〝覚悟〟だなんて、そんなに重く捉えなくていいんだよ。見てご覧よ」

 そう言って、川本さんは皆の方を見るように促す。

「皆、楽しそうに打っているだろう? 殆どが社会人のメンバーでやってるこのサークルは、気晴らしに楽しんで活動する事を方針としてやっているんだ。大会に出たいとか、試合がしたいという人は有志でやっているみたいだけれど。あ、僕はここだけでしかやってないよ。もう体もガタガタだし」

 笑いながら話す川本さんに、僕は質問した。

「あの……。涼太はここでも、いつもあんな感じなんですか?」

 皆の中で暴れ回る涼太。やはりこの中では群を抜いて上手いし、運動量もある。その為、無駄に動き回っているように見えなくもない。そして……、声がデカい。必要以上に騒ぎ過ぎだろう。

「唯我君? そうだね、彼はいつもあんな感じで元気良くやってるよ。一番のムードメーカーだね。彼のお蔭でサークルの雰囲気が一層良くなった感じはあるかな。でも、たまに憂さ晴らしみたいに思い切りやる時もあるんだけど、その時の彼には誰も相手にならなくてね」

 ふふっ、と落ち着いた笑いをする川本さん。僕達と違って、凄く大人な人だ。

「大体そういう時っていうのは、差詰君に振られた時らしいんだけど」

「え? 僕に、ですか?」

「唯我君にしつこく誘われてたみたいだね。〝また振られたんすよー〟とか言って、落ち込んで現れてさ。それで、ここで発散させて帰って行くんだよ」

 迷惑な奴め。それって、何だか僕の所為みたいじゃないか。サークルの皆に八つ当たりなんて……。

「そんな彼を見てるのも面白くてね」

「え?」

「いや、唯我君はあんな性格だろう? 皆、彼をからかうのが面白いみたいでさ。別にそれで、サークルの雰囲気が悪くなる訳でもないし。逆に盛り上がっちゃうくらいだよ」

「そうですか。皆さん、気の良い人達で助かります。涼太が面倒臭い奴だって思われてるんじゃないかって心配だったんですけど。何より代表の方……、川本さんがそう言ってくれて気が楽になりました」

「ははっ。差詰君は、彼の保護者みたいだねぇ。ま、皆、基本的には気の良い人達だから、安心して打ってくと良いよ」

「はい。ありがとうございます」

 なんて大人で優しい人なんだろう。僕もこんな大人になりたい。

「おーい! 優! 休憩はもういいだろー? 早く打とうぜー」

 川本さんに惚れ惚れし、安堵感に包まれていた時間は涼太の大声でぶち壊された。

「折角だ。皆と楽しく打っておいで。無理せずにね」

「は、はい」

 ポン、と肩を叩かれ、僕は立ち上がる。そしてラケットを手にし、涼太達がいるところに駆け寄って行くと、皆が僕に視線を向けた。

「あ、あの。今日は、よろしくお願いします。涼太の友人の」

「差詰君、でしょ?」

「……え? あ、はい」

「唯我から散々聞かされてたからさ。差詰優君、だっけ? 来るの楽しみにしてたんだよ」

「ホント。誘ってみたって話があってからも全然来なかったし。それを唯我君が、〝彼女に振られるよりも凹む〟とか言ってたしね」

 ……それ、恵ちゃんの前では言うなよ。

「いやー。ホントに優が来てくれて嬉しいんすよー。これで今日の俺はテンションMAXっす!」

 こいつ……、今まで以上にテンションが上がるのか?

「全くよー。学生の頃は両想いだったのに。なぁ、優」

「……涼太。誤解を招くような発言はよせ」

 皆は笑っているが、僕は反応に困る。

「優は、ちょっと無愛想で口数が少ないんですけど、絡むと面白いんで、どんどん構ってやって下さい」

 勝手な事を言いやがって。気を遣っているのか、からかっているのか……。彼の言動は本当に読めない。

「取り敢えず、〝百聞は一打に如かず〟っす! やりましょう!」

 それを言うなら、〝百聞は一見に如かず〟だろう。本当にバドミントン馬鹿だな。〝一打〟で何が分かるんだか。技術ならともかく、性格までは分からないだろうに。涼太の事だから、ただ単に難しそうな言葉を使ってみたかっただけだと思うけれど。


 ……こんなにも疲れるとは思わなかった。

 明日、ちゃんと起きられるのだろうか?

