沈黙の月、紡がれた言葉
2036年6月23日 深夜1時41分
《行き止まり》は、砕けた石畳に片膝をついていた。
拳の衝撃を受けた頬には、まだ痕がかすかに残っている。
しかしその表情に、怒りや悔しさの色はなかった。
「……なるほどな。やっぱ、止められねぇか」
呟くように笑い、彼はゆっくりと拳を下ろす。
「約束は守る。《流星》は自由にしていい。……そのための勝負だったからな」
天乃は静かに頷いた。
「礼は言わない。……お前が自分で決めた条件だ」
《行き止まり》は応じない。ただ一言だけ、短く返す。
「それでいい」
次の瞬間、その視線が御堂に向いた。
「……前より、いい目になってるぜ」
その言葉を最後に、彼は背を向ける。
重い足取り。だが、迷いはなかった。
その背中が、夜の帳に呑まれていく。
姿が完全に消えるまで、ふたりはただ沈黙の中に立ち尽くしていた。
やがて。
御堂が、小さな声で口を開いた。
「……あの、さ」
天乃がわずかに視線を向ける。
「その……さっきの詠唱、あれは、なんというか……魔力の流れを……その……最適化するための……なんというか、あの、効率重視で、別に深い意味とかは……!」
その必死な弁明を、天乃は無表情で聞いていたが、目を細めるようにして言った。
「……そっか」
「そ、そっかって何よ。そういうもんなの!」
「別に、否定してないだろ」
「してないけど、してるじゃない……!」
御堂は顔を紅潮させて、そっぽを向いた。
その反応に、天乃は軽くため息をつく。
「……言っとくけど、俺も別に、気にしてないから」
「そ、そう……? じゃあ、よかった」
「ああ」
沈黙が訪れる。
先ほどまで命を懸けた戦闘をしていたとは思えないほどの、間の悪さがあった。
「……帰ろうか」
「そうね……」
会話は途切れ、視線も交わらないまま、ふたりは夜の広場を後にする。
互いのあいだには、数歩ぶんの距離があった。
気まずさとも、心地悪さとも言い切れない、奇妙な沈黙。
だが、それは不思議と否定すべきものではなかった。
その途中。
御堂がふと歩みを緩め、ぽつりと呟く。
「……ありがと」
背を向けたまま、かすかな声。
けれど、その言葉は確かに届いた。
天乃は立ち止まらず、振り返りもせず、短く返す。
「……ああ」
上空には、厚い雲を透かして鈍い月が浮かんでいた。
夏の夜風が静かに吹き抜け、ふたりの距離を、そっと揺らしていく。




