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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
73/286

《王の法》

 2036年6月7日午後5時26分


「《境界(きょうかい)書換(かきかえ)》だと?

 それがお前の『覚醒者(かくせいしゃ)』としての能力か?」

「そうだ、相庭(あいば)一臣(かずおみ)と『亡霊(ぼうれい)』の間にあった境界(きょうかい)は同化によって曖昧(あいまい)になっていた。だからこの境界(きょうかい)を完全なものとして書き換え、(きざ)み直した。

 これで同化はできなくなったな」

拍子抜(ひょうしぬ)けだ。

 仮に同化を(ふせ)いだとしても、我が《王の法》に(ほころ)びはないぞ。

 これだけで貴様を(ほふ)るには十分だ」

「だったら見てみるか?

 その拍子抜(ひょうしぬ)けする魔術まじゅつ一端(いったん)を」


 そういうと、天乃(あまの)魔眼(まがん)を見開く。

 地下室全体に広がる《王の法》の境界(きょうかい)がはっきりと見える。


(どうやら、完全に同化しきってない以上、この部屋へや一帯(いったい)に広げるのが精一杯(せいいっぱい)だったみたいだな)


 天乃(あまの)は、魔眼に映るその線のひとつに手を伸ばす。

 指先でそっとなぞるように――そして、意識して境界を()り替える。


「これで、仕舞(しま)いだ」

「何ッ!? 《王の法》の範囲(はんい)が俺の足元だけになった、だと!?」

「そうだ、オマエの術式の国境(はんい)をオレが書き換えた。

 その国境(こっきょう)は簡単には動かない。

 オマエがオレ達を分断するために用いた手法はここでは使えないからな。

 今のその国に、臣民(しんみん)はいない。王だけの国は、国として成立しない。

 つまり、王権に(ひも)づく“法”は――最早(もはや)機能(きのう)しない」


 これは英莉(えり)から説明を受けたことである。

 国という概念(がいねん)(もと)にする《王の法》は領域・主権・人民のいずれかを欠くと機能(きのう)不全(ふぜん)となるということである。


「バカな……《王の法》が機能(きのう)不全(ふぜん)だと!?

 どうなっている!!」

所詮(しょせん)、オマエは『亡霊(ぼうれい)』に取りつかれただけの人間だ。

超越者(ちょうえつしゃ)』を名乗るにはまだ早かったな」


 天乃(あまの)がそう告げたとき、地下室(ちかしつ)の扉が開く。

 現れたのは水無月(みなづき)である。


天乃(あまの)ッ!? なんでここに……」

「……水無月(みなづき)?」


 思いがけない再会に、両者は一瞬、硬直(こうちょく)する。

 だが、それ以上に驚愕(きょうがく)の表情を示していたのは相庭(あいば)であった。


「……翡翠(ひすい)? 誰だ、それは――うぅ、うあああああぁあぁ……っ!」


 突如として相庭(あいば)は苦しみだし、『亡霊(ぼうれい)』の魔力が溢れだす。


「何よこれ、一体、何が起きてるの!? あれは誰なの、天乃(あまの)ッ!」


 天乃(あまの)の魔眼には、相庭(あいば)の中にある『亡霊(ぼうれい)』の魔力が暴走し、天乃(あまの)が引いた《境界(きょうかい)》を乗り越えることなく相庭(あいば)の魔力を(つつ)み込んでいく様子が映っていた。


「混ざり合わずに(つつ)み込まれたッ」

「何が? 簡潔(かんけつ)に説明しなさい! アタシは何をすべき!?」

「地面に(たた)きつけろ!」

我、汝に伏臥を命ず(ブッ倒れろ)


 水無月(みなづき)躊躇(ちゅうちょ)なく《王宮(おうきゅう)勅令(ちょくれい)》による命令を下す。

 だが――(たお)れない。

 相庭(あいば)の身体は直立(ちょくりつ)したまま微動(びどう)だにしない。


「ダメッ! コイツ()いてない」


 そして、相庭(あいば)の口から、詠唱(えいしょう)(つむ)がれ始める。


「“法とは、人を()べ、国を(おさ)めるための定め(どうぐ)である”

 “だが、我が法は単なる言葉(どうぐ)(あら)ず”

 “我が法は無法(むほう)の大地に秩序(ちつじょ)()き、()まわしき盟神探湯(くがたち)すらも廃絶(はいぜつ)する”

 “故に、我が(ねがい)天上(てんじょう)の神々すら(かしず)かせ、(たから)かに(うた)い上げる――「我こそ法(なり)」と”

 “顕現(けんげん)せよ我が普遍(ふへん)なる秩序(ちつじょ)――《王の法(ルールメイカー)》”」


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