捜索網
2036年6月7日午後2時53分
緋澄からとあるメッセージを受信した水無月風華はその内容に首を傾げていた。
(『14学区、紫水総合研究所には近寄るな』か。
確か朱音の捜索に行くって言って出て行ったきり戻ってこなかったのよね。
その眞琴からこの奇妙なメッセージ。
返信しても既読もつかないし。
眞琴に身に何かがあった?
それとも、これは逆に行けってゆう煽りなのかしら?)
現在、水無月は午前で終わった学校から寮の自室に戻っており、行方不明になった狗飼の件で狗飼の実家に連絡しようかと考えていたところである。
一応、義姉である雹霞に連絡すれば警備隊のほうで何かしらの対策をとってもらえる可能性はあったが、今日は義兄である烈火が久しぶりに休みのはずである。こうなると雹霞はおそらく烈火の相手でほかのことに手が回らない(正確には回そうとしない)であろうことは風華の想像に難くなかった。そこで、狗飼の実家に行って狗飼の父である玄磨に水無月の実家への人員提供の打診を仲介してもらおうと考えていたのである。
ここで、水無月の実家について少し補足すると、水無月の義父である右京は表向き従業員約100名を抱えるとある運送を業とする株式会社の代表者兼1人株主の肩書を持っている人物である。しかしながら、その会社が表向きの仕事では到底賄えないくらいの収益を上げていたり、従業員がやたらと強面だったり、右京の養子である烈火も雹霞も風華も誰1人血が繋がっていなかったり、などなどとにかくいろいろと怪しい事情の窺える実家なのである。
そして、風華はあまり義父との折り合いがよくない(と少なくとも風華は考えている)ので、自分から実家に話を通すのではなく、義父の友人である玄磨を介そうと回りくどいことを考えていたのである。
そこに、緋澄から意味深なメッセージが届いたため、どうしようか思案していたのであるが、どのみち狗飼の実家に連絡することには変わりないと思い直し、狗飼宅へ電話してみることとする。
「はい、風華様ですね。お久しぶりです。お嬢様の件でしょうか?」
水無月からの電話に即座に応答したのは、朱雀という玄磨の召喚体であった。
その見た目は妙齢の女性で、当たり前の話だが、水無月が出会ったころから一切見た目が変わっていない。
「ええ、その様子だと、大体伝わってるんでしょうね」
「当家の天空と学校から連絡をいただいております。お嬢様が失踪なされたと。現在、警備隊と当家のほうで人員を割り当て、人海戦術による捜索を進めております」
「そう。もし足りなかったらウチの実家の連中もアタシの名前を使って手伝ってもらってもいいから」
「おや、よろしいので? 風華様が右京様に借りを作ることになりますよ?」
「こ、こんな、時くらい、別に、いい……わよ」
「冗談ですよ。ですが、旦那様には伝えておきましょう」
歯切れの悪い風華の返事に朱雀はコロコロと笑いながら返答する。
ちなみに、朱雀は玄磨のことを『旦那様』と呼んでいる。
「むぅ。というか、アンタは捜索に参加しなくていいの?」
「捜索には天空が赴いていますので、私まで参加しては本家が手薄になってしまいます。それに――」
そこまで言った朱雀は少し言葉を区切ると、先ほどとは打って変わって険のある冷たい声で続きを吐き出すように告げる。
「――これは天空にとってはいい薬です」
「そ、そうかしら。ちなみに朱音の心配とかは?」
「旦那様はともかく、私は一切しておりません。
傷つけても痛みを感じるような方ではなく、殺しても死ぬような方ではないのです。よく、ご存じでしょう?」
「そうかもしれないけどさ。ほら、一応、ね」
風華とは朱音を心配する気持ちがないといえば嘘になるのだが、どうやら朱雀の肝の座りようは段違いらしい。最早およそ想像される『お嬢様』に対する物言いではない。
「むしろ、心配は天空にしたほうがよろしいでしょう。あれはあれで気負いすぎなのです。
といいますか、風華様や学校の皆様方もそうですが、お嬢様が単なる人攫いに拐されるなどと本気で考えてらっしゃるのでしょうか?」
「……え?」
「よく考えてください、風華様。あのお嬢様ですよ?
法定速度越えのトラックで撥ねてもピンピンしているようなご令嬢をそもそもどうやって連れ去るというのです」
「それは……確かに?」
朱雀の言葉から根本的な疑問に行き当たった風華は、最悪の想像にたどり着く。
「じゃあ、あの娘、自分から天空を撒いて脱走したっていうのッ!?」
「そのほうが余程信憑性があります。もちろん旦那様には言えませんが」
風華は朱雀の推論にさすがにそんなことはないと断言したいところだったが、まったく反論できる要素がない。むしろやりそうですらある。逆に、どうして思いつかなかったのだろうかと疑問を覚えるほどにありえそうではないか。
風華の脳内にはこのような大事になるとは思わず、「ついやっちゃったぁ。ごめぇんね♪」と場違いなほどに軽い謝罪をする朱音の姿が浮かび始めてすらいた。
「いや、でも流石にもう高校生よ? その辺の分別はついてると思いたいわ」
「そうですね。私も理由なく失踪するような方でないというのは重々承知です。近年は落ち着き始めていたのも事実ですからね。
ですが、逆に言えばお嬢様は理由さえあれば自ら失踪することもありうると思うのですよ」
「うーん。理由ねぇ」
「私にはこれ以上はわかりかねますが、お嬢様を探すのであれば一材料として心にお留め置きくださいませ」
朱雀の忠告を受け取った風華は朱音を探すべく、寮の自室を出る。
そして、緋澄の忠告めいたメッセージを確認するため、とりあえず14学区へ向かおうとした折、目的地の方角に落雷したのが確かに見えた。
(雷? この雲一つない晴れの天気に? というより、だれも見向きもしていない?)
風華の目は確かに落雷を捉えていたが、周囲はそうでもなかったらしい。
何事もなかったかのように流れる人波に、まるで自分だけが見間違いをしたかのような気分になってくる。
(ってこれ典型的な認識阻害じゃない。何を見なかったことにしようとしているんだっつのッ)
落雷を見てしまった風華に引き返す選択肢はなかった。
「こうなったら行ってやろうじゃない。紫水総合研究所とやらに」




