最後の復讐
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その部屋に、不意にその男は現れた。
身体にフィットしたウエスタンシャツにタイトなジーンズ、膝下丈のブーツをはき、首にはネッカチーフ、つばの広い帽子を目深にかぶったその姿は、さながら西部劇から抜け出してきたカウボーイのようである。
惜しむらくは、その男が腰のホルスターに銃を差していなかったことと、まったく覇気のないその表情であろうか。
男は、ゆっくりと周囲を見渡し、壁際で突っ立っていた白のタンクトップにジーパンの小太りの男――『運び屋』に声をかける。
「やあ、久しぶり。かれこれ――50年ぶり? くらい? か?」
「驚いたな。『復讐屋』じゃないか」
目を見開いて驚く『運び屋』を尻目に、『復讐屋』と呼ばれた男は、その部屋の中央にある大きな円卓の椅子に腰かける。
その円卓の椅子には、既に1人が腰かけていた。
それは、一つの影のようでもあった。全身を黒いローブで覆い、その体形や性別すらも完全に隠匿していたのだ。
それは、『復讐屋』が部屋を訪れても反応を示さず、フードで覆った目線をじっと円卓の方に向け、全く動こうとはしなかった。
「なぁ、『運び屋』。こんなプレイヤーいたかな? 見覚えがないんだが。ローブのせいかな?」
「それは、『仲介屋』だよ」
ローブの中の顔を覗き込もうと奮闘していた『復讐屋』に『運び屋』は返事をする。
「へえ、こいつが。ふむ。俺の記憶だと、『仲介屋』は快活な女性だったはずなんだが」
「代替わりしたのさ。それは三代目だよ」
「代替わり? はて? この世界においては、不老の我らにそのようなものが必要なのだろうか?」
「いろいろあったんだよ。君は、招集がかかっても来なかっただろう?」
「それをいわれると困るな。ところで、ここには2人だけか?」
「いや、『仕切屋』はいるだろうさ」
「当然、あの爺さんは抜きでの話さ」
「僕が知る限り、今は、『殺し屋』、『占い屋』、『金融屋』、『護り屋』の4人は確実にいる。あとは、いたりいなかったりだ」
「そうか。なら、最低でも半数はいるわけだ」
「そうなるかな」
「では、少しいいだろうか、『仕切屋』?」
『復讐屋』はそう言って、円卓のうち、最も意匠が凝った椅子に向きあい、その方向に声をかける。
「やあ、『復讐屋』くん。久しぶり――という挨拶が相応しいのかね? 私にとっては、さっきぶりさ」
その声が聞こえたと同時に、椅子にはスーツ姿の仮面の初老の男が座っていた。その男は、不意に現れたという感じではなく、強いて言うならば、ずっとそこにいたが、そのことに今更ながら皆が気付いたという感じであった。
「相変わらず元気そうな爺さんだよ、あんたは」
「再会を祝いたいところだが、まずは用件を聞こうじゃないか。私を呼んだんだ。ゲームの話だろう?」
「そうとも、俺もそろそろゲームに一枚噛んでおきたいと思っていたところでね」
「今更かい? っていうか、君、ゲーム開始直後にドロップしなかったっけ?」
そういって『復讐屋』に茶々を入れたのは、『運び屋』である。
「なあに、それはそれ、これはこれってね。人生、何を始めるにも今更ってこたぁない。大事なのは今からさ」
「そうとも。構わないじゃあないか。『仕切屋』としては、ゲームが盛り上がるに越したことはない。君だって、ドロップした後でもゲームとは無関係ではないだろう、『運び屋』くん」
「なにぃ!? お前もドロップしたのかよ!」
「まあね。途中で見事に八方塞がりになってね」
そういって、『運び屋』は苦笑いを浮かべる。
「それで、『復讐屋』くん? 君は、何を望むね」
「権利の譲渡さ。俺の持つ、プレイヤーとして行使可能だった権利を別のプレイヤーに譲りたい」
「うーん? ちょっとわからんのだがね。それは、どういう意味だい?」
『復讐屋』の提案を聞き、『仕切屋』は首を傾げる。
「なに、爺さんの言いたいことはわかる。無条件で特定のプレイヤーにのみ利するルールは、『仕切』の権能でも制定できない、だろ?」
「そうとも。何か対価がなくては。特に、その権利は君が既に放棄したものだ。厳密には既に君のものですらない。よって、仮に譲渡できるとしても、君には権利を渡す先を決める権限もない」
『仕切屋』は、当たり前のことを説くような口調で『復讐屋』に語り掛ける。それを聞いていた『復讐屋』も『仕切屋』のそのような反応は半ば予想通りであったことから、すぐに話を次に移す。
「ああ、そう来ると思ってたぜ。だからよう、俺はこの『復讐』の権能を使うことにした」
「同じことだ。権能もルール内の行動だ。それでは、ルールを曲げられない」
「だったら、ルールの範囲内で我を通す分には問題ないわけだろ? なぁ、爺さん?」
そういって、『復讐屋』は凄絶に笑う。そこには、先程までの覇気のない男はいなかった。
「俺はよお、爺さん。あんたには証人になってほしかっただけなのさ。俺の正当な『復讐』のなぁ」
『復讐屋』の笑みに本気を感じ取った『仕切屋』は、その言葉に頷く。
「ふむ。まあそれならよかろう、『復讐屋』くん。ルールの範囲内の行動ならば咎める理由はない。要は私が観察することで、ルールの範囲内の行動であることを公示したいのだろう? やってみたまえ」
「あっははははは。じゃあいくぜぇえ!!」
『復讐屋』は哄笑しながら大きく開いた手を円卓の卓上に向かって突き出す。そして、その手を円卓に翳した瞬間、その掌の下には鍵が1本出現していた。
「ああ、忌々しいぜ! 全部あいつの掌の上かよ!」
「おお、これは、かつての『復讐屋』くんの権利が可視化し、具現化したもの、だね。しかしなぜ? 彼はこれを放棄したはずなのに」
『復讐屋』が唸り、『仕切屋』が感心した声を出す。
『復讐屋』はそのまま鍵を拾い上げると、円卓に初めから座っていたローブ姿のプレイヤー――『仲介屋』に差しだす。
「これで、俺の勝ちだな。持っていけ、敗者にはお似合いだぞ」
「は?」
一部始終を傍で見ていた『運び屋』は予想外の展開に呆けた声を出す。
「これが俺の『復讐』だ。ざまあみろ」
「……」
『仲介屋』が無言で鍵を受け取ると、鍵が『仲介屋』の掌に吸い込まれるようにして消滅する。
「あとは、まあ、せいぜい頑張るこったな。あばよ、小僧」
『復讐屋』は来た時とは別人のように覇気のある声で『仲介屋』に言葉を告げると、そのまま部屋を去っていった。




