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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
65/286

嵐の足止め

 2036年6月7日午後5時6分


 間森(まもり)は、その“(あらし)”の中心に向かって自動(じどう)拳銃(けんじゅう)による銃弾(じゅうだん)を正確に打ち込んだ。

 銃弾(じゅうだん)(けもの)(むら)がる暴虐(ぼうぎゃく)の嵐の中心にいる男の(そく)頭部(とうぶ)に命中し、男の命脈(めいみゃく)確実(かくじつ)に絶った()()だった。しかし、次の瞬間(しゅんかん)には男に(むら)がる獣は錐揉(きりも)回転(かいてん)しながら(ちゅう)()い、壁や床や天井(てんじょう)に叩きつけられ、あるいは窓ガラスを突き(やぶ)って階下(かいか)に落下することでいずれも原形(げんけい)を失い、霧散(むさん)していく。


「くそッ、“不滅(ふめつ)英雄(えいゆう)”、ここにありってか」

「くッ、あっはっはっはっは。いやぁ久々(ひさびさ)銃弾(じゅうだん)の味は最高だったぜェ。こう、なんだか生きてるって感じがするよんだなァ。

 なァ、おい、聞ィィてるかよォ、()ァァ(もり)ィィィ!!」

「ありゃ、バレてらぁ」


 銃弾(じゅうだん)を受けた本人である伏見(ふしみ)は、血で()まる視界(しかい)(はし)遮蔽(しゃへい)へと逃れる間森(まもり)の影を確実にとらえていた。もっとも、伏見(ふしみ)には(すで)にその血は流れておらず、およそ無傷(むきず)と言って差し支えない姿(すがた)であったのだが。

 《正常稼動(オールグリーン)》――これこそが伏見(ふしみ)を“不滅(ふめつ)英雄(えいゆう)”に仕立て上げた固有魔導(こゆうまどう)の名である。身体(からだ)異常(いじょう)が生じた瞬間、()()()()()()()()()()回帰(かいき)するというとんでもない魔術である。この魔術の(さら)にとんでもないところは空腹(くうふく)尿意(にょうい)、はたまた老化(ろうか)といった本来(ほんらい)()けえぬ生理(せいり)作用(さよう)すら異常と認識(にんしき)されている点である。つまり伏見(ふしみ)理論上(りろんじょう)、体内に魔力の存在する限り、飲まず食わず、はたまた無呼吸(むこきゅう)でも活動(かつどう)できてしまうのである。おそらく、(かく)の炎や放射(ほうしゃ)(せん)による汚染(おせん)すら身体を正常に戻すことで乗り切ってしまうのだろう。

 それは敵陣(てきじん)ど真ん中に投下して放置(ほうち)するのが最適解(さいてきかい)などと(しょう)されるほどの性能(せいのう)をしている。

 ちなみに、例の通称(つうしょう)『人間辞めましたランキング』では堂々の殿堂(でんどう)()りである。緋澄(ひずみ)浅木(あさき)市内では実質(・・)1位と言われている要因(よういん)は主にこの伏見(ふしみ)の存在があるからに他ならない。

 それほどまでに伏見(ふしみ)の存在は固有魔導(こゆうまどう)の名とは裏腹(うらはら)に異常なのである。


(さぁて、どうする。獣はあと10体ほど、つまり一回の攻勢(こうせい)全滅(ぜんめつ)する。

 拳銃の弾数(だんすう)は30発もないくらいだが、ほぼ無意味。

 発煙弾(スモークグレネード)魔弾(まだん)は効くと信じたい。

 これで、5分もたすには……)


 間森(まもり)思考(しこう)(めぐ)らしている間にも事態(じたい)進行(しんこう)する。伏見(ふしみ)が群れる獣を無視(むし)して間森(まもり)の方向に直進(ちょくしん)を始め、排除(はいじょ)にかかる。

 それに気づいた間森(まもり)反射的(はんしゃてき)伏見(ふしみ)(ひざ)(ねら)って左右3発ずつ打ち込む。

 伏見(ふしみ)脚部(きゃくぶ)に命中した弾丸(だんがん)は狙い通り、伏見(ふしみ)転倒(てんとう)させかける。しかし、伏見(ふしみ)は非常に奇妙(きみょう)挙動(きょどう)前進(ぜんしん)敢行(かんこう)する。