 帰りも涼太の車で家まで送ってもらった。

 家に着いて、さっと風呂に入って汗を洗い流す。今日は晩ご飯を食べる体力も気力も無い。〝疲れ果てる〟とはまさにこのことか、と体感したのであった。

 ベッドに横になっていると、このまま眠りに落ちそうだ。

 それにしても、今日は思いの外、楽しかったな。涼太に釣られてか、周囲の雰囲気に呑まれてか。僕らしくもなくはしゃいでしまった。川本さんも、「唯我君がいつも以上に暴れ回っていた」と言っていた。久し振りのバドミントンで、いつも以上に高くなっていた彼のテンションに合わせてしまえば、それは疲れるだろう。

 涼太はともかく、川本さんを初め、皆さんの「また来てね」という優しい声掛けに心が揺らいだ。また行ってみてもいいかも、と思う自分がいた

 その事を早速、純に報告する。

『今日は友達とバドミントンに行ってきた。正直、面倒臭いと思ってたけど、行ってみたら案外楽しかった。また行ってみようか悩み中』

 本日の報告終了。

 その後すぐにメールを受信した気もするが、それを確認する前に僕の意識は飛んだ。


 朝が冷え込むようになってきた。寒さで目が覚めた。

 昨晩、ご飯を食べずに寝てしまっただけあって、流石にお腹が減っている。今朝は空腹の為か、目がパッチリとスムーズに開いた。「さて」と、ベッドから起き上がろうとして、動きを止めた。「止めた」というよりかは「止まった」と言った方がいいのか。

 ……痛い。

 昨日のバドミントンのお蔭で、全身が筋肉痛に見舞われていた。

 家に帰ってきてからも、ちゃんとストレッチしておけば良かったと後悔。筋肉痛と疲労感で動きたくないと思ったが、ここは何とか気合いを入れて起き上がらねば。二度寝したら、それこそアウトだ。

 昨晩、仕事から帰ってきてすぐに出かけた事。今朝の、筋肉痛を庇っての妙な体の動かし方。それについて母が不思議に思ったらしく、母は僕に尋ねる。僕は昨日、涼太に連れて行かれたバドミントンの話をした。

 驚いていた。

 それもそうか。六年もスポーツから遠ざかっていて、急にまた始めたと言うのだから。そして母は「良かったじゃない」と、久し振りに嬉しそうな、穏やかな表情で僕に言った。こんな母の顔を見るのはいつ振りだろう。引きこもりがちで、なかなか家族とも顔を向き合わせて話をしないから、こんな表情の豊かな母を見て、懐かしいというか新鮮というか……、不思議な気持ちになった。「何処か安心した」とか、「何故か嬉しかった」とか、そんな気持ちに。

 それでも一応、釘は刺しておいた。「まだ、続けるかどうかは決めてないけどね」と。すると母は「続ける続けないは別として、そのお友達を大切にしなさい。そこまで構ってくれるお友達なんて、なかなか貴重よ」と笑いながら言った。

確かに、構ってくれてはいるが……。時々、鬱陶しく感じるんだよなぁ。

「ごちそうさま」

 食器を台所まで持って行って、水に浸しておく。最後に母がまとめて洗ってくれるので。

 部屋へ戻る時、父と擦れ違った。「おはよう」という挨拶のみ。

 僕が洗面所で歯を磨いていると、珍しく、父と母が楽しげに話している声が聞こえた。内容は良く聞こえなかったが、要所要所を注意して聞くと、僕の話だという察しはついた。さっき、僕が母に話した事を、今度は母が父に話しているのだろう。まぁ仲良くやっているのなら、それに越した事はない。


 自分の部屋に戻って仕事へ向かう準備をする。

 まだ時間があったので、ケータイを確認すると、純からメールが来ていた。丁度、僕が昨日寝付いた頃の時間に受信している。気の所為ではなかった。

『良かったじゃない。楽しい事なら続けてみたら? 私の方は、特に面白いと思う出来事は無いけれど』

 寂しいのか、構ってほしいのか、そんな雰囲気を漂わせる文面だ。

 少し罪悪感を覚えた。僕だけが、楽しい事をしているみたいで。自己満足の自慢話。それだけで終わらせたくはない。断られる事を覚悟して、僕は彼女へメールを打った。

『純は、暇な日は無い? ドライブしよう。時期的に、紅葉が良い感じかもしれないし』

 友人もロクに誘わない僕が、女の子を誘っている。別に、付き合ってもいないし、デートという訳でもないのだけれど。〝異性と出掛ける〟となると……。

 メールを送ってしまったが、よく考えると恥ずかしい。後悔先に立たず、である。


「いいんじゃねぇの?」

 純をドライブに誘った事を相談したら、涼太はそう言った。

「優はさ、そういう経験もいっぱいした方がいいと思うんだよな、うん」

 何となく偉そうに聞こえる。確かに、恋愛経験においては彼の方が先輩だが。

「まだ返事は来てないんだけどね」

 休憩室でのやり取り。僕と涼太は持ち場が違う為、職場にいる時は昼休憩ぐらいしか話ができない。

 いつもと変わらず、僕は母が作ってくれた弁当を、涼太はコンビニで買ったと思われるパンやおにぎりを食べている。食べながら話をし、その間も僕は、返信が来ないかとケータイを気にしていた。ケータイ不精の僕が、最近ではやたらと気にするようになっている。

