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Replica  作者: 根岸重玄
七夕騒動編 上
178/216

その腕は誰のもの

 2036年7月7日午前10時31分


 御堂(みどう)十河(そごう)が去っていく背中を見送り、天乃(あまの)はようやく肩の力を抜いた。これ以上、誤解(ごかい)を生むやり取りを続ければ、どんな面倒が起きるか分かったものではない。現に今の時点でも、充分(じゅうぶん)に胃が痛い。


 だが、隣にいる小夜(さよ)は、そんな空気など意に介さず――むしろ楽しんでいるとさえ思える様子で、当たり前のように天乃(あまの)の腕に再びしがみついていた。ぴたりと肌を寄せ、彼の歩調に合わせて小さく鼻歌を口ずさむ姿は、どこか無邪気で、そして底知れなかった。


「……流石に、知り合いに見られると、いらぬ誤解を生むのでできればやめてほしいなぁなんて」


 なるべくやんわりと苦言を(てい)してみたものの――


「嫌です♪」


 一言、甘ったるい声で即答。まるでそれが当然だとでも言わんばかりの微笑みを浮かべ、小夜(さよ)は腕を放そうともしない。


(まいったな……)


 もはや半ば(あきら)めの境地に達しつつ、天乃(あまの)は足を進めた。とはいえ、ここは商業区のど真ん中。休日ということもあり、通りには多くの人が行き交っている。そんな中、見目麗(みめうるわ)しい少女と腕を組んで歩くというのは、視線を集めない方が難しかった。

 それでも天乃(あまの)が心の中で(わず)かに期待していたのは――


(まぁ、そうそう知り合いにばかり出会うまい)


 ――という、あまりにも(もろ)(はかな)い希望だった。

 しかし、現実はいつだって容赦(ようしゃ)がない。


「やっほー、(しん)ちゃん♪」


 弾けるような声が、斜め後ろから飛んできた。嫌な予感とともに振り返れば、そこにいたのは見知った顔……否、二つの同じの顔だった。

 緋澄(ひずみ)眞琴まこと遊上ゆがみ真理まり。双子の姉妹にして、天乃(あまの)の同級生。だが今日に限っては、視覚的な意味でとてつもなく厄介だった。というのも、ふたりは――まったく同じ私服を着ていたのだ。

 白地に黒のドット柄ワンピース。赤いカーディガン。足元には、リボンの付いた黒いローファー。完璧に(そろ)えられた双子コーデは、街中でも一際目立つ。そして、そこに並んで立たれた日には――外見からの判別はまず不可能だった。魔眼の持ち主でなければ。

 天乃(あまの)の眼――《魔術師殺し》は、その視覚を偽る術を許さない。外見、声、挙動がいかに完璧でも、その存在の本質――魔力の色までは(あざむ)けない。たとえ完全に同じ服を着せても、彼には“どちらが誰か”が一目で分かる。


英莉えりちーとお買い物デート?」


 にこやかに軽口を叩いてきたのは、言動上は遊上ゆがみ真理まり。しかし、その中身は明らかに緋澄(ひずみ)眞琴まことだった。

 一方、実際の遊上ゆがみは無言を貫き、隣に(たたず)んでいた。その沈黙すらも、台本の一部なのだろう。姉妹揃(そろ)って演技過剰すぎる。


「まぁ、そういうことじゃの」


 と、小夜(さよ)英莉えりのフリをして応じる。口調も、無表情も、仕草も、完璧だった。魔導書に()く異形の存在である英莉えり模倣(もほう)だからこそできる芸当である。たとえ本人を模倣しても、どこか奇妙に「自然」すぎるのだ。


(……説明するより、黙ってたほうがマシか)


 英莉えり小夜(さよ)の関係をまともに説明したところで、余計に話がこじれるだけだ。天乃(あまの)はため息を飲み込み、苦笑いだけで済ませた。

 その間にも、小夜(さよ)は腕を放す気配を見せない。むしろ、さらに身体を密着させてきて、天乃(あまの)の肩に自分の(ほお)をそっと預けるようにする――まるで、何かを主張するかのように。


「へー、そうなんだ。それにしても、英莉えりちーって、普段はそんな見た目なの?」


 緋澄(ひずみ)が探るような口ぶりで問いかけてきた。小夜(さよ)の姿――十代半ばの少女という外見は、確かに普段の英莉えりとは似ても似つかない。疑念を持つのは当然だ。


「いや、そんなことはない。今日はたまたまだ」


 天乃(あまの)はできるだけ平然と答えた。


「へー。腕組んでるのもたまたま?」

「そうだな、なんか今日はそんな気分らしくて」

「そうじゃの。気分の問題じゃ。何か問題あるかの?」


 相変わらず堂々とした態度の小夜(さよ)。その声音には挑発(ちょうはつ)の色すら滲んでいるように感じられた。

 緋澄(ひずみ)は無言で天乃(あまの)を見つめた。その視線の奥には、何かを探るような光があった。笑顔は(やわ)らかいままだが、その内側には別の感情が(ひそ)んでいる。


「問題はないけど――」


 そう(つぶや)いてから、彼女は隣に立つ“緋澄(ひずみ)”に視線を投げる。


 ……え? それ私が言うの? といった表情で、一瞬だけ遊上ゆがみの顔が引きつる。だがすぐに演技を切り替え、毅然(きぜん)とした声で口を開いた。


「少し、はしたないと思うわ、天乃(あまの)(しん)


 あくまで姉のふりを崩さず、ぴしゃりと釘を刺してきた。が、小夜(さよ)は――むしろ満面の笑みでそれを迎える。


「そうかのぉ? これくらい普通じゃろ」


 天乃(あまの)は、思考が一瞬停止するのを感じた。会話のテンポが異常だ。しかも、全部が的確に面倒くさい。

 緋澄(ひずみ)の目が、ゆっくりと細まった。笑顔は変わらない。変わらないのに、その裏にある感情が――確かに()えたぎっていた。

 遊上ゆがみが、そっと姉の袖を引く。その仕草でようやく、緋澄(ひずみ)は表情を少しだけ和らげた。


「そうなんだ。私たちはこれから用事があるから、そろそろ行くね」


 それだけ言い残し、彼女は遊上ゆがみの手を引いて歩き出す。その背中は、まるで引き際を間違えまいとする軍人のように固かった。


 ふと、その背中を見送りながら、天乃(あまの)(つぶや)く。


「……なんだったんだ? 今の」


 小夜(さよ)が、隣で微動だにせず静かに佇んでいる。かと思えば。


 ――無言のまま、静かにガッツポーズを決めていた。


 それはもう、(ほこ)らしげに。

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