《王の法》
2036年6月7日午後5時26分
「《境界書換》だと?
それがお前の『覚醒者』としての能力か?」
「そうだ、相庭一臣と『亡霊』の間にあった境界は同化によって曖昧になっていた。だからこの境界を完全なものとして書き換え、刻み直した。
これで同化はできなくなったな」
「拍子抜けだ。
仮に同化を防いだとしても、我が《王の法》に綻びはないぞ。
これだけで貴様を屠るには十分だ」
「だったら見てみるか?
その拍子抜けする魔術の一端を」
そういうと、天乃は魔眼を見開く。
地下室全体に広がる《王の法》の境界がはっきりと見える。
(どうやら、完全に同化しきってない以上、この部屋一帯に広げるのが精一杯だったみたいだな)
天乃は、魔眼に映るその線のひとつに手を伸ばす。
指先でそっとなぞるように――そして、意識して境界を塗り替える。
「これで、仕舞いだ」
「何ッ!? 《王の法》の範囲が俺の足元だけになった、だと!?」
「そうだ、オマエの術式の国境をオレが書き換えた。
その国境は簡単には動かない。
オマエがオレ達を分断するために用いた手法はここでは使えないからな。
今のその国に、臣民はいない。王だけの国は、国として成立しない。
つまり、王権に紐づく“法”は――最早機能しない」
これは英莉から説明を受けたことである。
国という概念を基にする《王の法》は領域・主権・人民のいずれかを欠くと機能不全となるということである。
「バカな……《王の法》が機能不全だと!?
どうなっている!!」
「所詮、オマエは『亡霊』に取りつかれただけの人間だ。
『超越者』を名乗るにはまだ早かったな」
天乃がそう告げたとき、地下室の扉が開く。
現れたのは水無月である。
「天乃ッ!? なんでここに……」
「……水無月?」
思いがけない再会に、両者は一瞬、硬直する。
だが、それ以上に驚愕の表情を示していたのは相庭であった。
「……翡翠? 誰だ、それは――うぅ、うあああああぁあぁ……っ!」
突如として相庭は苦しみだし、『亡霊』の魔力が溢れだす。
「何よこれ、一体、何が起きてるの!? あれは誰なの、天乃ッ!」
天乃の魔眼には、相庭の中にある『亡霊』の魔力が暴走し、天乃が引いた《境界》を乗り越えることなく相庭の魔力を包み込んでいく様子が映っていた。
「混ざり合わずに包み込まれたッ」
「何が? 簡潔に説明しなさい! アタシは何をすべき!?」
「地面に叩きつけろ!」
「我、汝に伏臥を命ず」
水無月は躊躇なく《王宮勅令》による命令を下す。
だが――倒れない。
相庭の身体は直立したまま微動だにしない。
「ダメッ! コイツ聴いてない」
そして、相庭の口から、詠唱が紡がれ始める。
「“法とは、人を統べ、国を治めるための定めである”
“だが、我が法は単なる言葉に非ず”
“我が法は無法の大地に秩序を敷き、忌まわしき盟神探湯すらも廃絶する”
“故に、我が意は天上の神々すら傅かせ、寶かに謳い上げる――「我こそ法也」と”
“顕現せよ我が普遍なる秩序――《王の法》”」




