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Replica  作者: 根岸重玄
惜縁孤心編
175/216

――だから、問題ない

 2033年5月20日午後6時18分 


「……ちょっと意地悪だったかな? “真の黒幕が僕でした”なんていうオチはさ」


 (かささぎ)の声音はどこか楽しげだった。


「出題者が真の黒幕ってのは、反則だろう」


 天乃(あまの)は皮肉めいて返す。


「……でも、よかったのかい? 別れの挨拶もなしなんて」


 (かささぎ)の声が、隣で軽やかに響く。


「いいも悪いもない。……結局、オレにはこの任務はよくわからなかったしな」


 天乃(あまの)は窓の外、遠く霞む町並みを見つめながらそう答える。


「はっはっは。言ったろう? 君は、彼女から“大切なもの”を受け取っている。

 それに気づけるかは、君次第だ」

「……」


 天乃(あまの)は答えず、ただ手を静かに握り締める。


「さて、次の目的地は北欧方面だよ。『殺し屋』が活動している。

 彼は今のうちに叩いておきたい存在だからね」

「……随分、遠いな」

「……なんだい? やっぱり、風華(ふうか)ちゃんが心配かい?」

「……いや、(もっぱ)らの懸念(けねん)事項だった雹霞ひょうかとの和解は成立した。

 護衛(オレ)はもう必要ないだろう。

 ――だから、問題ない」

「問題ない、ね。――じゃあ、行こうか」


 (かささぎ)が肩をすくめるようにして歩き出す。天乃(あまの)はその背に、ほんの一瞬だけ視線を向けたあと、無言でそのあとに続いた。


 2033年5月20日午後6時20分


「――百目鬼どうめきっ!」


 風華(ふうか)は烈火の病室の扉を勢いよく開けて飛び込んだ。息を切らしながら、部屋の中を見渡す。

 けれど、探している“彼”の姿はなかった。


「……彼なら、風華(ふうか)を追いかけて行ったよ?」


 ベッドに横たわる烈火(れっか)が、ふと目を開けてそう呟く。


「――ッ」


 風華(ふうか)は言葉を返すこともなく、そのまま踵を返して駆け出した。


 院内の廊下、裏口、研究棟の外れ――あらゆる場所を走り回った。


 けれど、どこにも彼の姿はなかった。


 胸の奥に残るのは、あの時、確かに感じたあたたかな背中の記憶。


 風華(ふうか)は、しばらくの間、その場から動けなかった。

 

 2036年7月7日午前9時58分


「あの後は大変だったよねぇ。ふぅちゃん、わかりやすいくらい塞ぎ込んじゃってさ。魔本にどっぷり傾倒するし」

「一時期は本当に深刻でしたね」


 狗飼(いぬかい)の傍らに控える天空てんくうが、控えめにうなずく。


「元気が戻ったかと思ったら、今度はぜんっぜん成長しなくなるし」

「この天空てんくうとしては、雹霞(ひょうか)様の変わり様も意外でしたが」

「でしょでしょ!? あれはねぇ……完全に手のひらくるっくるだったもん」


 狗飼(いぬかい)はどこか楽しげに笑う。


「思うんだけどさ、雹霞(ひょうか)さんって――絶対、烈火(れっか)さんに恋してるよね?」

「……またお得意の“恋愛センサー”ですか」


 天空てんくうは無表情のまま、ぴしゃりと返す。


「もぉ~、真面目に聞いてよぉ。それくらいしか、あの態度の変わり方は説明できないってば。絶対に、ただの家族愛じゃないもん!」

「この天空てんくうには……難しいお話です」

「また~! 逃げた! でも、絶対そうなんだからね!」


 言った瞬間、狗飼(いぬかい)の顔がひくっと歪む。「うっ、いたぁい……」


「だから、動くからですよ」


 天空てんくうが落ち着いた声で応じる。


「むぅ……明日までに治るかなぁ、コレ」

「大丈夫でしょう。お嬢様ですし」

「ぞんざいっ! 扱いがぞんざいだよ、天空てんくう!」

「これに懲りたら、無茶はしないことです」

「うぅ……冷たいなぁ」

「この天空てんくうも、怒るときはしっかり怒りますから」

「お小言は朱雀(すざく)とお父様だけで十分だよぉ……」


 狗飼(いぬかい)は頬を膨らませ、ふてくされたように寝返りを打つ。

 天空てんくうがため息を一つ。


「はぁ……」

「……ちょ、今めんどくさそうな顔したでしょ!? してたよねっ!?」

「気のせいです」

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