交錯する願いと加速する一撃
2036年6月23日 深夜1時32分
御堂が現場へ辿り着いた瞬間、夜気を割いて重く荘厳な詠唱が響いた。
「“……終焉の幕はもう下りない、此処が終点――《行き止まり》”」
空気の密度が変わる。
空間が粘性を帯び、動きを拒絶する圧が肌にまとわりつく。
その中心に立つ天乃慎。
その動きは明らかに鈍化していた。
(……天乃?)
御堂の胸に走ったのは、ただの恐怖ではなかった。
崩れているのは肉体ではない。今にも折れそうな意志――彼の精神そのものだった。
(やだ……いや、やめて……そんな顔しないで……)
もし、その表情が最後のものになるとしたら。
その想像が、胸の奥を強く締めつける。
(私……あいつが、いなくなるのが怖い……)
それが何を意味するか。今ならはっきり分かる。
(……私、あの人のこと……)
《行き止まり》》が間合いを詰める。
魔力を拳へ集中させ、ゆっくりと、だが確実に殺到する。
御堂の脚が反射で動いた。
「やめてっ……!!」
声より先に、身体が走り出していた。
わかっていた。間に合わない。
けれど、それでも。
あのとき天乃に作用しなかった《拒絶の場》――
あれは、彼を拒むどころか引き寄せてしまった。
ならば。
今度は意図的に、それを発動させる。
御堂は魔力に呼びかけるように、静かに詠唱を紡ぐ。
「“……ただの一つも抱けぬ我が身でも、取りこぼせないものがここにある……”
“私はあなたを拒まない。だからあなたも受け入れて”
“もし許されるなら、触れ合いたい。私の願いは、一つだけ――”」
魔力が脈打つ。
空間のベクトルが反転し、天乃の身体が強制的に引き寄せられていく。
《行き止まり》》の拳が振り下ろされる、寸前。
拳は、空を裂いただけだった。
「……ッ!」
予期しない軌道の逸れに、《行き止まり》》の表情が微かに揺れる。
次の瞬間――
御堂が、天乃の背にしがみついた。
指先が、彼の服を強く握る。
「……お願い……届いて……!」
その手が、彼の背を通じて魔力を流し込む。
全身を貫くような疾走感。
魔術が、発動する。
《加速砲撃》。
それは、彼女の主力攻撃魔術《流星》の簡略型。
射出された拳や弾体に対し、魔力で形成された加速レールを構築し、進行方向に沿って対象を“持続加速”させる魔術である。
すなわち、《減速領域》による減速を上回る速度で加速させことができたなら――
御堂の魔力がそれを起動させた瞬間――
天乃の拳は見えない軌道に沿って引き出されるように加速する。
「《加速砲撃》!」
空気が断裂する音が響いた。
魔力の“レール”に沿って、拳が目視不能の速度で《行き止まり》》へ突き進む。
直前、ふたりの視線が交差する。
《行き止まり》》が、低く呟く。
「見せてみろよ。“進む力”ってやつを――!」
拳が光を帯びる。熱が生まれる。
「――だったら、そこで“止まって”見てやがれ!」
拳が直線を描き、速度と質量をもって意志の壁を撃ち抜いた。
「ぐッ……!」
打撃音とともに、《行き止まり》》の身体が宙へと跳ね飛ばされる。
重力に引き戻されるように、背中から地面へ叩きつけられた。
風が止む。
魔力の流れが沈黙する。
拳を下ろし、天乃は深く息を吐く。
その背中には、御堂の手が震えながらしがみついていた。
「……届いた、よね……?」
返事はない。だが、天乃の肩が静かに弛緩する。
戦いは、終わった。
夜がようやく、本来の静けさを取り戻していた。




