遠因
2036年6月6日午前11時32分
「天乃!? 無事!?」
水無月が飛翔しながら立ち尽くす天乃の元へ戻ってくる。
そのまま着地し,天乃に駆け寄る。
「……あぁ,水無月か。
偽間森なら逃げたよ。ただ,よく,わからん」
「どういうこと? どこか痛むの?」
水無月は心配そうな表情で天乃に問い掛ける。
「そうじゃない。
……なぁ,オレはいったい何者なんだ?
どうして命を狙われた?
どうして魔力の流れが見える?」
天乃は茫然とした様子で水無月に呟くように問い掛ける。
いや,天乃は疑問を噴出しているだけで答えは求めていなかったのかもしれない。
それでも,水無月は律儀に答えを返す。
「知らないわよ,そんなの。
それはアンタに心当たりがあるんじゃないの?」
「オレは記憶喪失なんだ。5月28日以前の記憶がない」
「そ,そうなんだ。なんか,ゴメン」
「いや,オレこそ。今のは八つ当たりだった」
天乃は仕切り直すように咳払いすると,改めて1つの疑問を水無月に問う。
「どうして……水無月の命令あそこまでの力が出せたんだ?
ほとんど無意識だった。
気づいたら甲冑の頭部が飛んでいて……敵は撤退していった。
あれほどの威力が出る蹴りを入れたってのに,反動は全くなかった。
足だって全く痛くない。痣一つない。
どうなってるかわかるか?」
「その……詳しくは知らないんだけど,そうゆう体質があるの。
アタシの命令が過剰に効く体質。
過去に1人だけ会ったことがあるわ。
実はね,最初から妙だなって思ってたの。
平伏せって命令でアンタはものすごい勢いで地面に叩きつけられたでしょ。
それなのにアンタはあっさり立ち上がったじゃない?」
「……確かに,衝撃はあったが,そこまでの痛みはなかった」
「アタシの術式はあくまで命令を出すだけ。
そりゃあ,ちょっとは運動性能が上がるわよ?
それでもね。人を1人抱えたままマンションを片手で登るなんて芸当は,普通できないわよ」
「じゃあ,あの時からオレの異常性には気づいていたのか」
「異常性じゃなくて特殊性。
たまたまアタシの術式と相性がいいという特殊性よ。
勘違いしないように」
「ん? 待てよ?
オレの特殊性とやらに気付いていたなら,なんであのときオレの案を蹴ったんだ?」
「この屋上での話?
あのときもゆったでしょ? 根拠が曖昧だからよ。
謎の特異体質ってゆってもその根拠は不明のまま。
どの程度強化されるかもわからない。
そんなものに命はかけられないわ」
「それもそうか」
「アンタが異常なのはむしろ魔眼の方でしょ?
魔術を使えないくせにそんなものを持ってるとか」
「それも気になるところだが,如何せん詳しい情報がない」
「まぁ,気にしないことね。それより早くこの《結界》から出ましょ」
水無月は偽間森が明けた扉から外に出ようとする。
「待ってくれ。もう1つ気になることがある。
オマエはなぜここに来た?
オマエが来なければオレはここで殺されていただろう。
正直,今までは大して気にしなかったが,ここにくると,大きな疑問だ」
「え? アタシは,誰かの魔術にかかって。
……無意識に。
気づいたらアンタらが目の前にいて……」
「それがおかしいと言っている。
正直,偽間森の偽装魔術は魔力の流れが見えるオレでも看破できなかった。それほど高度なものだ。
それをあっさり看破できる程に抗魔力が高いオマエにそんなことができるのは誰だ」
「それはっ,わかんないけど……」
「本当にわからないのか?
わからないなら教えてやるよ,オマエだ」
そういって天乃は水無月を指さす。
「え? アタシ?」
「違う。オマエだ。会話はできないのか?
見ていて気味が悪いんだよ,食人鬼。
命令しろ,水無月! 何とかしろってな」
「ぇ? ぁ――」
水無月が意識を失い,膝を折り前のめりに倒れる。
「水無月!?」
天乃が急いで駆け寄ろうとしたとき,その声は聞こえてきた。
「安心せい。ちぃと気絶させただけやさかい」
「なっ!」
「アンさんが呼びかけたんやろ? このままやと,ちぃと話し辛いか」
そういうと,水無月の上着の背中部分が大きく隆起する。
まるで手品を見ているようだった。
そのまま上着が取り払われると,そこには着物姿の中年の男が水無月を踏みつけるように立っていた。
「これで,話易なったかな? 少年」
「とりあえず,その足をどけろよ,中年」