「お。どうした、差詰」

 僕がケータイを手にしていると、背後から先輩が声を掛けてきた。

「最近お前、ケータイをいじってる事が多いな。彼女でもできたか?」

 にやにやと、いやらしく質問をしてくる。不快だ。

 それにしても良く観察しているんだな。誰にも相手してもらえなくて暇なのだろうか? と言っても、僕も、まともに相手にしてもらえるのは涼太ぐらいなもので、人の事は何も言えない。

「いえ、そんなんじゃないです」

「そうか。お前もそろそろ唯我みたいに彼女作った方がいいんじゃないか? なんなら俺が紹介してやろうか?」

 ちょっと待て。独身のおっさんが何を言う。そして先輩の紹介って、いくつ年上だよ。そもそもこの人には女性の知り合いとかいるのか?

 様々な疑問が沸いてきてしまったが、取り敢えず誤魔化す事に徹する。

「今はバドミントンに夢中なんで、まだそういうのは考えてないんです。さっきもその関係でメールしてただけですし」

 僕は密かに、涼太にアイコンタクトを送る。

「そーなんすよー。こいつ、俺がバドミントンに連れてったらハマっちゃったみたいで。今は女の子より、バドミントンにラブなんですよー」

 上手いなぁ。流石は数々の修羅場を潜り抜けてきた、恋愛の先輩だ。

「そうか。若いって良いな。でもな差詰、女は捕まえられる時に捕まえておかねぇと、気が付いた時にゃオッサンになってんだよ。出会いの可能性もどんどん減ってくんだぜ。んで、俺みてぇな独身生活を送る訳よ」

 それは嫌だな。

 そう思った感じが表情に表れてしまったかもしれないが、一通り話し終えて満足した先輩は、僕の事は気にする様子も無く、笑いながら去って行った。

「優。お前、やたらと絡まれるな。あのオッサンに好かれてんじゃねぇ? もしくは似た者同士とか」

「やめろ」

 不愉快だ。

「それで、昨日はどうだった? 楽しかったか?」

 ……彼と一緒にいると、話題の切り替えが本当に大変であることを痛感する。

「まぁ、思いの外、楽しかったな。皆、良い人達でやりやすかったし。筋肉痛が酷いけど」

「筋肉痛なんか、続けてればそれなりに慣れてくるさ」

「後は……、自分の動けなさ具合に凹んだってとこかな」

「優ならすぐに昔の感覚を取り戻せるって! 俺が保証してやる!」

 涼太が言う〝保証〟は当てにならない。これまでも何度騙された事か。

「ちなみに、昨日行ったサークルは週に一回やってて、俺は他のとこにも行ってるから週三回ぐらいは打ってるから。優も、そっちの方も一緒に行こうぜ」

「無茶言うな! 初っ端からお前のペースについてけるか!」

「わかったよ。じゃあしばらくは週一だな」

 しょんぼりと肩を落とす涼太に、少し申し訳無い気持ちを持ちつつ返事をする。

「まぁ、それなら何とか……」

 その言葉を聞いた彼は、突然テンションが上がる。

「やりぃ! やっとバドを続ける気になったんだな! じゃあ今度、シューズとか見に行こうぜ。俺のはボロボロになってきたし、お前のだって、昔の古いやつだろ? それに優のラケットもガット張り替えてもらわなきゃだし……」

「わかった! わかったから一気にしゃべるな!」

 しょんぼりした涼太をフォローなんてするんじゃなかった。彼はすぐ立ち直る奴……というか、切り替えが早い奴なんて事は知っているはずなのに、ついつい乗せられてしまう。狙ってか狙わないでか、涼太は感情の起伏が激しい。本人は気にしてもいないであろう時にフォローしてしまうと、急に調子に乗って元気になり過ぎてしまう。

 こういう時に、僕の駄目なところも露呈する。

 自分というものが無いから、すぐに相手のペースに呑まれて流されてしまうのだ。心の底から本当に嫌だと思う事なら踏ん張れるかもしれないが、そうでもなければどうでも良い。流されて生きる事も悪い事ではないと思う。だが、その考えがどうも、受け身過ぎて駄目らしい。もっと自分というものを持って、〝肉食系男子〟とまではいかなくとも、〝ロールキャベツ男子〟(草食系動物のような弱そうな男に見せかけて、実は肉食系動物のような強さを持った男)ぐらいにはなった方が良いのではないか、と言われることがある。

 そうなる気は無いけれど。頑張ったところでなれるとも思えないし。

 それはさておき。

嬉しそうにしている涼太の相手をしながら、またもやケータイを気にしていた。返事はまだ来ない。もう一度メールを送ろうか迷った。朝のメールの延長ではなく、『バドを続ける事にした』という別の話を。

 躊躇っていたその時。ケータイが震え、メールを受信した。純からである。その内容を見て、一気に緊張が走った。

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