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Replica  作者: 根岸重玄
加速停止編
96/286

静かなる取引

 ?年?月?日??時??分


 『仲介屋』が席を立ち、扉に手をかけた瞬間だった。


「……待て」


 短く、冷たい声が空間を割った。

 呼び止めたのは、『殺し屋』だった。

 『仲介屋』は足を止めたが、振り返らない。

 ただ、静かに動きを止めるだけだ。


「報酬が残っている。……処理していこうか」


 『殺し屋』は、抑揚のない声で続けた。

 『仲介屋』は応えることなく、右手をかざす。


 掌の上に淡く揺らめく光。

 ――先ほど『復讐屋』から受け取った『鍵』から、盤上顕現一回分だけを切り出したものだった。

 それを指先で弾く。

 光の断片は静かに飛び、『殺し屋』の足元に落ちた。

 同時に、一枚の紙片がふわりと宙を舞う。


 契約書。


 拾い上げた『殺し屋』は目を通す。

 そこに記されていた文言は簡潔だった。


『仲介屋は、故意において殺し屋の行動に関与しない。

 ただし、偶発的干渉はこの限りではない。』


「……悪くない取り決めだ」


 ぼそりと呟き、ポケットから細いペンを取り出す。

 躊躇うことなく署名を済ませると、それ以上何も言わず契約書を仕舞った。


 『仲介屋』は、それを確認することもなく、再び歩き出す。

 重い扉が、静かに、しかし確実に閉じられた。


 部屋には、重苦しい沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、『運び屋』だった。


「やぁ、『殺し屋』。彼はどうだった?」


 飄々とした声。

 軽い調子を装いながらも、その奥に潜む警戒心を隠しきれてはいない。

 『殺し屋』は、ちらりと『運び屋』を見た。


「……ドロップした君が、妙に熱心だな」


「まぁね。前にも言ったけど、暇なんだ」


 『殺し屋』はわずかに眉をひそめたが、それ以上何も言わなかった。


「それで、用件は?」

「うん、単純だよ。『仲介屋』から、どんな依頼を受けたのか、聞きたくてね」


 『殺し屋』は、わずかに間を置き、事務的に答える。


「口止めはされていない。話しても問題ない」

「そりゃ助かる」


 『運び屋』は椅子にもたれながら、にやりと笑う。

 『殺し屋』は淡々と続けた。


「対象は、盤上の存在。

 ジェーンを通して一度、

 さらに私自身が顕現して二度、襲撃を行った」


「ふーん、二重で、か。……ずいぶんと念が入ってるな」


 軽い声色を保ちながら、『運び屋』は腕を組んだ。


「それで、結果は?」

「生き延びた」

「それは、彼にとっては合格ってところかな」

「どうだろうな」


 『殺し屋』はふっと微笑んだが、それはどこか空虚な笑みだった。

 『運び屋』はさらにさりげなく踏み込む。


「ねぇ、そいつって――どんな奴だった? ざっくりでいいんだけどさ」


 『殺し屋』は一瞬だけ考えた素振りを見せたが、すぐに答えた。


「……未完成だ」

「ほう」

「だが――未完成であることと、取るに足らないことは違う」


 『殺し屋』の声は淡々としていたが、言葉には僅かな重みが滲んだ。


「未完成なまま、世界を変える。

 そんな可能性を秘めた存在も、世には稀にある」


 『運び屋』は、その言葉にわずかに目を細めた。

 だが、すぐに冗談めかして肩をすくめる。


「そいつは怖い話だ。

 爆発物を運ぶ趣味はないんだけどね、僕は」


「選べるなら、な」

「……だね」


 短い沈黙。

 互いに、それ以上の詮索はしなかった。

 踏み込めば、この均衡は崩れる。

 それを、二人ともよくわかっていた。

 やがて、『運び屋』が椅子を蹴って立ち上がる。


「ま、今日はこのへんで」


 『殺し屋』は何も言わなかった。

 『運び屋』は、リンゴの芯を弄びながら、扉へと歩いていく。

 その背中に、殺し屋の目は向かない。

 だが、空気だけが静かに震えていた。


 見えないものが、確実に動き始めていた。

 誰にも止められない、盤面の外側で。


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