「んなもんが、効くかよォォォ」


 なんと吹き飛びかけた脚を再生しながらそのまま器用(きよう)姿勢(しせい)維持(いじ)しつつ走っているのである。


「なんつう体幹(たいかん)、マジモンのバケモンかよ」


 伏見(ふしみ)挙動(きょどう)流石(さすが)予想外(よそうがい)であったが、伏見(ふしみ)結局(けっきょく)何かに激突(げきとつ)して転倒(てんとう)する羽目(はめ)になる。


「あァあああ!? んだよ、この見えねェ(かべ)みてェなもんは」

(これは、教授(きょうじゅ)の《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》か!? 助かったぜ)


 間森(まもり)早速(さっそく)発煙弾(スモークグレネード)の煙を用いて見えない壁の形状(けいじょう)位置(いち)把握(はあく)する。

 窓ガラスが割れていることから、煙はすぐに霧散(むさん)するが、煙の効かない獣の群れがそのまま一群(いちぐん)となって再び伏見(ふしみ)特攻(とっこう)仕掛(しか)ける。


「ウザッてェ」


 と思ったのも(つか)の間、伏見(ふしみ)先頭(せんとう)の獣の口に両手を突っ込むと力任(ちからまか)せに左右に引き()く。そのまま霧散(むさん)して消えゆきつつある獣の体を振り回し、2体を撃破(げきは)する。間森(まもり)(あわ)てて、発煙弾(スモークグレネード)援護(えんご)するが、後は(なぐ)()()む投げる()める(つぶ)()める頭突(ずつ)くといった暴力の応酬(おうしゅう)で獣はすべて霧散(むさん)する。


「いい運動になった」


 伏見(ふしみ)の体に(まと)わりついていた血がすべて消えていく。

 どうにも、伏見(ふしみ)は肉体の限界(げんかい)()えた暴力を振るうため、(きん)繊維(せんい)千切(ちぎ)れたり、内出血(ないしゅっけつ)が発生するのは(じょ)の口、内部から破裂(はれつ)する(いきお)いで(こぶし)を振り抜くことすらあるのだ。

 つまり、この血はすべて伏見(ふしみ)のものだったというわけである。

「《正常稼働(オールグリーン)》ってどこがだよ」

「俺は、きちっと正常に稼働(かどう)してるぜェ」

「やってることが猟奇的(りょうきてき)過ぎて異常(いじょう)なんだよッ!」

「さて、と」


 伏見(ふしみ)は見えない壁に()れ、調べるような素振(そぶ)りを見せる。


(こういうのは、調べたところでわっかんねェんだよなァ)

伏見(ふしみ)が止まった今がチャンスか)

「なぁ、伏見(ふしみ)先生さんよ」

「今は教師じゃねぇ、ただの伏見(ふしみ)だ」

(だが、照応型の類感(るいかん)魔術ならやることは、一つ)

狗飼(いぬかい)朱音(あかね)がここにはいないっつたら帰ってくれる?」

「あァ!? それを確認するのが仕事なんでなァ。

 代わりに、どこにいるって情報があればいいんだがよ」

「それはわかんねぇけど」

「あっそ、(はな)から期待(きたい)してねェよ」

「ところで、さっきからなにやってんの?」

「いや、この辺の(かべ)に穴を開けようと、な!!!」


 伏見(ふしみ)が大きく振りかぶった(こぶし)を割れた窓ガラスと別の窓ガラスの間の壁に突き入れる。伏見(ふしみ)の拳は(くだ)け、腕も骨が見えるくらい(きん)繊維(せんい)がはじけ飛んでいるが、それに見合った威力(いりょく)を叩き出したが(ごと)く、鉄筋(てっきん)コンクリートの壁がみしみしと音を立ててひしゃげている。


「それもう、一丁(いっちょう)ォォ!!」


 伏見(ふしみ)即座(そくざ)に再生した腕を振りかぶり、もう一度同じ箇所(かしょ)に拳を叩き込む。

 すると、壁が四散(しさん)するように(はじ)け飛び、窓ガラスがあった空間同士が(つな)がる。

 その瞬間、《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》による見えない壁も消滅(しょうめつ)する。

