語られざるルール
2036年7月7日午前11時33分
「待て、『殺し屋』との件を知っているってことは……いつからオレを見ていたんだ?」
天乃は目を細め、鵲をじっと睨んだ。張り詰めた空気が一瞬、部屋に満ちる。
「ん? その日からだけど」
あっさりと、鵲は肩をすくめて答える。あまりにも気軽な調子に、天乃は思わず眉をひそめた。
「ってことは、一か月間!?」
思わず声が上ずった。驚きと困惑が入り混じる。
「まぁまぁ、常にってわけじゃないよ。要所要所って感じかな」
鵲は両手をひらひらと振りながら、笑ってごまかす。軽さとは裏腹に、その視線は天乃を真っすぐに見据えていた。
「だったら、昨日の件も見ていたのか?」
天乃の声に、わずかに苛立ちがにじむ。
「あぁ、水無月のお嬢ちゃんと走り回っていた件ね。見てた見てた」
何でもないことのように、鵲は答える。その口調には悪びれた様子はない。
「水無月のことも知っているのか?」
天乃の問いに、鵲は頷いた。
「まぁね。彼女にとっては因縁浅からぬってところだよ」
「因縁?」
言葉の意味を問い返すと、鵲は少しだけ目を細めた。
「あぁ、僕が彼女のお気に入りを取り上げちゃってね。恨まれてるんじゃないかなぁ」
その言い草に、天乃は呆れを隠せずため息をついた。
「いい大人が何やってるんだよ……」
「君も無関係ってわけじゃないんだぜ?」
さらりと返されたその一言に、天乃の背筋がひやりとした。
「どういう意味だ?」
問いただす声には自然と力がこもる。だが、鵲はふっと目をそらす。
「それは、この場では言わない。フェアじゃないからね」
「フェアじゃない?」
「公平じゃないって意味だよ」
「知っている。誰にとってどうフェアじゃなくて、なぜそれを言えないのか聞いてるんだ」
「それを説明すること自体がフェアじゃない。だから、黙秘させてもらうよ」
「……じゃあ、昨日の件。あの獣の軍団はプレイヤーの仕業か?」
核心を突く質問を投げると、鵲はわずかに首を傾げた。
「それは知らない。ただし、プレイヤー全員の権能を知っている僕から言わせてもらえば――あれはプレイヤーの仕業じゃない。駒の仕業である可能性はあるけどね」
「権能と、駒ってのは?」
言葉の響きが引っかかり、天乃は眉を寄せた。
「権能ってのは、プレイヤーの特権みたいなものさ。各プレイヤーに一つだけ権能が付与される。
駒ってのは『殺し屋』にとっての《刃刃》や、『信仰屋』にとっての《潰滅》みたいな存在だよ。君が出会ったあの《十三騎士》も『金融屋』というプレイヤーの駒さ」
プレイヤー、権能、駒。次々に投げ込まれる単語の意味を、天乃は頭の中で必死に組み立てていく。
「そのゲームってのは?」
核心に近づいた手応えを感じながら問うと、鵲は笑った。
「それは言えない。君はまだ知る資格がない」
「ここまで話しておいて?」
天乃は思わず声を荒げたが、鵲はやんわりとした調子で答えた。
「まぁ、語るべき者がいるのさ。僕以外にね」
どこか寂しげに、けれど確信に満ちた声だった。