 三俣(みつまた)の持っていた見取り図と実際の研究所の間取(まど)りが変わったことにより、両者の照応(しょうおう)関係(かんけい)が途絶え、類感(るいかん)魔術(まじゅつ)である《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》が機能(きのう)しなくなったのである。


「ま、何事も根性(こんじょう)ってワケだ、若人(わこうど)よ」

勘弁(かんべん)してくれ、この(くさ)れジジイが」


 間森(まもり)が言った瞬間、彼我(ひが)距離(きょり)一瞬(いっしゅん)()めた伏見(ふしみ)が拳を突き出す。

 間森(まもり)はそれを予測(よそく)していたかのように(なん)なく(かわ)しつつ、最後の発煙弾(スモークグレネード)をここで使い、伏見(ふしみ)視線(しせん)(さえぎ)る。

 そうして止まった伏見(ふしみ)の横を()り抜けつつ、サバイバルナイフを後方の(ゆか)に放り投げる。こうしてナイフが床に落ちた音で伏見(ふしみ)の注意を()きつつ、その背後(はいご)をとる。


(これで止まらなかったら終わりだな)


 間森(まもり)解呪(かいじゅ)魔弾(まだん)装填(そうてん)した拳銃を伏見(ふしみ)のいた場所に向け、躊躇(ちゅうちょ)なく発砲(はっぽう)する。上手くいけば、解呪(かいじゅ)の効果が《正常稼働(オールグリーン)》の動きを(さまた)げるかもしれないというごく(わず)かな望みに()けたわけであるが。

 風が吹き込み、煙幕(えんまく)が晴れていく。

 果たして伏見(ふしみ)は、そこに無傷(むきず)で立っていた。


「これが切り札か。残念ながら、俺にとってどんな効果だろうが、身体に入り込んだ異物(いぶつ)は《正常稼働(オールグリーン)》の対象(たいしょう)だぜ――ってもう()ねェし」


 そう、間森(まもり)は、弾丸(だんがん)の効果を確認することなく一目散(いちもくさん)逃走(とうそう)(はか)っていたのであった。


「……なら、もう一方を直接叩くだけだな」

「それは(こま)ります。主殿(マスター)の計画に支障(ししょう)が出てしまいますので」


 伏見(ふしみ)天乃(あまの)と《無貌(むぼう)》の男に標的(ひょうてき)を変更しようとしたところ、どこからともなく表れた赤い着物を身に(まと)った女性が立ち(ふさ)がる。見た目は成長した英莉(えり)そのものなのだが、その表情は無表情ではなく、(けん)のある表情を(かく)そうともしていない。


「俺の前に立つってことは、それなりの目にあっても文句(もんく)は言わないってことでいいんだなァ」

(かま)いませんよ。もとよりわっちの身体は再生いたしますので、存分に破壊(はかい)なさってください。そういう(へき)の方もいらっしゃいますので。そういうお(つと)めだと考えれば、えぇ、少しは気が(まぎ)れます」

「ほォ、壊しても壊し足りないってのはあまり経験(けいけん)がねェな」

「好きなんですね。壊すのが。実は、わっちもです。特に、自分が上位(じょうい)だと考えている殿方(とのがた)の命を(うば)うのは最高の快感(かいかん)ですね。(もっと)も、今回はそれを味わえそうにありませんが」


 少し(ほお)紅潮(こうちょう)させた成長した英莉(えり)の見た目をした女性からは、それでも決死(けっし)覚悟(かくご)が見て取れた。

 これは戦場(せんじょう)で何度も見たことのある眼だ。そう思った伏見(ふしみ)自然(しぜん)と声を出していた。


「……(ふり)()(きた)りだが、名乗(なの)りは必要かい?」

「どちらでも」

元日本軍(もとにほんぐん)独立魔(どくりつま)(そう)大隊(だいたい)所属(しょぞく)大隊長(だいたいちょう)――伏見(ふしみ)鋼一(こういち)ィ」

魔導書(まどうしょ)(やみ)眷属(けんぞく)自立型(じりつがた)搭載(とうさい)人格(じんかく)――識別(しきべつ)個体名(こたいめい)()()

 して参ります」


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